【特集 現代代表女性歌人作品集】


市原友子      春の便り


亞川マス子     津久井に行く


箱崎禮子      春来る気配


今井恵子      メロンパン


田口綾子      連れて行つてもらふ

【エッセイ】


花和尚独語③  百花の春           大下一真



【特集  50人に聞く 2015年のベスト歌集・歌書】


柳宣宏






【連載】


戦争と歌人たち㉖             篠弘


鉄幹・晶子とその時代③         加藤孝男




【作品12首】


ほろほろひらく             後藤由紀恵



【歌集・歌書の森】



高尾文子歌集『約束の地まで』評    中根誠




【作品20首】


喪中越年                             大下一真



【特集 よみがえる啄木 石川啄木生誕130年】


随想   啄木が問題になる時代              篠弘





二月集(作品Ⅲ)


からからと乾きゆく野にひつそりと盗人萩の種ふとりゆく   岡野哉子


不登校・貧困・いぢめ 子どもらの間(あひ)をゆきかふ立冬の風   森 暁香


草越しに赤錆びしレールほの見ゆる夜は光りて銀河へ伸びよ   大久保知代子


うす黒く泥に塗るる靴洗うガレキの中を巡りたる靴   松本いつ子


長雨にズボンの折り目は緩みゆく吾も少しく疲れて見えむ   奥寺正晴


みどりごを抱きつつ見ればもしろし風が木の葉を揺らすことさへ   秋元夏子


自由なるわれを羨しと今日も言う夫あるあなたに言われたくなし   菊池和子


ちちふさを食べ物と見るみどり児の健やかにのびる体重曲線   浅井美也子


管理機は石を蹴りあげわれの手を払いてうね間を爆走してゆく   小原守美子


退院し帰宅の義母の数時間惑いいるらし自分の家に   鈴木智子


調査書の記入に瑕疵あれ対応の電話は穏し社風しのばる   小嶋喜久代


秋葬る荼毘にも似たる落葉焚き消えて季語だけ残る可笑しさ   上野昭男


もこもこの肌着が届く娘から若い元気と言われた後に   原田勝子


何事も元を取らねば気が済まずそのために詠む闘病の歌   今井百合子


土砂払ふ人らはなべて齢つみ六十九歳のわれぞ若かる   久下沼滿男


朴の葉の落ち尽くすまで庭先は破船の溜りとなりて明けくる   中井溥子


賛成と語る生徒に安保法案の我の思いを言葉にできず   滑川恵美子


鳴くことのできぬうさぎは目で話す黒き瞳にわれを見上げて   杉本聡子


雨の日は訪いくる人もないと言う 媼はわれを招き入れたり   黒澤玉枝




十八人集(作品Ⅱ)


