今から3年半ほど前の2007年(平成19年)12月のことでした。
先日のブログに書きましたが、Y君とともに土木事務所で苦情や要望の対応に追われる日々を送っていた頃でした。
突然、左耳に違和感を覚えたのです。
話している相手の声が遠くから聴こえ、しかも二重に聴こえます。
この症状を適切に説明するのは難しいのですが、例えばテレビの二重音声放送を聴いていて、主音声と同時に副音声が左耳から聴こえてくるような感じと言ったらいいのかな。しかもその音は歪んでいて、「プライバシー保護のため音声を加工しています」というテロップでも流れているのかなと思わず探してしまいそうになるような、まるで宇宙人が同時通訳でもしているかのように聴こえるのです。耳鳴りのBGMとともに・・・。
このような症状の下では集中して考えることも難しくなります。仕事にも支障が出始めました。
不安な気持ちで病院に行き、診察を受けましたが、直接的な原因は判明せず、ストレスが主な原因ということで、「左耳突発性難聴」との診断が下されました。この「突発性」というのは、要するに「原因不明」という言葉を置き換えただけのことのようです。
日常のストレスから距離を置く環境が必要だと、医師の勧めで11日間入院生活を送りましたが改善せず、根治不能と言い渡されてしまいました。
人生初の入院生活。正直なところ、一度入院してみたいなとの甘い考えもありましたが、2日もすると退屈でどんどん病人らしくなっていくように思えて、かえってストレスを感じてしまいました。
入院生活なんて二度と御免ですね。
以来3年半が経過しましたが、症状が軽くなったり重くなったりを繰り返しながら、相変わらず耳鳴りは続いています。「二重音声」「宇宙人」が登場すると重くなる兆しです。今後も周期的に軽くなったり重くなったりの症状を繰り返すそうです。
「突発性難聴」といっても、人によって症状はさまざま。主治医に症状を訴えても、なかなか本当のところは理解してもらえず、無力感を覚えました。
「検査の数値は良くなってますよ」とデータばかり重視して、本人の自覚とは相反することを主治医から言われることもあって、不信感が募りました。
そもそも検査の数値って何?人間ドックや定期健康診断で聴力検査を受けた方ならわかると思いますが、ヘッドホンからピーという音が聴こえたらボタンを押す。あんなので何がわかる?不信感から、わざと押さなかったり、鳴っていないのに押したりしましたが、全く気付かれず、結果は前回と同じなんてこともありました。
そんなときに同病の人を見つけて話しをすることができました。
「そうそう、そうですよね!」
理解しあえる相手を見つけて気持ちが軽くなりかけました。
しかし、話すうちに微妙なずれを感じました。人それぞれ症状が違うことに気付くと同時に、症状を言葉で100%伝えることは不可能だし、相手の言うことを100%理解することも不可能。
「腕がちぎれてしまったんです。ほら。」
ちぎれた腕を差し出したら、説明しなくともわかってもらえるでしょう。
見たらわかる怪我や病気の方がマシだなと思いました。
たとえ本当の痛みはわかってもらえなくともね。
腰痛なんかもそうですよね。見た目だけではわかりにくい。少し大げさに言わないと怠けているように見られてしまう。
表面的には見えない病気を患った人々は同じように苦しんでいるのかな?
説明しなかったらわかってもらえないというストレスに。
説明してもなかなか理解してもらえないもどかしさに。
無力感と孤独感。自分の殻に閉じこもるしかないのか。
私の場合、具体的な症状としては、例えばテレビを観ていて、早口のタモリが言ってることが聴き取りにくかったり、菅総理が何を言ってるのかが理解しにくかったり・・・。あ、菅総理のは別の理由ですか(笑)
今ではこの症状とは一生付き合うほかないと観念していますが、当時は心細くて不安な毎日を送り、Y君はじめ職場の同僚や上司にも随分迷惑をかけましたし、結果的に私の公務員寿命を縮める主要な原因にもなりました。
また、人間は環境に順応する能力があるようで、決して良くなっているとは思えないのに、ピーク時ほどの苦痛を感じることも少なくなったように思います。これが当たり前だという慣れでしょうか?
