新世界122-運命の幸雲 19
「ニシキ君じゃない?どうしたの?」
段ボールの家で寝ていたニシキに誰かが話しかけてきた。
ニシキは目を覚まし、光ある辺りを見回す。逆光で少し暗い男の顔が見える。
知らない顔だ。
しかし、相手はニシキの事を知っているようだ。ニシキは体を起こし、男の顔をよく見る。瞬間はわからなかったが、男はまだ若い。中学生くらいだ。
「わからない?僕」
「誰?」
「たかたこうき。かずおじさんの」
ニシキの記憶から、カズさんの家にいた少年の顔が浮かび、その男と重なる。
「あの、小僧か?」
「ああ、まあ何年かで、背が伸びたし、かなり鍛えたからな」
それだけではない。少年は声変わりもし、骨格も数年前よりごつくなった。同じ人間に見えないのもしかたない。
ニシキはかける言葉が見つからない。ふと思ったことは、この間、刑事と一緒に話していた男がこのコウキ少年だったんじゃないかという事だ。
コウキは黙っているニシキに話しかけてくる。
「ニシキ君、ここで何をしているの?」
「ああ、ただ行く場所がなくなっただけさ。君はまだあの家に住んでいるのか?」
「まあ、一度は柔術の先生の家に寝泊りしてたんだけど、今年に入って、飛び出してきた。別に先生の事が嫌なわけじゃなかったんだけど、何となく居心地が悪くてね」
「そうか」
「ニシキ君さ、家においでよ」
「ところで、カズさんはどうしたんだ?」
「わからない。2年前から行方不明。どこへ行っちゃったのか、わからない。生きてればいいけどね」
「まあ、あの人を巻き込んだのは俺だからな」
「ニシキ君、悪気を感じているの?」
「ん、そうか、そうかもな」
コウキは少しにっこりする。
「ニシキ君、少し変わったね。前はそんな事を考えることなかったはずなのにね」
ニシキは少し考える。
「ああ、まあそうかもしれないな」
ニシキはこうしてコウキと再会した。
2024年の桜が咲きそうな春だった。
新世界121-夢世界 35
眠らずにはいられず夢を見る。
夢を見たくはないが、夢は勝手に見せられる。
2024年の5月になる。ブルーモンキー団と国との戦争が始まり、4ヶ月が経った。地方では多くのアジトが自衛隊に攻め込まれ、多くのブルーモンキー団が解散した。その分、地方を追われたブルーモンキー団が都市部に一極集中化してきているという。
僕は都市部にあるブルーモンキー団のアジトにいる。
右の男は僕に現状をあれこれと報告する。彼は現状の戦争を好んでいないブルーモンキー団の一人だ。ブルーモンキー団の中にも、平和を愛する者はいる。彼らはどちらかというと貧乏人の味方でありたいだけで、大きな戦争を好んでいない。そうでない者ももちろん多くいる。多くは国との戦いに勝ち、世界を変える事を望んでいる。
僕はかつて右の男に言った。
『ブルーモンキー団は誰が決めて出来たものでもない。ブルーモンキー団はただ金持ちから金を奪い、貧乏人にばら撒く行為を行う者たちのことだ』と。
右の男は僕に尋ねる。
「世界にブルーモンキー団は広がった。いまや国内だけでなく、世界にだ。誰も止める事ができない。ボス、われわれはこの先どこに向うべきなのでしょう?」
僕は夢に流され、夢を見るままに、夢の中で生きてきた。
その先などというものは、僕の脳にはない。
「この世は活気に溢れた出した。戦争が活気をもたらせた。人々は溜まった鬱憤をぶつけ合い、自分の意思のままに正当性を訴え、戦い合っている。それが不満か?」
右の男はいっさい笑顔を見せない。
「世の中はブルーモンキー団をよく思わない者の方が遥かに多い。確かに極貧の人間はばら撒かれた金を元手に商売を始めたり、家を建てたりして、活気に溢れている。われらを崇め、われらの味方になってくれている。しかし中にはブルーモンキー団だといって身勝手に暴れまわっている奴らもいる。世の中は徐々にわれらの居所を消し始めている。このままでは我らは消される」
どうして、夢世界は僕のいう事を聞かない?これは僕の夢なのに、夢は身勝手に悪い方向へと進んでゆく。
「ここに我こそはブルーモンキーだと思う人間を集めろ。もう一度、俺がそいつら言ってやる。俺は全ての意志の頂点に立つ男だ。俺がこの意志を伝えてやる」
「それによって何になるのでしょうか?」と、右の男は歯向かう。
「いいから、とっとと準備しろ!俺のいう事が聞けねええのか!いいんだよ。いいから俺のいうとおりにやれよ!」
こんなに怒り溢れ、無意味に怒鳴ったのは我ながら初めてである気がする。僕は夢の中で我を見失っている。
右の男は頷き、僕のいる部屋を出ていった。
この夢は何なのだろう?僕はこの夢で何をしたくて、この夢を見るのだろうか?
