三匹の忠臣蔵

三匹の忠臣蔵

日々是好日。
お弁当ブログだった「お弁当にはたまご焼き」からリニューアル。
映画レビューを中心に、日々思いついたこと、感じたこと、趣味のことを書いてます。

思想信条は中道。
趣味は映画・ドラマ/ブラス・オケ・オペラ/海外サッカーなどの鑑賞。
体を動かすのはもっぱら自転車で、時々ウオーキング、フルマラソンは一度だけ。
日々ネタ/動物ネタ/時事ネタは脈絡なく私的な感懐を書いてます。

日産V字回復の立役者であるカルロス・ゴーン。
彼の知られざる幼少期から、フランス・ルノー社CEO時代、日産を救った絶頂期、そして前代未聞の逃亡劇へ。
その波乱の半生と、事件の真相を追ったドキュメンタリーがNetflixで配信してたので観てみた。

日産に来る以前、カルロス・ゴーンがフランス・ルノー社CEO時代に、強引なコストカットのために4ヶ月で3人の社員が自殺した事件についても、丁寧に証言を得て取材してる。

面白いのは、ルノーと日産というよりも、フランスと日本に驚くほど共通点があることだ。
政治・経済を問わず、要職は世襲される。
経営破綻が見えてきた段階でもなお、「ルノーの社長はフランス人でなければならない」という固執があった。
生き残りをかけて日産と提携することは決めたものの、フランス側は日本のことを何も知らない。
対する日産側も、まさか外国人が社長になるとは思っておらず、これは「敗戦」を意味しているという捉え方だった。

倒産しか選択肢がないのに「何言ってんの?」って、そら当然の結果やろと、思わず呆れてしまう。

 

コンプレックスが生んだ強欲と、人間味

ゴージャスな誕生日パーティーの費用をルノーと日産が折半していたという事実。
彼の父親がダイヤモンド密輸と牧師殺害の容疑で死刑判決を受けていた過去。
低身長や禿頭を植毛や厚底靴で補い、視力についても手術で補正していたこと。

こうした要素から、単なる金銭欲というよりも、強いコンプレックスに裏打ちされた人物像が浮かび上がる。
フランスのエスタブリッシュメントにおけるアウトサイダーであったことも含め、内面の掘り下げによって、等身大の彼が見えてくる。

さらに日本でカルロス・ゴーンの家政婦だった女性がカルロス・ゴーンの私生活について、とても細かい証言をしていて、その素顔がよくわかる。
彼女が涙声で語る、日本脱出を予見させるような彼の振る舞いにどこか人間味を感じた。

 

世界水準の取材力が暴く、日本の「人質司法」とメディアの限界

そして、この作品のメインと言えるのが、日本の報道では不透明だった保釈後の逃亡経緯。
場所と時刻を画像や動画で特定しながら再現する手法に、「よくこれだけの資料を手に入れた」と感心させられる。

また、日本の「人質司法」が人権侵害であることを明確に指摘している点は、日本のメディアとの違いを際立たせてる。

Netflixが持つ強大な資金力と発信力が可能にした、国際的な取材チームによるドキュメンタリー。これを観てしまうと、日本のマスコミがやっていることは「子どもの遊び」に見えてくる。

日本という島国で長らく権力を恣(ほしいまま)にしてきた国内メディアがいかに「裸の王様」であったかを、皮肉にもインターネットメディアが暴露する形となってる。

それを象徴しているのが、メディア側の人間として出演している安藤優子。
彼女は日本の放送界では重鎮とされる立場のはずが、本作では自らの浅はかさを露呈させてる。
そのことに本人さえ気づいていないところに、日本メディア界の闇の深さがある。

 

司法制度からの脱出と「推定無罪」が機能しない国の実態

日本のメディアはこの事件を「犯罪者の国外逃亡」という点に主眼を置いているが、カルロス・ゴーンは推定無罪が機能しない”日本の人質司法”から逃れた、逃れるしかなかった。
いわば司法制度の問題だと主張してて、少なくともこの点を本作ではしっかりと捉えてる。

差別が横行し、人権を否定するような司法制度。実際に裁判は行われておらず、刑は確定していない。犯罪は立証されておらず、有罪の証拠も乏しい。彼は、推定有罪に基づいた不正な司法制度の「人質」から免れたに過ぎない。

これは日本でも報道されたが、そもそもの有価証券報告書の虚偽記載も、このスキームを考えてカルロス・ゴーンに提案したのはこの作品にもでてくる西川廣人氏。

カルロス・ゴーンはその提案に乗っただけで、西川廣人が検察に持ち込み司法取引をした。
これは当時、テレビ東京の『WBS』だけが西川廣人の証言とともに報じていたが、他のメディアで報じられることはなかった。

そしてもう一人、この作品に登場する井上久男も、カルロス・ゴーンのことを手のひらを返すように違う話を始めてる。

 

メディアという名の「検察の共犯者」

この作品の締めくくりで、安藤優子が「もし彼に正義がもしあるなら、彼は惨めな黒い箱に入って逃げなくてはいけなかったのか」と問いかける。
これは逮捕された被疑者が黙秘権を使うと「やましい点がなければ正々堂々と話すべき」という、、日本のメディア特有の論調そのもの。

しかし現実は、村木厚子氏の「郵便不正事件」、検事自身が証拠データを改ざんした「大阪地検特捜部証拠改ざん事件」、そして死者までだした「大川原化工機事件」。
直近では「福井女子中学生殺人事件」と、検察による冤罪があとを絶たない。
これらに共通してるのは検察による証言の強要と証拠の捏造と、脅迫的な取り調べ。
これを土台にした、本作でもカルロス・ゴーンも語ってるが、自白をしなければ長期勾留が続く、これが日本の実態。

一審で無期懲役の判決を受けた安倍元首相銃撃事件の山上徹也被告も、逮捕から一度も釈放(保釈)されることはない。また、NHK党党首の立花孝志被告も保釈請求を却下され、今も勾留が続いてる。

冤罪事件に関わった弁護士は口を揃えて「黙秘しろ」と言う。
下手に喋れば都合の良いところだけを切り取られ、言ってもいないことが供述として作文される。
これが検察のお家芸。
これで”正々堂々と話せ”はない。

検察の強制捜査をベストポジションで待ち構え、速報として流すメディア。
有罪率99.9%という数字を支えているのは、興味本位で世論を煽り、犯罪者を仕立て上げるメディアを抜きには語れない。
彼らは検察の言いなりに情報を垂れ流すが、冤罪が判明した際に同じ熱量で訂正報道を行う姿を、私はこれまで見たことがない。

そう考えると、本作でも安藤優子と井上久男の振る舞いにも頷ける。