私はもともと視力が良かったのですが、寄る年波で老眼が進んでいます。視力が良い人ほど進行が速いと言いますが、そのとおりだなと思います。視力が良かった時のイメージを追い求めて何度もメガネを取り換えましたが、今ではこんなもんかと観念している自分に気づきます。
記憶力然り、体力然り・・・年々劣化の一途をたどる環境に妥協しながらこれからの人生を送ることになるのかと考えると、鬱陶しい梅雨空と同調して気分が重くなってしまいます。
今回も長くなってしまった上に、重苦しい内容になってしまいましたね。
せっかくの七夕なのにあいにくの雨空。今年の七夕に相応しいと言えるかもしれませんが・・・。
梅雨明けに期待することにしましょう。
昨夜、和歌山で震度5強を記録する地震が発生しました。
私の地元では震度2と発表されましたが、マンションの5階に住む私の体感では震度2と3の間という感じの揺れでした。
このところ毎日、日本各地が揺れていますね。猛暑とともに憂鬱になってしまいます。
ところで、今回の震源地である和歌山に「すごい本屋」さんがあるのをご存知ですか?
日高川町という山奥の町にある小さな本屋さんですが、私は2~3回行ったことがあります。
「イハラハートショップ」という名前のこの本屋さんの、何が「すごい!」のかは、経営者の井原万見子さんが書かれた「すごい本屋!」(朝日新聞出版 ¥1,680 http://book.asahi.com/review/TKY200903100124.html)という本をご覧になってください。
私も数年前、図書館でこの本に出会ったのがきっかけで、この本屋さんを知りました。
彼女のHP「イハラハートショップ」( http://www5.ocn.ne.jp/~i-heart/ )に掲載されている写真を見れば、この本屋さんの周辺の雰囲気も伝わってきて、さらによくわかると思いますよ。
地震発生直後に井原さんにお見舞いメールを送ったところ、「おかげさまで、無事です」との返信があってホッとしました。
この夏にまた行ってみたいなあと思っています。
私の地元では震度2と発表されましたが、マンションの5階に住む私の体感では震度2と3の間という感じの揺れでした。
このところ毎日、日本各地が揺れていますね。猛暑とともに憂鬱になってしまいます。
ところで、今回の震源地である和歌山に「すごい本屋」さんがあるのをご存知ですか?
日高川町という山奥の町にある小さな本屋さんですが、私は2~3回行ったことがあります。
「イハラハートショップ」という名前のこの本屋さんの、何が「すごい!」のかは、経営者の井原万見子さんが書かれた「すごい本屋!」(朝日新聞出版 ¥1,680 http://book.asahi.com/review/TKY200903100124.html)という本をご覧になってください。
私も数年前、図書館でこの本に出会ったのがきっかけで、この本屋さんを知りました。
彼女のHP「イハラハートショップ」( http://www5.ocn.ne.jp/~i-heart/ )に掲載されている写真を見れば、この本屋さんの周辺の雰囲気も伝わってきて、さらによくわかると思いますよ。
地震発生直後に井原さんにお見舞いメールを送ったところ、「おかげさまで、無事です」との返信があってホッとしました。
この夏にまた行ってみたいなあと思っています。
先日紹介した三豊市について続編を書きます。
三豊市を知る方法の一つとして、「三豊市公式サイト」があります。
いわゆるホームページですね。
数年前から私はこのサイトから多くの情報を得てきましたし、今も日々新たな情報を頂いています。
とにかく新鮮なんです。
土日を除く毎日更新されていて、次々と三豊市の新しい情報を得ることが出来ます。
