平成16年暮れから活発となった日・比「EPA(経済連携協定)」及び「FTA(自由貿易協定)」に伴い、平成17年には「興行VISA」の大幅見直しがあった。

どちらにしても、国家の都合である事には変わりはないが、そう決まった。

お陰で、平成17年までに日本全国で全盛を誇ったPPも今や激減、タレントのいるPPは壊滅状態に陥っている。

こうして、長年に渡り我が国に侵攻していたタレントの姿が、数ヶ月にして消滅をした。

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(>_<)







(^_-)

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しかし、Pinaは逞(タクマ)しかった\(^O^)

こんな事には、負けてはいなかったのだ!

以前に見かけたPina達を街で見かけるようになった。

しかし、それは以前の光景とはまるで違い、我々日本人と寸分違わぬ光景に彼女達は身を映していた。

そう、彼女達は俗に言う「邦人配偶者の・・・・・」で入国をし始めていたのだ。

結婚相手は品評会部員の方々が多いらしいが、多くの邦人男性の国籍と結婚して!

そう(^.^)b「国籍」と結婚ですよ!

日本国籍と結婚して、我々の元に続々と返ってくるではないか!


しかも、こんなに早く来日できる元ジャパユキは、誰をとってもスーパー・ミラクル級のベテランPinaばかり。

言い換えれば、各PPでランキングのPina(悪女)ばかりである。

このような状況を想定して、数年前から種を仕込んで、帰国後に国籍を渡比させ、結婚式まで漕ぎ付く。

流石!Pinaである。(^o^;


■ある22歳のセブ島出身のPinaは「アコノ アサワハ 70サイ ノ オジイサンダカラ。ヨロシクネ(^3^)/ -Chu!!クーヤー!」って、何をよろしく!ってか?

■はたまた、他のPinaは「フィリピンデ ケッコンシテ クーヤー。フィアンセ ノ VISAトッタケド。アサワ ダイイッキライ。ダカラ アコ ニホンニ イル。アサワ シラナイヨ。オネガイシマァ~ス(^Q^)/」といったとぼけたヤツまで出没している有様。

こうして、Pinaは本当のエイリアンと化して、我が国に侵略をし続けるのである。


20068月の今、PPでもホステス不足を補うために一時は「アルピナ(*1)」の獲得に奮闘し、以前では箸にも引っかからなかったオーバー・エイジなアルピナを採用していたが、やはりPinaなら誰でもどれでもよいといったものではない。

この数ヶ月には、タレント・モドキの「ジャピナ(*2)」まで、出現する始末。

まだまだ、多くの邦人男性はPinaなしには生きてゆけず。

Pinaにしてみれば、「嫁の国。。。。。もとい!夢の国ジパング」を諦められないで我が国!日本国上陸を目指している。

双方の欲望が萎えない限り、この現象はなくならないのだ。

こうしているうちにも、Pinaは着々と我が国に進行している。

誰が何と言おうと、Pinaがいる限り、そしてそのPinaを追いかける鴨がいる限り、PPは永遠に不滅なのである。

そして、私もまたPPの階段を昇るのであった。

ジーナとの思い出の歌を歌いに。




*1)アルピナ :アルバイトPinaの略語。タレントではなく入国資格は「家族滞在」や

「邦人配偶者」など。


*2JaPina:父親を日本人にもつPinaで、入国は俗に言うファミリーVISA

ゆえにタレントではない。

時は437分。

私はジーナの携帯に国際電話をかけた。

ツー ツー ツー カチャ!

『ハッピー バースデー!(・・?) ・・・・・

私は、電話の向こうの声がジーナでない事にすぐに気がついた。

一瞬、間違え電話でもしたかと思い言った。

『ソーリー ハ。』

すると、電話の向こうからはババエのすすり泣く声が

リサの声だ。

『クゥーヤァ~。。。。。。パタイ ナ シャー(ジーナが死んだ)

私は、この状況が理解できなかった。

と言うより人のメデタイ誕生日に悪い冗談である。

( ̄~ ̄)ξ リサ!イカウ アァ!今日はジーナの誕生日ディバ!』

でも、リサはこの悪い冗談をやめない。

『クゥーヤァ~。。。。。。。。。。(号泣)

そして、この悪夢のような冗談から覚めることはなかった。

ジーナは数時間前に自殺をした。

今、彼女の部屋で検視が行われているそうだ。

(@_@;) 私は、しばらくその現実を受け入れる事ができなかった。




( ̄□ ̄;)!!



(;_;)



(>_<)



気がつけば、ジャパユキとなって6年の歳月が経っていた。

彼女は、昨日まで23歳のフィリピーナ。

見た目は23歳の若きババエ。 

でも普通の23歳の、それとは違い、身や心は磨り減ってボロボロだったのかもしれない。

今にして思えば、昨年の帰国時に見せた笑顔にも疲れを思い出させる。

興行VISAの引き締めにより、最近の彼女はマニラでワランペラ。

貯めた貯金も家族に毟(ムシ)られ。

これまでに買った宝石や貴金属も姉に質に入れられ、みんな家族に食べ尽くされた。

気がつけば、もう誕生日を祝ってくれる家族もいなくなっていた。
彼女は、「金の切れ目が縁の切れ目」なんて思いもしなかった。

いや、思いたくなかったのかも、しれない。


彼女は今日から24歳のフィリピーナ。
でも、人生で一番寂しい誕生日。

これまで、どんなに貧しくても、どんなに悔しくても、どんなに辛くても、家族の為に耐えてきた。

「夢」をもち「希望」を持って耐えてきた。

どんなに苦しくても、どんなにたいへんでも、彼女には家族がいた。

いたはずだった。。。。。。。。

プレゼントなんてなくてもいい。家族の誰かが「Happy Birthday」と言ってくれていれば。。。。。。。。。

誰かが、傷ついた彼女を気遣っていてくれれば。。。。。それで彼女は幸せだったはず。

先週も、彼女は神様に「ファミリーガ シアワセニ ナリマスヨウニ。。。」と祈っていたそうだ。


誕生日の前日、彼女はひとりで部屋に居た。

その彼女に。。。。今の彼女の心には、この寂しさが耐えられなかった。


今日は、彼女の24回目の本当の誕生日。

彼女は、もう25回目の誕生日を迎えることはない。


さっき、神様の下(モト)へ旅立った。


きっと、神様の下でゆっくりと休むのだろう。
これまでの、全ての仕打ちや苦痛を忘れて。


私たちは忘れない。
彼女の笑顔。
天使のような笑顔を

この日、彼女は本当の天使になった。


今日は、悲しいフィリピーナの誕生日。

こうして、私のVENUSは天使(Angel)となって旅立っていった。



こうして、ジーナは実の家族に殺されていったのだ。

こんな家族でも、子が死ねば涙を流すから呆(アキ)れる。(^) 

