『何気ない毎にちを貴方に伝う』1ノ21
ある休日にいる。
僕はこの町にある大きなショッピングモールに来ていた。理由はない。デートでもなければ、友達といるわけでもない。一人きり、買いたい物も特にはなく、見たい映画があるわけでもない。
暇。
以上。
みたいな。
しかし大きなショッピングモールだ。現代はこんな大きなショッピング街があちこちに点在する。さほど大きな町でもないこの町でも、人々は集まり、軽いお祭りといえるくらいの人がこのモールに集まってきている。
駅前が閑散としているのも頷ける。町の人は皆こっちに集まっているのだから。
とりあえずカフェでアイスラテでも飲んで、気を落ち着かせる。喫茶店で珈琲、というのがいつもの僕だけど、ここにいるとなぜか少しだけいつもと違う雰囲気にさせられる。無駄にお金を使ってしまいそうだ。
いつもと同じところにいるといつもと変わらない考えしか起こらないから、少しだけ違うところに来たけれど、いつもより落ち着かない気分でいつもよりも大胆になりたい気分の自分がいる。
何か方向性が間違っている。
カフェを離れ、CDショップをうろうろし、全くわからなくなってしまった新譜を見て回り、ちょっといいな、とか、これはないだろう、とか一人批評する。それから雑貨屋が一緒になった本屋で変なおもちゃを見て回り、懐かしい少年時代を思い出しながら、一冊本でも買おうか、という気にさせられる。
財布の中身を見て千円札の一枚もなかった事を思い出す。これは、無駄遣いをしないという点では良かった事かもしれないけれど、ただ単に貧乏なのを思い知らされたという点では良くない事かもしれない。
1階2階が吹き抜けているホールで名前もわからない男が新譜の曲を唄っている。ギター片手にマイクに向って叫んでいる。確かに駅前の路上パフォーマンスする奴らより声がいい。
僕は2階の休憩用のソファーに腰掛け、その男のパフォーマンスを眺めていた。
時が過ぎてゆく毎日。やる事もなく、金もなく、やりたい事もなく、恋人もいない。毎日がただ、過ぎて行けばいい。
あれ、と感じた。何だろう?僕は何かを忘れている。そして今一瞬、何かを思い出した気がする。
そう感じて立ち上がり、僕は3階へのエスカレーターを上ってゆく。その上には駐車場しかない。僕は車も持ってなくバスを乗り継いでここまで来たのだけれど、なぜか3階の駐車場へ行く必要があるように感じた。
ゆっくりエスカレーターは上昇してゆく。僕の乗るエスカレーターには他に誰もいない。
3階というか屋上に出る。外はすっかり暗闇に包まれていた。まだ真っ暗というわけではない。天気が曇っているので、すっかり暗く感じられる。
僕は歩きながら辺りを見回す。たくさんの車が並んでいる。いくつか向こうでエンジンのかかる音がする。どこかの外車だ。
僕はさらにその外車に近づく。
外車のライトが光り、むしろ外車の方から僕に向ってくる。僕は駐車された車の並ぶ脇によける。
そのワインレッドのボディーは僕の横で一瞬止まる。車に乗る男はもう夜になろうとしているのにサングラスをしていた。僕は窓の内側を覗き込み、隣にドレスを着飾った可愛らしい女性が乗っているのを目にする。はっきりは見えないがきっと綺麗な女性だ。
男はちらっと僕の方を見て、すぐにまた車を走らせた。
邪魔だ、と言いたかったのだろうか?きっとそれだけだろう。
それとも、彼は僕に気づいた、と言うのだろうか?ひょっとしたらそうかもしれない。
別にかまわない。それはそれで。
いや、きっと気づくはずはないだろう。
でも僕は彼に気づいたんだ。恨みは脳裏に募っていたんだ。
10年前、僕から大切な何かを奪ったあの男、僕は彼を許さないだろう。
君に伝う。
僕は僕を取り戻す事が出来そうだ。きっともうすぐ。そして…
(1部終了)
『何気ない毎にちを貴方に伝う』1ノ20
畳の部屋にちゃぶ台。机はあるが一度として少女が座っているのを見た事はない。
また今日もいつもと変わらない一日が平穏に過ぎてゆく。代わり映えのしない少し短くなった少女の髪を眺めながら、無駄な時間を過ごしているかのような時を送る。
僕は袋小路にいるみたいだ。もう先へ進む方法は見当たらない。
休みの日に10年前に行った旅館を訪れてからどうしていいかわからない毎日を送っている。登校拒否を始めた中学生が少し髪型を変えたからと言って何も変わらないように僕の生活も変わらない。
「今週は元気がないねえ。しぼんだ花みたい」と登校拒否中学生は僕に言う。
「いつもと変わらない」と僕は言い返す。
考えたい事を忘れ、僕は国語の朗読を始める。何だかよくわからない評論を読んでいる。日本がどうのこうのという話。いろいろな事がより一層どうでもいい気分になってくる。
実に冴えない。
「やめようか?」と中学生は言う。少女は僕のやる気のない朗読に気づいている。
僕は朗読を止め、黙り込む。
彼女は鋭い一重の眼で僕を睨むように見つめている。知っている。彼女の目は僕を睨んでいるわけではない。そういう目の形なのだ。
「先生、やる気のなさ、ありありだね。別にいいんだけど、わたしだってほんとにやる気ないから」
とは言われても、そういう訳にも行かない。これは仕事であって、僕は月々安いながらも月給を頂いている。だから僕にはしなければならない事があるわけである。
僕は少女の言葉を無視して朗読を続ける。
これじゃあ一体誰が勉強しているのかわからない。頭に入らない日本語を読んでも誰の勉強にもならない。アナウンサーになる練習でもしているようだ。
何のため?