僕は、2024年の夢に翻弄されている。
新世界120-運命の幸雲 18-2
<つづき>
刑事は0.5階にある家具屋への階段を降り、入口のドアをノックする。
ニシキは視界から消えた刑事を追い、刑事の姿が見えるギリギリのところへ移動する。
しばらくすると若者が中からドアを開けて、出てきた。
「またあなたですか?」
「またおまえか?」
と、馬込刑事は若者に答える。
「何ですか?何か用ですか?」
「おまえは本当に一人でここに住んでるのか?」
「そうだよ。何度言ったらわかるのさ。僕はここに一人で住んでいるんだよ!」
「そうか。何か話が違うんだよな?」
「何が違うんだよ。刑事さん、ブルーモンキー団を捕まえるために動いているんでしょ?それならこんな所にいたって捕まえられないよ。もっと別の場所を調べた方がいいんじゃない。ほら、あの問屋街の方とか、あそこブルーモンキー団の金が降ってくるって有名な場所なんでしょ?」
「ああ、あそこはたくさんの刑事がいるよ。俺みたいな刑事の端くれはあんな中心地を攻めたっていい仕事はできやしねえさ。あそこは警官のお偉いさんがこぞって首謀者逮捕に躍起になってるんだからな」
「それはそうとしても、この家にブルーモンキー団はいないよ。どうしてここへ来るのさ?」
「しょうがねえな。ちょっとだけ教えてやるよ。俺の先輩に夢見警部っておじさんがいてね。そのおじさんがいう事は結構当たるんだよ」
「そのおじさんが何を言ったの?」
『夢はここで始まって、ここで終る』
「ここで始まって、ここで終る?」
「そう。夢見警部がさ、犯人を挙げたいならここにいるのがいいってよ」
「夢が始まって、終るって何の事?」
「知らねえよ。そんなの。俺はそんな言葉の意味になんて興味がないんだ。ただ犯人を捕まえればいいのさ。俺がやる仕事はそれだけだ」
「でも、ここにはその犯人は来ないさ。筋違いなんじゃないの?勘がよくたって、いつも当たるとは限らないだろ?」
「んん、わかったよ。悪かったな」
長い話が終ったようだ。馬込刑事は諦めて、0.5階からの階段を上がってくる。ニシキは即座に刑事の目に入らない場所に身を隠す。
しばらくしてあたりを見回す。刑事の姿はどこにもない。きっとどこかへ去っていったのだろう。
ニシキはどうするかを考えるが、いまひとつ思いつかない。だからとりあえず、どこか夜の寒さを凌げる場所に移り、一日を明かそうと決めた。
話はニシキの耳元には届いていなかった。何を話していたかはわからない。彼らがカズさんとどういう関係かもニシキは知らない。ただ言える事はどこへ行っても誰もいないし、何もないって事だけだった。
遠く離れた実家に帰るという考えもあった。でもそれはすぐにないと判断した。それならば路上生活を続けた方がましだと感じた。
ニシキには行く場がない。もう行く場などなくなってしまったのだ。後は終りが来るのを待つだけだと考えるしかなかった。
新世界119-運命の幸雲 18
答えのないまま、何日も彷徨い歩いた。
行き場はないまま彷徨い歩いた。
ニシキには希望があった。希望と呼ぶものかどうかはわからない。ただずっと未来に光があって、その光のある場所に行かなくちゃいけない。そういう想いがあった。
過ぎた事だと終りにしたくはない。沙希の声がしているようだった。奇跡や偶然を信じたかった。もし叶わない事であっても、何もせずに終りにする事はできない。そこに何があるか確かめるかまでは死ねやしない。いや仮に死んでしまっても、そこに何があるかを確かめようとせずに生きてゆくことなんてできない。
できる事は歩く事でしかなかった。何も思いつくものはない。残りの有り金はなるべく使いたくなかった。腹は減ってもなるべく使わない。ゴミだって漁るし、喰えるものは喰った。こんな姿を天国から見ている沙希は幻滅するだろうか?とニシキは考える。
『俺はこんな人間だ。どうして君は俺を愛してくれたのだろう?』
心の中から叫び声が聞こえる。たくさんの怒りに溢れている。たくさんの人間を嫌う自分がいる。世の中が大嫌いだと叫びたい想いが喉に詰まる。
金持ちは嫌いだ。金を奪う奴も嫌いだ。金のために生きる奴らは全て嫌いだ。あれやこれやと欲望に溢れた人間どもが嫌いだ。
殺したい人間は山ほどいた。殺していい人間はこの世界に山ほど溢れていた。生きていい人間は、ニシキにとって、沙希だけだった。
『どうして生きていい人間が死に、死んでもいいようなろくでもない人間が山ほど生きている?』