もちろん葬式は、ジーナからパクった最後の貯金で執()り行われ。

余ったお金は、またこやつ等が喰う。

実に見事である。

それでも、この家族は1週間以上、棺に寄り添い泣き続ける。

きっと、我が子に呪われまいと、そして世間に恨まれまいと、必死に泣くのであろう。

いや、この程度の生き物なら、とっくに自分の中で理論武装して、自分たちのジーナに対する仕打ちなど、正当化して他に理由でも探しているに違いない。

その証拠に、私がカビテのジーナの棺に近づいた時に「なぜ?死んでしまったの?なぜ?私達をおいて・・・・」などと口を揃(ソロ)えて泣いていたから。

私が弔問に訪れた時には、母親と姉さん、それからパスポートの従姉妹はジッと私を見つめていたように思えた。

あれは、間違えなく物乞いの目だった。

この上、日本からの弔問客に集ろうというのだから、開いた口も塞がらない。

とにかく、私にはこの家族や親類は、人間には見えなかった。

こやつ等は「感情は一人前にあっても」、「理性が感じられず」、加えて「人格にも問題がある」。

という事は、「人間の条件を満たしていない」。

しかし、残念ながらこんなジャパユキの家族は少なくないだろう。

言い換えれば、ジーナは賢(カシコ)すぎたのだ。

もっと、この家族に近ければ、泥を舐めながらでも生き延びられた。

彼女は、日本人の考え方が身につきすぎていた。

だから、このような結果となったのだ。

私は、今でもそう考える。

もう、あのお茶目でSexyなジーナは戻らない。

あの苦しくも楽しい日々は戻らない。

ジーナは、自分の人生設計の中で四面楚歌となった。

彼女が、ここ数日 私に依頼しているのは「偽装結婚の手配」である。

フィリピン人である彼女は、VISAなしでは香港や台湾、タイ、韓国など渡航できる国は限られている。

そうだとしても、今からこれまでに失った戦利金を取り戻すためには日本で仕事をするしか方法がない。

そこで、ジーナは賭けに出た。

日本人と偽装結婚して、邦人の配偶者VISAを取得し、日本へ入国して、もう一度 自分の夢をかなえるために。

もちろん、こんな話はそこら辺で聞く、ジャパユキなら誰でも簡単に口にする行為だが、ジーナのそれは意味が違う。

本来、バクラで他人のパスポート、「本名」や「生年月日」どころか?「性別」まで違うのだから、他のタレント達とはリスクが違うのだ。

ジャパユキになる際のパスポートを他人のものを買って、偽造する事は珍しくない。

たいていは、ジャパユキ引退後、そのパスポートは元の本人に返す。

しかし、その後 我が国へ偽装であれ、何であれ「邦人の配偶者・・・」として入国する際にはよほどの事情がない限りは、本来の自分に返ってパスポート申請から(人生を)やり直す。

理由は、親戚であれ「他人」名義のままでは、永遠とその代償を毎月支払ってゆかなければならないからである。

「ファミリーへの仕送り」と称して、実は偽装の為の名義人への仕送りである場合もある。

ジーナの場合は、この後者を選択せざるをえない。

理由は、ひとつ!彼女の本来の出生届は「MALE」。。。。。。そう男性である。


日本に居る時にジーナは、よく自分の将来について話をした。

彼女は、本来であるならばカビテの自宅を両親に与え、P3,000,000.00(\630万前後)の金で質素に細々と暮らしてゆき、そのうち何か手堅い仕事でも見つけるんだ!と常々語っていた。

バクラは、普通のババエ(女性)やララキ(男性)に比べて、生きる術がない事もジーナは十分に自覚していた。

しかし、貯金は全て家族に食い尽くされ、残すはP500,000.00(\25)ほど。

これでは、質素な暮らしをしても借家の家賃を払ったら、半年あまりで底をつく。

今の状況はジーナにとって絶望的であった。

私は、フィリピンに居る信頼できる数少ないPinaや知り合いのバクラなどにも、ジーナを励まし、力になってもらうよう頼んだ。

それなりの仕送りをしようとしたが、彼女はこれをとても嫌った。

私は、代わりにEMSで「ビデオテープ」と「ささやかなプレゼント」を送っていた。

明日は、ジーナの本当の誕生日、今日はそのEMSが届いたとの連絡があった。

彼女は明日をもって24歳。

私は、1日早かったがジーナに言った。

『ジーナ。イカウ明日は、ハッピー バースデーだね。』

すると、彼女は泣いているのか?すすり泣くように言った。

『ハァ~ニィー。アリガトネ。

ホント イカウ ダケナッタ。。。。。アコ』

『何、言ってんだよ!なぁジーナ、入ってたビデオ見た?』

(*_*)ナニー マダ イマ キタトコロダカラ。

Mamaya(後で)タノシミ ア~。』

私は、弱気なジーナを励まそうと思った。

『イカウには友達もみんないるディバ!

アテ:リサ達が明日、イカウのバースデー・パーティーやる。って言ってたよ。』

『アコ、ハニー ニ アイタカッタナ。』

『ディス・タイムは、ビジーで行けないけど、ネキスト・タイムは皆で遊び行こうな!』

そんな、会話を1時間ほど続けた。

この日は、いつになくジーナが電話を切りたがらなかった。


そう、明日はジーナの本当の誕生日。

パスポートにも書いていない、彼女の本当の誕生日。


その後、私は仕事後の客との付き合いを終えて帰宅する。

時は2732分。

「あっ、もうジーナも24歳かぁ。」

私はタクシーの中で携帯の時計を見てそう思った。

それからしばらくして、帰宅してシャワーを浴びて寝室に1人戻った。

時は430分。

私は、ジーナの言った言葉を思い出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『ねぇ。ハニー アコはね。もうお金もJewel(宝石)も要らない。VISAもいらない。

