体調がすぐれずに東京行きを断念しましたが、今日は暇になりましたので、当初予定にあった松尾依里佳さんのライヴにお邪魔して来ました。旬のタレントと言うことで、客席もほぼ満席と言った感じで、彼女の人気が窺い知れました。演奏は・・・私と同じぐらいの腕前でしょうか(苦笑)。これだけの曲目をこなすには、時間が足りなかったんだと思います。良く練習されたであろう曲は、それなりに素晴らしかったですよ。弾きこんでいない曲は、それなりのレヴェルで、残念ながら料金取って聴かせるレヴェルにはなかったですかね。とにかく音程が・・・。それでも、お客さんは喜んで聴いておられましたので、今日はこれで良かったんでしょう。「ヴァイオリンも弾ける才媛タレント」、そんな感じでこれから活動されるんでしょうか。久しぶりに演奏中ウトウトとしてしまいました・・・。それにしても、拍手の時に指笛をずうっとピーピー鳴らしていたお客さん、調子に乗り過ぎです。非常に耳障りでうるさかったですよ・・・。
3/16 追記
非常に珍しい曲でプログラミングされた演奏会。こういうプログラムですと集客に往生すると思うのですが、この楽団は良く頑張っていますね。この日は7割ぐらいの集客だったでしょうか。熱心なお客様に支えられる素晴らしい楽団です。さて、今日は3曲とも聴いたことが無い曲でしたので、真っ新な気持ちでプログラムの曲目解説を読まずに聴かせて頂きました。最も印象に残ったのはブルッフの「2台のピアノのための協奏曲」でした。曲自体は「ブラームスの出来損ない」みたいな感じですが、これは2人のピアニスト(同じ年齢で、名前も同じ「たかし」!)のひたむきで情熱あふれる演奏に楽員が引っ張られたような瑞々しい演奏でした。まず、この曲を見つけて来られた児玉さんに拍手ですね。お二人とも「ショパン弾き」のような印象があるんですが、この濃いロマン派の曲に対して非常に力感のある音でホールを満たしていました。体格もあるのでしょうが、1stpartを弾いていた山本さんの音はキレが特徴、一方2ndpartを弾いていた佐藤さんの音は重厚感があり、このパート分けは上手く行っていたと思います。ピアノが縦向きに置かれていたため、オルガン席からはピアニストの表情は見えませんでしたが、タッチは非常に良く観え、この曲はピアノの音符の音域が非常に広く、右手と左手が極端に離れて弾いている時間が長いなあと感じました。この音域の広さがこの曲の特徴付けにもなっており、男性奏者向きな曲ですね。「協奏曲」と言うよりは「ピアノ付の交響曲」と言った方が合っているような、演奏者が一体となった力演だったと思います。こういう演奏はなかなか忘れられませんよね。力量が同じようなピアニストが2人揃わないと、上手に聴かせるのは難しい曲だと思いますので、この日のソリストはとても良い人選だったのではないでしょうか。視覚面も含め、十分に堪能させて頂きました。
メインのスヴェンセン/交響曲第2番、部分部分では楽しめました。第1楽章はシューマン/「ライン」に似た旋律やリズムの刻み、あるいはドヴォルザークの作品ように聴こえる部分などが混ざりながら進行して行きますが、手さぐり状態なのかオーケストラの反応がもう一つであったためか、表面的な演奏で終わってしまったような印象ですかね。第2楽章、楽員は音そのものには心を込めて十分に唄いながら進んで行くのですが、「音」そのものでとどまってしまい、それが作曲家の書いた「旋律線」まで続いて行かないため、これも曲自体の魅力に触れられないまま終了してしまったと言うような感じだったでしょうか。第3楽章は民族色豊かな曲調で、楽員もそこを「聴かせよう」とする姿勢が見られ、とても楽しむことが出来た楽章でしたが、最終楽章は曲自体があまり上手に書かれていないため、楽員は児玉さんの指示に応えた演奏ではありましたが、聴き手側は多少もどかしい思いをしながら終わってしまったと言う感じでした。良く聴かれる曲ではない理由が、実際にこうやって実演に触れると何となくわかって来ますね。1曲目のマルトゥッチ/夜想曲は、あまり深い解釈が必要な曲ではないため、きれいなメロディそのものを楽しむ曲だったと思います。
