海側か山側という表記の街どちらでもない私が住む 木部海帆
初雪になれない雨に濡れながら次の季節の君を想えり 小瀬川喜井
冷蔵庫に冷えたる柿のぐずぐずを夜の厨に立ちながら吸う 後藤由紀恵
午後四時の暗がりの中に手を洗えば影は古典のごとく動くなり 加藤陽平
私から逃げても私ひろいひろい泣かずに今日は豚汁作れ 北山あさひ
夫の鼻と口をもつ子が食べているパンを油に光る魚を 佐藤華保理
座りたれば股間にとどくネクタイの藍深くして銀座線しづか 染野太朗
父の箸と私の箸で喉仏をつかんで入れぬ 骨つぼは充つ 立花開
くちづけはシャボン玉よりはかなかりこの球体の淡きまじわり 田村ふみ乃
感覚の壊死はすすめり明滅の南スーダン・アレッポ・高江 富田睦子
隣席の紳士の所作に見惚れつつかっこよさげに珈琲を飲む 広沢流
丁寧に眉を描いて気に入りのシャツをはおって 行くところがない 宮田知子
フリスビー投げるみたいにカタラーナ無言で置いてくるウエイター 山川藍
叱る声どこにも聞こえぬ病棟に母は素直に母でいられる 浅井美也子
ミルクティとひそかに呼んでいる後輩が彼女と働きたくないと言いだす 荒井梢
ケイタイナンバー手に入れるため佐藤佐藤佐藤のお湯割り飲み干している 伊藤いずみ
ことのほか効き目の著きステロイド今日の家族(うから)の光となりて 大谷宥秀
急患の来ぬを祈れり真夜中に垂れた鼻血をひとりで拭う 小原和