新世界97-無職の暇人 22
2013年2月、僕は勝手に過ぎて行く時の中にいる。
「時間よ!止まれ!!」
と、叫んでも止まってはくれない。
「おい、待ってくれよ。ちょっと疲れちゃったんだよ」
と、弱音を吐いても、時は行ってしまう。
「おまえ、そういう態度はないだろ!もうちょっとよく考えてみろ!」
と言っても、時間は考えてはくれない。
おまえの事なんて知った事かと進んでゆく。
僕がまだまだ余裕だと考えていた時間は着々と失われ、もう余裕と感じていた時間はほぼ無いに等しい。
子羊と人間の子供が戯れる小さな牧場で、僕はそんな『誰かにとってはどうでもいい、僕の悩み』事を感じながら、芝生の隅で、中心にいる子羊と子供たち眺めている。
10人くらいの子供と、30匹以上の子羊が走り回っている仄々した光景だ。
仕事に疲れた親たちが囲いの外でそんな光景をカメラで追っている。シャッターチャンスを楽しみに狙っている。僕は親でもないのに、親気分になって子供たちの光景を追っている。
この時間が永遠に続けばいいと願う。
でも永遠の時間なんてどこにもない。30分、1時間と時は徐々に進んでしまう。
太陽は少しずつ西の空へと落ちてゆく。僅かな幸せを望んだ冬の暖かい時間はすぐに終ってしまうだろう。
いずれ彼らはいつもの日に帰るだろう。
そしていつもいつも生活を営んでいる。
彼らは今日の幸せを知っている。またいつか来る幸せを望めるだろうか?僕はいつか来る幸せを信じる。
メェェエエエエーと羊が賛同するように啼いてくれた。
よかった、よかった。
新世界96-夢世界 28
2022.10.22
秋晴れに若干の雲が浮かぶ一日、午後三時。
天から紙切れが降ってきた。
紙切れは一万円札だった。
街には多くの人がいたが、降り落ちてくる一万円札に大きな関心を注ぐ人はいなかった。
誰もがその不可解な出来事をすぐに飲み込むことができなかったようだ。
ただ天を仰ぎ見る人たちがたくさんいて、その事に見向きもしない人たちも多くいて、地上に落ちた一万円札を拾い上げて、ただじっと眺めているものも何人かはいた。
僕はそんな街の真っ只中にいた。
やがて誰よりも早く理解した街の浮浪者が一万円札を拾い集め始めた。
そして街を歩く人たちがざわつき出し、とりあえず一万円札を拾い出した。
車に乗っていた人たちが車を降りて、路上や車の上にある一万円札を拾い出した。
僕はショーウインドウに背を持たれて、じっとそれらの変わり行く街の光景を眺めていた。
警官やパトカーがやってきたのは、それから数十分後の事だった。一万円札はまだあちこちに落ちているようだが、だんだん取りにくいところにいってしまったようで、一部の人間がそれらを探していたが、大半の一般人は飽きられてただの野次馬と変わっていた。
浮浪者たちはいち早く姿を消していた。
一部の善人は拾った一万円札を警官に渡していた。
「落ちてきた一万円札を拾った方は、速やかに交番にお届けください。金銭の拾得は犯罪です。拾った物は速やかに交番へお届けください」
パトカーからスピーカー音でそんな説明が街中に響き渡る。
でも素直に警官に届け出るものは僅かしかいない。
たいていの人間はどこかに一万円札を隠し持っている。いや、金を取ったやつらはきっとほとんどこの場から立ち去ってしまっただろう。知らん顔をしてそそくさとどこかに去っていってしまったのだ。
何しろ街は貧乏人に溢れている。
貧乏人にも種類はいくつかあるようだが。
種類1.見た目そのままな貧乏人。
種類2.見た目は金持ちそうだが借金にまみれている貧乏人。
種類3.見た目は普通だが生活は厳しい貧乏人。
2022年の日本はそんな貧乏人ばかりの世の中だ。素直に拾った金を返す奴なんて本当に一部の金持ちだけだ。
僕はそんな貧乏人の集まる場所を掻い潜り、その場を後にした。
2時間後のニュースでその出来事は大々的に放送されていた。僕は電気屋のテレビコーナーでそのニュースを眺めていた。
金額は1億とも、10憶とも、100億とも言われていた。中には1兆以上と報道するチャンネルもあった。
正解は100億程度だ。僕はその事を知っている。なぜなら金を撒き散らした首謀者は僕自身だからだ。
今はまだ誰もなぜこんな事が起きたか気づいていない。しかしやがて報道は詳細を探り出してゆくだろう。
そのうち、空にヘリを見たという目撃情報が駆け巡り、そのうち、その日の午前中に山本邸からヘリが盗まれた事を語り出すだろう。そしていつか僕らの存在が気づかれる。
報道よりは警察が先に探り出すだろう。彼らは僕らの存在をすでに追い始めている。でも僕らは恐れることはない。これは始まりにしか過ぎない。いろいろな反乱の始まりだ。いろいろな氾濫か?
