小説と未来 -75ページ目

新世界107-夢世界 31

2023年4月。


僕は大きな市民会館の壇上にいた。

全席満員とはいかないが、それでも会場には500人近い人間が集まっている。


戦いは、始まったばかりだ。俺たちはまだ世界を変える事ができていない。世の中の金持ちは俺らの力なんて金で踏み潰せると考えている。俺らはまだここに存在を知られただけにしか過ぎない。貧乏人はまだどこかの誰かが金をばら撒いているとしか思っていない。俺らがやる事はそんなちっぱけな事じゃない。世界の金持ちと貧乏人を逆転させるくらいの革命だ。それが出来なければ俺らに価値はない。俺の考えに賛同しない奴はここから今すぐ立ち去れ!それくらいの覚悟が無いやつはここには必要ない!」


僕は大声で舞台下の500人に叫んだ。


「おおおおおお」

彼らは大きな声で僕の声に賛同する。


「よしおまえら。覚悟はあるようだな。だったら恐れることは無い。知恵を絞り、持てる力を存分に出し、奪い続けろ!そして世にばら撒け!いつか世界は変わる。世界は俺らの物になる!」


彼らは再び歓声を上げる。


僕はもうこれ以上言う事はない。

だから手を振り、最後に拳を握り、壇上を後にする。


何だかはわからないが、僕は英雄になっている。

左の男が脇に待っていた。

「いかがなものだ?多くの人が集まった感じは?」


「さあね。よくわからない。俺はただここにいるだけだ」


「でもこれがボスの力だ。きっとこの力はまだまだ増幅するだろう」


「そうか。俺にはよくわからない」


僕は本当によくわからなくなっていた。この先、何がどうなるのか。爆発し出した世界のエネルギーが僕を包み込んでゆく。僕には溢れてくるエネルギーもあるし、奪われてゆくエネルギーもある。生まれては奪われてゆくエネルギーをうまくコントロールできない。

全てはニシキ君の結婚詐欺に始まった。僕はその恩恵を借りて、マッサージを受け、柔術を学び、強盗となり、ボスとなり、ここまでやってきた。41歳の時、ボロボロだった僕の夢は、44歳になって、かつてないエネルギーに溢れている。

僕においての絶頂期が訪れている。このまま僕はどうなってしまうのだろう。

僕は僕自身の力を少し恐れている。


見えなくなった舞台下で、才能のある様々な人間が僕の力を信じて騒いでいる。僕にはそんな力があるわけがない。それでも確かに力は溢れてくる。


これがいったい何なのか僕にはわからない。


「ボスがわからなくても、俺らはあなたの力を十分に感じている。俺はあなたのその力を信じる。彼らも感じていて、あなたの力を信じているさ」

左の男は僕にそう言う。


僕はにやりと微笑んだ。

よくわからないが、確かに僕自身も僕の力の凄さを感じている。それに微笑むしかなかった。

どうなるかわからない夢の未来が続いている。


新世界106-運命の幸雲 13

何はなくても時は過ぎてゆく。

ニシキの毎日の生活費では生活にならない。6月からは沙希も仕事を始めた。簡単な事務仕事だが、会社の雰囲気はすこぶる悪い。皆黙って仕事をしている。にこやかな部分もなく不満ばかりを口にする人間が多い職場だ。


「でも前よりはずっといい」と、沙希は言う。「頑張らなくても何とかなるし」というのが彼女がまだいいと言う理由だ。


沙希は精神の疲れが増す前には家に帰る。

そこに疲れたニシキが帰ってくる。

二人は疲れているけど、互いに笑っちゃう。


「わたしたちダメダメだね」と、沙希は言う。


「そりゃそうだな」と、ニシキは答える。



日々はあっという間に過ぎてゆく。夏が来て、夏が過ぎてゆく。

毎日、いやいやな仕事の時間が過ぎてゆき、毎日二人顔を合わせて、安心する。


互いに安い給料を集めて、何とか生活はできている。

未来はきっと明るい。

二人は今日もそう信じている。


10月のある日には空から金が降ってきたというニュースがやっていた。

世の中には気のおかしくなった人間もいるもんだと、ニシキは感じただけだった。


少しずつ時は経つ。ニシキは毎日、沙希と顔を合わせる。そこには何の不満もない。そこに不満はないけど、本当にこのままの生活でいいのかという不安はある。

最近は弁当工場のお偉いさんも、ニシキに大して冷たい当たる事が多くなった。ニシキは何かに疲れさせられてゆく。少しずつ限界が近づいている。

この生活の先を考えなくてはならないけど、ニシキには思いどおりには行きそうな未来の方向性が思いつかない。


「また何か悩んでいるでしょ?」と、沙希がニシキに尋ねる。


「そうか、やっぱし、仕事なんだけど」と、ニシキは言う。


幸せが増えれば、不幸せな部分が嫌になる。誰もがどんな生活にも満足しきれない。生きている限り、人には未来があるから、そこに行きたいと考える。それはとても自然な事なんだ。

