天照大御神は、なぜ天岩戸に隠れたのか?
「天岩戸(あまのいわと)」
古事記を詳しく知らなくても、
この名前を聞いたことがある方は多いかもしれません。
太陽の神様である
天照大御神(アマテラスオオミカミ)が岩戸の中に隠れてしまい、
世界が真っ暗になった――。
そんなお話です。
でも、そもそも、
天照大御神は、なぜ隠れてしまったのでしょうか?
そこには、弟である須佐之男命(スサノオノミコト)が深く関係しています。
天照大御神と須佐之男命
天照大御神と須佐之男命は、
どちらもイザナギから生まれた神様です。
天照大御神は「高天原(たかまのはら)」を治めることになります。
一方の須佐之男命は、
海原を治めるよう命じられますが、
それに従わず泣き続けます。
そして母のいる「根之堅州国(ねのかたすくに)」へ行きたいと言い、
父イザナギの怒りを買って追放されることになります。
そこで須佐之男命は、
姉の天照大御神に挨拶をしてから行こうと、
高天原へ向かいました。
ところが須佐之男命が高天原へ上ってくると、
山や川が揺れ、国土が震動します。
天照大御神は、
「弟が高天原を奪いに来たのではないか」
と警戒します。
髪を結い、武装して須佐之男命を待ち構えました。
ここから、姉と弟の物語が始まります。
須佐之男命は、
自分には邪心がないことを示そうとします。
天照大御神と須佐之男命は「誓約(うけい)」を行います。
その結果を受け、
須佐之男命は自分が勝ったのだとして、
次第に乱暴な行動をするようになります。
田の畦を壊したり、水路を埋めたり。
神聖な御殿を汚すようなことまでします。
それでも天照大御神は、弟をかばいました。
「きっと、こういう理由があったのでしょう」
と善意に解釈しようとするのです。
ところが須佐之男命の乱暴は、
さらにエスカレートします。
そして、ついに決定的な事件が起こります。
機織りの建物に、馬を投げ込んだ
天照大御神が神に捧げる衣を織らせていた
神聖な機屋。
須佐之男命は、そこへ皮を逆剥ぎにした馬を投げ込みました。
驚いた機織女は、
梭で身体を傷つけて亡くなってしまいます。
ここまで来て、
天照大御神はついに天岩戸へ入ってしまいます。
そして、
岩戸を閉ざしてしまったのです。
太陽が消えた
天照大御神は太陽の神様です。
その天照大御神が岩戸の中へ隠れてしまった。
すると高天原は暗くなり、
葦原中国(あしはらのなかつくに)もすべて暗闇になりました。
永遠に夜が続くような世界です。
そして暗闇の中では、さまざまな災いが起こり始めます。
困り果てた神々は、
天安河原(あめのやすかわら)に集まります。
さて、どうすれば天照大御神に出てきてもらえるのか。
神々は知恵を出し合います。
神様たちが考えた作戦
ここからが、天岩戸の面白いところです。
思金神(オモイカネノカミ)を中心に作戦を考えます。
鏡を作る。
勾玉を作る。
榊を用意する。
そして天岩戸の前で祭りを始めます。
その中でも大活躍するのが、
天宇受賣命(アメノウズメノミコト)
です。
天宇受賣命が桶を伏せた上に乗り、神がかったように踊ります。
すると、集まった八百万の神々が、
一斉に笑いました。
真っ暗闇の世界で、なぜか外から大笑いする声が聞こえてくる。
岩戸の中にいる天照大御神は不思議に思います。
「私が隠れて世界は暗くなっているはずなのに、どうしてみんな楽しそうなの?」
気になった天照大御神は、岩戸を少し開けます。
「あなたより尊い神様が現れました」
天宇受賣命は言います。
「あなた様より尊い神様がいらっしゃるので、みんな喜んでいるのです」
そして天照大御神の前に差し出されたのが、
鏡。
天照大御神が鏡を見ると、
そこには光り輝く神様が映っています。
もちろん、それは自分自身です。
「これは誰だろう?」
もう少しよく見ようと、岩戸から身を乗り出します。
その瞬間。
力の強い天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)が天照大御神の手を取り、岩戸の外へ引き出しました。
そして再び岩戸へ戻れないよう、注連縄を張ります。
こうして――
世界に、光が戻りました。
天岩戸は「みんなで光を取り戻す物語」
天岩戸の物語には、いろいろな読み方があります。
太陽が隠れて再び現れることから、
太陽の衰えと復活を表す神話と考える見方もあります。
祭祀との関係を考えることもできます。
ただ私は、古事記を初めて読む人には、もっと素直に物語を楽しんでもらいたいと思っています。
面白いのは、
天照大御神を岩戸から出した「一人の英雄」がいないことです。
知恵を出す神様。
鏡を作る神様。
勾玉を作る神様。
踊る神様。
笑う八百万の神々。
最後に岩戸から引っ張り出す力持ちの神様。
それぞれが自分のできることをして、
みんなで光を取り戻しています。
