小説と未来 -8ページ目

記憶の記録 9.二年冬

ひういひういと冷たい北風が

二重三重に吹き抜けてゆくビル群の狭い路地を、

耳を凍らせ、

身体をロングコートに隠し込み歩いてゆく。

こんな寒い日なのに

髪の毛を後ろでまとめて耳を出してしまったことを後悔する。

けどまとめないと強い風の力でボサボサになってしまう。

今度こそ程よい長さにカットして、

髪を固める髪型に変えてみようと心に決める。


温かい暖房の効いたビルディングに入ってほっとする。

一階に置いてある自販機でホットミルクティーを購入する。
エレベーターに乗って五階へ移動する。わたしの職場はそこにある。


昼間でも明かりが付いているオフィスは日の入りがあまりよくない。特に冬場は昼でも暗い。
コートを脱いでカーディガンにスリムパンツの姿に替わる。

自分のデスクに腰かけて、一息付いて、パソコンを立ち上げる。

ペットボトルのミルクティーを開けてごくっと飲む。

空腹の胃を温める一口で元気になれる。


われらのルームには今のところわたししかいない。

普段から社員の出社の遅いこの制作編集部で、わたしが一番になるのも珍しくはない。
文書作成ソフトを立ち上げると、

わたしは行ったこともない冬のスキー場に誘われる。
 

・・・


凍てつく雪上の斜面に取り残されてしまった。舞も咲希も運動が得意だからボーゲンではあるけどゆっくりとすいすいゲレンデへと下っていってしまった。
みすずは三回目の転倒をしてまた起きなくてはならない。顔も真っ赤で、頭も体も足も雪に濡れ、もう下るのも嫌な気分だ。
だけどこんな斜面の途中でリタイアするのも叶わず、するりするりと滑り降りていく。
なるべくスピードの出ないように斜めに、股をハの字にして、恐る恐る。
『ダメだ。止まらない』
林に突っ込みそうになって、自らのおしりを付いて転んで止まる。
「あ、いた~い」
簡単だからと言われ北国出身の陽子に誘われてきた。舞と咲希はすぐに上達したのにみすずはいつまで経ってもへたっぴで見放されてしまった。
もう咲希の姿も見えない。さてどうしようと迷っていると、ズザザッと風のように赤いウェアの男が突如目の前に止まった。
ゴーグルをおでこまで上げて、キラキラした目に見せ、雪焼けした肌に白い歯を輝かせ、素敵な笑みを浮かべている。
「大丈夫ですか?」
みすずの前に王子は現れた。それがみすずとタケルの出逢いだった。

・・・


この話がほんとかどうかはわからない。

二十代半ばのお嬢様が記念に、と作り出した私記は

十数話の恋愛物語に仕上がってきている。

とにかくたくさんの男性が出てきて、わたしはそれを空想というより

妄想を掻き立てて綴っていく。
どうかと思っていた途中経過の作品を、男受けしそうな目がクリッとしたお嬢様は、その妄想を嬉しそうに受け入れてくれた。

昨日の話だ。


「はあ~」と大きくため息を付いて、ふと視線を感じて現実に戻る。

ここは会社のデスク。周りには見慣れた同僚の顔が並んでいる。
「どうしたんですか?そんな顔して」
目の前の席の、3歳年下の後輩がわたしのため息に反応する。
「まあ、どうってわけでもないけれど」
トゲのある言い方をし、後輩は苦笑い。

