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キッチンラーメンのブログ

思いつくまま、つれづれに


今日の大阪は秋晴れの良い天気でした。
こんな日に山登りしたら気持ちいいでしょうね。

三豊市公式サイトのMITOYO ヤマガアルが更新されました。

山登りの参考にしていただくも良し、読むだけで登った気になるも良しということでご紹介いたします。

MITOYO ヤマガアル Episode-19 博智山Ⅲ

今回の行先は、11/6に予定されているツアーの下見をかねた半年振りの博智山。
3回目の登場ということですが、後ろ姿ではない YA・MAN 得意のダブルスティック姿も登場。

半年前は登りにくかった坂に階段が整備されていて、山ガールいわく「すっごい登り安い!!」との感想を漏らしています。

山頂には半年前にはなかった「登頂おめでとう」の記帳箱が設置されているなど、地元の方の地道な努力によって「安全度アップで、半年で登山道が進化しとるなぁ。」と山ガール。

「このハートの形した葉っぱ、ええ感じやなぁ(^^)」とロマンチストのYA・MANが言うと、「え?メインは栗やで!」と花より団子の山ガール。

「秋」をいっぱい見つけに、行きたくなってしまいました。

「うどん県」もう少し近かったらなあ・・・。

 * * * * *

関連URL
●三豊市 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/top/top.aspx

●MITOYO ヤマガアル(山ガール) http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=6858

●釣りガール http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=6862
  ツアーに師匠も参加予定


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迷子になったセキセイインコが無事保護されて、飼い主のもとに戻ってきたという話題が、今朝のラジオ番組で取り上げられていました。

鳥かごから逃げ出して1週間行方不明となったセキセイインコは、1キロほど離れた路上にうずくまっているところを保護されたそうです。保護して世話をしていた拾い主は、ホームセンターに張り出された捜索願を見た知人からの報せで、飼い主の元に帰すことが出来たという、めでたしめでたしの話題でした。

ペットブームと言われて久しいですが、今やブームは定着したように思われます。
ペットショップは大型ショッピングモールに進出し、スーパーやホームセンターでも、ペット用品コーナーが大きな面積を占めるようになり、大賑わいです。

犬を連れて散歩する姿を見かけない日はありません。
可愛い洋服を着せられたり、中には靴まで履かされている犬も見かけます。

たしかにペットは私たちを癒してくれる愛すべき存在です。

妹一家でも数年前から犬を飼っています。名前は「ロビン」。心が折れそうなとき、何度そのロビンに癒され、救われたか知れないと妹は言います。私も妹の精神的窮状を聞いていましたから、たしかにそのとおりだと思います。ご主人様に忠実で命令にも従順な存在は周囲を和ませるのに大きな役割を果たしているのは間違いありません。

たしか、犬種はジャック・ラッセルテリアだったと思うのですが間違っているかもしれません。今は犬種が多すぎて私には覚えきれませんし、区別がつきません。私の子供の頃は雑種が主流で、大抵は玄関先や庭の犬小屋に住んでいたものですが、今は大半が室内に人間さまと同居生活なさっていらっしゃいます(笑)。

公園の管理事務所に勤務していた頃、迷い犬を探している人の応対をしたことがありました。
「うちの子が」、「うちの子は」と言われるので、犬のことだと気が付くまでに時間がかかったことを覚えています。その人にとっては「我が子同然」と言うよりも「我が子」だったのでしょう。

当時は公園内の犬の散歩については苦情も多かったので
「どうして鎖で繋いでいなかったのですか?」と言うと、
「うちの子はおとなしいから、そんなことしなくても大丈夫です!可哀想」と逆切れされてしまいました。

愛犬家にはこのような方が多いのでしょうね。

先日、1歳か1歳半くらいの男の子をロープで繋いで歩いている母親を見かけました。
子どもの腰に取り付けたロープを自分の腰につけているのです。
一瞬わが目を疑ってしまいましたが、こういうスタイルが今は流行っているのですか?

この年頃の子どもさんは、たしかに動き回るので大変なのはわかります。しかし、どうして手をつないでやらないのでしょうか?両手が荷物で塞がっているのならまだしも、母親は手にした携帯でメールでも打っているのか画面に釘付け、子供からは完全に目を離してしまっています。

母親一人では大変なんだろうと無理矢理自分に折り合いをつけようとしたとき、母子のすぐ後ろをリュックを背負った父親らしき人物が歩くのが目に入りました。ならばどうして、両手が空いている父親が手をつないでやらないのか!なぜなんだ、どうして?