トップページの今日のニュース。
写真が美しくて、老若男女問わない市民の生き生きした自然な笑顔を届けてくれるのですが、見た瞬間に顔がほころんだことが何度あったことでしょうか。仕事で嫌なことがあったり、疲れたときにどれだけ癒され心をほぐしてくれたことか。
私のお気に入り。素浪人?となった今でも、毎日楽しみにしています。
誉め過ぎと言われても構いません。
総ての自治体ホームページを見たわけでもないのにと言われてもへこたれません。地方自治体のホームページとしては出色の出来栄えだと断言します。
このサイトを担当している広報の職員さんは、広報紙も担当していらっしゃるそうで、毎月1回発行の「広報みとよ」もなかなか見応え、読み応えがあって抜きんでているように思います。
私の地元であるS市の広報紙と比較しても、両市ともに1部あたりの発行予算が¥30程度と聞きましたが、その差は歴然!コストパフォーマンスには大きな開きがあります。
掲載されている美しい写真はプロが撮影されているものと思っていたのですが、すべてこの担当職員さんが撮影されているとのこと。驚きでした。
この「広報みとよ」が、昨年、香川県広報紙コンテストで写真・構成・全体の3部門を独占したことを、つい最近知りました。惜しくも全国大会制覇はならなかったそうですが、ハイレベルにあることは確かです。私の目に狂いはなかったと大いに自信を持ちました。えっへん ≧(´▽`)≦
この担当職員さんはどうやら来年は他部署への異動時期を迎えられるらしいです。したがって最後の年となる今年は、密かに全国制覇を狙われていることでしょう。応援したいですね。そして今後の広報は、より一層期待できそうです。目が離せませんね。
* * * * *
先日、サイト・トップページの「みとよHOTほっとNEWS」のバックナンバーを見ていて有望な女性歌手を発見しました。もちろん三豊市出身で、プロデビューの挨拶に昨年の4月に市長を表敬訪問したとのニュースでした。
三豊市仁尾町出身の藤岡友香(ふじおか・ともか)さん。
さっそく、ホームページやブログを探してユーチューブで歌を聴いてみましたが、声量があって魅力的な歌声に心を奪われました。
これから大きく羽ばたいてほしい逸材です。
彼女のブログにアクセスすると、彼女のオリジナルソング「True Love」と「Don't give up」を聴くことが出来ます。
<携帯では無理かもしれません>
彼女からも目が離せませんね。
「三豊市公式サイト」「広報みとよ」に「藤岡友香」
じつは、他にも紹介したいことがいっぱい。
私にとって、ますます三豊市から目が離せない日々が続きそうです。
三豊市を知る方法の一つとして、「三豊市公式サイト」があります。
いわゆるホームページですね。
数年前から私はこのサイトから多くの情報を得てきましたし、今も日々新たな情報を頂いています。
とにかく新鮮なんです。
土日を除く毎日更新されていて、次々と三豊市の新しい情報を得ることが出来ます。
トップページの今日のニュース。
写真が美しくて、老若男女問わない市民の生き生きした自然な笑顔を届けてくれるのですが、見た瞬間に顔がほころんだことが何度あったことでしょうか。仕事で嫌なことがあったり、疲れたときにどれだけ癒され心をほぐしてくれたことか。
私のお気に入り。素浪人?となった今でも、毎日楽しみにしています。
誉め過ぎと言われても構いません。
総ての自治体ホームページを見たわけでもないのにと言われてもへこたれません。地方自治体のホームページとしては出色の出来栄えだと断言します。
このサイトを担当している広報の職員さんは、広報紙も担当していらっしゃるそうで、毎月1回発行の「広報みとよ」もなかなか見応え、読み応えがあって抜きんでているように思います。