しかも、その中心にあるのが「笑い」なのです。
暗闇の中で神々が集まり、
考え、
準備し、
踊り、
笑う。
すると、閉ざされていた岩戸が少し開く。
1300年以上前に記された物語ですが、なんだか今の私たちにも通じるものを感じませんか。
神社へ行くと、また古事記の「点」が見つかります
そして、この天岩戸の物語も昔話の中だけに残っているわけではありません。
天照大御神。
天宇受賣命。
思金神。
天手力男神。
こうした神様たちは、現在も各地の神社でお祀りされています。
神社の御祭神を見て、
「あ、この神様、天岩戸にいた神様だ!」
と気づく。
すると古事記の物語と、今の私たちが訪れる神社がつながります。
因幡の白兎で一つ。
天岩戸でもう一つ。
また、古事記の「点」が増えました。
こうして点が増えていくと、
いつかそれが線になって、
古事記の世界が少しずつ見えてくる。
それが、このブログで一緒にやっていきたいことです。
因幡の白兎って、実は『古事記』の話なんです。
「因幡の白兎」
名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
♪ 大きな袋を肩にかけ〜
という童謡「大黒さま」で知っている方もいるかもしれません。
白いウサギを助けた、優しい神様のお話。
なんとなくそんなイメージがありますよね。
でも実はこの話、
『古事記』に登場する物語なんです。
そして、もっと意外なのが…
この物語の本当の主人公は、白兎ではありません。
主人公は、後に日本神話の中心的な神様となる、
大国主神(オオクニヌシノカミ)
です。
白兎は、なぜ丸裸になった?
舞台は現在の鳥取県東部、昔の因幡国です。
あるところに、一匹の兎がいました。
兎は海を渡りたいと考え、海にいる「和邇(ワニ)」を利用することを思いつきます。
古事記に出てくる「和邇」が具体的に何を指すのかについては諸説ありますが、
ここでは古事記の表記に従って「ワニ」としておきましょう。
兎はワニたちに言います。
「君たちと兎では、どちらの仲間が多いだろう。数えてみたいから、海に一列に並んでくれないか」
ワニたちは海にずらっと並びました。
兎は、その背中をぴょん、ぴょん、ぴょん。
まんまと海を渡っていきます。
ところが……
もう少しで向こう岸というところで、兎は調子に乗ってしまいます。
「やーい、だまされた!」
ワニたちを数えるというのは嘘で、
本当は海を渡るために利用したのだと明かしてしまったのです。
当然、ワニは怒ります。
そして兎は捕まえられ、毛を剥ぎ取られてしまいました。
こうして、私たちの知る「白兎」の姿になってしまいます。
最初から白い兎だったわけではないんですね。
毛を剥がされ、痛くて泣いている兎。
そこへ通りかかったのが、大国主神の兄弟である「八十神(ヤソガミ)」たちでした。
八十神たちは因幡国にいる八上比売(ヤガミヒメ)という女性に求婚するため、
みんなで出かけている途中でした。
そして弟の大国主神も一緒でした。
ただし、大国主神は一行の先頭を歩いていたわけではありません。
兄たちの荷物が入った大きな袋を背負わされ、ずっと後ろからついて行っていました。
童謡に出てくる、
「大きな袋を肩にかけ」
という姿ですね。
先に兎を見つけた八十神たちは、ひどいことを教えます。
「海水を浴びて、風に当たっていれば治るぞ」
兎は言われた通りにしました。
ところが、傷ついた皮膚に塩水。
さらに風にさらされる。
当然、もっと痛くなってしまいます。
兎はますます苦しみました。
遅れてやってきた大国主神
そこへ、大きな袋を背負った大国主神がやってきます。
大国主神は、泣いている兎を見て尋ねました。
「どうして泣いているの?」
事情を聞いた大国主神は、兎に正しい治し方を教えます。
河口へ行って真水で体を洗い、蒲の花粉を敷き、その上で体を休めなさい。
兎が言われた通りにすると……
体は元通りになりました。
これが、私たちがよく知っている「因幡の白兎」の場面です。
でも古事記の話は、ここでは終わりません。
白兎は、大国主神に予言する
元気になった兎は、大国主神にこう告げます。
兄たちは八上比売と結婚することはできない。
八上比売を妻にするのは、あなたです。
大きな荷物を持たされ、兄たちの後ろを歩いていた大国主神。
一見すると、一番頼りなさそうな立場です。
ところが兎は、大国主神を選びました。
そして実際に八上比売は、八十神たちではなく大国主神を選びます。
ここから大国主神をめぐる、壮大な物語が動き始めていきます。
因幡の白兎は「大国主神の物語」の入口
子どもの頃に聞いた因幡の白兎だけを見ると、
「困っている兎を優しい神様が助けました」
という昔話に見えます。
もちろん、それだけでもいい話です。
でも古事記全体の中で読むと、少し違って見えてきます。
