新世界132-夢世界 40-2
2024年9月25日の夢にいる。
空はよく晴れていて、気温もちょうどいい。銀行強盗日和だ。すでにたくさんのブルーモンキーを名乗る者たちが国中の銀行を襲っている事だろう。
僕はそれと関係なく、昔住んでいた家具屋のあるビルの前にいる。小さなモバイルパソコンはあちこちの銀行を襲っている事を示しているが、まるでシュミレーションゲームの進行状況を見ているだけのようなリアリズムに欠けた感覚だ。僕はパソコンを閉じて、着ていたジャケットの大き目の内ポケットにそいつをしまう。
0.5階行きの階段を下りてゆく。ところで、0.5階への階段は外付けだったろうか?僕が住んでいた頃は内に付いていた気がする。曖昧な夢だ。夢や記憶はいつも曖昧だ。
入口のドアノブを捻るがドアは開かない。僕は自分の体中にあるポケットに手を突っ込んでみたが、鍵はどこにもないようだ。ここに来て、何があるのか、何もないだろう。僕にはもう何もない。
階段を上へ上る。知らない男が僕の方を見つめていた。40過ぎ、僕と同じ年くらいの男だ。僕は黙って、その男から目線を逸らし、商店街の方へと歩き出した。
「待った!」
男はそう言って、僕の方に駆け寄ってきた。
僕は振り向いた。周りに人はいなかった。だから僕はポケットに突っ込んでいた右手を出し、そいつの頬を思いっきり殴りつけた。そして何も言わさないまま、首を絞め、少し気絶させ、男がしていたネクタイを解き、そいつで両腕を後ろに縛りつけ、さらに男の持っていたハンカチで口を縛り付けた。そしてそのまま引き摺るように、男を担いで、0.5階の家具屋入口まで戻って、そいつをそこに捨てておいた。
これは僕の勘だ。こいつは僕にいい結果をもたらさない。そう感じたのだ。
僕は家具屋を離れた。そして少し離れた場所まで小走りに歩いていった。急に人は増えだした。銀行強盗団の話や不況の話をする人々の会話が耳元に届く。僕は極めて不安定だ。心が急に落ち着かなくなる。
少し歩いたところに公共施設が多く入ったビルがあり、その手前に小さな広場がある。僕はそこのベンチに腰掛けて、心の不穏が去るのを待った。
本日の夢はまだ、終りそうにない。
これは長い長い夢だ。僕は今日でこの夢を終わりにしたい。
新世界131-運命の幸雲 22
ニシキが家具だらけの暗い部屋の中で眠っていると、入口でコウキ少年の声がした。最初は隠れるように寝続けていたが、やがてその声が気になり、玄関の傍までそろりそろりと移動した。
「確かに言ったけど、それが誰かなんて説明できない。刑事さんだって、僕が誰でどんな人間か知らないだろ?」
「確かに、この国は何年も前に崩壊し、今じゃどこに誰が住んでいて、何人の人間がいるかもわからない。数えられる人間はちゃんとした生活をできている人間だけだな」
コウキ少年はいつかいた刑事と話をしている。その声がニシキの耳元に届く。詳しい内容はわからないが、コウキが何かをその刑事に伝えた事だけは確かのようだ。
それが自分の事かどうかをニシキは気にする。
「だから今は言えない。ただ言える事は、確かに刑事さんが言うように、ブルーモンキー団の関係者がここにやってくるって可能性があるってだけだよ」
話の内容が自分の事でない事にニシキは安心した。そして続く話を耳をそばだてる。
「そうか、ならそう信じよう。俺は一度信じた事をずっと続けることにしているんだ。無駄に動いても、無駄な力を使うだけだからな」
その事はニシキに言われているようで、ニシキは少しカチンと来た。この数ヶ月間、ニシキは左の男を探して歩き続けた。しかしその男の姿を見つめる事はできなかった。疲れきっては歩き出し、また休んで、少し元気になったら歩き出した。しかしそこには何もなかった。その行動は日に日に無駄になってゆくようだった。
刑事は話を続ける。
「俺は昔から気になる事が一つ起こったらそこを待ち続ける。それが成功に繋がってきたこともある。追うのはいくつもない。ただ一つだけ、そうするとやがて答えに繋がる道が見える。ここからどんな答えが生まれるかはわからない。でも答えは確かにここから導き出されるのさ」
「よくわかんないけど、まあいいよ。でもさあ、どんな奴が犯人か、だいたい予測できないと捕まえることはできないだろ?刑事さんどうするつもりさ?」
そこで少し間が空く。
「俺もどうすればいいかなんて答えはないな。でも後は勘が何とかしてくれる」
「悪人を見抜く力でもあるの?」