私の地元であるS市の広報紙と比較しても、両市ともに1部あたりの発行予算が¥30程度と聞きましたが、その差は歴然!コストパフォーマンスには大きな開きがあります。
掲載されている美しい写真はプロが撮影されているものと思っていたのですが、すべてこの担当職員さんが撮影されているとのこと。驚きでした。
この「広報みとよ」が、昨年、香川県広報紙コンテストで写真・構成・全体の3部門を独占したことを、つい最近知りました。惜しくも全国大会制覇はならなかったそうですが、ハイレベルにあることは確かです。私の目に狂いはなかったと大いに自信を持ちました。えっへん ≧(´▽`)≦
この担当職員さんはどうやら来年は他部署への異動時期を迎えられるらしいです。したがって最後の年となる今年は、密かに全国制覇を狙われていることでしょう。応援したいですね。そして今後の広報は、より一層期待できそうです。目が離せませんね。
* * * * *
先日、サイト・トップページの「みとよHOTほっとNEWS」のバックナンバーを見ていて有望な女性歌手を発見しました。もちろん三豊市出身で、プロデビューの挨拶に昨年の4月に市長を表敬訪問したとのニュースでした。
三豊市仁尾町出身の藤岡友香(ふじおか・ともか)さん。
さっそく、ホームページやブログを探してユーチューブで歌を聴いてみましたが、声量があって魅力的な歌声に心を奪われました。
これから大きく羽ばたいてほしい逸材です。
彼女のブログにアクセスすると、彼女のオリジナルソング「True Love」と「Don't give up」を聴くことが出来ます。
<携帯では無理かもしれません>
彼女からも目が離せませんね。
「三豊市公式サイト」「広報みとよ」に「藤岡友香」
じつは、他にも紹介したいことがいっぱい。
私にとって、ますます三豊市から目が離せない日々が続きそうです。
昨日、神戸朝日ホールで行われた加藤登紀子のコンサートに行ってきました。
退職後、私が「引きこもり」にならないよう気遣って、
なにかと引っ張り出してくれている後輩から誘われてのことでした。
「東日本大震災 被災地支援チャリティー 加藤登紀子コンサート 2011」と銘打たれたコンサート。
少しも飽きさせることなく、充実してゆったりしたひとときを私にプレゼントしてくれました。
特にファンというわけでもなく、彼女のコンサートに行くのは初めてでしたが、休憩を含めて2時間半の長丁場、会場を埋めた500人の観客を魅了し続けた彼女のパワーとしたたかさに圧倒されました。
加藤登紀子、67歳! まだまだ若い!
会場の神戸朝日ホールは、神戸の震災復興を経て、今年3月にグランドオープンしたばかりということですが、オープンと同時に東日本大震災が発生。何か因縁を感じてしまいますね。
客席数505席にしては、奥行きが浅く全席がステージと近い位置関係にあって、アットホームな雰囲気のコンサートが可能なホールという印象でした。
加藤登紀子と神戸の街と。
会場を後にして、すっかり震災の面影が消え失せた神戸の街を駅に向かって歩きながら、そのしたたかさとパワーに思いを巡らさずにはいられませんでした。
退職後、私が「引きこもり」にならないよう気遣って、
なにかと引っ張り出してくれている後輩から誘われてのことでした。
「東日本大震災 被災地支援チャリティー 加藤登紀子コンサート 2011」と銘打たれたコンサート。
少しも飽きさせることなく、充実してゆったりしたひとときを私にプレゼントしてくれました。
特にファンというわけでもなく、彼女のコンサートに行くのは初めてでしたが、休憩を含めて2時間半の長丁場、会場を埋めた500人の観客を魅了し続けた彼女のパワーとしたたかさに圧倒されました。
加藤登紀子、67歳! まだまだ若い!