胸元のTシャツの痕うすれきて晒すものなき秋と思えり   宇佐美玲子


あの山が子持山(こもちやま)かと幾たびも問う夫なりき そう、尖ってるほう   河上則子


帰り来よ正月会はむと言ひくれし人を逝かしめふるさとは雪   井上勝朗


広らなるメコンの流れは泥の色ホテイアオイが流れて行きぬ   岡田貴美子


学校は楽しいかなどと聞きながらエコーをしたる児の笑み見つつ   西 一村


世を逃れ来し者のごと神保町さぼうるの古き木椅子に座しぬ   西川直子


黄葉の散り敷く道に思ひ出づ早足なりし夫の靴音   庄野史子


亡き母は五木ひろしの大ファン テレビで懐メロ聞きつつ偲ぶ   七山征子


十あまり軒に吊らるる干柿に午後の日射しがやはらに透きぬ   横川操


目の前の時を傍観する吾のこれまで生きてきたはずの日々   矢澤保


穂すすきの影そよぎ立つ夕なだり白々とわが夢吹きすさぶ   稲村光子


生きてゐるだけで丸まうけと言ひ暮らす大阪人の我はなりたり   坂田千枝


五十年前の手紙を読みゆけば万年筆のインクの匂い   塙 紀子


逝きしこと聞きて仰げる夕暮れの空にちぎれて一片の雲   松本ミエ


闇に浮く白き木道歩みゆく脚の葉擦に風をとらへて   前田紀子


跳躍の姿のままに馬一頭ペーパーウェイトの中に収まる   岩本史子


もやもやと漂ひ消ゆる川霧の野良着を湿して心さびしき   山岸栄子


一斉にもみぢ降りくる牧場に黄のトラクターしぐれてをりぬ   山口真澄







マチエール


女装者の愛のしぐさに浮き出ずる冷たき角度を吾もまた持てり   加藤陽平


じゅうおくえん、という言葉を聴きながら借り家に帰る帰るほかなく   北山あさひ


われは夫をたたきつづける強風の師走の空に干したるパジャマ   木部海帆


すい臓にガンが見つかりすい臓の機能を初めて知ることとなる   倉田政美


あれが穂高、とあなたが指せばどの山も穂高となりてわたしに迫る   後藤由紀恵


わたくしの想い届かぬ人間の多くて心の位置をずらせり   小瀬川喜井


アンタレスしるき夕方ゆびをもて魚の小さな心臓をとる   佐藤華保理


すいません、と二度言ふ癖の四月頃よりつきたれば待たるる四月   染野太朗


いもうとはときおり父をパパと呼ぶそのたび遠くなりゆく父よ   富田睦子


小銭まで並べて高めの酒を買い氷も買って鳴らして飲むんだ   宮田知子


それぞれの単語はなじみあるはずが一首になると意味不明なり   山川藍


軽やかに国家を背負い手を振れる羽生結弦が不吉であった   米倉歩


あやめ草五月革命起きる様なし住宅ローンのあと百ヶ月   伊藤いずみ


食卓に初句と結句の顔をする吾子と祖母とが飯を待ちいる   大谷宥秀


今日が今日であることの意味低気圧に側頭葉を握られている   小原和





まひる野集


キリマンジャロの雪に倒れし豹のことあるいはわれの晩年はあり   加藤孝男


なつかしい眼をして笑う遺影から顔をそむけて聞く冬の雨   広坂早苗


腎ひとつ無くせし爺様と五階より沙婆の銀杏の明るさ見てる   市川正子


旅先に忘れてきたる夏帽子ふいに思えり、土手にほおずき   滝田倫子


夕日入るローカル線に居並べる膝頭(ひざかぶ)まろきをとめらの声   寺田陽子


青春を歌ふ若きにまじらひて未来は焼きたての香ばしき麺麭(パン)   島田裕子


書くならば裸にもどれ息の攣(つ)る冬日はうつつの罫を出でえず   竹谷ひろこ


関節をぱきつと折ると筋肉がずるつと出ます蟹のことです   麻生由美


倒木に萌ゆる茸のほの光り木々の時間に身をゆだねゆく   小野昌子


モンブランをおそばと言いて食べし子は遠くへ行きて戻る事なし   齊川陽子


生れしより共に生きくる両の眼の水晶体にあらためて謝す   斎藤貴美子


氷河期に象狩をせる祖たちに気おされてゐる今のかよわき   升田隆雄


あれこれと思い巡らしつづまりは俺は蕎麦のみ好みておるらし   高橋啓介


夜の海は波静かなり沖合の船の灯ながく岸にとどけり   松浦美智子


帰らざる一日と思えばしみじみと勤め終えたる安らぎありき   中道善幸


ストローの先をこきりと折りしまま共に見てゐる瓶のコスモス   久我久美子


山の果て海の果てかとおぼゆるに人の世の果ては人群れのなか   柴田仁美


この朝を冬の素肌に触れるごと玻璃戸の結露手のひらに拭く   岡本弘子


骨折を夫に告げしにそれはきつと僕のせいいだと呟くを聞く   小栗三江子


茶畑のあちこちに立つ気配せり風車は闇を攪拌しおり   岡部克彦


ことさらに雪の降りつむ浦里のまばらに点る明かり温とし   吾孫子隆   



作品Ⅰ



槻の葉の日に夜に降らむかの家に老いてぞひとはいかに住みゐむ  橋本喜典


税率の下がらぬ本か詩人あまた生むイギリスの零(ゼロ)をまぶしむ   篠 弘


秋遅き秋明菊の一輪の枯れず静かに母眠ります   大下一真


新しき畳のにほひを想ひしが甦らずこころいくらか荒れて   島田修三


地下鉄をマンハッタンに降り立ちし人種の中にヒジャブ行く見ず   柳 宣宏


北風に運ばれてくる子の声がふとたつ鳥の声に重なる   中根誠


富士山の見ゆる見えずを話題とし駿河の国の冬暖かし   柴田典昭


ベルリンに生まれし雲が動きつつ樹木へ降ろす光の柱   今井恵子


小一時間妻と別れて文具屋に四葉のシールを探す秋の日   岡本勝


半永遠立ちつくす樹の一生を山家に棲みてわが神とする   篠原律子


白粥を炊きゐる冬の昼下がり目白の鳴き声透きとほりゐる   宇野美奈子


食用菊の花びらほぐす夕べにて厨たちまち黄の花畑   中里茉莉子


くれなゐの浜撫子の咲きそめて少女らの声風に乗りくる   大上喜多子


夕暮れの大根畑に急ぎきて大根一本抜きて帰りぬ   山下憲子


老いじたく思ひて言ひて為さぬまま今年も冬至の柚子をととのふ   中嶋千恵子


末枯れたる切り口あらはに晒しあひ切株ならぶ霜月の田は   伊藤弘子


夫より頂く我への苦情あまた一応承るもほとんど忘る   大本育子


気紛れに身を委ぬればいささかの労働をせり祖父の揺り椅子   曽我玲子


泣きごとも叫ばねばならぬ友の耳ラクではないよ年を取ること   川田明子


夕ぐれの湿る空気がふくらみて回送バスがぬっと出でくる   佐藤智子


渋柿が干し柿として生れ変わる一人の老いのまだ甘からず   中畑和子



残り二回となりました

染野太朗選歌のNHK短歌、2月14日のゲストは俳優の有森也実さんです。

是非ご覧ください。