この夏を迎えるにあたって私は、ある「形容詞」を封印することに決めました。口から放つことはもちろんのこと、書くことも封印することにしたのです。
痛いときは「痛い!」と言うことによって、少しは症状が和らぐということを経験として知っていますから、言葉の効果を否定するわけではありません。
「痛い!」を我慢していると「辛い(つらい)」が生じますし、我慢し過ぎると症状が悪化して「酷い」ことにもなりかねませんから、痛いときには痛いと言葉にすべきとさえ思っています。
けれども、封印した「形容詞」は「痛い!」がもたらす効果とは別物だと思うのです。
この季節になると、テレビでもラジオでも新聞でも、まるでバーゲンセールの大安売りでもやっているのかと思いたくなるほど、安易に、頻繁に、この「形容詞」が使われます。数値のおまけ付きで、これでもかこれでもかとばかりに日を追うごとにエスカレートするのがここ数年、いや数十年かもしれない決まり事。しかも、「例年より」とか「史上最高の」という冠付きで溢れ返る。
やっと迎えたシーズン終盤には「店じまいセール」が、ようやく次のシーズンに入っても「時季外れセール」が待っています。
毎年、辟易します。
おそらくお気づきのことと思いますが、一時的に封印を解いて一瞬だけ、その「形容詞」を書いてみることにします。
「暑い!」
暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!涼しい!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!
おっと、エライ勢いで出てきてしまいましたね(笑)
大急ぎで再び封印します。ふうっ。
一つだけ対照的な形容詞が混ざっていたようですが、お気づきになったでしょうか?こんな季節に、こんなダラダラした文章、そんなことに気が付くほどじっくり読む気力なんてない?そうでしょうけどね。
挨拶代わりに使われるこの「形容詞」。
この時季に口に出るのは無理ないことです。自然です。ですが、「痛い」とは違って効果に疑いあり。むしろ逆効果ではないかと思うのです。状況の緩和にはならず、その言葉の持つ力によって、かえって増幅することになって状況を悪化させてしまうのではないかと。
そこで、先月中旬、私はこの「形容詞」を封印してみたのです。
しかし、まだ1か月経っていないというのに、予想以上に苦しい闘いを強いられています。
節電が叫ばれている今夏。
「電気代を節約する意味での節電」と「大規模停電回避=電力消費のピーク時カットが狙いの節電」とが混同されているように思えてなりません。
無理してエアコンを封印するのは、巷で騒がれているように熱中症などの弊害を惹き起こします。特にご高齢の方が生真面目に命がけで節電に協力した結果、ホンマに命を落とすなんてアホらしいことです。本末転倒。
私は、昼間は極力エアコンを使わず我慢していますが、夜は我慢せず使用しています。睡眠は夏バテ防止に不可欠ですからね。
本来、命懸けで仕事せんとイカンはずの電力会社幹部や、国会周辺でグダグダ訳のわからんことばっかりしてるお偉方が真剣に取り組まんとイ菅、いや、イカンのではないのか、と言いたい気持ちを抑えて…。十分言ってる?
それはともかく、言葉の封印ならば、その効果のほどには疑問ありですが、命を落とすことはないだろうと軽い気持ちで封印した、この「形容詞」。
しかし、これがなかなか手強い(笑)
つい口から出そうになるし、ブログやメールに書いてしまいそうになります。
そろそろ我慢の限界も近いと感じていますので、悔しいですが、この「形容詞」の封印を解こうかなと思案している今日この頃です。
今回の文章のように、腰砕けを認めようかと。
いつものように朝刊を取り込もうと玄関のドアを開けたとき、ちょうど美しい日の出の瞬間でした。
眩い朝日に目を細めながら朝刊に目を移すと、第1面中央の写真と記事に目が釘付けになりました。
はがき大ぐらいのスペースで朝日新聞朝刊に掲載されたその記事は、
『震災4カ月 母はあきらめない』の見出しが付いた、次のような内容のものでした。
『多くの犠牲者を出した宮城県石巻市の大川小学校では、震災から4カ月を経過した11日も捜索が続いた。児童6人、教諭1人がいまだに見つかっていない。6年生の平塚小晴さん(12)も、その一人。母親のなおみさん(37)は、「はやくおうちに帰してあげたい」と震災翌日からスコップを手にし、6月には重機のオペレーターの資格を得て、娘を捜す。』
何度も読み返し、写真に目を凝らすうちに、目の奥が痛くなって記事も写真も滲んでぼやけてしまいました。
決して強烈な朝日に目がくらんだのが原因ではないことは確かでした。
この母親に真の日の出は訪れないのか。
強烈な朝日新聞のメッセージで、私の今日が始まりました。
眩い朝日に目を細めながら朝刊に目を移すと、第1面中央の写真と記事に目が釘付けになりました。
はがき大ぐらいのスペースで朝日新聞朝刊に掲載されたその記事は、
『震災4カ月 母はあきらめない』の見出しが付いた、次のような内容のものでした。
『多くの犠牲者を出した宮城県石巻市の大川小学校では、震災から4カ月を経過した11日も捜索が続いた。児童6人、教諭1人がいまだに見つかっていない。6年生の平塚小晴さん(12)も、その一人。母親のなおみさん(37)は、「はやくおうちに帰してあげたい」と震災翌日からスコップを手にし、6月には重機のオペレーターの資格を得て、娘を捜す。』
何度も読み返し、写真に目を凝らすうちに、目の奥が痛くなって記事も写真も滲んでぼやけてしまいました。
決して強烈な朝日に目がくらんだのが原因ではないことは確かでした。
この母親に真の日の出は訪れないのか。
強烈な朝日新聞のメッセージで、私の今日が始まりました。
メッセージはコンパクトに!
