まひる野集


しづけさに思ふときあり子は耐へてわれに従ふ夕ぐれどきを  加藤孝男


足下より天まで硝子のマンションの噴水の穂に住みいるようだ  市川正子


夭死せし友を語りて友の子とわれとムール貝一キロを食む  広坂早苗


秋刀魚焼くこの惑星の片隅に星の元素となる人らを思ふ  島田裕子


カサブランカ標本棚に匂ふべし足音持たぬ子わが内なれば  竹谷ひろこ


一本の秋草のような少年が涼しき声におはようと言う  滝田倫子


いのちの樹たましひの鳥アムールの河畔の婚礼衣装に残る  小野昌子


咲きのこるサルビアぬらす雨の音鬼怒川氾濫の前触れなりし  寺田陽子


プランター占めて菫の花たち上るはるけき係累誰彼たたす  齊川陽子


夜深くネオンの消ゆる三越を黒きむくろと見おろしてゐる  升田隆雄


みすずかる信濃のくにの甘露煮の蜂の窒素がわたくしになる  麻生由美


兵士らが兵士ら殺すリビングの四角い箱に映る炎は  高橋啓介


日本では経験せざる親切にmerci(メルシー)と言う大きな声に  齊藤貴美子


捨てられた犬と見にしがこの朝は近くの老いに曳かれて走る  松浦美智子


驚きやすき猫と暮らして長き尾を踏みしばかりに青天の雷(らい)  久我久美子


丹精に育てられたるオリーブのたわわなる実が路(みち)べにも垂る  中道善幸


暗闇に灯火の失せしコンビニがヘッドライトに浮かびては消ゆ  岡部克彦


口紅を直さんと見る手鏡にはちみつ色の秋の陽流る  岡本弘子


ままならぬことの多かり虫眼鏡に外を見遣れば逆立ちの空  柴田仁美


都築区の違法建築マンションの支柱宙吊りあまたと報ず  小栗三江子


大空は白みはじめて手際よくあまたの星の光を奪う  吾孫子隆