「お母さん」と耳元で呼べばかすかにも「はい」と答へつ息の下より  秋元夏子

 

 

蜘蛛の巣に掛かりやんまは尾を丸め喰はれてゐるは心の辺り   松山久恵

 

 

しんしんと垂直に降る夜の雪はブイヤベースの貝開かせる   宇佐美玲子

 

 

首都に降る十一月の初雪はあたたかに見ゆ人多くして   広野加奈子

 

 

散るべきはみな散り果てし栗の木の枝を鳴らして木枯しの吹く   横川操

 

 

北斗より滴る水と思うまで透きて冷たき沢の水汲む   福井詳子

 

 

広きまま木蓮の葉の散りてきぬ思い詰まれる手紙のように   齊藤淑子

 

 

娶らざるままに逝きたる隣り家の信ちゃん思う山茶花咲きて   加藤悦子

 

 

天国に一番近い教会の頭上にマゼラン星雲を見つ   鈴木尚美

 

 

祖母逝きし歳となりきて思われる八十歳にも望みがあること   齋藤冨子

 

 

寒き夜は肩に手の平当ておればほんわり温くいつしか寝たり   吉松梢江

 

 

強風に地に茎伏せるコスモスがそのまま花を咲かせていたり   住矢節子

 

 

いちまいの花びらとなりて命終ふ黄蝶は土にひらたくなりて   森 暁香

 

 

散水にたちまち生きる鉢花の息あずかるは吾かと思う   里見絹枝