第三者には解らない事情があるのかもしれません。けれど、いまだに「猿回し親子」の姿が目に浮かぶと悲しい気分になってしまいます。

子どものペット化、ペットの子ども化。
我が子の育児を放棄して、餌を、いや食事を与えることもせず餓死させてしまう事件が起きる一方で、ペット用豪華食品の陳列スペースの拡張、ペット市場の拡大・成長。

どこかおかしくなってきていませんか?この国は・・・。

そうか!この国のトップは「命がけで」という言葉をむやみに多用するだけで、マニフェストを破っても顔色一つ変えるでもなく、震災や原発事故や水害被災地のために親身になって動こうともしないのだから仕方ないと諦めるしかないのか・・・。

無性に妹宅の「ロビン」に癒してもらいたくなりました。


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このところブログの更新をサボリ気味です。

しかし、私がサボっている間にも、多くのブログが更新され、さまざまなサイトも更新されています。

これまでに何回かご紹介している香川県三豊市(みとよし)のサイトも日々更新が重ねられているところですが、久しぶりにご紹介したいと思います。

私が初めて『三豊市』を採り上げさせていただいたのは、このブログの『最初の一歩』を踏み出したときから数えて6回目の6月28日のことでした。

このときの書き出しは
「三豊市を知ってますか?知っている方、手を挙げてみてくださ~い!」
でした。

果たしてこの問いかけに対して何人の方が手を挙げられたかはわかりません。読者数自体ごくわずかだったと思いますから、一人も挙がらなかった可能性が高いでしょうね。

今回同じ問いかけをしたら、何人の手が挙がるでしょうか?
「三豊市を知ってますか?知っている方、手を挙げてみてくださ~い!」
1人、2人、3人・・・。

その後、少しずつですが読んでくださっている方が増えて来たと思いますし、何回か三豊市のことを採り上げさせていただきましたから、今回は何人かの反応があるものと期待します。

今日更新された三豊市長の『市長のちょっといい話』は「認知度8位!」というタイトルになっています。
アンケート調査の結果、香川県における三豊市の認知度が8位だったということから話が展開されています。
一度お読みになってください。

前回、初ツアーに関する告知があった『MITOYO ヤマガアル』も10月7日に更新されています。
サボっていて1週間遅れになりましたが、ご紹介します。

そして、待望久しい『釣りガールに捧げる』も何かとご多忙な「師匠」による久々の更新。釣り果を前にしての「どや顔」は非公開のようですが。一昨日の更新ですから2日遅れのご紹介となります。

『Mのツボ』も10月9日放送分がアップされました。アーカイブからご覧ください。

10月7日には『市政報告』も更新されています。
「トンネルコンポスト方式」を採用した、三豊市の次期ごみ処理施設についての報告ですが、いつものように横山市長のわかりやすい文章ですから、お読みになって損はありませんよ(笑)

そうそう、今朝の朝日新聞のコラム<青鉛筆>に、三豊ふるさと大使の要潤さんが香川県を「うどん県」に改名すると、「うどん県副知事」として記者会見で宣言したとの記事が掲載されていましたね。

三豊から香川へ、そして全国へ。三豊から目が離せませんよ。


※ 本文中の『 』をクリックしていただいたら該当ページが表示されますが、念のため以下にURLを列挙させていただきます。

●6/28付けブログ『三豊市』 http://ameblo.jp/maetchi77/entry-10937551465.html
●第1回目のブログ『最初の一歩』 http://ameblo.jp/maetchi77/entry-10924646525.html
●最新・『市長のちょっといい話』 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=7502
●最新『MITOYO ヤマガアル』 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=7484
●最新『釣りガールに捧げる』 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=7493
●『Mのツボ』 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=7407
●最新『市政報告』 http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=7485
●三豊市公式サイト http://www.city.mitoyo.lg.jp/forms/top/top.aspx


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私はビートルズのファンです。
熱烈な、という形容詞が付くかどうかは微妙ですが、ファン歴は45年を超えました。

ビートルズのメンバーの1人であった、ジョン・レノンはグループ解散後のソロアルバムのタイトルにもなった「イマジン」 の歌詞に、天国も地獄も国境も宗教もないと想像したら世界はひとつになれると、戦争に反対し平和を唱えるメッセージを託しました。

自分なりのスタイルで平和を唱えた彼が、暗殺という憎むべき暴力に屈したことは何とも皮肉で悲しい出来事でした。ジョンが倒れてから30年以上の歳月が過ぎました。

彼は今、彼自身が存在しないと想像することを勧めたはずの「天国」にいるのだろうと私は信じていますが、天国から今の地上の現状を見下ろしてどんな心境でいるのでしょうか?