曲が曲だったせいか、それとももう1度同じ曲を演奏する機会があると言うこともあったのか、オーケストラだけで演奏された2曲は表面的に楽譜や音を追いかけると言う作業までで、そこから湧き出て来るような「何か」はあまり感じられませんでしたが、それでもこういう貴重なコンサートに立ち会えたことには感謝したいですね。今日は東京でも同じ曲目で演奏会が開かれるようです。2日目はもっとこなれた演奏をしてくれると思いますので、聴きに行かれる方にはぜひ楽しん帰ってもらいたいですし、奏者側もさらにレヴェルアップした演奏を聴かせてもらいたいですね。
花粉の飛散のせいか、開演前の会場ロビーや会場内でくしゃみが頻発していましたが、演奏中ひどいくしゃみが聞えてこなかったのは幸いでした。客席はほぼ埋まり、この演奏会への期待感が感じ取れましたね。それにしても、まもなく70歳を迎える今井さんのヴィオラ、もう本当に見事としか言いようがありません。あまり「感動」というような陳腐な言葉は使いたくないんですが、聴きながら胸が熱くなりました。何にしても、彼女から発せられる音楽には「生気」を感じますよね。音程もヴィブラートも、そして右手のボウイングもまったく衰えを感じず、何度も弾きこんだウォルトンのこの曲を「骨太」に弾ききっていました。場面場面で今井さんが楽員を引っ張って行くような仕草も見受けられ、音楽が堰き止められずに、前向きに流れて行ったのは興味深かったですね。これからもお元気で、更に素晴らしい音楽を聴かせて行って下さい。ありがとうございました。
休憩後のブルックナー、曲が小泉さんに合っていたんでしょうか、非常に小泉さんらしい「流麗な」演奏だったと思います。ワザとらしいテンポの変化も無く、「一筆書き」の書を見ているような爽快さがありました。テンポは全体的に早めで、一気に聴かせきったと言う感じです。こういう7番もありだと思いますし、決して悪いとは思いません。惜しむらくは、指揮者から発せられる細かいニュアンスを、楽員が上手に感じ取れていないような感じで、少し単調な印象も持ちました。楽器間の楽想の受け渡しですが、あまり良い感じではなかったですかね。コンマスの後藤さんが、かなりザッツやアクション、目くばせを全体に送ってはいたんですが、受け継ぐ奏者がそれをすべて上手に受け止められずにいましたし、同じパッセージを違う楽器で奏する場面でも、直前奏されたセクションとは受け止め方が違うような音が出ていたような場面もあったように感じました。総じて、アンサンブルが雑っぽい、そんな感じもしました。
それから、オルガン席から良く見えるのですが、1stvnの男性楽員の方、かなり自分の世界に入りこんでおられますね。ソロ弾いているのならともかく、オーケストラと言うアンサンブルをする集合体で弾いているんですから、色んな意味でもう少し神経を使われる方が良いのではないかと思った次第です。とにかく常にアクションが大きすぎますし(同しプルトで弾いているトラの方が迷惑しているような感じ)、弱音を弾いている時、楽器を顎から離してしまっているんですよね。あれではヴィブラートをかけられませんし、決して良いと言うことはないでしょう。また、他の奏者とは全く違う弓の場所で弾いていることもありますし、明らかに他の奏者と音量が違う弾き方をしているのは非常に気になりました。音を切る場面でも明らかに他の奏者に比べ出している音の長さが短いんですよね。加えて、弓の毛を頻繁に切るため、それを排除する仕草は演奏中目障りで、その行為によって弾いていない場面が散見されました。明らかに異常な左手のポジショニングで弾いているのも、常識的には考えられなかったんですけどね・・・。この方が非常に気になってしまい、目が行ってしまうことがかなりしばしばありました。要は、アンサンブル奏者として、あれで良いのかってことなのですが、まあこのくらいにしておきましょう。
終演後、今井さん・小泉さんにサインを頂きました。ありがとうございました。小泉さんにサインを頂いたプログラムは、もう30年以上前、東京に出てまもなくの私が、どうしても聴きに行きたかった演奏会時に頂いたものです。その思い出のプログラムに快くサインを書いて頂きました。
先週伺った長江美和さんのコンサート時に、アンケート記入で次回コンサートのチケットを頂けると言うことで、有難く頂いて、中川真耶加さんのコンサートに伺って来ました。
