作品Ⅰ
いつよりかわが傘なくて覚えなき傘が立ちをり傘立ての中 橋本喜典
この人を傷つけにしか応答を指名したれば水飲まれをり 篠 弘
彼岸会過ぎ木犀散りて萩終えて母の命は母のみが抱く 大下一真
炊きたての飯に柚子味噌香らせて喰ひつつをれば疑心ばかばかし 島田修三
橋脚はつとめを終へて冬川のあかるき水に浸かつたりして 柳 宣宏
生きてゆく日々の簡素尊しと冬至粥今朝はほのぼのと食ふ 斎藤諒一
農協には農協牛乳しかなくて選択の余地なきが好きなり 井野佐登
横に流るる文字がことばにならぬうち電光板を逃げてゆきたり 中根誠
百舌が空、地虫が土より響き来て紅葉の中を啄木の墓 柴田典昭
ひたむきの前にわれはも口無しに藤蔓が幹を締め上げる闇は 今井恵子
一分ずつ息を糺して片足のリハビリ中です返事はしません 松浦ヤス子
つるばみを拾いあつめて踏みているひとり遊びの晩秋の庭 伴 文子
灰となる物のあはれよわが畑の土に返して心やすらぐ 伊佐木清子
掘りおこす土にまぎるる蛹いて埋め戻さんかわが植木鉢 都田艶子
拾い来しどんぐり長いの小さいの丸いの青いのそれぞれどんぐり 富永美智子
モロゾフの金色の缶灯に映えて使うあてなく傍らに置く 松坂かね子
東京の人とし生くる子の時間つばらに知らずゆうぐれの水 曽我玲子
とれたての鮎をそのまま輪切りにし骨もろともに食べている人 等々力喜久子
四年半経ても未だに運ばれぬ土嚢をてらす十六夜の月 大槻弘
赤、黄、黒 漁師の合羽の色だけが嵐の浜に吸い付いてゐる 清水篤
驚愕夢や悪夢を話すたび君の腕の輪の中でひとつひとつすべて消えゆく 今川篤子
ポケットに入れた葉書がないのだからちゃんと投かんしたのだ多分 関本喜代子
すぎゆきを戻すすべなしさは言えど汝が体臭を折々思う すずきいさむ