アコは、ファミリーもハニーも幸せだけ神様にお願いしてるから。

アコは、皆が幸せならそれでいいから。

アコは、本当はババエに生まれたかった。

もし、アコがババエだったらハニーと・・・・・・・

ハニーはアサワいるからね。(^o^;Tapos(話をかえましょう)

ハニーは、アコの本当のBirthdayを覚えてくれてたディバ。

アコのファミリーも、たぶんわかってくれるね!ハニー・・・・・・・・・・・・・・


そうジーナは昨日、私がジーナの本当の誕生日を覚えていた事をものすごく喜んでいた。

私は、ジーナの喜ぶ顔が見たくて携帯電話を手にした。

私は、あれから魂が抜けたように「ボー・・・・・っとする時間が多くなった。


あれ」というのは、ミラとの離別である。

この頃私は、ミラとの劇(激?)的な別れから、ようやく立ち直ろうともしていた。

話せば長くなるので詳細は割愛するが、普通のジャパユキとはワケが違い、フィリピン側は弁護士を立てての調停沙汰だったので、神経までもが磨り減っていた。

★★比国女優とのフィリピンズ・ドリームは、別 (PParadise)にて、詳しくご紹介致します★★★

そして、私は結果的にフィリピンの富も夢も同時に失っていた。

世間では先月、吉野家の牛丼が復活し、TVでサザエさんを見れば声が変わっている頃である。



番外編(^Q^)/ 『猟奇的なPina』との出会い


そんな、私を見兼ねて浅輪先輩が理由をつけては連れ出してくれた。

『おい、タク。元気出せよ!

ミラは、これまでのPinaとは次元が違い過ぎたよなぁ。

次元が違うって事は、無理があったんだから、遅かれ早かれ・・・・・・なぁ。

いい夢、見たと思えばいいじゃないか。』

『浅輪ちゃん。(;^_^)傷口まだ塞がってないんだからぁ。』

『よ~し、じゃあ今晩は俺が、その傷口に妙薬を塗りこんでやろう!

荒療治じゃ(^Q^)/荒療治!』

『浅輪ちゃぁ~ん。その妙薬って「塩」じゃないのぉ?』(;^_^A

『ウッシシシシ!そう伯方の塩ならず!ビザヤの塩!(^.^)bだ。

どうよ!もう、ミラへの忠誠もいらない事だし久々に昇っちゃうか?

あのステー・ウェー・ヘブン(天国への階段)に!』


そして、その夜・・・・・・昇ってしまった。(;^_^A

半年以上・・・・いや1年近く、この階段を昇る事はなかったように思う。

今やジーナもこの店にはいない。

ここで、繰り広げられたジーナとの思い出や様々な出来事も手伝ってこの日、私は久し振りに酒とタレントの陽気さに酔いしれた。

ミラとの一件で「もう、フィリピン人とは恋愛なんかするものか!」そう硬く胸に刻み込んだのも、つかの間・・・・・・・(^o^;


翌夕方、私は自分のマンションで目覚めると(>_<)また、違うタレントが横で寝ている。

しかも、今度は やけに歳が若い。

見た感じ二十歳(ハタチ)前後だろうか?

結局、この日 私の部屋で添い寝した、このマドンナと言う名のタレントと、この後 同棲する事となる。


私も、この数年の間に数十人のPinaと関係をもち、複数のタレントと同棲生活をし、タレントのバハイにまで居候した。

数ヶ月前までは、ついにフィリピンにもコンドミニュウムを構え、フィリピンでも生活をしていた。

彼女には悪いが、まったくといってよいほど、優しいだけの気遣いはしなかった。

むしろ、これまでの私のP経験や私の現状など、何一つ隠さずストレートに言ったし、周囲の噂に対しも真実を語った。

これは、この頃の私にとって、彼女に対する精一杯の誠意でもあった。

成り行きとはいっても、相手はまだ21歳のタレント。

彼女のフィリピン側の事情もあれば、これからの彼女の将来もある。

私としては、ジャパユキの実態と実情を知り、フィリピンの天国と地獄を見た今、驕(オゴ)っても「この俺がPinaを幸せにしてやろう・・・・」などという気持ちはさらさらなかった。

むしろ、出会った頃から「私の存在が彼女にとって幸せであるうちはよいが、彼女の何らかの負担になるようであれば、いつでも・・・・・・」というような態度で接した。

とにかく、普通のジャパユキには難しい人生論など無用である。

単純且つ明解であるのが一番なのである。

彼女も、そんな私に着いてこようと、必死に背伸びをして、懸命に後を追いかけてきた。


そう、出会ってから・・・・・同棲して・・・・・・関係をもって・・・・・フィリピンに一緒に帰国して・・・・・・半年間のフィリピンでの生活の間も・・・・・

これまでのPinaになく静かであった。。。

(>_<)でも、それは嵐の前の静けさだった。

★★★この若いババエとの戦争物語は、別 (猟奇的なPina)にて、詳しくご紹介致します★★★



話は、元に戻って(^.^)b


ある日、私は久し振りにジーナの愚痴を国際電話で聞いていた。

今に始まった話ではないが、ジャパユキの苦行その2(;^_^A「家族~親族の集り」がジーナにも、その災難が津波のように襲い掛かっていた。


彼女は、ジャパユキとしてはとても頭がいい。

それは、これまでのエピソードを見ていてもおわかりだろう。

しかし、彼女ほどのPinaであっても、「魔の集り集団:チーム・あり地獄!」から逃げ出す事は至難の業なのだ。

もう、ジーナがタレントとして日本へ来る事はないと言う。

ジーナは、本当年齢17歳からタレントとして、6年間で通算8回の来日を果たした。

3回目以降の平均給与は\120(半年間のサラリー/5ケ月分)

この他に、客からチップや毎週の指名バックなどを換算すれば、この6年間に家族に総額\1,000万にも昇る日本¥を稼ぎフィリピンへ持ち帰った。

ところが、年季奉公も明けて、昨年 帰国してみれば、残った財産は3ベットルームの小さな家だけ。(カビテの建売で\200万程度)

家族を問いただせば「ある!ある!」と言っていた貯金はゼロ(0はペソでもP0.00)

