新しき年の始めの祈りにて「名古屋に帰る」と願う子かなし   木部海帆

 

 

チョコアイスとけだし棒を伝う黒 少しいじわるだったわたくし   小瀬川喜井

 

 

冬空を駆けゆく馬のたてがみの震えしずかな霧雨となる   後藤由紀恵

 

 

酔い覚めのひとりの将棋に救いなしと気づけばすみの歩を動かしつ   加藤陽平

 

 

天狗山に天狗のスキー滑る見ゆ愉快なことがいちばん強い   北山あさひ

 

 

かほりさんをかぁさんと呼ぶのは伯母がただひとりやがて絶えなん   佐藤華保理

 

 

もういちど好きになりたり正座して炬燵にきみがもの食べてゐて   染野太朗

 

 

ひかりさす君の午睡の外側にひゅういと鳥の声響き 消ゆ   立花開

 

 

奥つ城の光(かげ)の溢るるカップ酒冬ざれの空に父と飲みたし   田村ふみ乃

 

 

困りつつ怒る女の顔であり般若愛しき逆上ののち   富田睦子

 

 

単純な次元ではない話です雪像群をかち割り崩す   広沢流

 

 

何か少し悪いことなどしてやろうと陽のあるうちから酒を飲みたり   宮田知子

 

 

英会話ニュースをiPadで撮ればデーモン小暮の化粧が目立つ   山川藍

 

 

心あてに飲まばや飲まむ白泡(しらあわ)の置きまどはせるヘレスとケルシュ   米倉歩

 

 

柚子の実をふたつ浮かべて入る風呂にふきげんな脳ふふとほどける   浅井美也子

 

 

一秒をひよこに置き換えてみよう 孤独にひよひよ響くひよひよ   荒川梢

 

 

初雪を巻き上げて行くわたくしを乗せていたかもしれぬ列車が   伊藤いずみ

 

 

ガタガタと凍りし路面を運転す摩擦係数μ(ミュー)を思えり   小原和

 

 

 

 

 

回転する刃(やいば)に草を刈り尽くすかく鮮やかな草の翳りは   加藤孝男

 

 

さみしさがみなもとなれど締め切りの切迫感がわが歌の基   市川正子

 

 

いちまいの桜もみじの張りつける朝の車の助手席に乗る   滝田倫子

 

 

冬の朝すこし濃くひく眉の線スカイサットがわれを追ひくる   島田裕子

 

 

歳の数を言ひ訳にする断りを重ねきたりて秋深みゆく   寺田陽子

 

 

若き日はただに笑へり少年の白球と蝙蝠を見誤るさへ   小野昌子

 

 

煩悩のこの世に人はもう二度と帰らぬのです通夜の語らひ   麻生由美

 

 

霜の庭にあえかにひらく水仙を剪らんとするは亡き者のため   齋川陽子

 

 

オペ室に夫を送りてひたすらに待つのみにして木椅子に座る   齊藤貴美子

 

 

居ながらに買物しうる便利さに通販に買う足踏みステッパー   松浦美智子

 

 

絶壁と荒れゐる海のあはひにて305号を南へと縫ふ   升田隆雄

 

 

開発にビルの幾棟建ちならび大きな影をそれぞれひけり   中道善幸

 

 

父と子の後ろ姿を街上に見送りしのち夜道を帰る   久我久美子

 

 

流行性感冒ヴィールス獣園の鳥らを殺す底冷えの朝   高橋啓介

 

 

手のひらに載せてくれにし鶏卵をつつめば殻に弾力のあり   庄野史子

 

 

騒音の止めば耳鳴り聞こえくるいづれにしても大風の夜   柴田仁美

 

 

確かめむ人の名ありてももいろの付箋貼りおく速記とりつつ   西川直子

 

 

腰の辺に透けし布もつヴィーナスの神話とは言えぬ裸婦の絵   岡本弘子

 

 

既にして寡婦とおなりたる妹とわれと雑煮を無言に味わう   小栗三江子

 

 

出る杭と打たるる心配すでになく麦藁帽子のせて畑うつ   岡部克彦

 

 