できればワンフレーズで!
などと他人には偉そうなことを言うくせに、ブログを始めてみて、ついつい文章が長くなってしまう自分自身に、自己嫌悪に陥っています。
今回はコンパクトに、というか動画アップの練習がてらのブログということにしましょう!
「夏」というキーワードから、何を連想しますか?
海水浴、夏山登山、キャンプ … 活動的ですね。
西瓜、ソーメン、かき氷 … 食欲減退の季節に食欲をそそります。
夏休み、盆休み … 子供たちにとって最もうれしい季節。帰省を楽しみにしている地方出身の方も大勢いらっしゃることでしょう。
活動的でもないし、何でも食べてOKの年代でもなく、帰省する田舎もない私にとっては …「花火」ですね。
ひと頃、花火大会に行くのがマイブームでした。
しかし、人混みは苦手ですし、当然ですが冷房も効いていないし。
何年か前の平成淀川花火大会で、人混みの中で30分以上身動きできなくなり「死にそうな経験」をして以来、少し足が遠のいてしまいました。
書きだすと収拾がつかなくなって長文化する。
まだまだ修行が足りないですね。
昨年久しぶりに行った「茨木弁天の花火大会」(正しくは「辯天宗夏祭奉納花火大会」)の動画をアップしてお茶を濁すことにします。
例によって携帯での撮影ですから映像は良くないことをお断りしておきます。
メッセージがコンパクトにならなかったので
花火の迫力でインパクトを … なんてね (・・。)ゞ
できればワンフレーズで!
などと他人には偉そうなことを言うくせに、ブログを始めてみて、ついつい文章が長くなってしまう自分自身に、自己嫌悪に陥っています。
今回はコンパクトに、というか動画アップの練習がてらのブログということにしましょう!
「夏」というキーワードから、何を連想しますか?
海水浴、夏山登山、キャンプ … 活動的ですね。
西瓜、ソーメン、かき氷 … 食欲減退の季節に食欲をそそります。
夏休み、盆休み … 子供たちにとって最もうれしい季節。帰省を楽しみにしている地方出身の方も大勢いらっしゃることでしょう。
活動的でもないし、何でも食べてOKの年代でもなく、帰省する田舎もない私にとっては …「花火」ですね。
ひと頃、花火大会に行くのがマイブームでした。
しかし、人混みは苦手ですし、当然ですが冷房も効いていないし。
何年か前の平成淀川花火大会で、人混みの中で30分以上身動きできなくなり「死にそうな経験」をして以来、少し足が遠のいてしまいました。
書きだすと収拾がつかなくなって長文化する。
まだまだ修行が足りないですね。
昨年久しぶりに行った「茨木弁天の花火大会」(正しくは「辯天宗夏祭奉納花火大会」)の動画をアップしてお茶を濁すことにします。
例によって携帯での撮影ですから映像は良くないことをお断りしておきます。
メッセージがコンパクトにならなかったので
花火の迫力でインパクトを … なんてね (・・。)ゞ
世の中の技術の進歩は目まぐるしい。
この使い古されたフレーズには、もはや新鮮味は感じられません。
最近は地デジ、地デジと、「もうわかった。堪忍してくれえ!」と言いたくなってしまうような状況が続いています。
たしかに技術の進歩は認めますし、電波の有効利用のためにアナログからデジタルへの移行は必要なのでしょう。
しかし、なんでもかんでもデジタルが優れていると言えるのでしょうか?