ジーナのプライベートな貯金がP500,000.00(当時のレートで\25)ほどしか残っていなかったらしい。

これまでのジーナの苦労も夢も全て水の泡になったと彼女は私に愚痴った。


ジーナは、こんな家族との葛藤(カットウ)を既に数ヶ月も続けてきたという。

こんな状況に嫌気がさしたジーナは、先週からマニラでアパートを借りて住み始めた。

こうなると、ジーナのような立場のフィリピン人は厳しい選択を迫られる事になる。

ここ数年、厳しくなってきた日本政府による「興行VISA」の引き締め、日本経済の長期低迷の反動でのPPの経営難の余波でジャパユキは、以前に比べてそう簡単には入国できない。

どれをとっても、これまでのようにタレントとして来日し、また同じように稼ぐ事は困難であった。

では、フィリピンでの仕事は・・・・・・

これは、サラリーが安いという問題もあるが(;^_^Aジーナのようなセクシーで美しい容姿がとても邪魔になる。

これで、ジーナが本当の女性であれば、またそれも武器になったであろうが、所詮はバクラ(;^_^A これでは武器にもならない。

かと言って、バクラとして今更 舞台へ立つなど、これまでのジーナにしてみれば死んだ方がマシな話である。


ここで、「低層Pina家族の金の無心フローチャート」をご紹介しよう。

最初は「Bahay()を建てよう(家族の夢)」とか「畑やジプニーを買おう(起業や投資)」などの目的に応じて無心する。

目的がスムースに達成できればGoodなケース。(>_<)最悪は、この積み立てや支払の金を身内にネコババされる。この際、家族は皆 共犯なのだが、なぜか矢面に立つのは母親や姉さんといった女性が多い。こんな場合でもフィリピンの男性は逃げ腰(^o^;

たとえ①の目的が達成されても安心は出来ない。この時には既に両親から感染して兄弟の家族にまで「無職病」が感染している。もちろん、毎月の仕送りの金額が多ければ多いほど感染域は広がる。

ひとの良いPinaでも、たまったものじゃない!この集り地獄から足抜けしようと金の無心に対して言い訳を試みる。

すると!今度は家のものが壊れたり(;^_^A。不慮の事故などが起こる。それでもダメなら両親が病気になったり、親戚が死ぬ。←ここまで来ると恐喝も超えている。

それでも拒否し続けると、家族から危篤患者が出る。でも、ほとんど嘘!

Pinaは帰国しても実家に帰りたがらくなる。結果としてケソンシティーあたりにバハイを借りて仮住まい。

しかし、マニラ空港から「金のなる木を逃がすまい!」と家族総出でお出迎え。と言うより私に言わせれば、あのマニラ空港の人だかりは「魔の集り集団:チーム名はあり地獄!」。

もう自分の力では、どうしようもできなくなったPinaは、品評会部員でもいいから「魔の集り集団:チーム名はあり地獄!」の生贄(イケニエ)とするために我が身を売る。この辺りからPinaは悪魔に心を売るのだ。

↑タレントから身請けされ、結婚して日本人のAsawaを持っても、大多数のPinaは一生この「仕送り地獄」から抜け出せないでいる。


この他にも目に付いたのが半数近くいた既婚Pina達の苦悩である。

PPの店の客には、もちろん内緒である。

しかし、毎日フィリピンからの「電話頂戴コール」が来る。

そして、彼女達はAwasa()Kasintahan(恋人)へ連日、長時間に渡って電話をする。

ちなみに、この莫大な国際電話の料金も部員の方々からのご寄付で賄(マカナ)われている。

中には、連日Asawa()と国際電話で喧嘩をして泣きながら寝入るタレントもいた。

とにかく、同じ空間で話を聞いているだけで、フィリピン人の男どもには腹が立った。

自分達は、ろくに仕事もせず結果、収入もないくせに嫉妬心や言う事ばかりは一人前なのである。

そのくせ、集った金で、かなり高い確率で浮気をしている。

最初の頃は、この手の話にも真剣にタレントの相談にのったが、当初から横で馬耳東風のミラが居たのに気づくのは1ケ月も経った頃だろうか。

早い話が、同じフィリピン人にしても、まともなレベルから見れば低レベルでワンパターンな問題なのだ。

要するに、この辺りの問題が店内では「大問題」として扱われ、これに便乗し何とかPinaの仲間入りをしようと媚(コビ)を売る品評会部員の諸君がいる、という構図なのである。

私も、この構図が見えてからは、店内で泥酔するタレントを見かけても気遣うのを止めた。



ここで、タレント達の結論をまとめよう。

PPNo.1になるような「ヤリ手タレント」に限ってレズが多い。

男性との肉体関係など「何の魅力も感じない」といったPinaを何人も知っています。

PPで、タレントと肉体関係が持てたからといって、手放しに喜んでいた方々は幸せである。彼女達が元売春婦であれば、あなたはただの客の1人である。

輪をかけて、その後、それだけ(一時の肉体関係だけ)を頼りに「フィリピンへ仕送り」をしている方々はもっと幸せ者である。(^^

Pinaは、日本でもフィリピンでも一緒に暮らしていなければ、彼女達の本心や本当の姿は見えてこない!

★結婚前には同棲が必須条件といってもよいでしょう!

とにかく、日本人の常識や良識では想像もつかないような世界にいるのです。想像も出来ない価値観や考え方があるのだから、自分達と同じ人種の生き物だと思うべからず。

ジャパユキに説教は意味がない!例えるならば、野良猫の首根っこを捕まえて昏々と一生懸命、人生観や経済観念を説いても無駄でしょ?それと同じと考えた方が正解!

これまで、来日していた大多数のフィリピン人女性は、早い話が飲み屋の姉ちゃんです。異国の地にまで出稼ぎに来て、ホステスしか職のない状況と彼女達の生まれ育った環境を冷静に受け止めてください!

★数十年前の日本の水商売。。。。。。残念ながら蔑視されてましたよね。それと同じだと

思います。

タレントやアルピナ(ジャパユキ)だけが、フィリピン人にあらず!

本当のフィリピンを知りたければ、まともな気持ちを持って渡比して現地の純粋なフ

ィリピン人に接しましょう!


