音楽と競馬、思ったことを書いて行きます -20ページ目





私が敬愛する、素晴らしき若手ピアニスト・福田真梨奈さんがご出演と言うことで、伺って来ました。5/31のリサイタルには、残念ながら先約がありお伺い出来ませんが、その時に演奏されるドビュッシー/映像第1集を先んじてお聴き出来ると言うこともあり、勇んで聴きに伺った次第です。

今日は西宮高校音楽科の同級生・オーボエの古谷美和さんとのデュオ。プログラムはポピュラーな曲からスタートとなりましたが、朝早くからの演奏と言うことで、楽器&音楽が温まるまで少し時間がかかったようにも思いました。オープニングがモーツァルトのオーボエ協奏曲と言うのは結構きついですよね・・・。高音域の音が幾分出にくい感じで、多少辛い印象でしたが、コール・アングレに持ち替えてからの2曲は、伸びやか・ふくよかな音楽が聴こえ、とても深い音色・音楽が楽しめました。メインのシュナイダー/ソプラノサックスとピアノのためのソナタ・・・? 聴いたことの無い曲ですが、恐らくダニエル・シュナイダーの作品で間違いないと思います。2回しか合わせが出来なかったとのことですが、とても良いアンサンブルで素敵な演奏だったと思います。変拍子が特徴の曲ですが、特に第4楽章の洒落た雰囲気が十分に伝わって来ました。

ピアノソロのドビュッシー、比較的ビギナーと思われる聴衆に対しては結構挑戦的なプログラムだったように思いますが、そこは真梨奈さんお得意のトークで繋ぎ、飽きさせることなく聴かせてくれていたと思います。曲に良く共感しながら、会場のピアノに良く合ったタッチ・ペダリングで、とても雰囲気のある素晴らしい演奏だったと思います。表現に繊細さが更に増した印象で、随分と成長されたんだなあと目頭が熱くなりましたね。来月のリサイタルでは、更に深化した映像第1集を聴かせてくれるはずです。

終演後、楽屋に押しかけまして、少しお話させて頂きましたが、今年は「大きな目標」がおありになるようです。良い結果が出ることを願っています。清廉なのに心から出て来る深い音楽を聴かせてくれる福田真梨奈さん、いつまでも良い音楽を追い求めて行って下さい。陰ながら応援しています。今日は伺って良かったです。ありがとうございました。



1stvn 第1楽章冒頭



プロコフィエフらしい音型が出て来るところ


練習番号23からのこの楽章のクライマックス。震える程の振動が・・・


技巧も難しい第2楽章の冒頭。


深淵な第3楽章の冒頭。


弾いていて、心が揺さぶられる場所。


第4楽章の冒頭。


アマテュアには非常に難しい楽章です。


転調も並はずれています。


弦パートトップ・4soliの後、激しく終わります。

大学4回生の春、ジュネスのコンマスに指名され、それまでほとんど触れたことの無かったプロコフィエフの音楽を弾く機会に恵まれました。コンマスのオーディションは無かったんですが、当時N響のコンマスでいらっしゃった徳永二男さんの目の前での独奏と言うのは、緊張しましたね。「ヴィブラートが全然ダメだよ」と言われ、これ以降ヴィブラートに悩む日々が続きました。いつか死ぬまでに、どなたかにヴィブラートをもう一度教えてもらいたいななんて思っています。

指揮は外山雄三先生、練習を振って下さった副指揮者は本名徹二先生でした。外山先生は、原本に基づいた弓順の書かれた譜面の入手に拘られ、実際に楽譜を手にするまでだいぶ難儀した記憶があります。30年程昔の当時は、まだそういう時代だったんですよね・・・。大学の仲間を無理やりオーディションに連れ出し、(もちろん実力で)合格して、毎週のように一緒にNHKのスタジオまで練習しに通ったことも懐かしい思い出です。演奏会の模様はNHKでも放送され、その時に録画したヴィデオテープは、今でも大事に保存しています。その後、プロコフィエフは「ロメオとジュリエット」や「キージェ中尉」などを弾く機会に恵まれました。とてもアカデミックな作曲家だと思います。今年も多くのピアノ曲を聴く機会に恵まれそうで、それもまた楽しみです。