兄たちは兎を苦しめた。
大国主神は兎を助けた。
兄たちは自分たちこそ八上比売に選ばれると思っていた。
しかし選ばれたのは、荷物を背負って最後を歩いていた大国主神だった。
つまりこの話は、
「大国主神とは、どんな神様なのか」
を私たちに最初に見せてくれる物語でもあるんですね。
そして大国主神は、このあと古事記の中で非常に重要な存在になっていきます。
国づくりを進め、
少名毘古那神(スクナビコナノカミ)と出会い、
やがて「国譲り」という大きな物語へとつながっていきます。
神社で「大国主神」を探してみてください
これが、古事記の面白いところです。
大国主神は昔話の中だけにいる神様ではありません。
現在も全国各地の神社でお祀りされています。
特に有名なのが、島根県の出雲大社です。
今度、神社へ行ったときに御祭神のところを見てみてください。
そこに、
「大国主神」
と書いてあるかもしれません。
そのとき、
「あ、因幡の白兎を助けた神様だ」
と思えたら。
昔話だった「因幡の白兎」と、目の前にある神社がつながります。
また一つ、
古事記の「点」が増えました。
古事記には、こんなふうに私たちが子どもの頃から何となく知っている物語が、いくつも残されています。
古事記をまったく知らないと思っていても、
実はもう、私たちは古事記の物語に出会っているのかもしれません。
次回は、古事記の中でも特に有名な場面へ。
「天照大御神は、なぜ天岩戸に隠れたのか?」
です。
太陽の神様が隠れてしまったら、世界はどうなってしまうのでしょう。
古事記って、そもそも何が書いてあるの?
「古事記」という名前は聞いたことがある。
でも、
「じゃあ、何が書いてあるの?」
と聞かれると、意外と答えられない。
そんな方も多いのではないでしょうか。
実は私も、中学生のころは
古文の一つ
くらいのイメージでした。
ところが中を覗いてみると…
神社の神様について書かれた
神社好き必須の書物だったのです!
日本最古の書物『古事記』
古事記は、現存する
日本最古の書物とされています。
では、そんな古い本に
何が書かれているのか。
大きく言えば、
「この国はどのように始まり、私たち日本人へとつながっていったのか」
という物語です。
最初に登場するのは、人間ではなく神様
古事記の冒頭に出てくるのは、
神様です。
天地が初めて現れたところから物語が始まり、次々と神々が登場します。
やがてイザナギとイザナミが現れ、
日本の島々を生みます。
そして、
天照大御神(アマテラスオオミカミ)
須佐之男命(スサノオノミコト)
大国主神(オオクニヌシノカミ)
など、神社で名前を見かける神様たちが次々と登場します。
「天岩戸」
「ヤマタノオロチ」
「因幡の白兎」
聞いたことがありませんか?
実は、こうした有名な物語も古事記に登場します。
神様の話だけではありません
古事記は、大きく上巻・中巻・下巻の
三巻に分かれています。
上巻では、天地の始まりから
神々の物語、国譲り、天孫降臨などが語られます。
中巻になると神武天皇から始まり、
歴代天皇をめぐる物語へ。
下巻では仁徳天皇から推古天皇までが記されています。
つまり読み進めていくと、
神々の物語から天皇陛下をはじめとする、
私たち日本人の物語へとつながっていく。
そして、
古事記を知ると、
神社が面白くなる
私が特に面白いと思うのはここです。
神社へ行くと「御祭神」という言葉があります。
そこに、
「天照大御神」
「須佐之男命」
「大国主神」
などと書いてあっても、その神様を知らなければ、
「そういう名前の神様なんだな」
で終わってしまいます。
ところが古事記の物語を少し知っていると、
「あ!この神様、あの話に出てきた神様だ!」
となる。
神社の見え方が変わってきます。
古事記と神社が、
一本の線でつながるんですね。
まずは「点」でいい
このブログでは、古事記を最初から順番に解説するつもりはありません。
天岩戸へ行ったかと思えば、因幡の白兎へ。
そこから伊勢神宮の話をしたり、
突然スサノオの話をしたりするかもしれません。
それでいいと思っています。
まず一つ、
「へぇ、そんな話が古事記にあるんだ」
という点で古事記を知って頂く。
また次の記事で、もう一つ点が増える。
そのうち、
「あの神様と、この神様はこういう関係だったのか」
「だから、この神社にこの神様がお祀りされているのか」
と、点と点がつながってくる。
そしていつか、
「自分でも古事記を読んでみようかな」
と思ってもらえたら嬉しいです。
古事記が書かれてから、
およそ1300年。
難しい古典として眺めるのではなく、
まずは日本に伝わってきた神々の物語として、一緒に覗いてみませんか。
次は、皆さんもきっと知っている物語。
「因幡の白兎って、実は『古事記』の話なんです」
について書いてみたいと思います。