会場の神戸朝日ホールは、神戸の震災復興を経て、今年3月にグランドオープンしたばかりということですが、オープンと同時に東日本大震災が発生。何か因縁を感じてしまいますね。
客席数505席にしては、奥行きが浅く全席がステージと近い位置関係にあって、アットホームな雰囲気のコンサートが可能なホールという印象でした。
加藤登紀子と神戸の街と。
会場を後にして、すっかり震災の面影が消え失せた神戸の街を駅に向かって歩きながら、そのしたたかさとパワーに思いを巡らさずにはいられませんでした。
今回は少し長くなりましたので、面倒くさいという方はスルーしてください。
* * * * *
白状しますと、私は地方公務員でした。
大阪府の職員として約40年勤務しましたが、健康上の都合で、
ちょうど1年前の今日、6月30日に早期退職しました。
退職の経緯については、別の機会に回すことにして、今回は今から5年ほど前、大阪府の都市整備部の出先である池田土木事務所に勤務していたころのエピソードを書こうと思います。
池田土木事務所は、豊中市・池田市・箕面市・豊能町・能勢町の3市2町の府道や一級河川の整備・維持管理などの業務を行っています。
当時、管内には府道が35路線(総延長207km)、一級河川が30河川(総延長118km)ありました。
私は、河川その他の管理を担当していたのですが、具体的には、河川の草刈り・不法投棄・放置車両などに関する苦情・要望の受付と対応、河川沿いでの宅地造成や建築、砂防指定地内での造成に伴う許認可申請受付業務など様々な内容を含んでいました。
河川その他の「その他」って何?
「急傾斜指定地」や「砂防指定地」「土砂災害危険防止区域」における許認可事務です。
河川の堤防は、上流から見て右側を右岸、左側を左岸と呼ぶのですが、
左右両岸では総延長236kmということになりますね。
それを若手職員であるY君と私の2人だけで担当していました。
前年までは3人体制だったのを、1名減らされたのです。
草刈り作業などは別のグループ(昔は係制でしたが、現在はグループ制)が行いますし、業者へ委託もしますが、苦情や要望、許認可の受付や審査などは2人で対応するしかありません。
もちろん2人だけでは手が回りませんから、同じグループの道路担当者にも応援してもらい、私たちも道路担当者を応援していました。
苦情や要望の対応に現場確認は必須です。
机上の書類の山が気がかりでしたが、2人で現場に出て、現地を確認し、
要望者に直接会って話を聴きました。
管内が広いので、一度事務所を出たら1時間や2時間はあっという間。
夕方、職場に帰ると書類が山積(出発前より増えている)というのが実情でした。
必然的に残業の毎日。
許可の申請者からは処理が遅いと怒鳴られるし、
デスクワークを優先すると苦情や要望の対応が遅くなって、お叱りを受ける。
悪循環でストレスが溜まります。
「苦情は貴重な情報源」
上司は言いますし、確かにそのとおりだと思うのですが、私も生身の人間。
府民から「税金ドロボウ!」「お役所仕事!」などという言葉を浴びせられることもあって、随分、悔しい思いも味わいましたね。
公務員バッシング最盛期でしたから、サンドバック状態で只々耐えるのみ。
「相手の立場になればわからんでもないな」「ガス抜きしてはるんやな」
帰りの車中でY君と慰めあい、今度は2人でガス抜きして、傷を癒していました。
そんなあるとき、豊中市内を流れる「天竺川にバスケットボールを落としたので回収してほしい」との電話が入りました。
私たちが現場に出ているときだったので、道路担当者が電話を受けてくれたのですが、受けた職員もストレスがたまっていたのでしょうか、
「うるさいオバちゃんやった」と言うのです。
河川の管理は基本的には流水阻害(川の水がスムーズに流れない状況)の原因となること以外は対応しないことになっているのですが、出来る範囲内で極力対応することにしていました。
気が重かったですが、ちょうど天竺川の別案件もあったのでついでに対応しようと再び2人で出かけました。
最初は左岸側から探しましたが、見つかりませんでした。
何か所かの現場を回った帰りに、もう一度探してみようかということになって、今度は右岸側から探してみたところ、見つかりました。
天竺川(てんじくがわ)は、天井川です。
総延長の半分程度は、川床が周辺の道路や宅地より高いところにあるのですが、堤防に相当するコンクリートの擁壁(ようへき)はほぼ直立しており高低差もあって、川床に降りるのは結構危険です。
Y君が、タラップ(梯子のようなステップ)を降りて回収に向かい、
川床は生い茂る草で見通しが利かないので、上から私が誘導役を務めました。
回収状況を見ながら、要望者に携帯で連絡したところ、受け取りに来るということになりました。
* * * * *
本当はここからが「劇的?」なんですが、
書き手の私も疲れてきましたし、読み手のあなたもお疲れでしょう(笑)
簡潔に書くことにします。
現れた落とし主は「うるさいオバちゃん」なんかではなく、
若い可愛い女性だったんです!