これが長年に渡って、私が経験と試行錯誤を持って得た、ジャパユキの実態とフィリピンとの付き合い方である。

ここで、あらためて断わっておくが、私は根っからの自称「親比派」である。

そしてPinaが・・・・・フィリピンが大好きがゆえに追求した結論なのだ。

実際に、このように考えるようになってからは、今現在に至っても一回り以上も年下のPinaと非常に楽しく、上手く付き合ってゆけるし、フィリピンで何が起ころうと驚きもしなくなった。(^.^)b

要するに、とても効率的に無駄なく付き合え、考えられるようになったのだ。

但し、人は十人十色。これは私個人の意見にしか過ぎませんので、あしからず。

街からは吉野家の牛丼が無くなっていた頃の出来事であった。

話は、戻って東京は池袋の小汚いマンションへ戻る。

タレント達のバハイでは、仕事から解放されたPina達が寛(クツロ)ぐ。

フィリピンの恋人や子供、家族に電話をする。

そうファミリーとコミュニケーションをするのが、彼女達の何よりの楽しみである。

そこへ、そんな事はお構えなしとばかりに、始末の悪い客が電話抗戦。

ここでちょいと!当時のタレントの実情を解説しよう。

1店舗にタレントが30名いたら⇒そのうち22.5名(75%)は子持ち。15名(50%)以上はフィリピン人の恋人や夫を持っている。

言い換えれば、恋人も子供もいないタレントの方が希少で。それ以外って話になると、出産経験もないタレントは1.5名(%)前後ってところが統計ってヤツだろうか。

この状況の中、彼女達のセールス・トークを真に受けて、私物化して電話をしてくる間抜けな客が山ほどいる。

コイツ等が迷惑なのだ。

まぁ、想像するに「日本人女性には当然の事ながら相手にもされない品評会部員」の皆様が多いのだが、こちら側で聞いていると、本当に自分が同じ日本人である事が恥ずかしくなる。

私がジーナにお熱だった頃でも、こちらから敢えて率先的に電話をしたりはしなかった。

コヤツ等には、プライドもヘッタクレもないように思えた。

想像するに、ここまで出来るという事は、中学生頃の恋愛に等しく、自慰的な恋愛のように思う。

願わくば、この延長線上に「ベット・イン」なんて終着点が待ち受けていればいいなぁ。などという程度の低いものだと思う。

そして、この部員達は翌日も昼頃から、中には8時~9時頃からまた迷惑電話をかけ続けるのだった。


タレントの苦悩は、この部員達のストカー行為だけではない。

私がミラと見ていて一番、悲惨なのが「家族からの集(タカリ)り行為」である。

たてまえ上、十字架を敬(ウヤマ)う手前、家族(ファミリー)は切っても切れない存在である。

これを盾にとって、この家族どもが一度 日本¥の甘さを知ると、彼女達の稼ぎに貪(ムサボ)る様に集りまくるのである。

タレント経験、来日が初回から2~3回までは、毎週のバックマージンや勤めたサラリーの大部分を家族に分け与えるのにも差ほど抵抗はないのであろうが。

4~5回も来て、これまでの稼ぎが「全て砂地に水」のように吸い取られ、1銭も残らない。

こんな事を何回か繰り返せば、さすがのPinaも↓

(・・?) ???????「アレェ~??? アコハ コノママ オバアサンニ ナッテユク。オバアサンニ ナッタラ タレントハ デキナイ。タレントガ デキナイト \オカネモ Getデキナクナル?????

( ̄□ ̄;)!!コノママジャア!ドウ ナッチャウノォ~」

と慌てふためくのである。

しかし、これまでの経験上「ファーストタイマー(初来日)~2回目まで」に気づけば、何とか対処できるが、3~4回も繰り返すと、両親はおろか兄弟も数名⇒無職と化している。

こうなると「時!既に遅し!」なのだ。

夜な夜な泥酔して、泣きながら寝込むタレントは少なくない。

ここの住人は、ミラを含めて8名。

そのうち、この60日の間に、この手のケースはミラを除いて、他の7名が当てはまる。

ミラは、タレントによく低層フィリピン家族の再教育やお金の管理の仕方をタレントに教授していた。


Pinaで生き返えり、PPで活()きる私は、この数年間に色々な経験をした。

もうフィリピンやフィリピン人、特にジャパユキの事に関しては熟知していると自負していた。

しかし、毎日であれ「通って」いるのと、「一緒に住む」のでは大きな違いであった。

タレント達のバハイでは、この頃の私にとっても、まだまだ衝撃的な実態を散々見せ付けられる事になる。

そりゃ、タレントの湯上りセクシーショトも(^o^;v最初のうちは新鮮であったが、これも1ケ月も経つと、大きいか小さいか、はたまた色の違いくらいなもので、そのうちに珍しくもなくなっていた。

また、タレント達もいつしか私の存在を意識せず、上半身裸で歩くタレントにミラが目を光らせるほどになっていた。


ここに来て、一番最初に痛感した事は、タレントの本音である。

私もジーナに嵌って「天国の階段」を昇り始めたのが35~6()の時だったが。

その頃、PP店内での心地よさといえば、彼女達が口々にする「ワカイ男ハ スキジャナイ!」的発言であった。

男も40・・・・50歳の声が聞こえてくると、飲み屋の姉ちゃんでさえGetするのには金がかかる。

男女は、気持ちが先行すればするほど、恋愛に対して、金の優先順位は下がってゆくものの、逆に「若さ」や「格好のよさ」などビジュアル系の条件が衰えれば衰えるほど、金(=経済力)の優先順位が上がってゆくものである。

特に、PPの店内では、周囲の客を見渡せば「デブ・チビ・ハゲ&ジジイの品評会」。

この輩(ヤカラ)が相手では、どの分野をとっても負ける気さえしなかった。

特に、タレント達の「アコハ オジサンガ スキ(^3^)/ ワカイハ アヨコナ!」のセリフが聞こえてくると、このフィールドでは天下を取った気分にさえなっていた。


しかし、これも本音でPinaに語らせれば、だたのSales talkにしか過ぎないらしい。

ここにいる娘()達は言う。

「クヤー!シンプレ~(もちろん)ディバァ、嘘ニ 決マッテルジャナイ。

誰ガ、自分ノ父親ト似タヨウナ歳ノ人ヲ 愛スルノ?

本当ハ、タレント ダッテ同ジ歳や、若イ センスノGoodナ カッコイイガ大好キ。

 アタリマエ ディバァ。フィリピン人ノ ババエハ Maniacジャナイデス!