幸せの先へ行く、さらなる幸せへ、ニシキは足を踏み出したいと考えている。


新世界105-運命の幸雲 12

家に帰ると、全ての悪夢から覚めたように、温かい家庭が広がる。


沙希が仕事を辞めて、1ヶ月が経つ。いろいろなごたごたはあったが、全ては過ぎ去ってしまえば何気なく平穏な一日が訪れている。

心の疲れを癒してくれる沙希の姿にニシキは安らぎを感じる。彼女がいなければニシキは確実に今の生活を続ける事はできないだろう。

日給5千円の拷問には堪え切れない。

沙希のいる1DKの部屋だけが心の安らぎである。この安らぎを守るためなら地獄のような仕事にも何とか堪えられる。


ニシキは天国と地獄を行き来する。

「今日もお疲れ様」と言って、沙希は微笑む。


「ああ、ホントに疲れたよ」

と、ニシキは答える。


「ホント、酷い職場だね。どこもかしこもこの世界にはろくな仕事がないものね」

すでに弁当工場の激務を聞いている沙希は疲れた顔をするニシキにそう言う。


「まあ、しょうがない」と、ニシキは答える。


「すごいね。わたしならほんとに堪えられないよ。そんな怒鳴りつける奴のいる下で働くなんて」


「まあ、でも仕方ない。これは平和を手に入れた分との代償だ」

ニシキはそう言って、沙希の目を見る。


「そうかな。そんな事はないけど、そう思うなら。。。でもね、わたしも少ししたら仕事を始めないといけないと思う」


「そうかあ。俺がもう少し稼げればいいんだけどな」


「いいんだよ。わたしも働くよ」


「やっぱし俺も他の仕事を探したほうがいいかもな」


「んんん、それはそうね。だけど、わたしも探すよ」


「そうか。無理に働かなくてもいいさ。また嫌な気持ちになったって仕方ないしな」


「んんん、でもねえ。仕事って昔からこんなものなのかな?わたしたちが甘いのかな?」


「さあね。よくわからない。昔は生きてないからね」


「何をやってもつらいとなると、わたしはやっぱし働けないし」


「弁当工場のバイトだって皆一年経たずに辞めちゃうっていうし、それでも辞めた奴がどこかで簡単に死んじまうわけでもないだろ?皆どこかで生きているんだよ。何かして。いい仕事もあるんじゃないかな?」