(決して年齢で差別して対応していたわけではありませんから、念のため)
意表を突かれたY君なんかは、回収したボールを彼女に手渡すと
「そしたら気を付けて」
素っ気ない態度で、言葉を交わすチャンスも放棄してしまう始末。
それでおしまいになってしまいました(笑)
* * * * *
これには後日談があるのです。
日々の業務に忙殺されているうちに、このエピソードも忘れかけていたところに、
彼女からお礼の手紙が届いたのです。
広島から大阪に1人で出てきて幼稚園の先生をしていること。
バスケットボールは大学時代にクラブ活動していた時の思い出のボールであったこと。
などが手書きで丁寧にしたためられ、手作りの封筒に入っていました。
「そういえば革製の本格的なボールやったな」
と見合わす私とY君の顔は自然に綻んでいました。
彼とは2年間コンビを組みましたが、
こんな嬉しい経験はこのとき限りでした。
いや、40年間の私の在職中を振り返っても、
唯一の嬉しい出来事だったかなと思います。
以後、辛いことや嫌なことがあったとき、
「天竺川のバスケットボール」
というだけで、心が和み癒される二人でした。
私とY君の2人以外には、誰にもわからんでしょうが…。
「天竺川のバスケットボール」
ただ、それだけのことなんですけどね。
一度試してみますか?
そして、Y君の反応を…。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
* * * * *
白状しますと、私は地方公務員でした。
大阪府の職員として約40年勤務しましたが、健康上の都合で、
ちょうど1年前の今日、6月30日に早期退職しました。
退職の経緯については、別の機会に回すことにして、今回は今から5年ほど前、大阪府の都市整備部の出先である池田土木事務所に勤務していたころのエピソードを書こうと思います。
池田土木事務所は、豊中市・池田市・箕面市・豊能町・能勢町の3市2町の府道や一級河川の整備・維持管理などの業務を行っています。
当時、管内には府道が35路線(総延長207km)、一級河川が30河川(総延長118km)ありました。
私は、河川その他の管理を担当していたのですが、具体的には、河川の草刈り・不法投棄・放置車両などに関する苦情・要望の受付と対応、河川沿いでの宅地造成や建築、砂防指定地内での造成に伴う許認可申請受付業務など様々な内容を含んでいました。
河川その他の「その他」って何?
