マチエール
また祖母が入院しているその「また」にまつわりつくごと雨が降りおり 木部海帆
食パンを掲げて北海道と言う釧路のあたりが齧られており 富田睦子
水曜の読点としてしばらくを歯医者に通いしこの春のこと 後藤由紀恵
ある生徒を怖れていたりわがうちの旧くてとても性的な部分が 染野太朗
今晩はハンバーグだからお母さんらしさを500グラムください 佐藤華保理
え 机、いま光ってた?もう一度見れば水族館のパンフだ 山川 藍
蜩が時間を告げる 七月のさみしい空にはさみしい闇を 小瀬川喜井
AVも英会話もまた状況を必要とせりさびしさゆえに 加藤陽平
大人って汚いですねと去り際にわれが揃えた靴を履きつつ 倉田政美
花ダイコンわっと咲いてる野っぱらより生えてきたように老婆立ちおり 宮田知子
狂うべき闇夜に両眼を凝らしつつ枝雀おもえば枝雀あらわる 北山あさひ
自転車をたちこぎすればあおはるの鋭く清き耳鳴りのする 荒川 梢
故も無く妻の機嫌を取りたればかぶりつきたし西瓜の皮まで 大谷宥秀
耳鳴りに耳を澄まして目を閉じる夜はいつから朝に変わるの 小原 和
子ども無し夫無し住宅ローン有りただわたし有り地下鉄の来る 伊東いずみ
作品Ⅱ(人集)
冬服を脱ぐのは寂しい潤沢なことばをしまうポケットがない 宇佐美玲子
すべりひゆ すぎな どくだみ暫くを許せば誇る野菜畠に 片山玲子
山茶花の紅の褪せたる生け垣も線量高きかとあやぶみて見つ 高橋和弘
湧き上る螢の群舞きつと今恋をしてゐむ夢のごとしも 山口真澄
あまりにも小さき蜘蛛は愛しくて掃除機の手を休めてをりぬ 稲村光子
作品Ⅲ(月集)
はつなつの夜の澄みたる草のにおい胎盤とおし児にとどけたり 浅井美也子
夕焼けは西の空よりはじまりて見ゆる限りの空をおほへり 谷 蕗子
庭隅に小さき黄の色際立たす花の名知らねど押し花とする 牧野和江
すんなりと真白き指に憧れた私のジャンケングーチョキグー 小澤光子
外つ国の紛争見てきしつばくろか声を限りに電線に鳴く 島崎シズエ