こころもりょうちのJFJ-沖縄の平和
東京へと帰ってきたのは、8月12日、気がつけば、8月17日となっていました。
旅の最後に訪れた場所は、沖縄南部だった。沖縄へ行ったら、やはりこの辺りにはぜひ行っておこうと思っていた。
平和祈念公園とひめゆりの塔、この2ヶ所はぜひ訪れようと、出発前から思っていた。
ここへ来るまでは、太平洋戦争という戦争に対して、うる覚えの知識しかなかった。というよりは知らなかったのか、忘れていたのか、そこに戦争があったことしか僕の知識にはなかった。
ただ、そこにあった戦争が、ここへ来ると生々しい悲惨な戦争へと変わる。
歴史は知識しか教えてくれない。心からにそこで起きたことを感じるには、何が必要か、残された映像であったり、戦争体験者の声であったり、戦争で残された遺留物であったり、そういったものをじかで味わうとより強く感じる事が必要だ。
本当に心から感じる事は、戦争を味わうしかないのだけれど、そのために戦争を起こすなんて、もちろんあまりにもあり得ない話であって、もう経験する事はないが、戦争がいかに嫌なものであったかを感じないと、その悲惨さはわからなくなってしまい、利益追求によってまた戦争を引き起こす可能性を持つものとなってしまうかもしれない。
盆時期には必ず終戦と平和に関するテーマのドキュメントやドラマ、ニュースが流される。でもテレビでどれだけ流しても、どうしても意識は薄まる。受け取る側の意識もあるし、テレビではいくつかの番組の選択肢の一つとして見ているだけという部分もある。
平和祈念資料館に入り一つ一つを見てゆくと、体感したくない戦争というものを心から感じる事ができる。現代日本に到るまでの歴史があり、その上に今がある。だから過去を否定はできない。戦争を起こした事に対する肯定はもちろんできないけど、今の平和な日本があることで過去に起きたことを否定もできない。
僕はただ、戦争なんてまっぴらごめんだ、と言おう。
僕は日本人なんだ。沖縄平和祈念資料館も見たし、広島にも長崎にも行った事はあるさ。君はどこの国の人間なんだ?戦争を起こそうって言うのかい?あれを見たほうがいい。君の国もああなるかもしれないぜ。酷いもんだよ。間違えだらけさ。あんなものを見せられたらもう戦争なんて嫌になる。君はああならないって言えるのかい?アメリカ人だってたくさん死んだんだ。勝とうが負けようが、戦争っていうのは悲惨なものさ。国益だろうがなんだろうが、戦争が平和に勝る事はない。その事だけは確かさ。君も一度あの場へ行くべきだ。
僕は戦争を起こそうとしているお偉いそういうだろう。
平和の礎(いしじ)
平和祈念公園内にある沖縄戦で亡くなった方々の名前が記された石碑が並んでいる。
その数にどれだけ多くの人が亡くなったか、その大きさを実感する。
平和の刻銘碑の奥、海が見えるところにある平和の火。
ここに祈りを捧げ、もう二度と戦争を起こさない事を僕は誓う。
なので、資料館に入る。生存者の声を聞き、あらためてこの塔の前に立つと意識も変わる。
それと同時に平和になった現代を思う。
僕は、平和の素晴らしさと共に、平和の中に堕落してゆく。
僕の体は、戦争の辛さを知らない。戦争なんて望まない。この平和の中で、僕は別のものに疲れさせられてゆく。
戦争をしないのは当り前の事となり、ただ平和なだけでは駄目な世の中になっているのかな?