地球上のあらゆる場所での紛争は終息するどころか、次々新たな紛争が勃発する状況で、彼が祈った平和は残念ながら実現していません。

やはり、想像するだけでは駄目なのでしょうか?

プラス志向、マイナス志向という言葉があります。
物事をプラスに考えるとプラスの結果がもたらされ、マイナスに考えるとマイナスの結果がもたらされる。
このことは私の経験上、間違っていないと思うのですが・・・。

人類はこれまでも、想像することによって進歩してきたのではないでしょうか?

自分たちが住む地に果てはあるのだろうか?
人々は想像力を働かせて地の果てに思いを巡らせました。
やがて、自分たちが住んでいる場所が地球という球体であるという驚愕の事実を知り、船や飛行機の発明によって、それが間違いないことを確信しました。

そうなると次なる関心は、果たして宇宙はどこまで広がっているのだろうかということに移ります。
想像を逞しくして宇宙に関する知識を深め、研究した結果、ロケットや人工衛星、宇宙船を開発して夢だった宇宙旅行を実現しました。

人類を月に送り帰還させることに成功。無人の宇宙船を太陽系外に送り出すまでに発展させました。

1年前には日本も小惑星イトカワの微粒子を地球に持ち帰ることに成功。偉業を果たした宇宙船「はやぶさ」は映画にもなりました。

これらすべてが未知の世界を想像すること、人類の想像力が大きな役割を果たしたと思います。

昔は手紙が、遠く離れた人との情報交換の手段でした。鉄道もない時代、日本では飛脚が配達していましたから、手紙のやりとりには相当な日数を要しました。東京大阪間で往復に約半月は掛かったでしょう。

それが鉄道や車、飛行機等の交通手段の発達によって短縮が図られ、電信・電報の発明で飛躍的な短縮が実現しました。そして、電話の登場で瞬時に直接やり取りすることが可能となったわけです。

今ではメールが当たり前になり、ツイッターやフェイスブック等いわゆるSNSの発達で、情報の発信・受信手段は多様化の一途を辿っています。

昔は遠く離れて生きている人がどうしているのだろうかと想像して、その安否に思いを馳せるしかなかったのに、今ではたとえ地球の裏側にいる人とも衛星電話で話すことが可能ですし、宇宙飛行士とも交信出来るのです。しかも、映像付きで相手の姿を見ながら。

便利な時代になったものです。

しかし、その便利さを得ることによって喪ったものはないでしょうか?

あの人は元気にしているのか?今何をしているのだろう?どんなことを考えているのだろうか?
相手のことを心配し、思いを巡らせ、想像することによって相手の今を理解しようとしました。

しかし、今は電話でメールでSNSで相手の状況を確認でき、考えまで知ることが出来るのです。
もう想像する必要はないのです。

テレビの地デジ放送が開始されて3ヵ月になろうとしています。

テレビのない頃はラジオでした。
野球や相撲は今でもラジオ放送がありますが、私の子供の頃、テレビのない頃はオリンピックの体操やバレーボール、陸上競技、マラソンもラジオにかじりついていたのを覚えています。

目からの情報一切なし、アナウンサーの実況放送に耳を傾けて、自分の頭の中で状況を想像するしかありません。
けれども人々はみな手に汗握り、自分の頭の中の日本選手の晴れ姿に声援を送っていました。

家族全員でラジオドラマも聴きました。
耳からの情報は一種類ですが、聴いている家族それぞれの頭の中では各自それぞれが想像した人物が語っています。同じ風景や人物を共有できていたのかどうか疑問です。おそらく人数分の情景が存在していたのでしょう。おじいさんと孫の私とでは全く別の物語になっていたかもしれませんね。

けれども、テレビを観ているよりも豊かな時間を過ごせたように思います。

今のテレビは、ニュースにしてもドラマにしても、映像も美しく、音声も明瞭で、これでもかと言わんばかりに字幕(テロップ)が溢れています。至れり尽くせりですが、私には空虚な中身を豪華な包装紙で誤魔化しているように思えてしまいます。

視聴者は画面やスピーカーから溢れる情報をポカンと口を半開きにして受け取るのが精一杯。じっくり考え想像する余裕など与えてくれません。

心の豊かさを奪われたような気さえするのは、私だけなのでしょうか?

