作品Ⅲ(月集)


熱気をもリュックに詰めて戻りし子「身動きできない程のデモだった」  森 暁香


包帯の巻き方を兄に教はりき戦地に発つと帰省せし夜  谷 蕗子


昏れ惑ふ春の空なりサンノゼ行直行便はふはり浮上す  石井みつほ


眠らんとして現はるる幾人の眼ばかりのもの言はぬ影  山尾運歩


「ノーベル賞のカミオカンデの石」どれも一個百円土産物屋に  松本いつ子


閉ざされし戸口と知れど寄りゆきてただ立ちてをり少しの間  秋元夏子


民間にあらざることの一つならむ応対電話の声の低きは  小嶋喜久世


秋草はなべて小さき蕾もつ嫁菜、犬蓼、蚊帳釣草と  栗原紀子


捨つるもの袋に詰めて見渡せば部屋の空気の僅かに動く  横山利子


終末期の父に見せむと花嫁のウエディングドレスは白くすがしく  大葉清隆


燈籠堂地下方丈に下りゆけり御大師様は近くに在ます  杉本聡子


憎っくきは畑の蝶で花に舞う蝶はきれいと分けて考える  松宮正子


癌を病み余命三月のKさんの会議に出ずる心を想う  高橋忠徳


水甕に落ちたる蝉を拾ひあげ掌に置けば生きて飛び立つ  杉山やす子


信長の役で知られし先輩の高橋幸治まだ生きをるや  庭野治男


スニーカーに山道歩くわれ若し二夜続けて同じ夢見る  住矢節子


マンションに変はりし二回の角部屋を息子の生れし所と指差す  栗本るみ


埋み火に藁をかき寄せ焚く人の傍(かたえ)に黒く刈田広がる  髙志真理子


手を抜けばしっぺ返しのようにきて夏の野菜は畑に萎る  牧野和枝







作品Ⅱ(人集)