でもニシキが殺してもいいと思っている人間は、ニシキにとって殺していい人間であって、他の誰かにとって殺してもいい人間でない事をニシキは知っている。
だから誰かにとって生きていい人間はきっと山ほどいるにちがいない。
『俺は誰を殺せばいい?』
歩きに歩いて、ニシキはかつてゴミの山で共に過ごしたカズという友人が住んでいたビルの側まで来ていた。
なぜここに来たのか、ニシキにはわからなかった。他に行くあてがなかったと言えばそれまでだ。かつて左の男と呼ばれた男がニシキにいろいろな住処を紹介してくれた。再び彼の下を訪れるという考えもあったが、何となく危険なにおいがして、ニシキはそうする気にならなかった。
でも前に来たときもカズという男には会えなかった。もうここに彼は住んでいないのだろう。そう考えるのが自然だった。
ひょっとしたら死んでしまったかもしれない。この国では毎日数え切れないほどの人間が死んでいっている。それでも人はどこからともなく溢れ、生きているわけだが、それでも年間の死者は年々増えている。この戦争の中ではさらに増えている。かといって、あちこちで爆弾が落ちてきて、死体が転がっているほどの酷い状況じゃない。ただあちこちに警察が溢れ、あちこちで救急車やパトカーのサイレンが響くようになっただけだ。
ニシキは少し離れた場所でカズと言う男がやってこないか待った。前に来たときに変な刑事がいたからだ。路上の脇にある四角い壊れた衣装ケースに腰掛けていた。ずっと時間は経ち続けた。
一人の若い男が玄関前にやってきた。男は鍵を開け、その中に入っていった。ニシキの知らない男だった。
誰かがその場に住むようになったのだ。住んでいた男はどこかへ越したのか、やはり死んでしまったのか、ニシキにはわからなかった。その男に聞けば何かがわかるかもしれないが、もう少しだけ様子を見る事にした。時間はまた同じように過ぎていった。
夕陽が沈み、夜が来た。
今度はスーツ姿の男がそこに現れた。
この間の刑事だ。
<つづく>
新世界118-運命の幸雲 17
空は雲ひとつ無い青空なのに、世界は黒い雲に覆われたかのように暗い。
ニシキは行く当てもなく彷徨い歩いた。
断崖絶壁に立っていた。そこから飛び降りてしまってもよかった。もう生きる意味はなかった。死んでしまってもよかった。
死んだら沙希に会えるだろうか?心の中でそう呟いた。
誰も答えてはくれなかった。
なぜこうなったのか、それは何度も考えた事だが、何度考えてもそこに答えはなかった。ただたくさんの後悔があるだけで、何一つ前には進ませてくれない。
ニシキは自分が生まれてきた意味がわからなかった。いや、沙希と共に過ごした時間があった事で、生まれた意味は出来上がった。彼女に会えた事がニシキの生きた意味だった。
『君のために生きられた。生きられただろうか?生きられたよな。小さいけど、幸せだった。いや、とても大きな幸せだった。小さくなんてない。大きな幸せだった』
それがニシキの全てだった。
拳銃をジャンパーの内ポケットから取り出した。
使い方はよく知らない。でもそれを向ける方向は自分の方向だ。怒りはどこかにあった。ブルーモンキー団に対する怒りはあった。でも誰を殺しても、何の価値もない。もうニシキに幸せはない。
こめかみに拳銃を当てる。ロックを解除する。後は引き金を引くだけだ。
とても爽やかな風が吹いていていた。今日はこのまま天国へ行ける気がした。
それでいいはずだった。でも引き金を引かなかったのはなぜだろう。きっと引き金を引くことは出来たはずだ。
後悔はなかったはずだ。もう生きる理由を必要とはしていなかったはずだ。生きている事に僅かな心残りもなかったはずだ。死んでよかったのに、死んで当然だったのに、死ななかった。
死ねなかったんだじゃない。誰かが死なせてくれなかったかのようだった。引き金を引く瞬間は訪れなかった。ずっと長い間、こめかみに銃口を向けていた。でも引き金はそのままだった。
どれだけの時が経ったろう。誰も止めるものはいなかった。そこには誰もやってこなかった。引き金を引くのが恐かったら、崖から飛び降りてもよかった。
死は訪れなかった。死んでよかったはずだったんだ。何の迷いもないはずだったんだ。
誰かが沙希をあんなに簡単に殺した。
『俺は俺を簡単に殺せるはずだ』
銃口を夕陽に向けていた。誰もいない空の向こうを見つめていた。
不思議なエネルギーが心の内から湧いてきた。ニシキには沙希の声にならない声が聞こえていた。理由はわからない。理由は最初からあるもんじゃない。きっとこの銃口を向ける先が見つかれば、そこに答えはあるだろう。