新世界27-夢世界 8
吹き巻き飛び散るプラスチックゴミの中で、長い棒を振っている男がいる。
ニシキ君はゴミ楽団の指揮者のように、棒を振りやめない。
つむじ風が僕らを襲った。
それは、僕にとってどうでもいい出来事のはずだった。
春の嵐がやってきただけだ。
遠くで雷鳴が轟いていた。
「ニシキ君!何してんのさ」
僕は大きな声で、ニシキ君に声を飛ばした。
彼はにっこにこ笑っていた。大きくはじけそうな素敵な笑顔だった。
僕はその光景に、かつて一度として経験したことのない、胸の弾けるような感情を湧き立たせた。
そして僕は大きな笑みを作りたい気分になった。飛んでくるゴミ吹雪を避けながら、開きにくい目で辺りに目を配る。
僕は表情を笑みに変えることができなかった。
圧倒されていた。
全ての事が、どうでもいい事から何かとんでもない事に変わって見えた。その抑圧が、僕の顔を真顔のままに保たせていた。
ガランガラガラという大きな雷鳴が轟く音がした。
その音が遠くに去ってゆくと、ニシキ君は澄んだ大きな声を僕に届かせた。
「カズさーん(僕の事)!やりましょーよ。僕は思ったんです!今がいい。今しかないって!」
「何がー!?」
とにかく僕はそう尋ね返した。
何が何だかさっぱりわからなかった。
何が何だかさっぱりわからないが、楽しみに溢れている気がした。
突如雨がざあざあ降り出して、僕らはずぶ濡れになった。
飛び散っていた塵は雨の重みで地に落ちた。
辺りの澱んでいた空気が急に澄み切って感じられた。
2020年春の嵐の夢だった。
僕は僕にないエネルギーは人からもらうものだと感じた。
でも僕は僕の中にエネルギーを蓄えていた。
きっと僕らはみなエネルギーを貯めていて、やがてその蓄積されたエネルギーが爆発されてしまう日が来るのかもしれない。
それが僕らの戦争の始まりだった。
新世界26-伝文 5
格差に巻き込まれた世界に、君の心が痛むのならば、
君は全ての崩壊を望まなければならないはずだ!
青い海を赤く染め、青い空を黄色いに光らせる。
君はうごめく戦争の始まりを嫌っていたけれど、
すでにそうなる事に微笑がこぼれ、表情が揺れ動いた。
すでにそうなっている事で、どこからか生まれていたどぎつい笑い声を引き裂いた。
小さな声が君を呼ぶ。
正しい世の中なんて作れない!
ただ君は自分の役目を持って、自分を居場所を作っていただけなんだ!
君はそこから生まれる当り前の感情のままに動きたかっただけなんだ!
だれがそう言っていた。
僕は恐くて震えていた。
でも震えは恐さによるものじゃないようだった。
何かたまらなく解放されだした心から生まれる歓喜の震えのようだった。
僕はどうする事もできない自分にぞっとする事しかできない。
全てはこの日に始まった。
2012年春の声が、僕の未来をかき乱す。
新世界25-無職の暇人 7
ハナは僕の恋人だった。
焼肉が好きな女の子だった。
ハバネロソースを冷蔵庫に2つ欠かさずに入れていた。
雨上がりの夕陽が好きだった。
僕はいくつかのハナを覚えている。
でも僕が知っている彼女は、彼女のほんの一部でしかない。
僕は彼女が僕を振った本当の理由を知らない。
それは、一般的によくある有り溢れすぎた、当り前のどうでもいい、超個人的な、私には彼女がいて、ただ単純に振られた訳ではないだろう?的な、男の自尊心にしか過ぎないわけだが、僕の自尊心にとってはそれがとても重要で、かつ大切な事なのだ。
「わたしは島へ帰るわ」と言って、彼女は僕を振った。
ハナはある小さな島で生まれて、その島で育った。高校、大学こそは島を離れて都会での生活を送っていたが、体の弱い彼女が都会での生活を送ったのは、僅かその期間と、僕と付き合う前と付き合っていた時のほんの1年程度を足しただけの期間にしかすぎなかった。彼女は人生の長い期間を島で暮らしていた。