おおみずあお遠き記憶の森に翔びふたたびは見ぬ夢のようなる  宇佐美玲子


ゆく秋の夜(よ)にしみじみと掌(て)をひろげ運命線をなぞりてをりぬ  田浦チサ子


赤い実がとても気になる寒露きて小鳥のように近づいて行く  菊池理恵子


ユトリロと似ている長谷川利行の白が哀しい変電所の絵  西 一村


HAPPYと買ひたる手帳に我書きて二〇一六年の命を生きる  坂田千枝


だまし絵を見るごと空の浮き雲のさつきの雲と同じにあらず  山口真澄


竜胆の花は手折らずそのままに林の中に咲かせてをかむ  上野幸子


ボボボボと鳩啼きやまず飢ゑて呼ぶ父よ母よあかときの空  平林加代子


身心の弱りしわれをはげますかまどろみの夢の父母やさし  竹内類子


わが頬を撫でゆく風の冷たさよ遭難碑のケルンに朝日かがよう  大本あきら


駅前の更地工事の音止みて茜の空に立つ杭打ち機  広野加奈子


防潮の堤砂を運ぶベルトコンベヤー山より百足(むかで)の繋がるごとし  阿部 清


ラベンダーは年輪あるゆゑ木に属すと耳に止まる雑学一つ  相原ひろ子


この家の果つる日はいつその日まで思えばなすこと以外に多し  角替千鶴子


この広き空に縄張あるならむ烏一羽が追はれ追はるる  関 まち子


一歳児の人指しゆびのとほりたる障子の穴に切り張りをする  辻 玲子


痛む背に目覚めて寝返りくりかえす夜汽車の音をつかの間聞きぬ  熊谷郁子


天(そら)を指す凌霄花の花いくつ逝く夏惜しみて咲き残りゐむ  高橋和弘








マチエール


To.荒川さんのTの字いつまでも鉄槌のように佇んでいる  荒川 梢


本日は値幅制限ぎりぎりにパリの市民の命が高し  伊藤いずみ


湯に透けるわたしの魔羅を指さして笑う吾子なりべろべろばあ  大谷宥秀


カメムシを夜空に還すもう月の纏う空気が凛としている  小原和


ゴーヤーを食いし器に玉子豆腐載すれば線香花火のにおいす  加藤陽平


十一月の仕方のなさの中にいてこっくりと心窩へ落ちる白湯  北山あさひ


ちちははの言い合いの中少年はぬれた枯れ葉のにおいをさせる  木部海帆


気を抜けば父の余命を数えてる深夜一時のコインランドリー  倉田政美


吉祥寺バウシアターの入口にわれを待ちたる横顔ありき  後藤由紀恵


かえりきて手を洗う音のせわしさが君だ眠りのきりぎしに聞く  佐藤華保理


ああけふも吉岡太朗の発言が長引いてゐて笑つてしまふ  染野太朗


彼女たちは嘘を本当にしてしまう 泣きたかった 風にかき消されるなら  立花 開


ISとISSを間違えて間違えるころ灯る原子炉  富田睦子


ふと小石を拾って握っているうちに温んでくれば捨てがたくいる  宮田知子


一歳の男の子ならカネマツのバッグの中のポッキー投げる  山川 藍


爆死したジハーディ・ジョンの歯茎から飛び散る無数のジハーディ・ジョン  米倉 歩




まひる野集


しづけさに思ふときあり子は耐へてわれに従ふ夕ぐれどきを  加藤孝男


足下より天まで硝子のマンションの噴水の穂に住みいるようだ  市川正子


夭死せし友を語りて友の子とわれとムール貝一キロを食む  広坂早苗


秋刀魚焼くこの惑星の片隅に星の元素となる人らを思ふ  島田裕子


カサブランカ標本棚に匂ふべし足音持たぬ子わが内なれば  竹谷ひろこ


一本の秋草のような少年が涼しき声におはようと言う  滝田倫子


いのちの樹たましひの鳥アムールの河畔の婚礼衣装に残る  小野昌子


咲きのこるサルビアぬらす雨の音鬼怒川氾濫の前触れなりし  寺田陽子


プランター占めて菫の花たち上るはるけき係累誰彼たたす  齊川陽子


夜深くネオンの消ゆる三越を黒きむくろと見おろしてゐる  升田隆雄


みすずかる信濃のくにの甘露煮の蜂の窒素がわたくしになる  麻生由美


兵士らが兵士ら殺すリビングの四角い箱に映る炎は  高橋啓介


日本では経験せざる親切にmerci(メルシー)と言う大きな声に  齊藤貴美子


捨てられた犬と見にしがこの朝は近くの老いに曳かれて走る  松浦美智子


驚きやすき猫と暮らして長き尾を踏みしばかりに青天の雷(らい)  久我久美子


丹精に育てられたるオリーブのたわわなる実が路(みち)べにも垂る  中道善幸


暗闇に灯火の失せしコンビニがヘッドライトに浮かびては消ゆ  岡部克彦


口紅を直さんと見る手鏡にはちみつ色の秋の陽流る  岡本弘子


ままならぬことの多かり虫眼鏡に外を見遣れば逆立ちの空  柴田仁美


都築区の違法建築マンションの支柱宙吊りあまたと報ず  小栗三江子


大空は白みはじめて手際よくあまたの星の光を奪う  吾孫子隆








作品Ⅰ


いつよりかわが傘なくて覚えなき傘が立ちをり傘立ての中  橋本喜典


この人を傷つけにしか応答を指名したれば水飲まれをり  篠 弘


彼岸会過ぎ木犀散りて萩終えて母の命は母のみが抱く  大下一真


炊きたての飯に柚子味噌香らせて喰ひつつをれば疑心ばかばかし  島田修三


橋脚はつとめを終へて冬川のあかるき水に浸かつたりして  柳 宣宏


生きてゆく日々の簡素尊しと冬至粥今朝はほのぼのと食ふ  斎藤諒一


農協には農協牛乳しかなくて選択の余地なきが好きなり  井野佐登


横に流るる文字がことばにならぬうち電光板を逃げてゆきたり  中根誠


百舌が空、地虫が土より響き来て紅葉の中を啄木の墓  柴田典昭


ひたむきの前にわれはも口無しに藤蔓が幹を締め上げる闇は  今井恵子


一分ずつ息を糺して片足のリハビリ中です返事はしません  松浦ヤス子


つるばみを拾いあつめて踏みているひとり遊びの晩秋の庭  伴 文子


灰となる物のあはれよわが畑の土に返して心やすらぐ  伊佐木清子


掘りおこす土にまぎるる蛹いて埋め戻さんかわが植木鉢  都田艶子


拾い来しどんぐり長いの小さいの丸いの青いのそれぞれどんぐり  富永美智子


モロゾフの金色の缶灯に映えて使うあてなく傍らに置く  松坂かね子


東京の人とし生くる子の時間つばらに知らずゆうぐれの水  曽我玲子


とれたての鮎をそのまま輪切りにし骨もろともに食べている人  等々力喜久子


四年半経ても未だに運ばれぬ土嚢をてらす十六夜の月  大槻弘


赤、黄、黒 漁師の合羽の色だけが嵐の浜に吸い付いてゐる  清水篤


驚愕夢や悪夢を話すたび君の腕の輪の中でひとつひとつすべて消えゆく 今川篤子


ポケットに入れた葉書がないのだからちゃんと投かんしたのだ多分  関本喜代子


すぎゆきを戻すすべなしさは言えど汝が体臭を折々思う  すずきいさむ



【特集 新春62歌人大競詠】


10首+エッセイ



寸鉄帯びず              橋本喜典



声おとろへず             篠弘



冬陽のさすところ          島田修三


 


7首+エッセイ



瑣事大事               大下一真



それだけで笑む           立花開




【書評】


伊藤一彦著 『若山牧水』評          今井恵子



【連載】


歌のある生活⑹                 島田修三

【新春15首】


道連れ                 橋本喜典



【特集Ⅰ 秀歌鑑賞と返歌 空と海と山と】


篠弘



【特集Ⅱ 現代歌人百人一首 ふるさとの山や川】


斎藤博   ~秋田県秋田市~       

【特集 いま短歌は―ノベンタ世代の短歌観】


定型のこと、共感の磁場のこと      柴田典昭


時代のリアル                 島田修三


掃除機のコードとサラエヴォのこと    柳宣宏




【新連載】


鉄幹・晶子とその時代①          加藤孝男




【好評連載】


戦争と歌人たち㉕              篠弘

【作品13首】


一瞬                   橋本喜典


シュタージの目、人間の目      今井恵子



【全国秀歌集】


以下の会員の歌が紹介されています。


青森     中里茉莉子


宮城     岡本弘子

        岡本勝


茨城     中根誠


東京     三浦槇子

        橋本喜典


神奈川    大下一真 

        柳宣宏


岐阜     小林峯夫


静岡     柴田典昭


愛知     広坂早苗


愛媛     大野景子