明け方のからすが空を掻き乱し凝縮されたる音を発する   吾孫子隆

 

 

 

 

 

 

 

 

かすみくる眼はわれのもの運命のままにといふは闘ふの謂(いひ)   橋本喜典

 

 

なかぞらの暗みそめたる庭に立ちわが身に享(う)けむ風花を待つ   篠 弘

 

 

いつまでを此岸にあそびときおりに彼岸を思う罰当たりわれ   小林峯夫

 

 

長崎は殉教の町被爆の地夜は灯りが海へなだるる   大下一真

 

 

たつぷりと太れる牡蠣を啖らひつつ泣きたいやうな心と遊ぶ   島田修三

 

 

ジャカルタに夜は来たりて「カネくれ」と目見(まみ)濃き子らを見捨ててぞゆく   柳宣弘

 

 

荒々しき自衛隊員のあぐる声由紀夫に投げてその後を聞かず   中根誠

 

 

両の掌に載らむほどなる仏の像家また家へ木喰残しき   柴田典昭

 

 

家族など歌うなと言のつよかりき若竹しなう七十年代   今井恵子

 

 

兄弟にして新刊と古書それぞれに店を商う弟が古書   醍醐和

 

 

秋楡の上枝下枝(ほつえしずえ)と色を増し失くしたハンカチふいに浮かび来   圭木令子

 

 

風の私語聴きつつねむる冬の夜を折おりわたる白鳥の声   中里茉莉子

 

 

指をもて珊瑚水木を撓めゆく明日は野放図にもどると知れど   曽我玲子

 

 

守るべきひとりの在れば時かけて煮含めてゆく信子流おでん   小林信子

 

 

輪の中へ富士山を入れ縄飛びをする吾娘(あこ)ふたり調布の丘に   大林明彦

 

 

たくさんの実をありがたうひと本のオクラを倒す霜月の夕べ   鈴木美佐子

 

 

 

 

 

 

 

アレッポは砲弾に潰えこの里は弾も受けぬに滅びんとする   上野昭男

 

 

Yogiさんはヒジャーブ脱ぎてしなやかに瞳に強き光浮かぶる   八木絹

 

 

給料の安いことなど身も蓋も無いことを言う散文の妻   高木啓

 

 

雨戸にはひと癖あれば記しおくややに持ちあげ一気に押すと   菊池和子

 

 

バス停にわれを送りて帰りゆく夫と互(かた)みに片手を挙ぐる   高志真理子

 

 

座布団の父の凹みに陽の射して花梨の葉の影ゆっくり遊ぶ   服部智

 

 

方角で一番いいのは南だと言うから枕は南でいいの   平澤照雄

 

 

車窓よりペダル踏みゆく僧見えて夫との会話の糸口となる   牧坂康子

 

 

夕陽うけマンホール七つ輝けり宙へと到る飛石のごと   坂井好郎

 

 

優劣を見せて芒の原にあるパンパスグラス、アルゼンチンの草   岡野哉子

 

 

すじ雲が霜のようにこびりつく空の直下で冷えるコスモス   山田ゆき

 

 

お掃除の小林さんが薄暗い廊下で手のひら開けば飴玉   左巻理奈子

 

 

てんぷらにすれば美味(うま)しと教へられ秋の茶の芽と花を摘みたり   谷蕗子

 

 

徘徊ではないと一言メモ残し今宵の祭りの花火見ている   諸見武彦

 

 

濡れ布巾の上に替え置くもみじの葉息吹くように広がりてゆく   大葉實子

 

 

捨て鎌を研ぎて繕う些事にさえ近ごろ縁なきよろこび覚ゆ   山本吉成

 

 

はなびらをちぎる代わりに粉雪を吹いて占うこどもみたいに   塚田千束

 

 

「ハンブルグ」交互に声に出しながら買い物かごを揺らしてあるく   池田郁里

 

 

 

 

「お母さん」と耳元で呼べばかすかにも「はい」と答へつ息の下より  秋元夏子

 

 

蜘蛛の巣に掛かりやんまは尾を丸め喰はれてゐるは心の辺り   松山久恵

 

 