僕は何ヶ月かぶりに、家具の溢れた我が家に帰ってきた。
鍵は掛かっていなかった。中に入った。誰もいなかった。
「おい、コウキ、いるのか?」
僕はコウキ君の名前を呼んでみた。でも彼はいないようだった。
どこにもいなかった。どこを探しても彼はいなかった。
彼を連れてゆくつもりだった。正しいかどうかはわからないが、僕は彼の育ての親になったつもりだった。だから最後まで面倒を見なくてはならないと思ったのだ。
でも彼はいなかった。
仕方なく家を出た。
きっとこれも運命だと思う。
そして僕は駅へ行き、電車に乗った。行き先は北だ。僕らはある町の、ある山の上にアジトを構えている。今日僕は初めてその場所へ行く。そして今日から僕はそこで暮らす。
もう戻る事はない。戻れない。
僕を夢の未来が待っている。すでに僕はそこにいる。そこで暮らしている未来が僕には見える。
新世界95-孤島の物語 17
貴方は大切な物を失いたくないと言った。
叶わない夢ばかり。
つらい現実ばかり。
いつからかうまくいかなくなった。自分のバランスを失った。
貴方は貴方であればいい。
貴方は自分の生き方に間違いじゃないって、自分を持って進めばいい。
わたしはここにいる。
ただ、貴方が貴方らしく暮らしている事を願う。
誰に届くわけでもない手紙を書いたんだ。
ハナは愛おしい人の未来を願っている。
今日も空は晴れ渡っている。
軒先に紫色の花が咲いている。
布団を干そうかと思っていたんだ。けど面倒だから止めていたんだ。
やっぱり布団を干そう。
そして体も心も暖かくなった布団で温まろう。
ゆとりが欲しい。
人を想う気持ちが力になるでしょう。
ゼロからやり直しです。きっと晴れ渡る心が大切でしょう。
新世界94-夢世界 27
2022年10月2日。
カレンダー。
僕はまだ右の男のアジトにいる。
夢の中の悪い夢を見て、そのアジトで目を覚ます。
悪い夢とは、コウキ少年が火事で死んでしまう夢だ。彼は苦しみの中で僕の名前を叫び続けていた。助けをずっと求めていた。
僕はコウキ少年がどうなったかについて実のところ知らない。僕の夢に彼は出てこない。夢の中の夢には出てきたが、この夢には出てこない。僕は夢の中で、あの場に行く事もできない。ボスとなって、自由を失った。今は右の男と細い男の世話になっている。
「自家用ヘリを持っている山本の家を狙う計画は進んでいるのか?」
と、僕は右の男に尋ねる。
「ええ、屋敷内はおおよそ確認が取れました。どこかの私立学校みたいな造りをしていて、塀の中に入るのがなかなか面倒なんですが、裏の森側からカメラを一つ壊せば入れる事が確認できています。後は一気に乗り込めんでヘリを盗んでしまえばいいだけです」
「なら、もうすぐ実行だな。実行日はいつだ?」
「それなんですが、まだ一つ問題がありまして、ヘリを操縦する者が決まっていないんです」
やれやれ、わかっていない。これは僕の夢だ。だから誰だって夢のヘリは簡単に操縦できる。右の男はその事がわかっていない。
「大丈夫だ。ヘリなんてきっと簡単に操縦できる。何なら俺がやってやる」
「いや、しかし、そういうわけにはいきません。ヘリを奪い、集めた金を積んだコンテナをここで回収して、また夜空に飛び立ち、街中に金をばら撒くんです。結構な技術が必要です。俺たちはいつだってそういった細かいチェックをしてきました。その事を簡単に大丈夫だと言われると困ります」