アナログ時計の方が時間の感覚が実感できて便利であると考えている私には、テレビのデジタルへの移行は関連業界の利益追及の思惑が色濃く感じられ、胡散臭く思えて仕方ないというのが正直なところです。
アナログテレビの画面に常時表示される「終了まであと何日」という嫌がらせ(笑)にさえ思えるテロップに、追い立てられるような気分を味わわされ忙しなさを増幅されるのも、もう少しの辛抱と我慢するしかありません。
そして、我慢の後は無用の長物となるアナログテレビ。
終了後は画面が砂嵐になってしまうのだかどうなのだかは知りません。
世界共通語となったという「モッタイナイ」のCMを流していたこととの自己矛盾に気付かないのか、と言っても負け犬の遠吠えでしかないですね。
地デジどころか、テレビのない子ども時代を過ごした経験を持つ我々世代は、今に「絶滅危惧種」にでも指定されてしまうのだろうかと、自虐的でちょっと複雑な心境に陥ってしまいます。
私が小学校入学前だった子どものころはラジオしかありませんでした。
家族そろってラジオから流れる音楽に耳を傾け、ドラマの放送に想像力を働かせていました。
そして、大相撲の放送に手に汗握ったことを覚えています。
ローマオリンピック(1960年)のときは、体操ニッポンの活躍に胸躍らせたものでした。その頃には我が家にテレビがあったようにも記憶していますが、あったとしても、まだ「宇宙中継」の技術もなく海外生中継など思いもよらない時代でした。
相撲や体操をラジオで聞いて胸躍らせるなんて、今の若い世代には想像もつかないことでしょうね。
カラーテレビの時代を迎えても、「当時は若かった私」はラジオの深夜放送を聴きながら試験勉強をしたものでした。「ヤンタン」「ヤンリク」「オールナイトニッポン」等々。
「ながら勉強するなんて、今どきの若いもんは」
当時の「高年齢世代=年寄連中」からの批判なんのその(笑)
そして、ラジオはAMからFMの時代に…。レコードはCDに。
音質は良くなり、ラジカセも普及して、どんどん便利になっていきました。
反比例して影が薄くなっていったAMのラジオ放送。スポンサーも減って、先細りは否めず、存亡の危機にさらされ始めました。雑音を我慢しながら野球中継を聴くぐらいのものに追いやられておりました。
そんなときに登場したのが「ラジコ(radiko)」でした。
ラジオ放送(全局ではなく、一部を除く民放のみ)が、パソコンや最近流行りのスマートフォンなどで聴けるようになったのです。
隣国からの放送電波との相互干渉による伝搬障害や高層ビルの乱立で電波の受信状態が年々悪くなって、難聴取地域が広がるばかりだったのですが、雑音もなく音質も劇的に良くなって登場!といった感じです。
当初は関西地区と関東地区の地域限定で始められたのですが、好評につきエリアが全国に広がりつつあるようです。
東日本大震災の情報伝達手段としても活躍し、現在も「復興支援プロジェクト」として、東北各県の番組が全国各地で聴くことができます。
ラジオからラジコへ。
ラジ男からラジ子へ…とは違いますよ。決して、♂から♀への性転換ではありませんから念のため(笑)
ラジコはアナログというわけでもなく、デジタルと分類されるべきものでしょう。しかし、ラジコから聴こえてくるラジオ放送には、アナログ的なニュアンスを感じてしまいます。
アナログの良さをデジタルの技術で実現。素晴らしいことだと思います。
私は「ラジオ放送」が好きです。「ラジコ」あなたにもお勧めします。
私は昨年6月から聴き出したのですが、今ではほぼ毎日パソコンで聴いています。まるで子供の頃に戻ったように、想像力を働かせる毎日です。
えっ、人間、歳を取ったら赤ちゃんに戻る?
いや、それとこれとは…。
この使い古されたフレーズには、もはや新鮮味は感じられません。
最近は地デジ、地デジと、「もうわかった。堪忍してくれえ!」と言いたくなってしまうような状況が続いています。
たしかに技術の進歩は認めますし、電波の有効利用のためにアナログからデジタルへの移行は必要なのでしょう。
しかし、なんでもかんでもデジタルが優れていると言えるのでしょうか?