平和は嬉しいけど、なぜか素直に今を喜べない僕なのであった。
こころもりょうちのJFJ-アメリカ軍基地沖縄
沖縄に来たら、ぜひ感じておこうと思ったのが、沖縄のアメリカ軍基地だ。
いろいろとニュースで騒がれているが、実際どうなのか?と調べたくなる。
徳之島ではたくさんの基地移設反対の標識を見てきたけど、沖縄では徳之島ほどではない。規模の違いというか、他にもいろいろあるからか、もともと基地があるせいなのかはわからないけど、圧倒的な反対感は受けない。
でもここから先、辺野古ではこのようなものは見られない。
アメリカ軍への配慮なのか、それとも撤去されているのか、よくわからないけど、関心度が徳之島にいた時と比べて低い感じを受ける。
辺野古の町は廃れた町だった。あまりいい表現ではないが、どうしてもそう言わざるを得ない。名護市街にしてもそうだけど、つぶれたようなスナックがいっぱいあるだけで、ぱっとしない。この辺りの街をだいたい同じ感じを受ける。アメリカ軍基地が街をそうさせているのか、街自体がそうなっているのかはわからないけれど、寂しい感じである。(これは僕の個人的な街を見ての感想です)
今でも数十人の人がここで毎日を送っているようです。
小さくて見えないけど、右上には普天間基地即時返還の垂れ幕がかかっている。
これは個人的な感じだけど、アメリカ軍のある街はなんとなく基地問題に意識を取られ過ぎて、街が悪いのはそのせいだと言っているような気がする。
というと、批判されるかもしれないけど、基地の事とは別に、他の町おこしも必要なんじゃないかと思う。
確かに、
塀で覆われ、国境のようになっている部分があるのはあまり居心地がよくない。
逆に塀の向こうで遊ぶアメリカ軍の子供がいたりして、沖縄にはいくつもの国境があるかのようだ。
辺野古 キャンプシュワブ
とはいえ、一方ではアメリカの基地があることで、という点もある。
嘉手納道の駅 空軍基地の展望所があり、戦闘機の飛び立つ姿が見られる。
飛び立つ戦闘機は、音もうるさいが、かっこいいと感じる一面もある。いや、本当にかっこいい。
沖縄市の中心 胡屋交差点 夜はクラブやバーがあり、アメリカ色が姿を現す。
こんな雰囲気も悪くない。
ふとアメリカの軍人さんの事を思った。最近も婦女暴行の問題などがあったけど、多くの軍人さんは職務として、沖縄に来ている。日本人と意識が違って当然で、彼らは世界平和のため訓練に来ているのだ。戦場に行くことになるかもしれないという思いもとに一生懸命訓練をしている。
輸送車に乗るアメリカの軍人さんは真剣なまなざしをしていたし、夜街で見たアメリカ人も悪い人には思えなかった。本当に極少数(おそらく日本にいる犯罪者よりも少数じゃないだろうか?)の愚かな奴がイメージを悪くしている。
僕の目には、アメリカの軍人さんより、その人たちを誘う日本人のお店の女性の方がむしろ恐かった。
まず思った事は、アメリカ軍にただ出て行け!というのはちょっと違うんじゃないか。という事だ。僕は戦争反対派だけど、平和のためと信じてがんばっているアメリカの軍人さんたちの事を思えば、あまり一方的に基地を嫌うのも違うと思う。もちろん、徐々に基地は減らしていかなくてならないと思う。それが平和になっていくという姿だとは思う。危険状態が少しずつ緩和されていった方がいい。そして、アメリカ軍がここにいたという歴史と文化だけが、混在して残っていく沖縄という島になればいい。沖縄から基地がなくなってゆくのは将来的な平和の象徴のようなものに思う。だけど、今、ただ出て行け!という発想は違う。
世界平和があってのアメリカ軍基地縮小なんだ。
世界で紛争や内戦がある限り、沖縄から基地はなくならない。日本は平和だからといって、関わらないというのもとても冷たく感じる。だから日本人は沖縄のアメリカ軍基地を見続けるんだ。そして基地が徐々になくなってゆく事に世界の平和を感じるんだ。だからアメリカ軍出て行けではなくて、日本も世界平和に何らかの形で常に関わっていき、その結果が沖縄から基地を減らしてゆく結果になるべきなんじゃないかと思う。
というのが、僕の沖縄米軍基地に感じた事である。
こころもりょうちのJFJ-観光地沖縄
沖縄に到着して、初日は美ら海水族を訪れた。
まあ有名ではあるしね。ってくらいの感じだった。
チケット料は大人1,800円(コンビニなどで買うと割引で1,620円になる)
水族館にしては高い。けどまあ、有名だしね。
くらいな気持ちで、コンビニでチケットを買って、水族館へ。
水族館だけかと思ったら、広い公園になっている。
ここをくぐると広い公園になっていて、南には海が広がる。
沖縄リゾート感たっぷり。さすが沖縄という姿を見せてくれる。
広い公園を標識に示されるがままに水族館へ。
中へ入るとここがまたすばらしい。
最初は小さな水槽から始まり、少しずつ大きくなってゆく。
なんじゃこいつ!というような海洋生物がいっぱい出てきて、ひとつの水槽をじっと見ていても飽きない。
こいつをみんなで写真をぱしゃぱしゃ撮っている。なんか写真映りもいいし、いくら写真を撮っていても飽きない。
年間パスポートみたいのもあったけど、それを欲しくなる気持ちもわかる。
ここは飽きない!
