夏に相応しい行事の一つとして、多くの人々の脳裏に花火大会が浮かぶことでしょう。
今年も各地で開催される予定ですが、10年以上前、花火大会が私のマイブームだった時期がありました。
多い年でひと夏に5か所ほど、少ない年でも1か所か2か所で行われる花火大会に行ったと思います。平日に開催される場合は、普段より早目に仕事を切り上げて会場に駆けつけました。テレビではなく生で味わう花火大会は、私にとってストレス発散の格好の場でした。地響きを伴う打ち上げ花火の大音響。夜空に大迫力で大輪の花火が広がると気分爽快。日常の嫌なことが一瞬で消えていく爽快感を味わうことが出来ました。
しかし、ある出来事に遭遇してからは花火大会から私の足が遠退きました。
今日の朝日新聞朝刊に、明石歩道橋事故発生から21日で10年を迎えるという記事が掲載されていて、そのときのことが蘇りました。
明石歩道橋事故について新聞の概略を引用すると、
『兵庫県明石市の歩道橋で2001年7月21日午後8時50分ごろ、花火大会の見物客があふれて群衆なだれが発生。11人が死亡し、247人が重軽傷を負った。犠牲者のうち9人は10歳未満、2人は70歳以上だった。兵庫県警は実質的な主催者の明石市と、明石署、警備会社の担当者12人を業務上過失致死傷の疑いで書類送検。明石署地域官(当時)ら5人が業務上過失致死傷罪で起訴され、有罪が確定した。元副署長は不起訴処分(嫌疑不十分)とされたが、改正検察審査法に基づく検察審査会の起訴議決により、昨年4月に全国で初めて強制起訴された。』
という事故(事件)でした。
今朝の記事には、当時9歳の長女と7歳の長男を事故で亡くした母親が、「亡くなった2人だけのお母さんでいたい」との思いで新たに子供をもうけることを躊躇していたが、1年後、「妹や弟を見てみたい」と知人から言われたことによって、張りつめていた気持ちがほどけた。今では事故後に生まれた7歳の妹と4歳の弟のはしゃぐ声が家に響いている。
と書かれ、また、
当時生後2か月だった乳児を押し潰されそうなベビーカーから抱き上げて、「赤ちゃんが死んでしまう!」と叫び、その声を聞いた人たちが手から手へと受け渡し、乳児は助かったが、抱き上げて小さな命を守った当時71歳の女性は群衆にのみこまれて亡くなった。残された夫は、年に一度、その子と再会することが生きがいになって、会うたびに成長するその子の後ろから「お父さん」と妻が顔を出しそうな気がする。せめて、その子が成人まで成長するのを見守りたい、と今思っている。
と書かれています。
こうして記事を要約して書いているだけで、目から汗が出て来てキーボードがぼやけてしまいます。
じつは、この事故のちょうど1年前の「平成淀川花火大会(現・なにわ淀川花火大会)」で私は、このような事故が起こりうることを予見していたのです。
古い日記を引っ張り出して読み返してみると、この事故を予感させる出来事に遭遇したのは、2000年8月3日(木)のことでした。
会場の淀川河川敷は人、人、人でごった返していました。私は花火は好きですが、人混みが苦手。花火が終盤を迎えようとしていた頃、少し早目に会場を後にすることにして堤防の外へ出る階段を上がろうとしました。
ところが身動きが取れなくなってしまったのです。
会場内に入ろうとする群衆と会場から出ようとする群衆とが、押し合いへし合いを始めてしまったのです。
30分以上一歩も動けない状態が続きました。幅5メートルくらいしかない仮設の階段での数百人のおしくらまんじゅう。大勢の人間の熱気で、汗だくになりました。
警備の警察官やガードマンが近くにいるのかどうかさえも、人混みの中からではわかりません。
私のすぐ近くには、幼い子供を守ろうと必死にもがいている若いお母さんがいました。
「小さい子供がいるんや。押すな!」
私が叫んでも圧力は増すばかり。重大な事故が起きても不思議ではない状態に恐怖を覚えましたがどうすることもできません。
一人の若い男が周囲の人々を力の限り押し退けようと圧力をかけ、独りよがりな言動を放ちました。その男に腹が立つが、今は一時も早くこの場を逃れたいという思いだけでした。
やっとのことで堤防の頂上を越えて脱出することが出来ましたが、その間、警備の警察官やガードマンは知らん顔。憤りを覚えました。
明石歩道橋事故でも、警備体制の不備に加えて、私が出くわした若い男のように、一部の独りよがりな人間の行動が事故の一因となったのではないかと思っています。
その日の日記の最後は「来年は行かないことにしよう。」と締めくくっていました。
明石歩道橋事故が起こったのは、その体験からちょうど1年後のことでした。
いつかは起きるのではないかと思ったことが、やっぱり起きてしまったのか。
自分は何も出来なかった。不甲斐なさに罪悪感を覚え、無力感に襲われましたが後の祭り。1人の力では無理や、と言い聞かせて自分を納得させました。
そのとき居合わせた人々の多くが同じ思いを抱いたのではないかと思います。
その後しばらくは、花火大会には行かなくなりました。
7月11日付ブログで動画をアップしたように、数年前から、年に1回程度で復活しましたが、いつも心のどこかに怯えがあります。
今夏、各地で開催される花火大会で事故が起きないよう祈らずにはおられません。
キッチンラーメンからのお知らせ◆私は、香川県
三豊市出身のシンガー・ソングライター
藤岡友香さんを応援しています。
藤岡友香さんのブログ http://ameblo.jp/tomogerogero/
※今秋ニューアルバム発売予定です
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