「ですよねえ」と言ってそそくさとデスクを離れていった。
 

わたしには素敵な出逢いや華やかなひとときと呼べるような青春はない。

図書館やブックストアで一人本を読み漁った若かりし学生時代。

ストーリーと辞書を交互に目で追い、家と会社を往復した二十代。

なんとなくの紹介での付き合いもあったけど気がついたら別れ、今に至った。
 

こういった華々しい物語を書くのは気が重い。

もしみかげ君に出会わなかったらこの手の文章を書くには耐えがたかった。
わたしにはみかげ君がいる。

劇的な出逢いとはいかず、爽やかな笑みかも微妙だけれど、

心は彼の元に落ち着ける。
きっと大丈夫。わたしは今日もやっていける。

そう思って、再びパソコンに立ち向かうのであった。

記憶の記録 8.元年秋

葉は赤く染まりちょうどよい紅葉の見頃だった。

毎年、友人や家族、時には一人で紅葉狩りに出掛けるのだけれど、

まだ蒼かったり、

散ってしまっていたり、

まだら模様だったり、

毎年毎年見事に色付いた景色を見れずじまい。

今年は綺麗に赤く染まった楓を仰ぎ見れて幸運だ。
 

わたしとみかげ君は紅葉が有名だという森の中にいた。

庭園やお寺もいいけど、意外と何もない自然な景色がわたしたちの好みだ。この好みをわかり合えてわたしの胸は弾む。

今日のデートが来る日を楽しみに待っていた。


見渡す限りの赤く染まった楓の葉が太陽の木漏れ日に映えて広がる。

わたしとみかげ君は赤い世界に包まれている。
彼はカメラで写真を撮って、わたしはただ葉が風に揺れて

カサカサ鳴る音や揺れ動く赤い葉の情景を目に焼き付けていた。

写真は後で送ってもらおう。
散り落ちる葉を目で追う。

風に乗ってゆらりゆらりと揺れ下り、くるくる舞って地表の上の枯れ葉に置き換わる。

そいつはさっきまで木にくっついて人々の目を楽しませる一部だったのに、

今は足下で踏みつけられる地面の一部となってしまった。
「お疲れさまでした」
わたしはその落ち葉に向かって合掌した。

森から出た小川の道を歩いて戻る。ふぅんふふぅん、わたしは上機嫌に鼻歌を歌う。
「何の歌?」
みかげ君が尋ねるけど、わたしはその歌の名を知らない。
「何ていう歌だったろ?子供の頃、聞いたような。なんとなく」
「なんだろなあ?僕は聞いたことないな」
「あらそう?有名な歌じゃないんだ」
 そしてその鼻歌の答えは出ず、歌音は小川の砂利道に置き捨てられていった。

近くのお蕎麦屋さんで少し遅めの昼食を取る。湧き水でこねられた二八そばがこのお店の売りだ。
わたしはおろしそば、みかげ君は天ぷらそばを頼む。

追加メニューに含まれていたわさびおろしも追加する。さめ肌で下ろした新鮮なわさびは辛く、薫りの良い風味だけが鼻を抜ける。
「おいしい!これ食べてみて」
天然わさびをみかげ君にお裾分け。

つるり。
「うん、おいしい」
目を丸くして喜ぶその笑顔がかわいい。
「こっちも食べてくださいよ」
大きな野菜天を割って、わたしに差し出す。少し胃に重い気もするけどここは頂く。

サクッ。
「あっ!意外とさっぱりしてる」
サクッサクッサクッ。

口のなかであげたての天ぷらはいい音を立てる。

・・・

めぶきの顔がパッと明るさを増す。

彼女の顔立ちは目が小さく、表情に乏しいけど、笑顔になった時には目が見開いて、口許にえくぼが浮かんで瞬間花開く。

その表情を見たくて僕はめぶきを喜ばせる。
「ねぇ、けっこうサックリしてておいしいよね」
迷いはある。

今のままでいいのか、前へ進むべきか、はたまた別の道を探すことさえも。
でもその笑顔が迷いを吹き飛ばす。

今は今のままでいいんだと言われている気がする。

・・・

わたしたちは秋の夕陽が沈みゆく駅のホームで3両編成の電車を待つ。

まだ5時なのに日が暮れるのはあっという間に早くなる。
「あぁあ、今日も終わっちゃうね」
そう言って楽しかった今日を残念がる。
「そうですね。一年も、もう少しで終りですし、日が経つのは早いですね」
みかげ君はなぜそんなふうに言ったのか?あまり意味はないのだろうけれど、

ただ今日は楽しかったのに残念だと言ってくれれば良かったのに。
 

踏切の音が音声のない田舎に鳴り渡る。

ああもうすぐやってくる。

またいつもの毎日がやってくる。
「まだ今年は終わりじゃないよ。またどこか行こう」
あっという間に終わってしまわないよう、毎日毎日空を見上げて歩いていこう。

季節を感じて、周囲の一つ一つの大切な時間を共に味わって生きて行こう。
「そうだ。そうだね。まだまだクリスマスもあるしね」
そう言ってみかげ君は笑った。わたしもその笑顔に笑みを浮かべ返した。