でもまあ時間もいろいろあるので、僕は外へ出る。
うろうろしていると、イルカショウにぶつかる。無料でやっていて、15分程度だけど、とても楽しめた。
いろいろなジャンプが見れて、とても迫力もある。これが無料で見れるのは嬉しい。
それから、うろうろしていて、マナティー館も。ここも無料で入れる。
なんかだらだらした生物だけど、愛嬌はある。向こうばっか見ていて、なかなかこっちを見てくれない。
僕はこの日、150%の満足を頂いた。
いろいろなテーマパークについて思う。
というか、世の中の多くのテーマパークそれから文化遺産などは入るところで入場料を取り、中を見せてくれない。入場料を払って入れば、がっかりする事が多い。
だからその場に行っても、あまり入る気がしないことが多々ある。
つぶれるテーマパークや赤字の施設が多いのも納得だ。
というわけで、テーマパークのあり方について思う。
まず、入るのに高額の入場料を取るのは最悪だ。入るのはなるべく無料がいい。せめて規模に見合った値段にしてほしい。2,000円も3,000円も取るのは止めて欲しい。小さい規模で、1,000円もNG。整備されていないところは、500円でも入る気がしない。
いいテーマパークや文化遺産は大部分が無料で開放されている。その中の重要な部分だけに入場料を取るようにできている。無料で入って、もう少し中も見てみたいなあと思うところに入場料を払う場所がある。だいたいこういうところは来てよかったと思う。
でもどことは言わないけど、旅行中にがっかりする場所も多くあった。旅なのでふと立ち寄る事もあるんだけど、有料で入るとがっかりさせられる。あまりけち臭い事は言いたくないけど、気持ちは金返せ!だ。だから中が見えない場所は立ち寄っても入らなくなる。世の中の財布の紐は固いのだ。
まず無料区間を増やしてほしい。そうすればとりあえず無料なら、と訪れる人も多く来る。無料区間を回って、重要な部分だけとか、ショウとかだけ有料にして、それも見ておきたいなあと思う気持ちにさせてから有料の部分に入れる。お金を払って、鉄柵や塀で覆われた広い敷地の内に入れるくらいなら、いくつかの場所を有料にした方がずっと効率的だし、お客も集まると思う。本当に悪いところはいくらで入れるかを聞かないとわからず、聞いたらなんか払わないとばつが悪いので、払わせて入れてしまうようなところ。
はあ、本当に、日本には遊びが足りないところが多い。
その点は旅の中でいろいろ残念だった。
ちなみに、
首里城も外の公園と途中までは無料。
この作りもグッドである。
ずっと戻ると、高知の桂浜は無料。坂本竜馬歴史資料館が500円だったかな?有料。闘犬がいくらだか忘れたが有料になっている。
などなどが、僕の思ういい観光地。もちろん他にもいろいろあった。
残念なところはどこだか言わないが、やはりいくつもあった。
無料と有料が上手に融合した、いい観光地が日本中に増えることを期待する。
(つづく)
こころもりょうちのJFJ-徳之島の現在
徳之島という島は、米軍基地問題が騒がれるまで、僕は知らなかった。
もしそのような問題がなかったら、僕はこの島を訪れなかったかもしれない。
徳之島を訪れた理由は、奄美大島の瀬戸内町 古仁屋(こにや)から出ている船が、徳之島の平土野(へとの)に出ていたため。ずっと南下する旅としてはある島の同じ港から同じ港に行くのではなく、ある港から別の港へと南下してゆく形を取りたいとも思ったわけである。
徳之島には平土野港と亀徳港という二つのフェリーターミナルがあり、南下する形を取れたわけだ。
徳之島は奄美大島に比べて平坦でなだらかな土地だった。平坦というといいすぎだけど、奄美大島のように急な坂や峠はない。
自転車旅行としてはとても助かる。
なので徳之島はマラソンの練習コースとして使われているらしい。
しかしどうしても目に付くのが、基地建設反対の標識だ。特に僕の入った平土野(へとの)港のある天城町は空港の近くとあって、それしかないというくらいにそれが目立つ。もう政府は断念したのだが、その看板が残った事は確かだ。それに他に何もないから余計に目立つ。
ちょっと小さくなってしまったけど、基地反対の看板がいくつかある場所
これから数百メートルおきに何らかの基地反対の看板があった。
天城町は本当に静かで地元民しかいないんじゃないか?と思わせるような感じを受けた。
なんというか、よそ者にはちょっと長いしにくい雰囲気が漂っている。別にアメリカ軍人じゃあないし、基地建設賛成でもないし、とりわけ興味を持って来たわけでもないけど、なんか基地反対の看板が多いんで、興味本位でくるんじゃねえ!と言われているような申し訳なさを感じてしまう。
ほかに見かけたのは朝潮太郎(元横綱)に関する場所。後は闘牛が有名らしい。