「だといいな」


「焦る事はないさ。自分にあった仕事を探せばいい。きっとうまくいく」


「そうだね。あっ、シチューできたかな?」

そう言って、沙希はガスコンロの方に向う。


ニシキの知る限り、この天国が続く限り、何に苦しむ事もない。上手に生きてゆく事もできる。


2022年5月、ニシキは平和なシチューで夜を安らぐ。

新世界104-夢世界 30

声は僕を呼んでいた。

僕は声の呼ぶ方へと足を歩ませた。


春の森はまだ冷たく凍りそうな空気に包まれている。

僕は夜の森を小さな懐中電灯一本で歩いている。

ずっと先に明かりが見える。僕はその先へと僕は足を歩ませた。


そこには神社があった。どこにでもありそうな森に囲まれた小さなヤシロがある神社だった。


僕はヤシロの前に立ち、辺りを見回した。


「どうして孤独を選ぶ。君の人生には幸せはないはずだ。その事に君は気づいているはずだ。どうして君は地位や名誉を求めた」


僕はその声のする方向と、その声の主について詮索する。


「夢見る者よ。新たな幸せを探そうではないか?私と君の望みは同じだ。私たちは共に平和で平等な世界を求めている。同じ目的を持つ力は一つでいい」


僕はその声を聞いたことがある。知っている。


「温(おん)、雅兼(まさかね)。あんただな。俺の脳に直接話しかけてくる声の主」


境内に白くぼやけた光が現れ、そこに黒服の怪しい姿をした温雅兼の姿が浮かぶ。


「君は何を求める?何を求めてどこへ行く?」


俺は、俺の求めるままに生きる。そしてその全てのために自らを捧げる」


「それは君じゃない。それは君の想いじゃない。君の心に入り込んだ魂の想いでしかない」


「俺はボスに託された。世界の金持ちから金を奪い取り、平穏に生きようとする貧乏人に金を分け与える。その役目を担った。果たさなくてはならない約束だ。それだけじゃない。賛同する者も多く、俺らの組織は100人を越えるまでに成長した。俺はあんたのようにそいつらから金を奪うような真似はしない。俺とあんたは違う。あんたは一人で崇められ、孤独だ。俺には多くの仲間がいる」


温雅兼は僕の意見に動じない。

「それはどうかね?君はそう言いつつ、小さな部屋の中に篭って生きている。命を狙われ、日々怯えている。君には重責過ぎたのだよ。君は地位を手に入れた。それは幸せじゃなく、苦しみだろう?無理をする事はないんだ。君はその立場はこの場で捨てる事が出来る。私が救ってあげよう」


僕はこの夢に生きる。その事に自信を持っている。これは価値のある夢だ。ここでその夢を手放すわけにはいかない。

「あんたは俺に敵わない。俺はこの世界の全てを治める事ができる」


「君は夢も、君自身も、自分自身の意思で変えられると信じているようだね」


これは僕の夢、そして僕はこれが僕の夢である事を知っている。僕はこの夢をいかようにもできる。ここまで流されてきた僕だが、この立場まで立てば、僕はこの夢をさらにより思いのままに動かす事ができるだろう。

「それはどうかな?俺にそんな大きな力があるかはわからない。ただ多くの仲間がいて、賛同し、力になっている限り、俺はこの立場を離さないだろう」

敢えて僕は夢の中の登場人物、温雅兼にそう答える。


温雅兼はにやりと微笑む。

「これだけは覚えておくがいい。

 一人の人間というのは一人の意思によって動いていると思っているかもしれないがそうではない。一人の人間の中にはたくさんの人間の意思が詰まっている。君の親や君の兄弟、親族、出会った仲間、様々な人が君に望みを掛け、君はその意思に翻弄されながら生きている。

 君は今ある君の意思が君自身の意思だと感じているかもしれないが、そうではない。それは様々な意思の重なりによって作られた仮想の意思にしか過ぎない。そして私自身も君自身の意思が生み出している存在。

 よく覚えておくがいい。最終的に決めるのは君自身だ。ただ、君自身が今感じている意思は君を翻弄する多くの人間の意思にしか過ぎないという事。君は君自身で自分の生き方を選択する事ができる。今ある君の意思は君自身の意思ではない。最終的に決めるのは君自身だ」


僕には彼の言っている事がよくわからない。彼の言っている事はちんぷんかんぷんだ。何らかの惑わしだろう。そんな惑わしに騙されてはいけない。僕はこの夢を楽しんでいる。僕は僕自身の意思でこの夢の中に生きている。


「消えろーーー!!!!」

僕はそう叫んで、白い光に拳を向けて突っ込む。


瞬間光は消える。

辺りを見渡すが、温雅兼の光はどこにも見えない。完全に姿を消した。

声もない。

ここはただの神社の境内だ。


2023年春、夢を成し遂げても夢は終らずに続いている。


新世界103-孤島の物語 19

雨が降る。


とても冷たい雨だ。


いつになれば晴れるんだろう。


いつになれば。


いつだって雨ばかり。


いつだって一人きり。


貴方はわたしの気持ちを忘れてしまったの?


なんて、言ってみたりして。



遥かなる島から、人の住む世界を想像する。


ハナはずっと気づいている事がある。


貴方なんて人はいないって事を。


全部、幻である事。


いつか、夢を解かなくてはいけないって事。


人はいつまでも夢ばかりを見ては生きてゆけない。


大都会もまた夢のような世界。いつか夢は滅び、幻のようになり、現実が訪れる。



誰だって夢を見ているんだ。


自分を偽って、現実の嫌な事なんて忘れようとして、誰だって夢を見るの。


でも、誰よりも嘘を付いているのは、わたし。


もうすぐ魔女の魔法が解けるでしょう。そしたらわたしはただの人になる。


さようなら、夢の孤島。


さようなら、ユーカイス。


さようなら、貴方。



ハナは雨を眺めている。


冷たい雨だった。


寒い一日だった。