マチエール


「この子の成績をどこまで上げてくれるんですか」まさか詩なのか   染野太朗


バカにしやがってころすと十代と二十歳とヒトケタが泣いている   山川 藍


ひと粒の葡萄のなかに灯りたる驟雨、夕風、碁盤に向いた背   富田睦子


子を叱る声のなかにも十代のあなたがいるよ正しかったあなた   後藤由紀恵


上タンとタン塩があり食べ放題メニューの赤き線の内側   小島一記


米寿なる八重子なれども8月の8日より前に常世の国へ   木部海帆


夏の朝クローゼットにふぐりなき猫のしっぽのしましまを見る   佐藤華保理


思うより海底はもっと真っ暗でざわざわしていていやなところだ   小瀬川喜井


ミツバチに蜜を吸われる倦怠を思いて真夏の陽ざかりをゆく   宮田知子


古民家の鴨居の丈夫さ信頼し年増吊るすをAVに見おり   加藤陽平


炎天やトムヤンクンヌードルのかおり充ちて正しき八月の部屋   北山あさひ


本日も多忙ですので録画した恐怖画像は早送りで ごめん   倉田政美


二階より絵本読みたる妻の声ゾウがライオンに叱られており   大谷宥秀


言い訳の受話器を投げる 町中の花屋の薔薇をさらってきてよ   荒川 梢


音立てずみにくい虫の迷い入る火葬待つ間の明るき部屋に   伊藤いずみ


細胞を液体窒素で眠らせる来年誰かが起こしてくれるよ   小原 和


人殺しと初めて人に言われたが二十日を過ぎて風は涼しき   立花 開



作品Ⅱ(人集)


玉音を「たまおと」と読む人ありと聞くも平和のおかげと笑ふ   草野 豊


「駄目だね」と遠くを見つめ呟いて「でも生きたいね」と我にほほえむ   菊池理恵子


痩身の少女のうなじ蒼かりき隣るテーブルに朝食をはむ   庄野史子


大丈夫されども一度念のため確かめ寝ぬる妻留守なれば   井上勝朗


病む祖母に踏みてくれよと頼まれて伏す背に乗りき小さき足に   平林加代子


逆らいて行かねばならぬ子のもとへ水すましくるりくるりとワルツ   熊谷郁子



作品Ⅲ(月集)


夏草は刈られて更に匂うなり川土手おりて鎌を洗いぬ   上野昭男


ねむる児を起こさぬように鼻をつけ肺いっぱいに赤ちゃんを嗅ぐ   浅井美也子


伯母さんの元気にしてるそれだけの電話の後の部屋が明るい   海老原博行


ふうわりと宙を飛びゆくたんぽぽの絮は未来の空へゆくらし   島崎シズエ


行きゆかば黄泉も明るき夏ならむひまわり畑の迷路幻想   松本いつ子








作品Ⅰ


みづからの歌を「よし」とし思ふとき不意に力の湧きくるごとし   橋本喜典


セスナからナスカの地上絵見て巡る録画ひらきてわが同乗す   篠 弘


手を握り喜びながらわれの名をなかなか思い出せぬらし姉   小林峯夫


じりじりと暑き夏なりじわじわと民の心の灼けつくような   大下一真


わが軍はあはれISと干戈まじへ砂漠に日の丸美しく立てむ   島田修三


来なくてもあなたはいいと古妻に言はれしわれつて何(なん)なんだらう   柳 宣宏


水無月の天龍、大井、安倍川を渡りて三たび心を洗ふ   柴田典昭


巻き上る胡瓜の蔓はとらえたり赤きシャベルの歪みたる柄を   今井恵子


朝焼けに出窓が赤く染まれるを出しなに思い傘忘れたり   伴 文子


二人して摘み来し苺夜の卓のガラスの皿に花のごとあり   平坂郁子




まひる野集


あるときは「最」といふ字に憧るる最南端の沖の鳥島   加藤孝男


茄子漬のあおむらさきの宵闇をひとつ買ひけり京都の夏に   広坂早苗


首筋に汗をかきつつ迂闊にも一世を終うる時がくるべし   市川正子


夏椿落つる幽かな音のして母が戻りている気配する   滝田倫子


隧道に無蓋貨車入り遠ざかる昭和二十年真夏のひかり   麻生由美


いつかしら吸ひ込まるるがに息をつく額縁のかこむ時のかなたに   升田隆雄


走りきて息をはづませものを言ふ驟雨のごとき鼓動を愛す   久我久美子


怪しげな空を見ながら大ヒットの美顔器の説明受けをり我は   柴田仁美








マチエール


また祖母が入院しているその「また」にまつわりつくごと雨が降りおり   木部海帆


食パンを掲げて北海道と言う釧路のあたりが齧られており   富田睦子


水曜の読点としてしばらくを歯医者に通いしこの春のこと   後藤由紀恵


ある生徒を怖れていたりわがうちの旧くてとても性的な部分が   染野太朗


今晩はハンバーグだからお母さんらしさを500グラムください   佐藤華保理


え 机、いま光ってた?もう一度見れば水族館のパンフだ   山川 藍


蜩が時間を告げる 七月のさみしい空にはさみしい闇を   小瀬川喜井


AVも英会話もまた状況を必要とせりさびしさゆえに   加藤陽平


大人って汚いですねと去り際にわれが揃えた靴を履きつつ  倉田政美


花ダイコンわっと咲いてる野っぱらより生えてきたように老婆立ちおり   宮田知子


狂うべき闇夜に両眼を凝らしつつ枝雀おもえば枝雀あらわる   北山あさひ


自転車をたちこぎすればあおはるの鋭く清き耳鳴りのする   荒川 梢


故も無く妻の機嫌を取りたればかぶりつきたし西瓜の皮まで   大谷宥秀


耳鳴りに耳を澄まして目を閉じる夜はいつから朝に変わるの   小原 和


子ども無し夫無し住宅ローン有りただわたし有り地下鉄の来る   伊東いずみ




作品Ⅱ(人集)


