名作『砂の器』 | 三匹の忠臣蔵

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お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

タイトルが秀逸で、緻密な脚本とハンセン病への偏見を訴えた社会性も併せ持つミステリー・サスペンス。

男の死体が発見され、その前日、近くのバーに被害者と連れの男が来ていたことが判明する。

店主の女性は、被害者の方が東北訛りで話し、「カメダ」という言葉を聞いたと証言する。

警視庁捜査一課の今西刑事(丹波哲郎)とコンビの吉村刑事(森田健作)は、「カメダ」が地名だと判断し、捜査を続ける。

地方への出張を重ねる二人は、道中の電車の中で新進気鋭の作曲家・和賀英良(加藤剛)を目撃する。

ある日、養子の証言から殺害された男が三木謙一(緒形拳)と判明するが、三木は岡山県出身で東北弁は使わない。
しかし、「地方方言研究所」の助言から、三木は島根県の亀嵩(かめだけ)で警察官として勤務していたことが判明する。

これを手がかりに、ハンセン病を患ったことで妻に見捨てられ、息子と一緒にお遍路姿で放浪の旅を続けていた本浦千代吉(加藤嘉)と本浦秀夫の親子にたどり着く。

三木はハンセン病の本浦千代吉を療養所へ送り、秀夫を手元で育てようとするが、秀夫はそこから出ていってしまう。

その後、秀夫は大阪にたどり着き、自転車店で働くことになるが、大阪大空襲で街が焼け野原となり、店主夫婦が亡くなった混乱に乗じて、店主の長男・和賀英良として新たな戸籍を作っていた。

 

 


 

 

ストーリーは今西刑事を先導役にして進み、演じる丹波哲郎が黙々と捜査を続ける刑事を演じてる。
今西が三木の手がかりを追って岡山、石川、大阪と全国を飛び回るが、行く先々で方言が飛び交う。
この「方言」が物語を展開させるキーワードになっていて、脚本が緻密に組み上げられていることが分かる。

原作は1960年に発表された松本清張の長編推理小説なので、先日観た『人間の証明』と同じように戦時中の混乱を物語に使っているが、本作の方が違和感なく物語に溶け込んでる。

捜査の経過や事件の経緯を紹介するのに字幕が使われていて、「なぜ?」を解消するのに役立っているので、集中して観られる。

というか、置いてきぼりにならず、映画の中にいてるような気がする。

犯人の足取りを追って全国を転々とするわけで、下手をすれば話が散り散りばらばらになってもおかしくない。

そこを観客が迷子にならないように、うまく工夫してると思う。

この映画って、場所はどんどん変わるし、方言、過去の戸籍、戦争、親子の放浪、現在の殺人事件と情報量がかなり多い。
それなのに観ていて「今、何を調べてるんやった?」となりにくく、字幕も含めて情報整理がものすごく巧いと思う。

本浦親子の出身地は石川県上沼郡大畑村になってるが、これは架空の村で、映し出されるのは「五箇山合掌造り集落」なんだが、他にもあったはずで、画作りへのこだわりが感じられる。

そしてクライマックスから流れ出すピアノコンチェルト「宿命」が、悲哀を詰め合わせたような曲で、和賀の人生そのものを描いてる。
そして逮捕状をもった今西と吉村が向かう「宿命」の初演のコンサートで終焉を迎える。

この曲は音楽監督の芥川也寸志が作ったのではなく、彼から依頼を受けた菅野光亮が作曲し、ピアノを羽田健太郎が演奏していたと記憶してる。
今聴いても、ジャズのような揺らぎを感じる。

監督が野村芳太郎、脚本が橋本忍・山田洋次、撮影が川又昂、音楽監督が芥川也寸志という、今では再現不可能と思えるほどの最強布陣。
日本もこれほどの映画が作れたのにな、もったいないね。

 

 

 

名作『砂の器』