1時間かけて書いた記事を、全て消してしまいました・・・。あああ。

もう一度、思い出しながら書きます。


前半のブラームス/ピアノ協奏曲第2番、ピアノを弾かれたのは河村尚子さん、実際の舞台でお聴きするのは初めてでした。彼女のピアノから感じるのは、まず確信と強い意志を持った強めの打鍵、音に芯・核が明確にあること、右手・左手のバランス感覚が素晴らしいこと、曲を非常に深く読み込んでおられるのを感じることなどでしょうか。派手さはありませんが、とても丁寧で、堅実・実直な音づくりをされる方のようです。冒頭から慎ましいピアノが聴こえて来ますが、すぐにそれが強い意志を持って客席に放たれ始めるんです。でも決して乱暴ではありません。この曲の性格もあるんでしょうが、若いオケメンバーとの共演と言うことで、心を通わせながらの「共奏」と言った雰囲気で曲が進んで行きました。ブラームス特有の飛躍音程で幾分ミスが目立ちましたが、傷とはならず、それもが必然のように聴こえて来たのは、彼女がつくる音楽にブラームスの本質・説得力があったからなのではないでしょうか。オケメンバーで、オーボエとティンパニがどうしても気になってしまうんですが、河村さんのピアノと下野さんの的確で懐の深い造形が、それらをカヴァーしていたと思います。これだけ素晴らしいブラームスの2番を聴けたのは久しぶりでしょうか。河村さんの公式サイトを拝見したんですが、この曲は彼女のレパートリーには入っていないんですね。と言うことは、この日の演奏が初出と言うことになるんでしょうか。今後彼女の「十八番」になる曲かも知れません。


後半のシューマンですが、これはブラームスに比べての感銘度はいくらか下がりますでしょうか。テンポはわずかに幾分速めで始まりましたが、音楽が淡々と進んで行ってしまうこと、そしてデュナーミクが極端→音量の設定が目盛の付いたデジタル式のような感じで、曲全体を通じて、フォルテは「フォルテ」、メゾフォルテは「メゾフォルテ」と言う音量がすでに決まってしまっているかのような感じは、ちょっと興趣が削がれます。音楽そのものの伸縮が今一つ表現出来ず、変化がデジタル的な音の強弱メインになってしまうと、多少息苦しく感じます。下野さんはあまり重視していないようにも思えましたが、ロマン派の音楽でもありますから、もう少し音楽的なコク・味わいのようなものが欲しかったですかね。



これは「ライン」の1stvnパート譜冒頭ですが、確かに「Lebhaft」=生き生きとと書かれていますし、



また、最終楽章の冒頭にも同じように「Lebhaft」=生き生きとと書かれていますが、こちらには「dolce」=「甘美に」とも書かれているんですよね。テンポが幾分速めに感じたと書かせて頂きましたが、第1楽章は付点二分音符で66、第5楽章は二分音符で120ぐらいの設定と書かれていますが、指定から比べると明らかに速かったですし、まあ絶対テンポ的には他に良く聴く演奏と恐らくそう大差ないんだと思いますが、とにかく元気の良い演奏でしたから、余計にそう感じてしまったでしょうか。前半との連関を考えるのであれば、もう少し違ったアプローチも出来たのではないかなあ、と個人的には幾分残念な「ライン」でした。