しんしんと垂直に降る夜の雪はブイヤベースの貝開かせる   宇佐美玲子

 

 

首都に降る十一月の初雪はあたたかに見ゆ人多くして   広野加奈子

 

 

散るべきはみな散り果てし栗の木の枝を鳴らして木枯しの吹く   横川操

 

 

北斗より滴る水と思うまで透きて冷たき沢の水汲む   福井詳子

 

 

広きまま木蓮の葉の散りてきぬ思い詰まれる手紙のように   齊藤淑子

 

 

娶らざるままに逝きたる隣り家の信ちゃん思う山茶花咲きて   加藤悦子

 

 

天国に一番近い教会の頭上にマゼラン星雲を見つ   鈴木尚美

 

 

祖母逝きし歳となりきて思われる八十歳にも望みがあること   齋藤冨子

 

 

寒き夜は肩に手の平当ておればほんわり温くいつしか寝たり   吉松梢江

 

 

強風に地に茎伏せるコスモスがそのまま花を咲かせていたり   住矢節子

 

 

いちまいの花びらとなりて命終ふ黄蝶は土にひらたくなりて   森 暁香

 

 

散水にたちまち生きる鉢花の息あずかるは吾かと思う   里見絹枝

 

 

 

 

 

海側か山側という表記の街どちらでもない私が住む   木部海帆

 

 

初雪になれない雨に濡れながら次の季節の君を想えり   小瀬川喜井

 

 

冷蔵庫に冷えたる柿のぐずぐずを夜の厨に立ちながら吸う   後藤由紀恵

 

 

午後四時の暗がりの中に手を洗えば影は古典のごとく動くなり   加藤陽平

 

 

私から逃げても私ひろいひろい泣かずに今日は豚汁作れ   北山あさひ

 

 

夫の鼻と口をもつ子が食べているパンを油に光る魚を   佐藤華保理

 

 

座りたれば股間にとどくネクタイの藍深くして銀座線しづか   染野太朗

 

 

父の箸と私の箸で喉仏をつかんで入れぬ 骨つぼは充つ   立花開

 

 

くちづけはシャボン玉よりはかなかりこの球体の淡きまじわり   田村ふみ乃

 

 

感覚の壊死はすすめり明滅の南スーダン・アレッポ・高江   富田睦子

 

 

隣席の紳士の所作に見惚れつつかっこよさげに珈琲を飲む   広沢流

 

 

丁寧に眉を描いて気に入りのシャツをはおって 行くところがない   宮田知子

 

 

フリスビー投げるみたいにカタラーナ無言で置いてくるウエイター   山川藍

 

 

叱る声どこにも聞こえぬ病棟に母は素直に母でいられる   浅井美也子

 

 

ミルクティとひそかに呼んでいる後輩が彼女と働きたくないと言いだす   荒井梢

 

 

ケイタイナンバー手に入れるため佐藤佐藤佐藤のお湯割り飲み干している   伊藤いずみ

 

 

ことのほか効き目の著きステロイド今日の家族(うから)の光となりて   大谷宥秀

 

 

急患の来ぬを祈れり真夜中に垂れた鼻血をひとりで拭う   小原和

 

 

 

 

エクレアの銀箔さびしき音たつる夕べかすかに雪の来る音   加藤孝男

 

 

笑点に円楽暴れゆくさまを目守(まも)りてわれはわれと笑いぬ   市川正子

 

 

朔風にみだりがわしくひるがえる国旗と県旗 県旗はひくく   広坂早苗

 

 

さみしさは背よりどっと来たりけり枯葉一枚いちまいの音   滝田倫子

 

 

もう父は月を見上ぐることなくて庭いつぱいのあをい月かげ   麻生由美

 

 

そよろ吹く風の運ぶや身に棲める老化の精を手なづけゆかむ   寺田陽子

 

 

電話にて三度笑へりふつふつと笑ひのみなわ消えぬ間に寝む   小野昌子

 

 

「君の名は」の動画が老女の脳髄をいたぶりつくす百分余り   齋川陽子

 

 

お茶室にわが若き日を寂しめり戦後は茶会少なかりにき   齊藤貴美子

 