冬服を脱ぐのは寂しい潤沢なことばをしまうポケットがない   宇佐美玲子


すべりひゆ すぎな どくだみ暫くを許せば誇る野菜畠に   片山玲子


山茶花の紅の褪せたる生け垣も線量高きかとあやぶみて見つ   高橋和弘


湧き上る螢の群舞きつと今恋をしてゐむ夢のごとしも   山口真澄


あまりにも小さき蜘蛛は愛しくて掃除機の手を休めてをりぬ   稲村光子



作品Ⅲ(月集)


はつなつの夜の澄みたる草のにおい胎盤とおし児にとどけたり   浅井美也子


夕焼けは西の空よりはじまりて見ゆる限りの空をおほへり   谷 蕗子


庭隅に小さき黄の色際立たす花の名知らねど押し花とする   牧野和江


すんなりと真白き指に憧れた私のジャンケングーチョキグー   小澤光子


外つ国の紛争見てきしつばくろか声を限りに電線に鳴く   島崎シズエ










作品Ⅰ


夕ひかり机上ななめに截(き)るなれば腰を浮かしてカーテンを閉(さ)す   橋本喜典


かがまりて古書の奥付確かむるあとさきの人みな若からず   篠 弘


ひとりではもう行けまいな わが植えし杉、桧らに逢いにゆきたし   小林峯夫


自殺する一人と病死する一人古き映画に二人が笑う   大下一真


かたちもつ水を啖らへば甘やかに水はあふれて吉備の白桃(しらもも)   島田修三


帰国せし一夜は明けてにつぽんのどんぐりの実を机にならぶ   柳 宣宏


梅雨晴れの日射しが俄に降り注ぎ不在の人の輝く草生   柴田典昭


解釈は可能性はと言いながら憲法の読み文芸の読み   今井恵子


検査室へ先立ちくれし青シャツの見知らぬ男夢に浮かび来   平田久美子


いつの旅のホテルなりしや引き出しに聖書の頁開かれおりぬ   すずきいさむ


辛いかと訊いて欲しかるときのあり幽かに流るる水音を聴く   大野景子




まひる野集


驟雨止み乾ける雨を懐かしみロンドンの夏を夢にて探る   加藤孝男


ゆうぞらの白さ果てなしひめゆり学徒も樺美智子も六月の死者   広坂早苗


鍵穴をカチリと回す鍵音にわれを迎えし猫(ポン)あらぬなり   市川正子


相聞のことばを秘めてふくらめる雨後のあじさい誰も触るるな   滝田倫子


地震(なゐ)きても背な撫でられて犬のごとねむたくなりつ降参仕る   竹谷ひろこ


議事堂を三十万が囲むとふ東京へ行く夜汽車あらなも   麻生由美


雨の日は好きではなかったはずなのに六月の雨は生命(いのち)の匂いす   岡本弘子


ベツレヘムの星の花咲く春さなか麒麟は何を思ひて眸(め)を伏す   久我久美子


三面鏡の洞穴(ほらあな)の奥にわれでなきわれ探さむと拭ひてをりぬ   柴田仁美






染野太朗のNHK短歌次回の出演は
ゲスト:澤村斉美さん(歌人)

    「薬」

    放 送:10月11日(日)6:00~
    再放送:10月13日(火)15:00~
です。
11月のお題は「祈る」、締め切りは10月25日です。
NHK短歌のホームページからも投稿できます。

【作品12首】


「舌」                                染野太朗



【エッセイ】


歌のある生活 60代以上の歌詠みのために(3)

「和歌と短歌は地続き」                     島田修三

【特別作品20首】


「Kinmugi blue」            田口綾子


【現代短歌評論賞】

 選考座談会             篠 弘



【特別作品33首】


「プレス・コード」                 中根誠



【評論 21世紀の視座】


「叙景という作文」               島田修三



【新刊歌集歌書句集評 】


来嶋靖生著『窪田空穂とその周辺』    柴田典昭






【連載】


私の時間術

「行き当たりばったり」        島田修三



戦争と歌人たち第(23回)

国民詩人としての白秋        篠 弘




作品7首


「追想」                 岡本勝

【特集 若山牧水生誕130年】


自然主義短歌の意味

 「創作」若山牧水追悼号を読む       今井恵子


牧水の歌


Ⅱ『死か芸術か』『みなかみ』          柴田典昭



若山牧水賞の作家 7首+コメント


「銀河一号」                    島田修三


「西伊豆宇久須」                 大下一真