作品Ⅰ



槻の葉の日に夜に降らむかの家に老いてぞひとはいかに住みゐむ  橋本喜典


税率の下がらぬ本か詩人あまた生むイギリスの零(ゼロ)をまぶしむ   篠 弘


秋遅き秋明菊の一輪の枯れず静かに母眠ります   大下一真


新しき畳のにほひを想ひしが甦らずこころいくらか荒れて   島田修三


地下鉄をマンハッタンに降り立ちし人種の中にヒジャブ行く見ず   柳 宣宏


北風に運ばれてくる子の声がふとたつ鳥の声に重なる   中根誠


富士山の見ゆる見えずを話題とし駿河の国の冬暖かし   柴田典昭


ベルリンに生まれし雲が動きつつ樹木へ降ろす光の柱   今井恵子


小一時間妻と別れて文具屋に四葉のシールを探す秋の日   岡本勝


半永遠立ちつくす樹の一生を山家に棲みてわが神とする   篠原律子


白粥を炊きゐる冬の昼下がり目白の鳴き声透きとほりゐる   宇野美奈子


食用菊の花びらほぐす夕べにて厨たちまち黄の花畑   中里茉莉子


くれなゐの浜撫子の咲きそめて少女らの声風に乗りくる   大上喜多子


夕暮れの大根畑に急ぎきて大根一本抜きて帰りぬ   山下憲子


老いじたく思ひて言ひて為さぬまま今年も冬至の柚子をととのふ   中嶋千恵子


末枯れたる切り口あらはに晒しあひ切株ならぶ霜月の田は   伊藤弘子


夫より頂く我への苦情あまた一応承るもほとんど忘る   大本育子


気紛れに身を委ぬればいささかの労働をせり祖父の揺り椅子   曽我玲子


泣きごとも叫ばねばならぬ友の耳ラクではないよ年を取ること   川田明子


夕ぐれの湿る空気がふくらみて回送バスがぬっと出でくる   佐藤智子


渋柿が干し柿として生れ変わる一人の老いのまだ甘からず   中畑和子