【口絵 私とわたし】 島田修三
【トピックス】
「〈短歌〉はどういう〈詩〉か」報告記」 染野太朗
【連載】
戦争と歌人たち㉝ 篠弘
鉄幹・晶子とその時代⑩ 加藤孝男
【作品7首】
風の旋律 高橋啓介
まひる野9月号の特集は毎年恒例の「歌壇の〈今〉を読む」です。
昨年7月~今年6月までに出版された歌集の中から、是非ご一読いただきたい歌集を取り上げ、歌集評をします。
今年は以下の歌集を取り上げました。
尾崎左永子『薔薇断章』 (米倉歩)
伊藤一彦『土と人と星』 (平坂郁子)
三枝昂之『それぞれの櫻』 (清水篤)
小池光『思川の岸辺』 (大谷宥秀)
内藤明『虚空の橋』 (広坂早苗)
米川千嘉子『吹雪の水族館』 (北山あさひ)
江戸雪『昼の夢の終わり』 (宮田知子)
大口玲子『桜の木にのぼる人』 (佐藤華保理)
島田幸典『駅程』 (小島一記)
春野りりん『ここらかが空』 (後藤由紀恵)
黒瀬珂瀾『蓮喰ひ人の日記』 (富田睦子)
瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end. 』 (染野太朗)
作品Ⅱ
骨拾う確かに拾ったあの骨は確かに父の骨だったのか /菊池理恵子
バッグひとつに退院をする病室に残る人らの名札が掛かる /多々井克昌
商品の棚の間に隠れつつ監視カメラのレンズが光る /佐々木剛輔
飲み会を夕食会と言い換えて友は酔うなり何も変わらず /矢澤保
この国に原節子という女神いて癒されしかな敗兵の傷 /伊藤恵美子
食べて寝てはてさて何も考えず子猫の売られゐる昼の街 /田浦チサ子
野仏のみめよき写真一枚を残して去りし青年偲ぶ /関まち子
歩くこと目的なれば一人がよしおのがペースにおのがコースを /河上則子
あがいても哭いても海は知らぬふりだから静かに家に帰ろう /宇佐美玲子
天をさし護摩の焔は立ちのぼり美しき読経はみ堂に響く /藤森悦子
漢方薬劇的効果はあらねども杖なき歩みを薬効とする /塚澤正
愛用の傘いづくかに忘れきてその夜の雨を落ち着かず聞く /横川操
青空にらせん階段あるらしく高みを目ざす鳶をまぶしむ /草野豊
川岸を歩いて行けば向こうから激しく吠える柴犬がくる /齊藤愛子
駅前の八百屋魚屋肉屋閉ぢ和菓子屋のみが季節を告ぐる /相原ひろ子
茶事終えて朝九時半には帰路につく通勤電車の人にまじりて /知久正子
作品Ⅲ
合理主義を標榜したる国なれど曖昧ぬぐえぬチップとやらは /熊谷富雄
「クスリだよ・ご飯だよ」と言ひ畑の菜に防虫剤と肥料撒きゆく /松山久恵
きぞの夜はしやべりすぎたとぽそぽそと言ひたる人の含羞ぞよき /松崎健一郎
革新の女性候補は女性のみターゲットとしチラシを渡す /鈴木霞童
おまえなどと呼ばれたる夜の蒸し暑さエアコンの風強にして受く /浅井美也子
今にして思えばかの時伏線に気付かず曲りし十八の春 /瀧澤美智子
樹を掴み夜明けを待たず割れる背の蟬は翠の翅より生まる /田村ふみ乃
税金を滞りなく納めても大人になれず悪態を吐く /広沢流
心臓の魚はいまだ跳ねたまま順番がきて名前よばれる /おのめぐみ
見るだけと心に決めて春色の服のコーナーそろりと通る /名須川万里世
美しき五重塔に絹雲のかかるを君と語りつつ見る /さいとう春
しちぐわつの雨を湛ふる春楡のふかぶかといまきみを抱きたし /染野太朗
管理職でもなく管理部門にいるわれが訳知り顔にいれるコーヒー /佐藤華保理
子を産みて休職あるいは辞職せむといふ呪ひありけふも呪はる /田口綾子
真実はときに遠くてあなたの死に気付けば蟬が一斉に鳴く /立花開
脂身がレースのように透けていてビールは喉を喜ばせおり /富田睦子
車は揺れ夢と知りつつ夢の中とりとめのない夏の日にいる /宮田知子
友達の結婚式に行く前に殺すと書いたメモ紙捨てる /山川藍
素因数分解までして君のこと慰めたのに割り勘なのね /荒川梢
いつもそう大縄跳びの円周をうまく抜けれぬ星回り持ち /伊藤いずみ
伊勢丹に光を浴びる関サバはわれの知らざる誇りなど見せ /大谷宥秀
あの山が肺だとすればこの体はいずれ死にゆく血球だろう /小原和
窓あけし吾の手柄をたたうるごと廊下のすだれがはためけるかも /加藤陽平
目醒めれば素足がさむい雨の日をつらりつらりと国民でいる /北山あさひ
いつのまにか蒙古斑のなくなりて水着の跡のみ白き子の尻 /木部海帆
母の名は魔法少女と同じ名で中二の娘は激しく嫌う /倉田政美
中世の修道院に寝起きする祈りのための身体でありたし /後藤由紀恵
目薬のまなこをそれつ詩のことばわが魂をかすりてゐたり /加藤孝男
働きすぎだよねわたしと呟けばしずかにひらく地下鉄のドア /広坂早苗
ムスダンを迎撃したか蛾一匹たたきおとしてひとつ灯に寄る /市川正子
ふれたれば朝露こぼれあじさいに胸のあたりを濡らしてしまう /滝田倫子
帰らぬか帰られざるか残る鴨ゆつたりと浮く沼のみぎわに /寺田陽子
震度激しき画像は切らる鹿児島の川内原発なにを憚る /島田裕子
おほかたは我慢料とふ貯へを崩しに雨の銀行へゆく /麻生由美
手鏡をのぞくしぐさにスマートフォン出して青年は点景となる /小野昌子
新緑の木々を渡れる夜の風『西行花伝』の頁を撫づる /升田隆雄
日の当たる窓辺の席がよく似合ふ笑ひ上戸の女ともだち /久我久美子
人ひとり潜れるほどの洞となり真夜のテレビは暗く静もる /岡本弘子
作品Ⅰ
歌の友のあまたのひとのいますなる信濃の空に別れむとする /橋本喜典
跳ねまはる鬼どもの汗とび散りて月明に酔ふ鬼の剣舞に /篠弘
むらさきの花おびただしくも付けながら今年もあけび実に成らざりき /小林峯夫
にわか雨避けんと寄りて椨の木を仰げばまこと大き歳月 /大下一真
吝嗇がさらにぶつたくる凄絶の寒さ さよなら舛添要一 /島田修三
紺青の海を帰りて肉店のみどりの包みにコロッケふたつ /柳宣宏
どぼどぼとはたさらさらと右の眼に水が流れて手術はすすむ /横山三樹
さながらに意志もつごとく木の葉はも翻り舞えり春の昼なか /齋藤諒一
生類を喰らい群れゐる五位鷺の糞は格別よきこやしなり /中根誠
街路樹の葉陰にのつぺり顔したるけふの愁いやバス現れぬ /柴田典昭
春嵐この世はややに遠くなり会いたき人の声を思うも /今井恵子
炎天に乾きしミミズ曳きてゆく蟻は己の影さえもたず /中里茉莉子
母の居た厨は常に濡れていて鯵のなめろうオクラのさっと煮 /曽我玲子