「急傾斜指定地」や「砂防指定地」「土砂災害危険防止区域」における許認可事務です。
河川の堤防は、上流から見て右側を右岸、左側を左岸と呼ぶのですが、
左右両岸では総延長236kmということになりますね。
それを若手職員であるY君と私の2人だけで担当していました。
前年までは3人体制だったのを、1名減らされたのです。
草刈り作業などは別のグループ(昔は係制でしたが、現在はグループ制)が行いますし、業者へ委託もしますが、苦情や要望、許認可の受付や審査などは2人で対応するしかありません。
もちろん2人だけでは手が回りませんから、同じグループの道路担当者にも応援してもらい、私たちも道路担当者を応援していました。
苦情や要望の対応に現場確認は必須です。
机上の書類の山が気がかりでしたが、2人で現場に出て、現地を確認し、
要望者に直接会って話を聴きました。
管内が広いので、一度事務所を出たら1時間や2時間はあっという間。
夕方、職場に帰ると書類が山積(出発前より増えている)というのが実情でした。
必然的に残業の毎日。
許可の申請者からは処理が遅いと怒鳴られるし、
デスクワークを優先すると苦情や要望の対応が遅くなって、お叱りを受ける。
悪循環でストレスが溜まります。
「苦情は貴重な情報源」
上司は言いますし、確かにそのとおりだと思うのですが、私も生身の人間。
府民から「税金ドロボウ!」「お役所仕事!」などという言葉を浴びせられることもあって、随分、悔しい思いも味わいましたね。
公務員バッシング最盛期でしたから、サンドバック状態で只々耐えるのみ。
「相手の立場になればわからんでもないな」「ガス抜きしてはるんやな」
帰りの車中でY君と慰めあい、今度は2人でガス抜きして、傷を癒していました。
そんなあるとき、豊中市内を流れる「天竺川にバスケットボールを落としたので回収してほしい」との電話が入りました。
私たちが現場に出ているときだったので、道路担当者が電話を受けてくれたのですが、受けた職員もストレスがたまっていたのでしょうか、
「うるさいオバちゃんやった」と言うのです。
河川の管理は基本的には流水阻害(川の水がスムーズに流れない状況)の原因となること以外は対応しないことになっているのですが、出来る範囲内で極力対応することにしていました。
気が重かったですが、ちょうど天竺川の別案件もあったのでついでに対応しようと再び2人で出かけました。
最初は左岸側から探しましたが、見つかりませんでした。
何か所かの現場を回った帰りに、もう一度探してみようかということになって、今度は右岸側から探してみたところ、見つかりました。
天竺川(てんじくがわ)は、天井川です。
総延長の半分程度は、川床が周辺の道路や宅地より高いところにあるのですが、堤防に相当するコンクリートの擁壁(ようへき)はほぼ直立しており高低差もあって、川床に降りるのは結構危険です。
Y君が、タラップ(梯子のようなステップ)を降りて回収に向かい、
川床は生い茂る草で見通しが利かないので、上から私が誘導役を務めました。
回収状況を見ながら、要望者に携帯で連絡したところ、受け取りに来るということになりました。
* * * * *
本当はここからが「劇的?」なんですが、
書き手の私も疲れてきましたし、読み手のあなたもお疲れでしょう(笑)
簡潔に書くことにします。
現れた落とし主は「うるさいオバちゃん」なんかではなく、
若い可愛い女性だったんです!
(決して年齢で差別して対応していたわけではありませんから、念のため)
意表を突かれたY君なんかは、回収したボールを彼女に手渡すと
「そしたら気を付けて」
素っ気ない態度で、言葉を交わすチャンスも放棄してしまう始末。
それでおしまいになってしまいました(笑)
* * * * *
これには後日談があるのです。
日々の業務に忙殺されているうちに、このエピソードも忘れかけていたところに、
彼女からお礼の手紙が届いたのです。
広島から大阪に1人で出てきて幼稚園の先生をしていること。
バスケットボールは大学時代にクラブ活動していた時の思い出のボールであったこと。
などが手書きで丁寧にしたためられ、手作りの封筒に入っていました。
「そういえば革製の本格的なボールやったな」
と見合わす私とY君の顔は自然に綻んでいました。
彼とは2年間コンビを組みましたが、
こんな嬉しい経験はこのとき限りでした。
いや、40年間の私の在職中を振り返っても、
唯一の嬉しい出来事だったかなと思います。
以後、辛いことや嫌なことがあったとき、
「天竺川のバスケットボール」
というだけで、心が和み癒される二人でした。
私とY君の2人以外には、誰にもわからんでしょうが…。
「天竺川のバスケットボール」
ただ、それだけのことなんですけどね。
一度試してみますか?
そして、Y君の反応を…。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。