モシ 父親ヨリ 歳上ハ。ソレハ Hentai(変態) ディバァ( ̄□ ̄;)!!・・・・・」


結局、彼女達が言いたいのは、若い男は浮気癖や酒癖、トラぶった時の暴力や収入面などの問題が多い。

特にピイノ(フィリピン男性)においては、これらの問題は切っても切れないらしい。

だから、仕方なく「日本国籍」と「日本¥」の為に、自分とは1520歳以上も違うオジサンで手を打つのだと言う。

中には、「ドウセ ジジイ ナラ(^.^)b。インポ デ ハヤク シンジャウ ホウガLUCKY!」と言い出すタレントも少なくなかった。

これが、真実のようだ。

ジーナが追い討ちをかけて教えてくれた。

『ハニー。。。。。。。

フィリピン人ノ ババエと 結婚シタ日本人ハ 早イ Patay(死ぬ)スル ディバァ。

アレハ 愛ガ ナイカラ。

フィリピン人ノ ババエハネ。 Asawa()ヤ 恋人ニ パンチ トカ平気ミタイ ディバ?

デモ アレハ 愛ナイ ダカラナ。ミンナ パンチ サレテルノハ オジサン ヤ オ爺サン ディバ。

タレントガ Discoノ ホスト ニハ パンチ ミタコト ナイディバ!

愛アレバ 絶対デキナイ!シナイ!何デモ ガマン。我慢。

フィリピン人ノ ババエハ Sweet(甘ぁ~い)ダカラ。

ホント 愛アレバ ズット優シイスル。ズット 甘イ!甘イ!スルンダヨ。

ミラ ハ ハニーニ 甘イ ディバ?』

私は、自分の経験を思い起こしても、元恋人が私の頭を叩いた事などない事をあらためて確認した。

『そうだなぁ。。。。。』

(^_)ディバ!』

要するに、そのババエの程度にもよるが、基本的には「心が行っていれば」優しいが、「心がなければ」どうでもよいのである。

今にして思えば、私の頭を叩いた事があるのは、以前は このジーナだけであった。(^o^;

こんな実態を知れば知るほど、彼女達と国際結婚した邦人男性が気の毒に思えて仕方がない。

このHappiness road(商店街)でも、よくこの手の夫婦や「人Pina(人妻のPina)」を見かける。

時には、フィリピン人であるミラでさえ目を背(ソム)けるほどの強気な「人Pina」がいる。

人前であろうと、自分のAsawa()を恫喝(ドウカツ)したり、一発入れているところを目にするのだ。

成田空港でも、よく目にする光景である。

こんな風景に出くわすとミラはとても残念そうに言うのであった。

『だからフィリピン人はバカにされる。Ako()は、同じフィリピン人としてはずかしいです。

Sweet(タク)!あれを見ても全てと思わないで下さい。

日本人もフィリピン人も同じ。High classもあれば、違うもあるでしょ?

Siya(邦人男性の夫)達は、Choice(選択)mistakeした(間違えた)のね。

ちゃんとしたフィリピン女性は、たくさんフィリピンに居ます。

Sweetは、タレント達に言うでしょ。「もし、日本人と結婚したかったら、店の客はダメ!プライベートで知り合いなさい!」って、それとsame(同じ)

Akoも日本人に言いたい「もし、フィリピン人と結婚したいのなら、タレントはダメ!ジャパユキは止()めた方がいい。」って。』

私は、冗談として言い返した。

(^o^;)じゃあ、今回のミラもダメって事ぉ?』

すると彼女は、冷静且つ気品を漂わせて、待ってましたと言わんばかりにいう。

Opo(^!^)y~

This Time(今回)は、Akoもタレントだからね。

Sweetは、Akoが帰る時に一緒でしょ。フィリピンへ帰ってからIsa Pa na lang(もう一度やり直して:の意味)。』

『えっ( ̄□ ̄;)!! どうする?フィリピン行ったら、アコの事いらなくなるかも?

フィリピンへ帰ってからでないとダメなの?』

ミラは、セクシーな顔つきをして言った。

Ibibigay ko sa iyo ang pagkababae ko (^3^)-Chu!!(ちょっとエッチに:私の全てをあげる)

ミラらしからぬ、精一杯の気遣いに私も答えるようにして言った。

Gagawin ko ang lahat na kaya kong gawin para paligayahin ka(幸せにするためならどんな事でも努力するよ)

