作品Ⅰ


みづからの歌を「よし」とし思ふとき不意に力の湧きくるごとし   橋本喜典


セスナからナスカの地上絵見て巡る録画ひらきてわが同乗す   篠 弘


手を握り喜びながらわれの名をなかなか思い出せぬらし姉   小林峯夫


じりじりと暑き夏なりじわじわと民の心の灼けつくような   大下一真


わが軍はあはれISと干戈まじへ砂漠に日の丸美しく立てむ   島田修三


来なくてもあなたはいいと古妻に言はれしわれつて何(なん)なんだらう   柳 宣宏


水無月の天龍、大井、安倍川を渡りて三たび心を洗ふ   柴田典昭


巻き上る胡瓜の蔓はとらえたり赤きシャベルの歪みたる柄を   今井恵子


朝焼けに出窓が赤く染まれるを出しなに思い傘忘れたり   伴 文子


二人して摘み来し苺夜の卓のガラスの皿に花のごとあり   平坂郁子




まひる野集


あるときは「最」といふ字に憧るる最南端の沖の鳥島   加藤孝男


茄子漬のあおむらさきの宵闇をひとつ買ひけり京都の夏に   広坂早苗


首筋に汗をかきつつ迂闊にも一世を終うる時がくるべし   市川正子


夏椿落つる幽かな音のして母が戻りている気配する   滝田倫子


隧道に無蓋貨車入り遠ざかる昭和二十年真夏のひかり   麻生由美


いつかしら吸ひ込まるるがに息をつく額縁のかこむ時のかなたに   升田隆雄


走りきて息をはづませものを言ふ驟雨のごとき鼓動を愛す   久我久美子


怪しげな空を見ながら大ヒットの美顔器の説明受けをり我は   柴田仁美