「しょうがない奴だ。ならば待とう。ただし1週間だ。それ以内に答えを出せ」
「わかりました」
右の男にははっきりした指示を出してやればいい。こいつは本当に動きがいい。左の男もそうだが、実に動きがいい。僕とは大違いだ。
今はボスとなり偉そうなふりをしているが、正直、ボスでなければこの二人にはどうあっても敵わないだろう。僕はそんな事を感じている。
そして右の男はヘリを操縦できる人間を探しに出た。
それから数日後操縦士は結構簡単なところで見つかった。それは自家用ヘリを持つ山本という男の息子だった。
二番目の息子で、大学卒業までは山本一家でおとなしく過ごしていたが、成人してから親の山本と衝突し、今は勘当されて一人暮らしをしている。山本の次男は親にかなり恨みを持っているらしく、ヘリを奪う事はむしろ望んでやってくれそうだという事がわかった。
話はいつもよく出来ている。山本の次男を連れ出し、僕らはついに世の中に現金を還元する日が来る。
もうすぐその日が近づいている。
新世界93-無職の暇人 21
声が出ない。喋る気にならない。そんなときは、「シャベルナ療養所」へ。
だから「シャベルナ療養所」はそんな喋る気のない人々で溢れている。
発した言葉が誤解を招いたり、言葉が足りないと怒られたり、世の中はそんな事だらけで喋る気を失ってしまった人で溢れている。
意見をする自信がなくなったり、声が小さくなったり、やがて声を出すのが嫌になってしまったりする。
僕も面接で何を喋れば受かるのか、まるでわからなくなってしまって、声を失ってしまった。本当は声が出なくはないのだが、面接に行くと、もしくは知らない人に会うと、何を話せばいいかわからなくなってしまう。
ここへ来るとよくわかる。世の中にはそんな喋りたくない人がたくさんいるんだなって事が。
どうして世の中にこんな人ばかりが溢れてしまったのか、僕にはよくわからない。でも深く悩めば悩むほど声は出なくなってしまうから、なるべく話さないほうがいい。
「シャベルナ療養所」にはルールがある。基本的には喋ってはいけないのだ。声を出して、べらべら喋っていると、療養所の所員に追い出される。僅かな自信のない声はセーフだ。
ここではなるべくニコニコしているのがいい。そうすると所員のお姉さんもにっこりしてくれる。むすっとしているとこちらを見向きもしない。ただ黙ってむすっとしているいる人間っていうのは確かに威圧感がある。
喫煙所もあるから煙草の吸いたい人は好きなだけ吸えばいい。それから漫画は読み放題で、DVDも見放題。いろいろと遊べるから気軽に入れる。利用料は初診の検診で千円程度、後は三百円程度で利用できる。一日いても大丈夫だ。朝昼夕、三食出る食堂もある。一食三百円ちょっとなので、一日いても二千円も掛からない。とても快適だ。
とても快適だが、やがて誰もが出てゆく。その内、誰かと話したくなる。声は自然と出るようになるのだ。
僕はそれでもしばらくここで時間を過ごそうかと考えている。お金の無駄遣いもしないし、家にいても退屈だ。ここならたくさんの暇つぶしがある。気が楽になったら、僕はまた元に戻れるだろう。
そして仕事も探そうか。
2013年2月を迎えている。時が経つのは早いものだ。