「さあな、俺が捕まえようとしているのが悪人とは限らない。悪人かもしれないし、善人かもしれない。俺は捕まえる相手を悪人、善人では選ばない」
「あんた刑事さんだろ?そんなんでいいの?」
「世の中は流動的なのさ。この間までの善人はいつのまにか悪人に変わっている。人は悪人にだって善人にだって、なる」
「僕にはわからないね。悪人はいつだって悪人で、善人は善人、悪人のふりをしている善人や善人のふりをしている悪人がいたとしてもね」
「世の中は流動的なのさ。自分が善人だと思っていても、誰かの目には悪人になる。自分は変わらないつもりでも世の中の目から外れると悪人にも見えてくる。俺は自分が善人だと思う犯人を幾人も見てきた。それ以上に俺は自分が悪人とも善人とも思っていない犯人に会ってきた。だから俺は善悪を人で判断しないのさ。おまえもその事を覚えておいたほうがいい」
その言葉がコウキ少年の気に障ったのか、コウキ少年は喋らない。会話は途切れる。
「一つだけ」刑事の声がする。「言える事は、いいか悪いかは判断したってしょうがないってことだ。俺はただ犯人といわれる奴を捕まえるだけさ。それが俺の仕事だ」
「わかったよ。だったらここで待ち続けるのがいいんじゃない?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
刑事のその声を最後に、玄関の扉は『ガチン』と強く閉められた。そしてコウキ少年はニシキのいる方にやってきた。
「ああ、聞いていたんだ。言っとくけど、ニシキ君の事は何も話さなかったよ。刑事はずっと入口にいるかもしれないけど、左の男を捕まえるには刑事も必要だろ?刑事と会いたくないなら、二階に上る隠れ口から外には出られるだろ?」
「別にいいさ」と、ニシキは答える。
コウキ少年は何も知らない。ニシキは左の男に銃を突きつけようとしている。その事をコウキは何も知らない。
刑事の勘はやがて当たる。数日後、その日が訪れる。
新世界130-夢世界 40
2024年9月25日、その日はやってきた。
僕は電子辞書みたいな小さなパソコンを持って、街の通りを歩いている。
秋晴れの清々しい一日で、柔らかい風が吹いていた。
この場所の夢を見るのは初めてだが、僕はこの夢のこの場所を知っている。この大通りのしばらく歩き、角にあるケバブ屋を折れ、商店街を抜けてゆくと、そこには僕が夢の始まりで見ていていた家具に囲まれた部屋が入っているビルのある場所にぶつかる。
この夢を見ているという事は、僕はそこに行かなくてはならないという事だろう。
いつも夢を見ると自分がどこで何をしているのかわからなくなる。
僕は夢の中の自分を思い出そうとする。
僕はブルーモンキー団のボスだ。ブルーモンキー団は世の中の金持ちから金を奪い、貧乏人に金をばら撒く集団の事だ。今、ブルーモンキー団は国と戦争をしている。国はアメリカ軍を味方に付け、ブルーモンキー団に攻め込んできている。僕はボスとしてブルーモンキー団員を集め、一斉に銀行強盗を行う事を決めた。今日がその銀行強盗を行う日だ。
だけど、なんだか僕はピンと来ていない。本当にそんな事が行われるのだろうか?とても他人事だ。映画を見ているようだ。僕は何もしていない。ただ夢を見ているだけのようだ。
『ピー、ピーピー』と、電子辞書みたいなパソコンが反応する。
そこに日本地図が浮かび、いくつかの場所が赤く点滅し出す。点滅した場所はさらに詳細の地図を映し出し、そこがどこかの銀行である事を伝えている。
僕は思い出す。左の男が言った。「これを見れば、どこで何が起きているかわかります。あなたはこいつを持っていればいい。後は俺たちがやりますよ」
こいつが示す場所で銀行が襲われいている。いや、銀行を襲っている。全ては僕が指示した事だ。本当にそんな事を行うとはどうしようもない。
『ボス。これがあんたのしたかったことですか?僕はその思いのままにやりましたよ。これで世界が変わるんですか?これが世の中を変える術なんですか?』
僕は僕の心の内に住み込んだ本来のボスにそう尋ねる。
『…』
ボスは何も答えない。
僕はボスの声を諦め、ただ道を歩いてゆく。
ケバブ屋の角を曲がり、商店街が広がる。街の人々は今、何が起こっているかも知らないままいつもと変わらない生活を営んでいる。僕は商店街を進んでゆく。
この国では今戦争が起きている。でも人々はそれと関係なくいつもの生活をしている。不満だらけの生活を耐えているかのような表情を浮かべ、それぞれの生活を営んでいる。
夢はこう、現実ならどうなのだろう?
