柴犬 男の子 全員6歳

メモ柴犬ひなあおそら プロフィールの記事

 

 

父、犬を飼う~ 犬嫌いだった男が、柴犬3匹と暮らすに至った物語

 

 

「少年は犬が怖かった」

 

 犬がきらいでした。犬は私にとって怖い動物で恐怖の対象でしかありませんでした。今は柴犬を3匹連れて散歩しています。きっと見かけた人はよっぽど犬が好きな人だと思うことでしょう。でも今も犬好きではありません。恐怖の対象は簡単には変わらないのです。
 私が好きなのは我が家の柴犬だけで、触ることができるのもこの子たちだけです。



 もう何十年も昔のことですが、野良犬をみかけることは珍しくありませんでした。

 小学校低学年の頃だと思います。少年の私が自転車で近所を走っていると野良犬に遭遇しました。その犬がこっちに向かって走ってきたのです。少年は犬に襲われると思い一目散に逃げました。本当に全力で自転車をこいで必死に逃げました。運が悪ければ車にひかれてしまうような走り方でなりふり構わず逃げました。


 ただ怖くて振り向くことができなかったのですが、ずいぶん走ったことろで立ち止まって振り向いてみるとそこに犬は見当たりませんでした。追いかけてくる犬は少年の妄想だったのです。犬はただこっちに向かって歩いていただけで追ってきたわけではなかったのです。
 しかし、この出来事は犬を恐怖の対象にするには十分でした。

 この出来事からしばらくたったある日、少年は近所のスーパーに自転車で出かけます。買い物にいった母親に電話で呼び出されたのです。
 出かけるとすぐに野良犬に遭遇します。もちろん一目散に家に逃げ帰りました。そのころの家の鍵は内側からボタンを押してそのまま閉めれば鍵がかかるものでした。鍵を持たずに家をでた少年は家に入ることができません。途方に暮れた少年は家の前でずっとずっと泣き叫んでいました。心配した母親が戻ってくるまで玄関の前で泣き続けていました。
 この日、恐怖は少年の心に完全に定着しました。



 幼いころの記憶は自分の成長と共に同じように成長します。子供にとって大きかった物は大きかった物として大人になっても記憶されています。育った街に久しぶりに帰ると街が小さいことに驚きます。道の幅が思ったより狭かったり距離が近かったりします。現実よりも記憶の中の街は成長しているのです。記憶の中の恐怖も同じです。


 幼少期の記憶は鮮明です。その記憶が人生に少なからず影響を与えるのだと実感します。もう私の子育てはほぼ終わっていますが、自分の子供にどんな記憶を残せただろうと振り返ってみて気づくのは、大人になってからの記憶が不鮮明だということです。

 

 

 

父が更新

 犬嫌いだった男が、柴犬3匹と暮らすに至った物語です。

 

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