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わくわく夢クラブ

『わくわく夢クラブ』は、敗戦後60年の日本の現状の中で、お米を中心とした食に還る~食改善こそが個人の健康への道そして日本の再生への道と考え活動しています!

余談~『両親の事』

 

私の両親はとっても新しいことが好きな人たちでした。

以前にお話ししたように、

よくケンカをした二人でしたが、

その点においては一致していたようです。

 

 

昭和30年代、

家にはまだテレビも冷蔵庫も洗濯機もなかったころ、

食もまだまだ貧しく、

田舎ではナイフとフォークを使うような洋食は珍しいものでした。

ところがわが家では

ナイフとフォークを使ってステーキを食べたり、

そのころ町に一軒だけあったレストランにも、

ボーナスをもらった時とかによく連れて行ってもらいました。

 

 

 

私の同級生にそのレストランのことを聞いてみましたが、

一度もつれて行ってもらったことはないし、

在ったことさえ知らなかったそうです。

 

このように両親は周りの人がまだしていないようなことを

することが好きだったのです。

 

親戚の人たちを招いてナイフとフォークを使う

ご馳走をふるまったりしていました。

 

 

お家にまだナイフやフォークのない親戚の人たちは

驚きながらご馳走を食べていました。

 

余談ですが・・・・

 

 

私が生まれたのは昭和24年

戦争が終わってからまだ4年しかたっていない頃です。

 

 

敗戦を経て、人々の気持ちはどうだったのでしょう!

皆、なにを信じていいか

わからなくなっていたのではないかと思います。

 

 

子供だった私には

何にもわかりませんでしたが、

両親にしても

自分たちが子供のころ受けた教育は正しかったのかどうか?

自分たちの子供に何を教えていけばいいのか?

よくわからなかったのではと思います。

 

ただただ働いて

少しでも生活を豊かにしたいという思いしか

なかったのではないかと思います。

 

 

心のよりどころは物質的に豊かになる事

ではなかったかと思います!

徳島の自然食品店『あまの屋さん』

 

 

『正食協会』の外におじさんに教えてもらったのが

徳島の自然食品店『あまの屋』さん!

そこで玄米食を始めるために必要な物一式をそろえました。

 

平和の圧力鍋

玄米

添加物の一切入らない調味料!

 

この時から自然のものに厳しくこだわる

健康オタクの私になりました!

(45年前のことです)

 

あまの屋さんは

ご夫婦で難しい病気をマクロビオテイックで治された方で

お勤めを止めてお店を開かれた方でした。

 

とっても誠実なご夫婦で

奥様の愛子さんはマクロビオティックについて

深い知識を持たれていて

どれだけ助けて頂いたかわかりません。