余計な事を考えず、ただ過ごしている毎日は幸せだった。余計な事が頭に浮かび、考え出す日々が僕を苦しめるようになった。夢は適当でよかったはずなのに、夢は僕に疑問を投げかける。そして夢は僕に決断を迫る。
『君は何をどうしたいんだ?』と。
商店街を進むと、かつて僕が住んでいた家具屋に辿り着く。大きな商業ビルだったが、今は閉鎖され、廃墟のビルとなっている。僕はかつてそのビルの0.5階にある家具屋に住んでいた。今は誰も住んでいない。
電子辞書がピコピコピコピコ騒ぎ出す。僕はそいつに目をやる。日本中が赤く点滅し出す。とくに関東地方近辺は真っ赤だ。そして画像はどこかの銀行をリアルタイムに映している。金を奪った男が車に乗り込む映像だ。これは誰かが撮っている映像だ。いくつかの映像が映り替わり、黒いマスクをかぶった男たちが大きな黒い袋を持って出てくる映像がいくつも映る。
最終戦争が始まった。
今日は長い夢になりそうだ。一体どこまでこの夢は続くのだろう。
僕はこの夢を終りにしなくてはならなかったはずだ。
新世界129-夢世界 39
2024年9月、あるホテルの一室にいる。
清潔に整理された綺麗なホテルだ。
とても静かなホテルだ。無音の世界に僕は置かれている。夢のようだ。いや、ここは実際に夢の世界なのだ。
僕を邪魔する者はいなくなった。もう温雅兼もいない。
迷いは消された。誰も僕の行為を止めるものはいない。夢の中で、僕は夢を実行してゆく。
新しい情報が僕の脳にはインプットされている。日本中の銀行を襲う計画が順調に進んでいる事を、僕はすでに知っている。右の男から多くの報告を受けている。逆らう者もいない。誰もがそれを実行しようと動いている。
だからといって、一斉銀行強盗計画は団員たちがやる気になって動いている勢いのある計画というわけでもない。ブルーモンキー団はすでに追い込まれている。あちらこちらで自衛隊とアメリカ軍によるブルーモンキー団掃討作戦が実行され、結果を挙げられてきている。われわれは少しずつ解散の道を歩んでいる。それでも今の計画を諦めずに実行しようとしているのはこの一発にかけているからだ。
これで失敗すればすべてが終わり、誰もがそう考えている。これはわれらの一発逆転最終手段なのだ。
「君はなぜ、僕を見守る?」
僕は部屋の入口にいる細い男にそう尋ねた。彼は僕がボスになってから、ずっと僕を見守ってきたが、僕は今まで会話という会話をしたことはなかった。してきたのは命令のみだ。細い男がまともに会話をできるかさえ、僕にはわからない。そんな男と少し話がしたくなった。
でも、そこにいる人物も一人の人間だった。彼には彼なりの役目があった。
「わたしはずっと見ていたかっただけです。ここにある歴史をわたしは見ていた。ボスの真実をわたしは映していた。いつかあなたが語られる日のために」
「それは、どんな真実かな?」
「かつてあなたはとても小さな存在でした。心も意志もありませんでした。いつからか、あなたは一つの心を持ち、意志を持ち、突き進むようになりました。その一つ一つには理由があり、わたしはその理由を見てきた。細かく今語る事はできませんが、一つ一つの想いがあなたをそうさせていった。わたしはその事を理解しています」
それはこの夢の真実だ。僕は適当な夢を見ていただけのはずなのに、いつからか夢の行き着く先を求めるようになった。夢が物語化してゆく。僕はただの夢を一つの筋書きのある物語に変えていった。
「そうだな。おまえはいい所を見ている」
僕は細い男にそう答えた。
細い男は僕に一礼をした。
もうすぐ夢は終わるだろう。細い男は僕のこの夢を形にして残すだろう。僕はその事を知っている。僕は意志を持っている。この夢を終わりにしようという意志を持っている。
今はまだとても静かな時間が過ぎてゆく。僕は白い部屋の中のベッドに座っている。何もすることがない夢を見ている。僕は夢の終わりが来る瞬間を着々と待ちわびているだけだ。
新世界128-運命の幸雲21-2
ニシキはその街の駅のロータリーにある西本不動産を訪れた。
「いらっしゃいませ」