情報の洪水の中で生活しているうちに、自分で考え想像する余裕を失ってしまったように思えてなりません。

便利さと引き換えに喪ったものが想像力だと断言するのは言い過ぎかもしれません。
しかし、想像することは他人を思いやることと深い関わりがあるのではないかと思います。

他人の痛みを感じる能力や努力、想像力の欠如、喪失。

津波や原発、台風で被害を受けた人々の気持ちを踏みにじっていることにも気付かず、地デジ放送がその美しい映像や明瞭な音声を駆使して、国会中継やニュースでへらへら笑い緊張感のない政治家の顔を伝えるのを見せられるたびに、叫び声を上げそうになってしまいます。

ジョン・レノン。10月9日は彼の誕生日でした。生きていたら71歳。
老人というには若いでしょうが、どんな「老人」になっていたでしょう。

私は今後も「イマジン」 を大切な曲として聴き続け、想像力を大切にして生きていきたいと考えています。


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天高く馬肥ゆる秋。

秋と言えば、「読書の秋」・「スポーツの秋」・「芸術の秋」などが浮かびますが、何と言っても「食欲の秋」がトップの座に君臨するのではないでしょうか?

食欲も落ちる暑い夏に辟易した後の爽やかで過ごしやすい季節の到来。
豊富な秋野菜や果物が出回り、しかも新米のシーズンとなると食欲がそそられるのは自明の理と言えるでしょう。

しかし、今年の秋は野菜が高騰していて、私たちが食欲の秋を堪能するのを邪魔しているようです。

それはともかく、味覚を味わうために私たちは、舌はもちろんのこと視覚や嗅覚、場合によっては聴覚さえも動員します。

料理の彩りを目で味わい、松茸に代表されるように香りを味わう。そして風の音や川の流れなどのバックグランドミュージックで更に深い味を楽しむ。

何と贅沢なことでしょう。

ここでもう一つ忘れてはならないのは、歯応え(咬み応え)ではないでしょうか。
食物を咬むときの歯応えも重要な役割を果たしていると思います。

新鮮な野菜サラダも、しゃきしゃき感がなければ物足りません。
きのこ類のコリコリした食感も大切な要素です。
ごはんも何回も咬むことによって一層美味しく頂くことできますし、消化にも良いとされています。

しっかり咬んで味わうことは大変重要なことであり、健康の基本と言えるでしょうね。

現在、私は歯の治療中です。
以前治療した(いわゆるブリッジ治療した)歯が1月前くらいから痛みだして歯医者に通っています。

歯槽膿漏が進んでいて左奥歯を1本抜歯。喪失した2本を補うブリッジ処置(固定式入れ歯?)のため、前に削った2本に加えて健康な歯をもう1本削って犠牲にする必要があるとのことで、昨日、診察台で恐怖の時間を味わって来ました。

歯科治療器具の音は恐怖を味わうには十分すぎます。どうも好きになれません。
昨日力を入れ過ぎた腕や肩の筋肉痛が、翌日の今日になっても「恐怖体験」を思い出させてくれます。(笑)

今週の金曜日夕方に仕上げの予約をしました。
恐怖の時間、地獄の時間を予約するのは複雑な気持ちでしたが仕方ありません。

治療費総額7万円という出費も痛いですね。
歯の大切さを痛感しています。

歯が1本欠けても咬む力は半減します。
処置しても、おそらく従来の歯応えを取り戻せないことでしょう。

年を取るということは、若いときには当たり前だった色々なものを失うということなのだと思い知らされています。

私が味覚に連動すると考えている視力や聴力、嗅覚。そして、味覚とは関係はないでしょうが髪の毛とかも…。

ただでさえ健康のために食事の管理が必要なお年頃。(涙)
食欲の秋を迎えたというのに、存分に味わうことが出来ない悲しさから、秋という季節から連想するある種の寂しさを感じて、長い溜め息をついて金曜日を待っています。

刑の執行を待つ死刑囚よりはマシでしょうが…。

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