まるで二人は新婚生活のように毎日を送った。

そしてこの時ミラ言った事は、この数ヶ月後に、舞い上がるほどに私はフィリピンで実感する事になる。

★★★比国女優とのフィリピンズ・ドリームは、別 (PParadise)にて、詳しくご紹介致します★★★


ミラはミラで、彼女自身が懸念していた最悪のパターンへ陥っていた。

年末商戦のクリスマスとNew Yearが終わると、ミラはDISCOからお払い箱となる。

世間では、山口県で発生した「鳥インフルエンザ」のニュースが流れていた頃の話である。


そしてミラは、池袋のPPへ移転させられ、ホステスとして扱われ、住むバハイもタレントのタコ部屋へと移って行った。

私は、彼女を励ます為に彼女が移転したPPに毎晩付き添った。

通い始めて10日ほど経つと、気がつけばミラと一緒に暮すようになっていた。

しかも、私のマンションではなく、ミラのバハイ。。。そうタレントのバハイである。


Pinaの愛人や肉体関係を持つ邦人男性は多けれど、タレントのタコ部屋でタレント達と同棲生活を送った日本人は希少だと今でも思う。

この後、ミラのマネージャーの信頼を得るまでの約2ケ月半もの間、私はミラと一緒にタレント達のKuya(兄貴)としてタコ部屋で生活をしたのであった。

ミラほどのタレントなら、本来であればマネージャーを通じて「異議申し立て」をして、即 帰国をするのだが、彼女は異議を申し立てなかった。

もうここの生活も慣れてきた頃だったが、この頃には文句を言うどころか⇒私との生活を満喫しているようだった。

気がつけば、バハイ近くにある商店街:Happiness roadを、仲むつまじく歩く二人であった。

更に、お店で私とカラオケを歌うミラを見て、マネージャーやP関係者までもが驚いた。

*このレベルのタレントは契約条項が厳しく「複数の客の前で歌う時にはギャラが発生・・・」とか「タレントの日常生活の保証」など様々な制約があった。


この頃の私のタイム・スケジュールといえば、20時にミラと同伴して、1セットで店を出る。

その足で、彼女達のバハイへ帰り、帰宅後の食事を仕込む。

食事の準備が終わると、シャワーを浴びて一休み。

いつも、時は22時前後。

一度ベットへ入り仮眠する。

ミラが3時半過ぎに帰宅すると、起きて皆と一緒に食事を食べる。

ミラの就寝に合わせて一緒に寝て、私は730分に起床する。

近くのファミレスでコーヒーを飲み、そこに置いてある車で出勤。

これが、この頃の日課であった。


時に自分のマンションに帰らない私と、ミラに会いに時々ジーナがこのバハイまで遊びに来た。

最初は、このバハイのタレント達やミラにも疑われたが、ジーナのレズビアンである裏づけ(確証)が取れてからは公認のBestFriendという事なっている。

もちろん、ジーナがニュー・ハーフである事は誰も知らない。

今日もジーナは、冗談としてミラの目を盗んで私の耳元でそっと囁くようにして言う。

『ハニー コンドミニュウム アコガ ソウジ シトイタヨ(^.^)b

チャント サラリー ペー(Pay) シテネ(^^)v。。。チャリ~ン』

私は、アイコンタクトで「サンキュ」と礼を言う。


この頃の私には、怖いものはなかったように思える。

Pinaは私に、日本人が皆 背負っている重ぉ~い、重ぉ~い荷物を全て捨てさせ、人として本来のスタンダードな生き方を実感さてくれた。

だから、フィリピン人ホステスの寮に住み込み、フィリピン人女優と関係を持ち、フィリピン人のニュー・ハーフとつるんで、タレント達と同棲している事に、何の抵抗もなかったし、もしろそれを心から楽しんでさえいられた。


私は、このような生活の中で強く感じた。

Pinaが捨てて、新たに手に入れようとしているモノと、日本人である私が捨てて新たに手に入れたものは、まったくといってよいほど反比例していた事に。

こうして、平成の世に繰り広げられる「浮世離れしたPina社会」で暮らす私であった。


誰かが部屋の鍵を開けて入ってくる。うっすらと見える時計。。。。。。。。

時は1457分。

『ん。。。。ん~。ジーナかぁ?』

Opo(はい。)

そう、ジーナは今や私のマンションの合鍵を持つ。まだまだ不思議な関係は続いていたのである。

『どうした。またシャー(恋人)とケンカした?』

Hindi Po(いいえ。違います。)

明らかにいつもとは様子が違う。

いつもなら、冗談で急にベットに入ってきたり、セクシーなポーズで悩殺したりするのに、今日はやけにおとなしい。

しかも、言葉使いが子供のような甘えたアクセントだ。

『どうした?』

こんなに元気のないジーナは見たことがない。

私は、寝起きの脳みそに電源を入れ、強烈で場違いなタガログ語を検索してジーナに投げつけた。

『ジーナ。Sa ibabaw ka at sa ilalim ako~!(君が上になってヤッテ!)

Hari ka na~。Hari ka na dito.(こっちにおいでよ。)

思ったとおり(^.^)b作戦は大成功!噴出したジーナは顔を赤らめて私の胸に飛び込んできた。

『ハニー!Gagu na talagang!(本当にバカな人!)

そう言いながら私の胸を叩く。


私は、いつもの仲を取り戻した後に、先ほどのジーナの神妙な雰囲気の原因を聞き正した。

するとジーナが聞いた。

『ハニーハ キノウ ドコノ ババエ()ト イッショ?』

『昨日っていうか?今朝かな!

あの大女優。。。。。様ぁ。。。

アクトレスの名前なんだっけなぁ?ミラって呼んでたんだけどぉ(^O^)aaaaaAh~』

Myra Padillia( ̄□ ̄;)!!(仮名)

『そうそう、そのパエリア!』

『パエリア ジャナイデス! パッ!ディ!リッ!ア!

『おう、そのパ・・・(・・?) が、どうかしたの?』

すると、ジーナは少し うつむきかげんで上目遣いに聞き返した。

『ハニー。。。。。。。。。アコタチハ ナニ?』

『何って?Best Friend di ba?(親友でしょ?)

(^.^)/Yes! ジャア ハニー ウソ ダメ Ah!

『シンプレー(もちろん)

Siya(彼女)ト ヤッタノ?』

『バキーット!(なんで!)俺が何でシャーとヤルの!』

『モウ タレントノ ウワサ ダヨ!』


PinaのネットワークにはCIAも、あのCTUやジャックバウアーすら敵わない。。。。。。。たぶん。

北は北海道から南は九州まで、Pinaのネットワークは張り巡らされている。

いや、日本全土からフィリピンに至るまで繋がっていると言った方がいいかもしれない。

以前、私にゾッコン入れ込んでいた新宿のタレントが、帰国してからも毎日 電話をしてきていた。

ある日、彼女からの定期連絡を終えた後に、先輩と足立区にあるPPへ入ったら、1時間後には私の携帯に着信の嵐(^o^;

周囲を見渡しても気配すらないのだが、間違えなく着信履歴は「*6391・・・・・・・・」国番号はフィリピンからである。

そんな事は今現在でも続いている。


まぁ、考えるに日本での安全地帯は数百キロと離れたPPの存在しない離島くらいのものではないだろうか?このレベルなのだから、錦糸町の出来事なら総武線沿線には「あっ!」という間に伝わるのも無理はない。

また、これはタレントだけの仕業ではない。

タレントへの行商を行う、元タレントのアテ(Ate)●●といったババエ達が各PPのバハイへ出入りしているし、店の客の仲には勘違いした品評部員も多数いる。

これらゴシップ好きを総称して「Tsismis(チスミース)」=噂(好き)と言い。男性ならば「Tsismoso(チスモーソ)」、女性は「Tsismosa(チスモーサ)」とも言う。

まぁ、震源地が錦糸町であれば、半径100(東京~千葉~埼玉~神奈川)の範囲には1日で触れ渡っても不思議ではない。


次の瞬間に、私が考えていたのはミッシェルなど、ご贔屓筋への弁解のシナリオと今朝のデートに対する大義名分である。

時は1535分。

( ̄~ ̄)ξあと30分もすれば、ご贔屓筋達は起きる。もう時間がない。

このように、タレント達は「人の噂話」が大好物。(;^_^A

どうせ震源地は、ホスト仲間で、こいつが愛人のタレントに時下に話し、そのタレントが数人のタレント仲間に電話で話す。

このタレント達が噂を始めて、他のタレントへ感染する。

ここからは、この繰り返しで他のPPへも感染してジーナの元にも届いたという感染経路である。

しかし、厄介な事になった。

『ジーナ。皆なんて噂してる?』

『ハニーガ Padilliaヲ 泣カセテ Hotelデ ゴチソウサマぁ~(;^_^) ダッテ。

Siguro(たぶん) 2人ハ ケッコン ダッテ。』

Talaga~?(本当?)