記憶の記録 7.元年夏

庭に出れる縁側向こうの窓を開けて、ちゃぶ台に置かれたスイカを皆で食べる。
押し入れ手前に置かれた扇風機が回っているだけで、後の冷房はいっさい使用していない。二の腕の袖口や額から汗が吹き出る。

今年も変わらず暑い夏だ。


二つ年上のまづると二つ年下のほのかはわたしの従姉妹である。

縁側に並んで座ってスイカにかぶりつく姉のまづるは大きな目に唇が厚く色黒だ。

種を庭に飛ばすほのかは目が少し離れていて頬が丸く色が白い。

二人はまるで似ていない。

外の足下には氷水の入ったが桶が用意されていて、二人はその足湯ならぬ足水を利用して、火照った脚の熱を和らげている。

わたしはそこを故郷とは呼ばない。

生まれた場所は2LDKの仮屋で、育った家は賃貸の一軒家だった。

両親はわたしが大学を卒業すると東京の一軒家を完全に引き払い田舎の古い家を買って住み始めた。わたしはそこを故郷とは認めていない。
それでも夏になるといつもそこへと帰る。

会社の人には夏休みは田舎へ帰ると言っているが故郷はあくまで東京だ。先祖の墓は東京と父の実家の北関東にあるけど両親はまた別の場所に定住してしまった。

東京駅から高速バスに乗って高速バスのターミナルへ着く。

いつもなら、さらに路線バスかタクシーで行かなくてはならないけれど、

その日はまづるとそのかが車で迎えに来てくれた。
「田舎ならあなたのお父さんの実家に行けば」
「それもねえ、いろいろ面倒なのよ」
「おばさん家だと気が楽なの」

姉のまづるに合わせてほのかも付け加える。
「いいのよ。いつでも遊びに来て。おばさん嬉しい」

母はそう言って飛んで喜ぶ。
「ねぇ~」と、三人声を合わせて顔を見合う。そして楽しそうに笑っている。

母は実の娘のわたしより従姉妹二人の方が、気が合うようだ。


田舎は東京のアスファルトだらけの路上からゆらゆらと揺れ上がる陽炎に、

汗だくになって過ごすよりは遥かに安らぐ。夏を田舎で過ごすのはわたしも好きだ。
父は庭の家庭菜園でキュウリをもいでいる。取れ立てキュウリやトマトは裏庭で母が流水で冷やしてくれる。取れ立て野菜のサラダは甘くて美味しい。

スイカを食べた後は少しだけ、田舎を散策する。

家の周辺は一面水田が広がっている。青々と繁る稲穂が山からの吹き抜けていく風にさらさらと揺れ動く。

ここからは街に出るにも海に出るにも車がなくてはとても遠い。とりわけ特徴のある便利な住み処とはまるで言えない。
 

何もない、

ただの田舎だけど、

そこを気に入って両親は住んでいる。

わたしも好きだ。


「めぶちゃん?彼氏って、かっこいいの?」
わたしは後ろから声をかけられビックリする。ほのかがわたしの後を付いてきていた。
「誰から聞いたの?」
「おばさん言ってたよ。なかなか会わせてくれないのよね、って」
おしゃべりな母に少し落胆する。だけどみかげ君の話をするのも悪くはない。わたしはみかげ君について少しだけほのかに説明してあげた。

 

「ほのかはどうなの?」

逆に聞き返す。
「さぁどうかな」と、はぐらかす。
「まづるは結婚するの?」だから話を変えてみる。以前から付き合ってる外資系商社の男性の話はちらほら聞いている。母のおしゃべりはお互いを筒抜けにする。
「うんそう、たぶん。なかなかハッキリと言わないけどね」
「めぶちゃんは、その、みかげ君とは結婚するの?」
「それはまあ、そうなればいいけど」
「じゃあ早くしないと」
「でもまだ一年ちょっとだし」
「十分。いつまでもただ付き合ってたって。まづるみたいにタイミング失うよ」
「そうか。そうかもね」

 

結婚か。

考えてなくはないけれど、まだわたしは漠然としている。はたまた果たしてみかげ君にはその意思があるのだろうか。
わたしたちはただひたすら田んぼが続く畦道を太陽に照らされて歩いていた。