まだ19歳と言うことのようですが、多少ステージマナーにぎこちなさを感じましたが、演奏は立派なものでした。明確なタッチで強音時はかなり音が「立った」感じなんですが、一方で弱音時には繊細なタッチに変わり、多彩な音色を楽しむことが出来ました。シューマンをメインに据えて来たことから、彼女が今最も弾きたい曲がシューマンだと言うことが良く理解出来たような演奏でした。前半のショパンに比べ表現自体が良く練れていて、彼女自身、曲に没入しているのが良くわかり、聴いている方も曲・演奏に集中出来ました。あまり深刻ぶった演奏・解釈ではないため、シューマンが若い頃書いた音符・曲が素直に表現され、鮮やかなシューマンと言う感じでした。一方、前半のショパンですが、教科書通りの模範的な演奏と言う感じもして、書いてある通りの、あるいは予想出来てしまうようなアゴーギク・デュナーミクは少々退屈で、もっと彼女なりの心から弾かれるショパンを聴いてみたかったでしょうか。ショパンが作曲した年代順に弾かれましたが、後に行くに従い、解釈が紋切型の方向に向かってしまったのは残念でした。「舟歌」は先週の長江さんも弾かれた曲でしたが、年齢や経験からも長江さんの演奏の方が断然よかったでしょうか。技巧面で気になったんですが、パッセージで音が抜けてしまう場面が何度もあったのは、緊張もあったからなんでしょうが、音符と言う「物理的なもの」が欠けてしまうと、音楽として成り立たない部分もあり、これは今後の課題かと思います。良い資質をお持ちの方ですから、良い先生に付いて、今後大きく羽ばたいてもらいたいですね。
↓ 貼り出された紙、ヨレヨレでした。小森さんに失礼だと思いますけど・・・。
終演が21時20分頃になり、帰宅がかなり遅くなりました。とても充実した演奏会で、満足致しました。特に寺岡さんのメリハリのある指揮ぶりには大変感心しました。疲れましたので、詳しくは明日書かせて頂きます。すみません。
2/26 追記
かなり地味目な選曲のせいか、空席が比較的目立っていました。特に前半の曲は馴染みがないですからね。この日最も感銘を受けたのは、2曲目のベートーヴェン/弦楽四重奏曲第16番・弦楽合奏版でした。以前四重奏をやっていた時に練習していた曲でもあるので馴染みもあったんですが、結局つかみどころがない難しい曲と言うことで、人様の前で披露することなく終えてしまった経緯がある曲です。特に前半の2楽章は捉えどころの無い解釈が難しい曲なんですよね。第2楽章は技巧的にも非常に難しいのですが、どの楽員の皆さんもとても良く弾けていました。この楽団の弦パートは生理的に合うので、聴いていて心地よいですね。いつもと同じ顔触れのエキストラの方の音も良く聴こえて来ていました。この曲の白眉は第3楽章でしょうね。初めてこの曲からメッセージが聴こえてくるような感じです。1stvnの皆さんは、どの弦のどのポジション・押える指を使えば、自身が弾きたい・表現したい音が実際に出せるのかを自問自答しながら、一音一音確認しながら納得して書かれた音符を奏でていたように見えました。指揮者が出して欲しいと思う音をそれぞれの楽員が自身の中に取り込みながら、縛られることなく泳ぐような自由さを以って出される充実した音・音楽が聴けたこと、非常に感動的な瞬間でした。この曲を通して、森下さんの統率のもと、十分に練れたアンサンブルが聴かれたように思います。「献堂式」序曲はあまり聴かれない曲ですが、寺岡さんの明確な方向性もあり、良くまとまった演奏だったと思います。後半のマーラー、こういう組曲的なようなものは、演奏する方も聴く方も気が散漫になりやすいので色んな意味で難しいんですが、演奏の方に関しては集中力の高い好演だったと思います。声楽のお二人ですが、代演の小森さんは、先日の定期で聴かせたのと同じ素晴らしい表現力で唄い切っていました。一方のロンバッハさん、出だしの方は声が小さいし、表現の幅が狭く物足りないような印象でしたが、喉が温まって来た時分には、すっかり調子を取りもどしていました。どちらかと言えば繊細な曲の方が向いていたのではないでしょうか。指揮の寺岡さん、前半と同じようなメリハリのある指揮から発せられる明確な方向性によって、聴衆も飽きずに聴き通せたのではないでしょうか。ただ、惜しむらくは、別冊で対訳を付けていたため、それをめくったり落としたり開いたり閉まったり、そんな紙のガサガサとした音が会場を縦横無尽に響いてしまい、会場全体がこの曲中雑然とした雰囲気になってしまったことでしょうか。何かのアクシデントがあったのか、1stvnが11人と2ndvnよりも少なかったんですが、個々人が良く弾けていましたので、事なきを得たと言うところでしょうか。また、いつも好調の木管群ですが、この日はオーボエが少々不調だったのが残念でした。