それにしても、客席のひどさ・・・。4階席でしたが、ブラームスの重厚な音楽が始まっても、中央寄り2列目の少し遠いところでコンビニ袋をガサガサガサガサ。大きく響いていました。演奏終われば終わったで、京都でも大阪でもいつも良く見かける男性が立って拍手、調子に乗って奏者を立たせる度に何だかわからない大声で吠えているのも、非常にみっともない光景です。係員にも言ったんですが、別に注意するようなことでもありませんが・・・と言われてしまいました。特に、立って拍手することによって後ろの方が見えないのでは、との問いに、アンコールや賛意を示す行為ですから、問題ありませんとのことでした。そうなんですね。帰りがけに知り合いのコアメンバーさんとお話しながら帰りましたが、大声で吠えているのは舞台にも良く聞えているそうで、何だか恥ずかしい・・・と申しておられました。今回の練習は3日間だったそうで、通常の定期の練習は4日も取るんですって。1日休んで(と言っても、宿舎で譜読みをするんだそうですが)月曜日から4日間の練習で、金曜日から3日連続の定期演奏会、大変です。若くないと続けられませんね・・・。頑張って下さい。








映画は、これからご覧になる方も多いでしょうから詳しく書くのは控えますが、いくつかの専門的な不備と現実のステージではあり得ない部分を除けば、それなりに楽しめる作品だと思います。「音楽サスペンス」と言うカテゴリーがあれば、そこですかね。


主演男優と主演女優の不釣り合い感は如何ともし難いですし、その女優さんには華が無く、もっと他に綺麗な方はいなかったのかなあ・・・と言うのが残念な点です。


これから観に行かれる方は、「ベーゼンドルファー・インペリアル97鍵」と言う特殊なピアノについて、少しでも知識を得て行かれたら、幾分結末の理解もしやすいのではないかと思います。「鍵」のマークが何度か画面に表されますが、それこそがこの映画の「鍵」になりますので、見逃されませんよう。

「ツァラ」1stvn 冒頭


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最終ページ


「ドン・ファン」 1stvn 冒頭


学生時代にはほとんど縁が無かった作曲家のR・シュトラウス。それでも、卒業演奏会で、ハーゼネールが編曲した「もうひとりのティル・オイレンシュピーゲル」を演奏して以降、耳にする機会も増えて来ました。「サロメ」を観に入ったり、「薔薇の騎士」を聴き漁ったりした一方で、初期の作品でもあるヴァイオリン・ソナタやヴァイオリン協奏曲には、表面を撫でただけのような「薄さ」が嫌で、好きになれませんでした。そして十数年程前、かの「ツァラトゥストラはかく語りき」を本格的に練習する機会に恵まれ、何か月かの間、良く浚ったものです。流石に難しかったですね・・・。1stvnの2pult表を弾かせて頂いたんですが、この時少し残念だったのは、作曲者がスコアに付けていたアーティキュレーションを指揮者の曲解により、かなり変えられてしまって、曲本来の息遣いが減ぜられてしまったことです。「大河」が押し寄せて来るような雰囲気を持つ場所(例えば2ページ目の練習番号「4」以降)のような息の長いスラー表記も、かなり頻繁な弓の返しに依って、この曲の持つ味わい深さが後退してしまったんですよね・・・。アマの泣き所のようなものなんですが、個人的はかなり辛い経験でもありました。4ページ目のハイポジションの音程の難しさ、5ページ目後半の拍の取り難さ、17ページの練習番号「44」以降に見える晴れ晴れしさ(この「ヘミオラ」も非常に印象的です)、そして「A」と「H」音がぶつかり合う終結部も非常に意味深く感じたものです。

しばらくして、「ドン・ファン」をエキストラで弾かせて頂く機会がありましたが、これは手に負えるぐらいの難しさの曲・・・なんて笑っていられるくらい、この「ツァラ~」と言う曲は音も内容も格段に難しい曲でした。

最近、若手ヴァイオリニストのリサイタルで、彼のヴァイオリン・ソナタを聴く機会が多いのですが、正直この曲のどこが良いのか、個人的には全くわかりません。若手が取り上げる理由は、どういうところにあるのでしょうか。

昨年(一昨年だったかも)お聴きした大阪交響楽団の「薔薇の騎士」のワルツは流石に素晴らしかったですね。アンコールも同じ曲の後半で、非常に盛り上がったことを思い出します。

いつか「英雄の生涯」を弾く機会を得て、そしてこの作曲家とお別れ出来たらな・・・なんて思う、今日この頃です。