ラジコ | キッチンラーメンのブログ

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思いつくまま、つれづれに

世の中の技術の進歩は目まぐるしい。

この使い古されたフレーズには、もはや新鮮味は感じられません。

最近は地デジ、地デジと、「もうわかった。堪忍してくれえ!」と言いたくなってしまうような状況が続いています。
たしかに技術の進歩は認めますし、電波の有効利用のためにアナログからデジタルへの移行は必要なのでしょう。

しかし、なんでもかんでもデジタルが優れていると言えるのでしょうか?

アナログ時計の方が時間の感覚が実感できて便利であると考えている私には、テレビのデジタルへの移行は関連業界の利益追及の思惑が色濃く感じられ、胡散臭く思えて仕方ないというのが正直なところです。

アナログテレビの画面に常時表示される「終了まであと何日」という嫌がらせ(笑)にさえ思えるテロップに、追い立てられるような気分を味わわされ忙しなさを増幅されるのも、もう少しの辛抱と我慢するしかありません。

そして、我慢の後は無用の長物となるアナログテレビ。
終了後は画面が砂嵐になってしまうのだかどうなのだかは知りません。
世界共通語となったという「モッタイナイ」のCMを流していたこととの自己矛盾に気付かないのか、と言っても負け犬の遠吠えでしかないですね。

地デジどころか、テレビのない子ども時代を過ごした経験を持つ我々世代は、今に「絶滅危惧種」にでも指定されてしまうのだろうかと、自虐的でちょっと複雑な心境に陥ってしまいます。

私が小学校入学前だった子どものころはラジオしかありませんでした。
家族そろってラジオから流れる音楽に耳を傾け、ドラマの放送に想像力を働かせていました。
そして、大相撲の放送に手に汗握ったことを覚えています。
ローマオリンピック(1960年)のときは、体操ニッポンの活躍に胸躍らせたものでした。その頃には我が家にテレビがあったようにも記憶していますが、あったとしても、まだ「宇宙中継」の技術もなく海外生中継など思いもよらない時代でした。

相撲や体操をラジオで聞いて胸躍らせるなんて、今の若い世代には想像もつかないことでしょうね。

カラーテレビの時代を迎えても、「当時は若かった私」はラジオの深夜放送を聴きながら試験勉強をしたものでした。「ヤンタン」「ヤンリク」「オールナイトニッポン」等々。
「ながら勉強するなんて、今どきの若いもんは」
当時の「高年齢世代=年寄連中」からの批判なんのその(笑)

そして、ラジオはAMからFMの時代に…。レコードはCDに。
音質は良くなり、ラジカセも普及して、どんどん便利になっていきました。

反比例して影が薄くなっていったAMのラジオ放送。スポンサーも減って、先細りは否めず、存亡の危機にさらされ始めました。雑音を我慢しながら野球中継を聴くぐらいのものに追いやられておりました。

そんなときに登場したのが「ラジコ(radiko)」でした。
ラジオ放送(全局ではなく、一部を除く民放のみ)が、パソコンや最近流行りのスマートフォンなどで聴けるようになったのです。

隣国からの放送電波との相互干渉による伝搬障害や高層ビルの乱立で電波の受信状態が年々悪くなって、難聴取地域が広がるばかりだったのですが、雑音もなく音質も劇的に良くなって登場!といった感じです。

当初は関西地区と関東地区の地域限定で始められたのですが、好評につきエリアが全国に広がりつつあるようです。
東日本大震災の情報伝達手段としても活躍し、現在も「復興支援プロジェクト」として、東北各県の番組が全国各地で聴くことができます。

ラジオからラジコへ。
ラジ男からラジ子へ…とは違いますよ。決して、♂から♀への性転換ではありませんから念のため(笑)

ラジコはアナログというわけでもなく、デジタルと分類されるべきものでしょう。しかし、ラジコから聴こえてくるラジオ放送には、アナログ的なニュアンスを感じてしまいます。

アナログの良さをデジタルの技術で実現。素晴らしいことだと思います。
私は「ラジオ放送」が好きです。「ラジコ」あなたにもお勧めします。

私は昨年6月から聴き出したのですが、今ではほぼ毎日パソコンで聴いています。まるで子供の頃に戻ったように、想像力を働かせる毎日です。

えっ、人間、歳を取ったら赤ちゃんに戻る?
いや、それとこれとは…。