 

折り畳みの丸卓袱台に熱燗を置きたる跡の白く残れり   松浦美智子

 

 

三越の赤きネオンのいつか消え空中長屋が闇に浮かべり   升田隆雄

 

 

おそらくは冬を越えざるわが義父の手に握らるる碁石冷たき   高橋啓介

 

 

扉(ドア)閉めて出でゆく夫の足音のたちまちに消ゆためらひもなし   久我久美子

 

 

雨雲が地を這ひながら圧し掛かる腓返りのをさまらぬ夜の   柴田仁美

 

 

霜月の日差しそこのみ暮れ泥む干し柿三十個干せるベランダ   岡本弘子

 

 

和やかな二人の暮らし続けむと笑まうおかめの熊手を買いぬ   岡部克彦

 

 

後の世は天に昇りて雨となり縄文杉を打つもよからん   吾孫子隆

 

 

 

 

 

浴室に手摺を付くる若者は高さ測るとわれに握らす   橋本喜典

 

 

庭先にあまた欅の葉が積もり焚かむおもひに襲はれてゐる   篠 弘

 

 

納得の数値でるまで血圧計ボタンを押して目つぶりて待つ   小林峯夫

 

 

逝けるもの育ちゆくもの母の忌に抱けば孫なるもの手に重し   大下一真

 

 

むかしだが酒に量なき滅法を夜ごと生きにきあはれあはれ肝   島田修三

 

 

路地裏を帰る夕暮れ寒いから甘酒煮るといふこゑを聞く   柳宣弘

 

 

靴底の踏みたる銀杏著き香の消えざり犯ししミスは負はねば   柴田典昭

 

 

手の内を見せてならぬというごとく空を指差しああっと言った   今井恵子

 

 

自任せるクラシックおたくジャズおたく絵葉書おたく聖母子おたく   岡本勝

 

 

温度差は計り得ずしてぬるま湯はぬるま湯なりと両手を浸す   圭木令子

 

 

手のひらと洗えばひったり二枚貝となりゆくわが手現し世の海   中里茉莉子

 

 

乱暴なる字なれど楽しき葉書来ぬ幾度も読みてにやにやとする   西尾芙美子

 

 

加湿器を「この子」と言ひつつ荷をほどき説明をする若き店員   平田久美子

 

 

レストランの電飾灯が七階より地上に垂れれば昇る気失せたり   亞川マス子

 

 

立冬を冬至と間違へ手に入りし柚子をあちこちに配りし粗忽   樋川道子

 

 

とどろきて優勢告ぐるスマホニュース鈍き湖面の鉄橋わたる   曽我玲子

 

 

弾む日と落ち込める日と怠惰な日繰り返しつつどっぷり老ゆる   川口二三子

 

 

永らうる母も寂しや友という友ことごとく彼岸に在りて   中畑和子

 

 

神様は居眠りがちと聞いたので鈴を鳴らして起して賽銭   関本喜代子

 

 

散る力みせて咲き継ぐ力増すさざんくわの木の花のゆたかさ   大林明彦

 

 

 

【巻頭作品31首】
 
芸に遊ばむ              橋本喜典
 
【特集 40代歌人の魅力】
 
作品7首+エッセイ「短歌と人間」    風媒         富田睦子
 
題詠「チョコレート」5首                      後藤由紀恵
 
 
【新鋭14首+同時W鑑賞】
 
供花                   立花開
 
 
【連載 歌のある生活⑲】
こころに浮かぶもの         島田修三
 
   
【巻頭作品15首】
 
そこまで百歩               橋本喜典
 
【特別作品20首】       
 
山茶花                  広坂早苗
 
【作品10首+エッセイ】
 
落ち葉の季節に             橋本忠
 
 
【特集 時をとらえる】
 
概念が存在感をもつとき       富田睦子
 
【特集 相聞・如月によせて】
 
無理                    北山あさひ
 
燻る朝                   田村ふみ乃
 
 
【連載】
短歌渉猟  和文脈を追いかけて②        今井恵子
 
短歌時評                         田口綾子
 
【作品季評】                       柳宣宏