アナログ時計の方が時間の感覚が実感できて便利であると考えている私には、テレビのデジタルへの移行は関連業界の利益追及の思惑が色濃く感じられ、胡散臭く思えて仕方ないというのが正直なところです。
アナログテレビの画面に常時表示される「終了まであと何日」という嫌がらせ(笑)にさえ思えるテロップに、追い立てられるような気分を味わわされ忙しなさを増幅されるのも、もう少しの辛抱と我慢するしかありません。
そして、我慢の後は無用の長物となるアナログテレビ。
終了後は画面が砂嵐になってしまうのだかどうなのだかは知りません。
世界共通語となったという「モッタイナイ」のCMを流していたこととの自己矛盾に気付かないのか、と言っても負け犬の遠吠えでしかないですね。
地デジどころか、テレビのない子ども時代を過ごした経験を持つ我々世代は、今に「絶滅危惧種」にでも指定されてしまうのだろうかと、自虐的でちょっと複雑な心境に陥ってしまいます。
私が小学校入学前だった子どものころはラジオしかありませんでした。
家族そろってラジオから流れる音楽に耳を傾け、ドラマの放送に想像力を働かせていました。
そして、大相撲の放送に手に汗握ったことを覚えています。
ローマオリンピック(1960年)のときは、体操ニッポンの活躍に胸躍らせたものでした。その頃には我が家にテレビがあったようにも記憶していますが、あったとしても、まだ「宇宙中継」の技術もなく海外生中継など思いもよらない時代でした。
相撲や体操をラジオで聞いて胸躍らせるなんて、今の若い世代には想像もつかないことでしょうね。
カラーテレビの時代を迎えても、「当時は若かった私」はラジオの深夜放送を聴きながら試験勉強をしたものでした。「ヤンタン」「ヤンリク」「オールナイトニッポン」等々。
「ながら勉強するなんて、今どきの若いもんは」
当時の「高年齢世代=年寄連中」からの批判なんのその(笑)
そして、ラジオはAMからFMの時代に…。レコードはCDに。
音質は良くなり、ラジカセも普及して、どんどん便利になっていきました。
反比例して影が薄くなっていったAMのラジオ放送。スポンサーも減って、先細りは否めず、存亡の危機にさらされ始めました。雑音を我慢しながら野球中継を聴くぐらいのものに追いやられておりました。
そんなときに登場したのが「ラジコ(radiko)」でした。
ラジオ放送(全局ではなく、一部を除く民放のみ)が、パソコンや最近流行りのスマートフォンなどで聴けるようになったのです。
隣国からの放送電波との相互干渉による伝搬障害や高層ビルの乱立で電波の受信状態が年々悪くなって、難聴取地域が広がるばかりだったのですが、雑音もなく音質も劇的に良くなって登場!といった感じです。
当初は関西地区と関東地区の地域限定で始められたのですが、好評につきエリアが全国に広がりつつあるようです。
東日本大震災の情報伝達手段としても活躍し、現在も「復興支援プロジェクト」として、東北各県の番組が全国各地で聴くことができます。
ラジオからラジコへ。
ラジ男からラジ子へ…とは違いますよ。決して、♂から♀への性転換ではありませんから念のため(笑)
ラジコはアナログというわけでもなく、デジタルと分類されるべきものでしょう。しかし、ラジコから聴こえてくるラジオ放送には、アナログ的なニュアンスを感じてしまいます。
アナログの良さをデジタルの技術で実現。素晴らしいことだと思います。
私は「ラジオ放送」が好きです。「ラジコ」あなたにもお勧めします。
私は昨年6月から聴き出したのですが、今ではほぼ毎日パソコンで聴いています。まるで子供の頃に戻ったように、想像力を働かせる毎日です。
えっ、人間、歳を取ったら赤ちゃんに戻る?