僕はその事を知っている。
彼女と付き合っていた期間、彼女はずっと仕事を探していた。彼女の父親は資産家で、多くの財産を彼女に残してこの世を去った。だから彼女は仕事をする必要なんてなかったのだが、そういった特別な自分となる事が嫌だったのだろう。彼女はずっと仕事を探していた。
だからその頃、ハナとする話はたいてい世の中の仕事の話だった。自分にはどんな仕事ができるのか、いつも彼女はそんな話を僕にしていた。
ハナは島へと帰っていった。
僕と付き合ったのは、2011年9月から11月の僅か3ヶ月間にしか過ぎなかった。
それでも僕には失われたくない最も大切な3ヶ月間だ。
公園のアスファルトには数えられないほどの落ち葉が散らばっている。
ハナと過ごした公園のベンチで、僕はほんの少し彼女の事を思い出していた。
僕は過去と未来の隙間にいるのか、それとも未来と過去の隙間にいるのか、
ふとそんな事を考える。
様々な種類の足音がアスファルトに響いて、過ぎ去ってゆく。
乳母車の車輪が転がってゆく。
夕暮れ時の公園で、僕は過去と未来の間に挟まれた今という時間を送っている。
この先どうなるのか、僕には不安ばかりが広がっていた。
過去は僕の生きた慰めにしかすぎないのに、僕はそんな過去に浸っていた。
もう戻らないのだよ。
誰かにそう言われている気がした。
新世界24-夢世界 7
二人分の食はない。本来ならそうなんだ!
いつもなら、あんぱん、カレーパン、ドーナッツ。
ホットドッグに、サンドイッチ。
そのくらいのバリエーションを作る余裕もあったんだ。
三日に一度怠けて寝てたし、オレンジジュースを買う余裕だって出来たんだ!
でも今は失ってしまった。
毎日、食パンにイチゴジャムを挟む。嫌だといわれてもそれしかない。
君が嫌だと言ってもそれしかない。
「ほかにないの!?」
少年はわがままを言って、僕にそう尋ねた。
「出ていけ!」
僕は思わず、そう怒鳴りつけた。
たかたこうき少年は僕の我慢をわかっていない。
そして僕はゴミの山に出かけた。
僅かな食費を稼いで、僕は帰路へと足を運ぶ。
僕は不安を抱いていた。少年がいる事、いない事、その両方に不安を抱いていた。
いつものコンビニで食パンを買う。
そして家に帰る。
まだ夕暮れ時なのに、真っ暗な0.5階の家の中に入ってゆく。
少年はいつもの場所にいた。ソファーと箪笥の僅かな隙間、そこに挟まっているのが少年のお気に入りだった。
僕は戸棚の高い所に置いてあるジャムを取る。そして残っていたそいつをスプーンでさらい、買ってきた食パンの上にそのジャムを塗る。そしてそいつを少年に渡した。少年は食パンを受け取り、そいつにがぶりついた。
僕はもう一つ食パンを袋から取り出し、そいつにイチゴジャムを塗る。そして今度は自分の口の中に放り込んだ。
甘く幸せな味がした。
心持、少年の顔にも笑みが見えた。
輝く瞳が暗闇の中にあった。
何となく、嬉しく、僕には明日を生きてゆくための希望が生まれた。
2020年冬の夢は続く。
未来の僕は陰うつな孤独から解放されたようだ。
新世界23-孤島の物語 5
何気ない毎日を過ごすだけなら、笑える毎日がいい。
わたしは貴方の笑顔を覚えている。
わたしは貴方の香りを覚えている。
夏の太陽が燦燦と降りそそぐ。
草地の野草はもうハナの背丈を越えたくらいまで伸び上がっている。
種々の野鳥が水の溜まり場にやってきて、渇いた喉を潤している。
わたしは今日も今日を生きている。
わたしは今日も明日の訪れを楽しみに待ち望んでいる。
光は霞みなく、海面を煌かせ、地上を鮮やかな緑色に染める。
地上は楽園だね。
ここは現実。
わたしが住む確かな現実。
貴方を待つ、確かな現実。