しかしこれという観光スポットはない。特に宣伝もしていない。田舎のおばあちゃん家に来るくらいの感じで、観光のしようは特にない。
(ただし奄美大島のきつい山道に疲れていた僕は平土野と亀徳の通じる一番まっすぐな道しか通っていないので、ほかにはもっと見所もあったのかもしれないが)
なんというか、本当にそおっとしておきたいような土地だ。
沖縄に来てさらに思うが、やはり徳之島のNOの姿勢はとても強く感じられた。
話は変わるけれど、
徳之島で泊まった宿のオーナーさんが少し変わった人でなんか夜一緒に飲みながら過ごした。
徳之島出身の人だけど、東京で何十年も暮らし、定年後徳之島に戻って、宿を始めたと言う。
月々の維持費が十数万かかるからなかなかあれこれとお金がかかると言っていた。
泊まりに来るのはだいたい工事仕事の人とか仕事の関係者。なんか徳之島にはラブホみたいなものがないらしくたまにはそんな客もいるそうだ。
確か徳之島は出生率が全国で一番高い。徳之島にはパチンコこそあったがゲーセンも見受けられなかった。出かけるにしても、飛行機や船に乗らなくては都会には行けない。なるほど、やる事がないと、なんて思うわけである。
まあ話は少しそれましたが、このオーナーさん、いろいろ自然食とかハーブとかなんだかんだと島で何かを始めようとしているそうである。産業を興すとそれなりの補助金が出るらしい。後から何で今は自腹なんだけどね、と言っていた。
お金の話の多いオーナーのおじさんだったが、歴史とかも研究していて、徳之島も昔は琉球王国の一部で、江戸時代に鹿児島の島津家に攻められ、琉球が支配され、徳之島は現在では鹿児島になっているらしい。(聞いたままなので、解釈や何やが間違っていたらすみません)
確かにここはほとんど琉球であり、さとうきび畑が広がっている。もはや日本の県意識もだいぶ薄れたが、沖縄や鹿児島あたりでは地元意識も高いようだ。
徳之島に基地を移転しようとした計画だが、そう考えると結局、琉球圏に基地を作るということに変わりなく、一応名目上鹿児島になっている場所に作ろうとした考えそのものがとても安易に思えてくる。
宿のオーナーさんとは基地の話はまったくしなかった。まあもう過ぎた事にしたいし、そんな事よりは徳之島の別の部分を伸ばしてほしいと感じるわけであった。
さよなら、徳之島。
そんな何もない徳之島ではあるが、僕は意外と気に入っていたわけである。
(つづく)
こころもりょうちのJFJ-奄美大島の自然
7月31日、僕は離島へたどり着いた。
(フェリーから見る名瀬の風景)
奄美大島 名瀬港。
島と言ってもやはり大きな土地だ。そこに降り立てば、島か何かはわからない。ただ田舎に来たといえばそれだけのような気もする。
しかし名瀬の町を出て、自転車を走らせると、ここは少し違う。
奄美大島に来るまでは、海辺の道を多く想像したけれど、そんな道はほとんどない。どこも山道。上っては下り、上っては下る。
険しい地形の道。あちらこちらに行ってみたかったけど、自転車で周れるような土地ではありませんでした。3日間いましたが、暑さと坂の上り下りに疲れて、それほど多くのところには行っていません。
国道58号は唯一道もよくなっていて、トンネルもあって、だいぶすんなり進めました。
それでも、網野子峠の道はまだトンネルが出来ておらず、ここを上るのも大変でした。
(網野子峠の道、左 建設中の道、右 現在の道)
それでも綺麗な風景にいくつも遭遇。
奄美大島もほとんど沖縄に近く琉球圏といえるけど、沖縄ほどのリゾート化されていない自然に近い南国の風景はとても綺麗でした。
岩部で泳ぐような浜ではないけど、風景はとても綺麗。
ゆったり出来そうな小さなビーチ。レストランやお土産や宿泊施設も併設されています。
大きな峠を上って、急激に下ったところにあるビーチは広々とした浜辺が広がっていました。
本当に綺麗な海が広がっています。ホテルとレストランがあり、ゆったりとのんびりとした時間が送れます。
マングローブ地帯はカヌーもでき、大自然を満喫できます。
ヤドリ浜のそばにある海岸。石で敷き詰められていて、大きな波がやってきては引いてゆき、敷き詰められた石がカエルか何かの鳴き声のようにガラガラ音を立てます。
なんかほとんどただの奄美大島観光案内になってしまったけれど、本当に奄美大島は自然に溢れていたなあ、と沖縄に来て、思うくらい大自然に溢れていた気がします。
奄美大島は車を借りて、ドライブするのがきっといいと思う。そしてお気に入りの浜辺を見つけて、ゆったり過ごす。宇検村やカケロマ島にも行きたかったけど、ちょっと体力的に無理でした。島と言っても本当に広く自然に溢れている奄美大島にはもう一度のんびりしに来てみたいものです。
(つづく)
































