時は437分。

私はジーナの携帯に国際電話をかけた。

ツー ツー ツー カチャ!

『ハッピー バースデー!(・・?) ・・・・・

私は、電話の向こうの声がジーナでない事にすぐに気がついた。

一瞬、間違え電話でもしたかと思い言った。

『ソーリー ハ。』

すると、電話の向こうからはババエのすすり泣く声が

リサの声だ。

『クゥーヤァ~。。。。。。パタイ ナ シャー(ジーナが死んだ)

私は、この状況が理解できなかった。

と言うより人のメデタイ誕生日に悪い冗談である。

( ̄~ ̄)ξ リサ!イカウ アァ!今日はジーナの誕生日ディバ!』

でも、リサはこの悪い冗談をやめない。

『クゥーヤァ~。。。。。。。。。。(号泣)

そして、この悪夢のような冗談から覚めることはなかった。

ジーナは数時間前に自殺をした。

今、彼女の部屋で検視が行われているそうだ。

(@_@;) 私は、しばらくその現実を受け入れる事ができなかった。




( ̄□ ̄;)!!



(;_;)



(>_<)



気がつけば、ジャパユキとなって6年の歳月が経っていた。

彼女は、昨日まで23歳のフィリピーナ。

見た目は23歳の若きババエ。 

でも普通の23歳の、それとは違い、身や心は磨り減ってボロボロだったのかもしれない。

今にして思えば、昨年の帰国時に見せた笑顔にも疲れを思い出させる。

興行VISAの引き締めにより、最近の彼女はマニラでワランペラ。

貯めた貯金も家族に毟(ムシ)られ。

これまでに買った宝石や貴金属も姉に質に入れられ、みんな家族に食べ尽くされた。

気がつけば、もう誕生日を祝ってくれる家族もいなくなっていた。
彼女は、「金の切れ目が縁の切れ目」なんて思いもしなかった。

いや、思いたくなかったのかも、しれない。


彼女は今日から24歳のフィリピーナ。
でも、人生で一番寂しい誕生日。

これまで、どんなに貧しくても、どんなに悔しくても、どんなに辛くても、家族の為に耐えてきた。

「夢」をもち「希望」を持って耐えてきた。

どんなに苦しくても、どんなにたいへんでも、彼女には家族がいた。

いたはずだった。。。。。。。。

プレゼントなんてなくてもいい。家族の誰かが「Happy Birthday」と言ってくれていれば。。。。。。。。。

誰かが、傷ついた彼女を気遣っていてくれれば。。。。。それで彼女は幸せだったはず。

先週も、彼女は神様に「ファミリーガ シアワセニ ナリマスヨウニ。。。」と祈っていたそうだ。


誕生日の前日、彼女はひとりで部屋に居た。

その彼女に。。。。今の彼女の心には、この寂しさが耐えられなかった。


今日は、彼女の24回目の本当の誕生日。

彼女は、もう25回目の誕生日を迎えることはない。


さっき、神様の下(モト)へ旅立った。


きっと、神様の下でゆっくりと休むのだろう。
これまでの、全ての仕打ちや苦痛を忘れて。


私たちは忘れない。
彼女の笑顔。
天使のような笑顔を

この日、彼女は本当の天使になった。


今日は、悲しいフィリピーナの誕生日。

こうして、私のVENUSは天使(Angel)となって旅立っていった。



こうして、ジーナは実の家族に殺されていったのだ。

こんな家族でも、子が死ねば涙を流すから呆(アキ)れる。(^) 

もちろん葬式は、ジーナからパクった最後の貯金で執()り行われ。

余ったお金は、またこやつ等が喰う。

実に見事である。

それでも、この家族は1週間以上、棺に寄り添い泣き続ける。

きっと、我が子に呪われまいと、そして世間に恨まれまいと、必死に泣くのであろう。

いや、この程度の生き物なら、とっくに自分の中で理論武装して、自分たちのジーナに対する仕打ちなど、正当化して他に理由でも探しているに違いない。

その証拠に、私がカビテのジーナの棺に近づいた時に「なぜ?死んでしまったの?なぜ?私達をおいて・・・・」などと口を揃(ソロ)えて泣いていたから。

私が弔問に訪れた時には、母親と姉さん、それからパスポートの従姉妹はジッと私を見つめていたように思えた。

あれは、間違えなく物乞いの目だった。

この上、日本からの弔問客に集ろうというのだから、開いた口も塞がらない。

とにかく、私にはこの家族や親類は、人間には見えなかった。

こやつ等は「感情は一人前にあっても」、「理性が感じられず」、加えて「人格にも問題がある」。

という事は、「人間の条件を満たしていない」。

しかし、残念ながらこんなジャパユキの家族は少なくないだろう。

言い換えれば、ジーナは賢(カシコ)すぎたのだ。

もっと、この家族に近ければ、泥を舐めながらでも生き延びられた。

彼女は、日本人の考え方が身につきすぎていた。

だから、このような結果となったのだ。

私は、今でもそう考える。

もう、あのお茶目でSexyなジーナは戻らない。

あの苦しくも楽しい日々は戻らない。