いや、それとこれとは…。
紫雲出山は、三豊市詫間町にあって「しうでやま」と読みます。
瀬戸内海に突き出た荘内半島内に位置する標高352メートルの山で、山頂の展望台からは瀬戸内海国立公園の美しい景色が一望に見渡せます。
詫間に伝わる浦島伝説によると、浦島太郎が玉手箱を開けた時に立ち上った煙に似ているところからこの名がついたらしい。
こんな書き出しから紹介文を書いてみようかなと考えていたところ、なんと、三豊市ホームページに先を越されてしまいました(笑)
そこで、今日(7月8日)掲載の MITOYO ヤマガアル Episode-12 紫雲出山(しうでやま)に譲ることにします。…手抜きという噂も(笑)
また、携帯ではリンク先を閲覧できないかもしれませんが…。
これまでに何度か三豊を訪ねた私ですが、行く度に元気を貰ってリフレッシュして帰って来たように思います。
紫雲出山に行ったのは、前回書いた「突発性難聴」に苦しめられ、打ちひしがれていた頃のことでした。
駐車場に車を止めて山頂広場までは徒歩10分程度。道沿いに俳句の句碑が適当な距離を置いて並んでいますので、景色とそれを楽しみながら登るとあっという間です。
登り口の最初の句碑は、たぶん三豊市初代市長(つまり現市長の横山忠始氏)の句だと思います。
「ライバルは吉野の桜か紫雲出山 三豊市 ただし」
写真も初めての試みですが、動画にも挑戦してみます。
末尾の動画をご覧になってください。(携帯では閲覧不可かも?)
このときは車で行きましたが、三豊行きは鉄道利用もお勧めですよ。
何といっても瀬戸大橋を渡るときの車窓からの雄大な景色が素晴らしい。特に夕景。夕日に染まる瀬戸内海の煌めきが、日が沈むにつれてその輝きを徐々に失っていき、やがて夜の色に埋没してしまい、灯台のサーチライトが取って代わる。
このタイミングの列車に乗り合わすことできるのは奇跡的かもしれません。天候と季節によって変わる日没時刻との絶妙のタイミングが必要な条件になりますからね。
車だとタイミングを合わせることは鉄道よりは融通が利きますし容易かもしれませんが、運転しながらでは景色に見とれることは無理ですからね。
是非一度味わってみてください。
あ、これはいけません。また行きたくなってしまいました(笑)
* * * * *
紫雲出山山頂(または、登り口付近?)からの眺望(2008/2/16撮影 1分10秒)
何しろ、携帯で撮影したもので画質は保証できませんが、耳を澄ますと風切音の中から長閑(のどか)に鳴く鳥の声が聞こえてくるかも?
瀬戸内海に突き出た荘内半島内に位置する標高352メートルの山で、山頂の展望台からは瀬戸内海国立公園の美しい景色が一望に見渡せます。
詫間に伝わる浦島伝説によると、浦島太郎が玉手箱を開けた時に立ち上った煙に似ているところからこの名がついたらしい。
こんな書き出しから紹介文を書いてみようかなと考えていたところ、なんと、三豊市ホームページに先を越されてしまいました(笑)
そこで、今日(7月8日)掲載の MITOYO ヤマガアル Episode-12 紫雲出山(しうでやま)に譲ることにします。…手抜きという噂も(笑)
また、携帯ではリンク先を閲覧できないかもしれませんが…。
これまでに何度か三豊を訪ねた私ですが、行く度に元気を貰ってリフレッシュして帰って来たように思います。
紫雲出山に行ったのは、前回書いた「突発性難聴」に苦しめられ、打ちひしがれていた頃のことでした。
駐車場に車を止めて山頂広場までは徒歩10分程度。道沿いに俳句の句碑が適当な距離を置いて並んでいますので、景色とそれを楽しみながら登るとあっという間です。
登り口の最初の句碑は、たぶん三豊市初代市長(つまり現市長の横山忠始氏)の句だと思います。
「ライバルは吉野の桜か紫雲出山 三豊市 ただし」
写真も初めての試みですが、動画にも挑戦してみます。
末尾の動画をご覧になってください。(携帯では閲覧不可かも?)
このときは車で行きましたが、三豊行きは鉄道利用もお勧めですよ。
何といっても瀬戸大橋を渡るときの車窓からの雄大な景色が素晴らしい。特に夕景。夕日に染まる瀬戸内海の煌めきが、日が沈むにつれてその輝きを徐々に失っていき、やがて夜の色に埋没してしまい、灯台のサーチライトが取って代わる。
このタイミングの列車に乗り合わすことできるのは奇跡的かもしれません。天候と季節によって変わる日没時刻との絶妙のタイミングが必要な条件になりますからね。
車だとタイミングを合わせることは鉄道よりは融通が利きますし容易かもしれませんが、運転しながらでは景色に見とれることは無理ですからね。
是非一度味わってみてください。
あ、これはいけません。また行きたくなってしまいました(笑)
* * * * *
紫雲出山山頂(または、登り口付近?)からの眺望(2008/2/16撮影 1分10秒)
何しろ、携帯で撮影したもので画質は保証できませんが、耳を澄ますと風切音の中から長閑(のどか)に鳴く鳥の声が聞こえてくるかも?