長い会話と長い人生の行き先に、

その答えを持たないままに。

記憶の記録 6.元年春

わたしは時々、美術館にあるカフェでペンを片手に文字を綴る。
パソコンを拡げて文を作ってゆこうとすると期待したより頭が働かない。ペンを握って絵を描くように白紙のノートに文字を列ねてゆくと不思議と創造力が増してゆく。
オフィスは喧騒としているし、図書館は静かすぎる。
美術館のカフェは芸術的なセンスがちらほらと見え隠れしていてわたしの脳をほどよく刺激してくる。
だからわたしは美術館のカフェに来る。

大きな窓から降り注ぐ春の日差しは柔らかい。
長袖シャツにちょうどよい体感温度が感情を落ち着かせてくれる。
流れているピアノのBGMも心地よい。

・・・

スカイツリーから眼下に臨む都市を目にし、脚光を浴びたシステムの成功にかつてない高揚が身体中を駆け巡った。
真下に見下ろすマンション群から遠くは新宿、
見渡す限りの東京都心で自分が作り上げたシステムが活躍しこの大都市を動かしている。
ここまでの長い道のりは寸分たがわぬ計算とたゆまぬ努力で切り抜け得たものだ。
深夜遅くまで幾日もパソコン画面をにらみシステム改善を重ねた日々や、

大学の教授に何度も頭を下げて得た特許使用権、頭の固い官庁職員への懇願、
多くのマスコミを引き付け大成功に幕を下ろしたプレゼン、
全ては一つ一つ自ら手を動かし、足を走らせた結果であることはいうまでもない。
戸塚は今まさに、絶頂の頂点に達して感情を爆発させたい気持ちでいた。

・・・

「おまたせしました」
しばらく書き進めたところで顧客の男はやってきた。
外見はスラッとしていて、黄土色のスラックスにチェックのシャツ、
紺のジャケットがよく似合う素敵な男性だ。
でもわたしは彼の話が好きになれない。

ドローン運送システムを自らの手で立ち上げ、大手の運送会社を抜いてその手のサービスでトップに立った40代の社長さんだ。
だからといってそのサービスが彼一人の力でできたものではない。彼が望む自伝記ではまさに全てが一人で成し遂げたように描いているけれど、それはふんだんに加えられた脚色によるものだ。

かなりの利益を得られる仕事だから文句は言うな、と上司に念を押されて担当となった。
いやとは言えないけどこういった仕事は好きになれない。

「あの、どうでしょうか?」
「よく書けてると思う。わたしの人生を忠実に再現できている。
でもまだ何か弱いんだよね」
「具体的にどの辺りですかね。やはり新規事業を立ちあげた辺りの…」
「いや、ちがうな。全体的に、パワーというか、エネルギッシュさというか。
そうね。君の文章にはそういった力が足りない。それは君自身が成功を収めた経験に欠けているせいかもしれない」


さらりと出る人格否定。
いつも心を打ち砕かれるがわたしはただただ自分の力不足を謝る。


「まあ、いいや。今日はねえ、そうじゃなくて、1個付け加えたいストーリーがあってね」

いいんかい!と突っ込みたいけど、そこは黙って彼の話を聞くことにした。

・・・

冷たい空気の漂う教室で、彼の孤独と戦う時間は続いた。
いつからか彼に近付く者はいなくなっていた。勉学の鬼となって、遊ぶ時間は無駄と決めたかせいだ。
机の上に彫られた悪態や周囲から盛れるひそひそ話、投げつけられたティッシュと嫌がらせは数知れないが、そんなちっぽけな周囲の悪意など、彼は気にも止めなかった。
もし一つだけ彼を苦しめるものがあるとしたら、それは親友からの侮辱だった。
唯一の友人Mだけはそんなことをしない人間だと彼は信じていた。
いくつかの嫌がらせには彼が絡んでいたが、誰かにやらされているのだと、気に止めなかった。

ある日のひそひそ話がそれを裏切った。
「あの馬鹿、ほんと馬鹿だから、勉強してんだぜ。ムダな努力とも知らずにさ」
あの言葉は忘れない。
凍りつくかのような笑い声が教室に響く。
『忘れない。いつか見返す』
その言葉を胸に成功までの道のりを歩んできた

