この演奏が好きで何十回と聴いた。
ただ、音源としてはYouTubeに上げているので、今も聴ける。
しかし井上さんの指揮が見られないと諦めていたら、見つかった。
当時は井上さんのオフィシャルサイトに朝鮮を訪問した際の動画がすべて掲載されていて視聴できたが、今は見られない状態になっている。
しかし、何年ぶりかに見ることができて心が弾んでいる。
この曲は高校の時から何度も吹いているので、特に感想はなかった。
あの頃は吹奏楽用だと思うが、7分程度にまとめた曲が多く出回ってた。言ってみればこの曲もその中の一曲にすぎず、アリランといっても特別な曲ではないので、惹かれるものもなかった。
ところが、初めてこの演奏”見た時”は驚いた。
交響詩なんだが、これほど心が踊ったことはない。
この演奏の何がすごいかというと、朝鮮半島の分断の悲しみと怒り、そして未来への希望と民族の願いを見事に再現してて、交響詩の長所を活かしてるところ。
こんな演奏は初めて聴いた。
恐らく、未来永劫この演奏を超えるアリランを聴くことはないだろう、感動の一曲。
それではこの曲に関する説明と、井上道義さんが北朝鮮へ渡った経緯を。6年前にYouTubeに上げた際のコメントを引用しておく。
管弦楽アリラン(관현악 아리랑) 井上道義指揮 朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団 アンコール曲です。
私はこのアリランが大好き、本当に心惹かれる名演奏だと思っています。
アリランは世界中で歌われている朝鮮民謡です。
今の中国とロシア、朝鮮の一帯はその昔、高句麗だったので同じ文化だったんです。
だから中国にも朝鮮との国境線に朝鮮族がいて、現ロシアにも朝鮮族はいました。しかし戦時中、ソ連のスターリンは朝鮮人が日本のスパイになることを恐れて強制移住させました。
今のカザフスタン、ウズベキスタンにアジア系の人が多いのはそういった理由です。
にもかかわらず朝高で私の6つ上くらいの外国語は、英語ではなくソ連語でした。
なんか屈辱的。
日本には私たち在日がいて、中国やアジアの中央草原にも朝鮮族はいます。今じゃ、ヨーロッパやアメリカにもコリアタウンがあります。
そして、それぞれの地域で歌い継がれているのがアリランです。
時の経過とともに地域によって歌詞や曲調は違うんですが「アリラン峠を越えて」は変わりがないようです。
このアリランが“平和の使者として演奏されかけた”ことがあります。
2008年、米朝初の本格的文化交流として、ニューヨーク・フィルの音楽監督ロリン・マゼールがニューヨーク・フィルを率いて平壌公演を挙行し、米朝両国歌や朝鮮民謡「アリラン」を演奏します。
ちなみに、この公演費用3,000万円を出したスポンサーは、イタリアのヴェネツィアに在住する富豪のチェスキーナ・永江洋子さん、日本人女性でした。
その返礼として朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団がニューヨーク、ワシントンでドヴォルザークの9番「新世界」を演奏することになります。
しかし楽団が若くアメリカまで行って下手な演奏はできません。
そこでしっかりトレーニングしてくれる指揮者を日本から招聘したいという話が持ち上がり、井上道義さんが平壌へ行くことになります。
他の指揮者は打診があったけどビクついて断ったなか、「いつもと同じ出演料をいただけるなら、どこのオーケストラであろうとやります」という条件で、井上さんは2011年に初めて平壌に行き、朝鮮民主主義人民共和国国立交響楽団を振ります。
マゼールのアリランはやっぱりと言うか、案の定というか、まぁ仕方ないよねって演奏でした。
一方、道義さんは現地へ行って初めて渡されたスコアを見事に振り抜きます。
以下、道義さんの引用です。
その時の新世界交響曲演奏の後、アンコールとして交響楽団と民族楽器のために巧妙に編曲された「アリラン」を指揮したが、その作品に内在された、国が2つに分かれた現実と、人々の統一への強い憧れは、男女の互いの憧れに似て、悲しくも心打たれた。
拉致問題どころでなく、あちらではそのような事が何百倍と起こっていると知った。
原因は国を分断した世界政治、またその後の2国の政治家にある。国民にはないと。
日本は分断されなくて良かったと強く思い帰国した。
金正日はオーケストラ音楽が好きで、音楽で朝米の壁を飛び越えようと考えていたようです。
米中国交正常化と同じ効果を期待した交流は、金正日が亡くなり交響楽団の訪米は幻と消えます。
井上さんは2013年に2度目の訪朝をします。
しかし帰国後に右翼が街宣車を出し、石川県議や市議が大騒ぎします。
この時に井上さんのセミナーを聞きに行ったことがあります。
セミナーが始まるとお題は確か「マーラー(?)のフルスコア」だったと思いますが、始まるや否や、全く違う訪朝の話をはじめます。
日本にいると北朝鮮は悪い国で、世界から孤立しているというニュースばかり。しかし国交を結んでいないのはアメリカや日本、イスラエル等、片手ほどって知ってますか、という話から始まり、日本で聞いていたニュースと全く違った。
そして、この話をすると「止めた方がいい」「北の話はしない方がいい」と周りから止められると言っていました。
それから数年後、井上さんは解任に近い形でアンサンブル金沢を去ることになります。
懇意にしているチェロ奏者がFacebookですごく悔しがっていて、コメントで盛り上がりました。
井上さんは岩城さん亡き後、石川の音楽界をカタチ作った人です。
惜しいとしか言いようがありません。