『ケッコンハ Joke(^.^)b。。。。。*Charing!』

『あのなぁ~。。。。。』

『デモ ミンナ 言ッタ。「ジーナァ イカウノ コイビト アクトレスト パロパロ。

ドウスル イカウ?」ダッテ。

ネェ、ハニー アコ Kawawa(可哀相) diba?(>_<)

『イカウ ア~!(お前ネェ~)

『*CharingCharing(^_)

(Charing(チャリン):当時、フィリピンのTV番組で流行っていた「冗談」を意味する効果音的言葉。)


この後、この噂の火消しに努めたが、結果的には周囲の期待とおりに二人は恋に落ちてゆくのであった。


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あの日を境に、私の生活は完全にPPを中心に周りPinaと共に過す毎日となっていった。

私は店から、タクシーで1メーター程の所にマンションを借りた。

そこへマリテスが毎朝タクシーで帰って来るようになり、私のPPタレントとの同棲生活が始まった


これを期に、ジーナも何だかんだと理由をつけては、このマンションへ入り浸(ビタ)った。

気がつくと、以前ジーナがラブ・ホテルで言ったとおりの生活になっていた。

自分でも説明のつかない、不適切な関係がこうして始まった。


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同棲生活も通算1年以上が経った今、マリテスとは破局をむかえ、私はタレントが好んで遊びにゆく「DISCO」なるものに入り浸っている。

そこは、フィリピン人男性の歌手やダンサー、俳優などがホストをしている場所。

PPの客の手前、タレント達は「ホスト・クラブ」とは言えないので、客用に抵抗感のないよう、そこを「ディスコ」と呼んでいた。


この頃には、客席から私に歌のリクエストまできて、フィリピン人バンドを従えて数曲のライブまで行っていた。プライベートな食事や遊びをする時も、ここのDJやミュージシャンやダンサーがいつも周囲にいた。日曜日には、みんなが集う『日曜マス』に教会へ祈りを捧げにも行った。

家の菩提樹は禅宗なのに、気がつけば毎週日曜日となるとこの教会にも私は居た。

私自身この頃は、フィリピン人に同化する事が嬉しかった。

この数年間の負債処理や会社経営などを通じて、日本人不信となっていた私は、日本人から見れば気さくで気楽そうなフィリピン人にどこか憧れていたのかもしれない。

もちろん、このようなフィリピン人が集まる場所にも、日本人客はタレントに連れられて来てはいたが、誰を見ても不格好なオッサンや冴()えない若者ばかり。

私は、見た目は30歳前後のジャピーノ・ホストとして、フィリピン人に同化している事が楽しくて仕方がなかった。

もちろん、この不格好でイケていない日本人達に優越感を感じていた。

PPでもDISCOでも、教会でも「エ~!ニホンジン?ピリピンジン ダト オモッテタ!」とPinaから言われるのが、とても誇らしげな私であった。

DISCOには、私を目当てとするタレントやバイトのPinaまで出現する有様。

『日曜マス』は正午からの数時間、ここでもなんとか私とプライベートな関係を持ちたいと眠い目をこすりながら、待ち伏せするタレントまで現れる始末。

なにせ私は、純粋な日本人である。日本国籍を持つホストなのだからモテないはずがなかった。

気がつけば、私の周囲には、様々な店のタレント達が取り巻いていた。


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世間では、フセインが拘束されたと大騒ぎ。

あと10日もすれば、クリスマスを迎えようとしていた頃である。

いつのもように週末のDISCOへ行った。

今日は金曜日。

時は1845分。

店内に入ると、いつもと少し空気が違う。

数人の芸能関係者と、いつもなら居ないはずの店長までが早々とご出勤である。

なにか問題でも起きたのかのような雰囲気である。

すると、取り囲む奥のソファーに1人の女性が鎮座していた。

DJに聞けば、フィリピンの女優だという。

フィリピン人でTVを見たことのある人間なら、知らない者はいない。という。

女優といっても歌手が本業で全盛期は数年前に越えたらしいが、この店のゲストとしては大騒ぎらしい。

フィリピン人スタッフは皆、とても興奮した様子だ。

しかし、もうすぐクリスマス、この繁忙期に来日するくらいなのだから、今はたいした位置にはいない事は察した。

特に、日本人である私には正直、皆の胸の高まりは共有できなかった(・・?)


時は2130

彼女のせいなのか?休日のタレントやアルピナの姉さん達が鴨を引き連れ、店内はほぼ満席状態。

普段なら午前3時頃にならなければ満席はない。

店が始まってから、この大女優はショータイムどころか呼ばれる席に着き、飲み物や食事を馳走になるばかり。まるで、VIP待遇、どちらが客なのかわからない。

これといった芸もないのに、ただ綺麗というだけで、まかり通っている彼女に不満を覚えた。

そんな、彼女の姿が私には非常に怠慢に見えたし、この後とても不満が膨れ上がってゆく。


しかし、みんなにチヤホヤされている彼女でさえ、決して幸せではないのが現実。

数年前には映画からTVドラマ、TVの司会まで一世を風靡した歌手が、今日は客席100人ばかりの錦糸町のライブハウスで女優と紹介を受けてのゲストでは、都落ちのようにも思えた。

でも、フィリピンのテレビ局で番組をちょいと消化するくらいなら、日本で働いた方が稼ぎになるらしい。

そんな様子を伺いながら、この女優と話をしていたら(^o^;

次の瞬間、すかさずミッシェルが嫉妬心を投つけてきた。

このミッシェルというタレントは、このあたりじゃ有名なNo.1タレントである。

何を隠そう、彼女は私にゾッコンであった。

今では私のご贔屓(ヒイキ)No.1である。

もちろん、経済的にも執着的にも(^^)v

『アラァ~。フタリ アツイナァ~。。。。。。』

あまり、身内で盛り上がると大切なスポンサーを失くしてしまう。

それからは、ホストに徹し、この女優を魚に、いつになくミッシェルのご機嫌をとる。

そして、この日ミッシェルは、機嫌よく泥酔状態でブンソ(妹分)達に連れられて帰った。


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私は帰宅して寝入っていた。