 

記憶の記録 5.元年冬

雪の降る音はしない。降り始めにさえ気づかない。


窓の外にふと目を移したときに粉雪の舞いを瞳に入り込む。
午後3時の電車はいつもの帰宅ラッシュのように混み合っている。
地下鉄の路線では雪の影響も少ないようだけど、地下鉄を抜ければ

地表に出る。
地表の線路に雪が積もれば電車も止まり、この満員電車も地下のトンネルに
閉じ込められてしまうかもしれない。
そしたらわたしは窒息死してしまいそうだ。

会社を出たときにはもう雪は足下を冷たく濡らすほど積もっていた。
積雪10センチといったところだろうか。
ヒールのないパンプスは丈のない靴下ともども、わたしの足を

びちょびちょにしていた。

乗車駅から10分ちょっとで電車は地上に無事抜け出た。

そこは東京ではないどこか別の都市のように一面を白いものに覆われていた。
たとえば札幌みたいな北国の大都市ならきっとこんな感じだろう。
でもここは東京。
アナウンスが聞き慣れた名前の駅をコールすると、

電車はホームにゆっくりと停まった。

ドアが開いてわたしはホームへ出る。
駅は帰宅の会社員でいつもより溢れていて、
コートの肩に雪をのせた人、
ずぶ濡れの傘を持ち歩く人、
スカートの裾を濡ら人、
多様なお困りの方々の姿が目に付いた。

でもそれを気にせずわたしはホームの向かいに停まっていた電車に
さっと乗り換える。

不思議とこの電車はいつもより混んでいない。
もともと混雑の少ない路線だけど座れそうなくらいスカスカだ。
今日のような状況にあっては心底ホッとする。

さらに二駅進むと、わたしのアパートのある駅に到着する。

駅の改札口で、

知っている図体の大きな男が

ダウンジャケットを着込んで傘を手に、手を振ってこっちを見つめていた。
みかげ君は午後からお休み。

すでに一旦家に帰って、傘を持たないわたしの元まで助けに来てくれたのだ。
わたしも手を振り替えしてみかげ君の姿に応える。

雪はしんしんと降り積もる。
家に帰ったわたしたちは、
「こんなに雪降ったの、いつ以来かしら」
「5年くらい前に積もらなかったでしたっけ?」
みたいな、いつかの雪についての雑談をして、
それから友人や家族に無事かどうかの連絡を取り合った。
日も沈むと夕食の準備を始めて、二人鍋を囲んでビールで乾杯してご飯を食べる。

そして洗い物をすませてひと休憩をする。

雪は止まない。
道路向こうの駐車場の車は雪に埋もれてしまいそうな状況だ。
「ねえ、銭湯にいかない?」
「え、こんな雪の日にですか?」
意外な提案に彼は渋るけど、わたしはそんな彼を連れ出したい。
「やってますかね?」
「こんな日は、雪見風呂でしょ!」
そう言ってわたしたちは家を出る。

タオルにシャンプーリンス、ボディーソープの入った籠を手に、
雪道をザクザクと歩いてゆく。
普段から人通りの少ない商店街だけれど今日はいつもに増して人がいない。
お店の明かりはコンビニくらいだ。

わたしは雪を丸めてだんごを作る。
そして止まったわたしに気づかずそそくさと歩いていく彼の背中に
そいつを投げ付ける。
しかしそれはまさかの後頭部直撃。
「いて!な、なにするんすか!?」
わたしはその怒った顔と、白くなった頭を見て大笑いする。
「雪合戦よ」
「子供じゃないんだから」
彼はそういってのってこようとしない。
だからわたしはまた雪を丸めて彼に投げつける。

再び命中。
今度は彼の大きなお腹に。
「やったな」
彼も雪を手に取る。わたしは笑いながら歩きにくい雪道をザクザク
音を立てて走り逃げた。

銭湯は開いていた。
客は誰もいなかった。
よく考えれば雪なんて見えない銭湯だけど、富士山の絵には

雪が積もっていた。
降る雪は見えないけれど、不思議と外に雪が降るのを感じていた。
冷たい空気と暑い湯気のぶつかり合いが、

外気の冷たさを教えてくれていた。

こんな嫌な雪の日も嫌じゃない。わたしは彼といれば楽しめる。