若く汗っかきの男がハンカチを額の汗をぬぐいながら出てきた。
ニシキは男にマンションの名前を伝え、そこの1階が開いてないか、尋ねた。
「いや、あそこはずっと貸し出したままです」
「一年前から閉まっているんで、空いているのかと思って」
「そうですか。他にもよりいい物件がありますよ。ご紹介します」
ニシキはその対応を断った。そしてあの場を借りている人物について尋ねたが、それについては教えてくれなかった。ニシキは素直に尋ねたのは失敗だったなと思ったが、すでにその汗っかきの店員はニシキを疑り出していた。
「じゃあ、まあいいです。またちょっと考えます」
とかなんとか言って、ニシキは西本不動産を後にした。帰り際、店員はニシキに名詞を渡した。荻野と言う男だったが、その男が左の男と繋がっているはどうしても思えなかった。
それからニシキは何日も何日も、左の男のアジトを訪れ、誰かやってこないか見張った。でも左の男に関係する人物がそこを訪れる事はなかった。
ただ、切なさだけが心の内から増してゆく。その場は沙希と過ごしたアパートからそう遠く離れていない場所だ。
心はどうしてこうも痛むのか。心はどうして失われなくなってくれないのか。人は一度得た幸せになれると失ったときに壊れてしまう。最初から幸せがなければ人はただ幸せになろうと未来に向って生きてゆける。でも失ってしまうと人は過去しか見なくなる。もう前には進めない。前のない人はただの廃人だ。
廃人としてニシキは生きている。心の痛みがニシキを苦しめ続ける。向う場所のない愛する人への想いが胸をどこまでもいつまでも苦しめる。壁にもたれ、胸の苦しみを意識しないように時を送る。何も訪れてはくれない。何も変わってはくれない。向うべき方向もない時間が流れる。
久々に、コウキの住む家具屋に戻ってきた。
玄関前にいつもの刑事はいない。すんなり0.5階の家に入ると、コウキは待ちかねていたかのように話しかけてくる。
「ニュースだよ。ニュース」
「何が?」
「ニシキ君、ニュース見てない?ブルーモンキー団のボスと思われる男がどこかの大学の講義室でj決起集会を開いたんだ。何をするか分からないけど、何かが始まるかもしれない。それとその講義室から出てくる首謀者と思われる男をカメラが映したんだ。遠くてよくわからないけど、僕はその人を知っている」
「左の男か?」とニシキはふとそう尋ねる。
「たぶん違う。僕が見たのは、右の男」
「右の男が首謀者か」
「いや、ニュースはその右の男の隣にいる男を首謀者だと言っていた」
「誰だ?俺の知らない奴か?」
「よく知っているよ。僕の思う限り、あれはカズおじさんだ」
「…」
ニシキには何の事だか分からなかった。世の中には理解できない事が時としてあるが、これほど奇妙で理解できない事は人生において初めてだった。
「ニュースリポーターの勘違いかと思ったけど、僕も奇妙な気分なんだ。なんか僕にはそれが当たっている気がする。 何かよくわからないけど、カズさんがブルーモンキーのトップのような気がするんだ」
ニシキはコウキの言う事をよく考えた。
「きっと左の男と右の男に騙されているのさ。気にする事はない。右だか左だか分からないが、俺らの敵はあいつらだ」
その声に自信はなかった。ニシキは銃を向ける先を見失い出す。それだけが今ニシキを動かしている原動力なのに、力は明らかに弱まる。脳は明らかに疲れてゆく。
だからニシキは戻ってきた家を再び出てゆこうとする。
「ニシキ君、どこへ行くの?」と、コウキが尋ねる。
「ああ、まだやるべき事が残っているんだ」
そう言って、ニシキは家を出て行った。でもその言葉は嘘だった。ニシキにやるべき事なんてなかった。ただ混乱してどうしていいかわからなくなっていただけだ。
どうしていいかわからない時間がニシキの目の前を流れている。夏の暑さのせいか、体が熱くて気持ち悪い。それでもニシキは何もない町をあるき続けるしかなかった。心の痛みを消してくれるものは何もないから、ただ歩ける限り前に進んでゆくしかなかった。そこにある僅かな希望を信じて。