エクレアの銀箔さびしき音たつる夕べかすかに雪の来る音   加藤孝男

 

 

笑点に円楽暴れゆくさまを目守(まも)りてわれはわれと笑いぬ   市川正子

 

 

朔風にみだりがわしくひるがえる国旗と県旗 県旗はひくく   広坂早苗

 

 

さみしさは背よりどっと来たりけり枯葉一枚いちまいの音   滝田倫子

 

 

もう父は月を見上ぐることなくて庭いつぱいのあをい月かげ   麻生由美

 

 

そよろ吹く風の運ぶや身に棲める老化の精を手なづけゆかむ   寺田陽子

 

 

電話にて三度笑へりふつふつと笑ひのみなわ消えぬ間に寝む   小野昌子

 

 

「君の名は」の動画が老女の脳髄をいたぶりつくす百分余り   齋川陽子

 

 

お茶室にわが若き日を寂しめり戦後は茶会少なかりにき   齊藤貴美子

 

 

折り畳みの丸卓袱台に熱燗を置きたる跡の白く残れり   松浦美智子

 

 

三越の赤きネオンのいつか消え空中長屋が闇に浮かべり   升田隆雄

 

 

おそらくは冬を越えざるわが義父の手に握らるる碁石冷たき   高橋啓介

 

 

扉(ドア)閉めて出でゆく夫の足音のたちまちに消ゆためらひもなし   久我久美子

 

 

雨雲が地を這ひながら圧し掛かる腓返りのをさまらぬ夜の   柴田仁美

 

 

霜月の日差しそこのみ暮れ泥む干し柿三十個干せるベランダ   岡本弘子

 

 

和やかな二人の暮らし続けむと笑まうおかめの熊手を買いぬ   岡部克彦

 

 

後の世は天に昇りて雨となり縄文杉を打つもよからん   吾孫子隆