わかっている。こんな事に大切な事なんて何一つない。
僕らは最低の場所にいる。生きている場所さえないかのようだ。僕らは互いに引きこもり、この場でただ生きる肩書きを探している。勉強をしているのは、生きるための努力をしている最低限の許しを得るため、という行為でしかない。
「わたしだって、いつまでもこうしていたいなんて思ってないよ。面倒くさそうにしないでよ」
と少女は深く煮詰まった声で僕に伝えた。今まで聞いたことのない少女の声だった。
毎日会う人は退屈な置物のように輝きを持たない。
僕はその登校拒否中学生をそう感じる。
自分の方に気を向かそうとするその少女の行為を僕は認めない。学校も行かず、夢も見ず、ただこっちを向いてほしいなんていうわがままな態度を取る小娘に僕は目を向けたりはしない。
「じゃあ、好きにすればいいだろう?」と僕はうつむく少女に冷たく言い放つ。
しばらく黙っていた。
僕はまたテレビのドキュメント番組のナレーターのように国語の本の朗読を淡々と続けた。
少女の沈黙は続いた。
続いて、少女の目に涙が溢れているのが目に映った。
僕は朗読を止めた。
泣きたきゃ泣けばいいだろう?という冷たい自分がいる一方で、この子もいろいろ辛い想いをしているんだろう、と心痛める自分もいる。
善悪の思いに揺れている。
だけど掛ける言葉は出てこない。
10分、20分とそんな沈黙と、少女のすすり泣く声が聞こえた。あたりはしんとしている。少女の母親は買い物に出かけていて、1時間は帰ってこない。
ここには僕らしかいない。
ふと中学生の頃いじめられていた痛みが僕の体を包み込む。
いじめっ子の安田や田野の姿が目に浮かぶ。ありありと嫌な事が溢れていた。
学校はろくな場所じゃなかった。
誰もが自分の立場を気にして誰かを味方にして自分の位置を守っていた。力や金や忠誠心や便利さや雄弁さ、様々な自分の特権を使って自分の地位を保とうとしていた。社会形成の練習場のように机が40個並んだ部屋ではそれぞれがそれぞれの位置を持っていた。そこに入れない者は弾かれる。弾かれ、外されたものは社会に戻れない。僕のようになんとか生きてゆくしかない。それも出来なければ生きてさえゆけない。
この子は…?
僕は、
あの旅で自分を変えるはずだった。あの旅の終りに、未来を感じていた。でも、あの男は僕から全てを奪った。旅館の中で何かをされた。そして僕の未来への希望は断たれた。
激しい怒りが心の奥から生まれてきた。芯から燃え上がる。
「負けるな!」と、僕は声を発していた。大きな声ではないけどその声は確かに響き渡るしっかりとした声だった。
少女はその声に涙を止めた。すすり泣く声を止め、ティッシュで涙をぬぐった。
「ごめんね。先生。何でもないの」と言った。
僕らはこの世で、自分の居場所を探している。
君は僕がどこでどう暮らすことがいいと思う?
登校拒否していた中学生もいつかは一人で生活していかなくちゃならない。
僕らはどこかで暮らしていける場所を必要としている。
君がどこかで暮らしているのと同じように。
(つづく)
『何気ない毎にちを貴方に伝う』1ノ19
懐かしい風景だ。そうだ。僕はここへ来た思い出を持っている。
鮮やかな光に包まれたブロック塀に囲まれた日本家屋の旅館を覚えている。
住宅街の中にポツンとある旅館は、「旅館」と書かれた札があまりにも不似合いに掲げられている。あの日の朝のように気持ちよく晴れ渡った空の下、僕はあの日の続きに帰ってきたかのようにその旅館の入口に立っていた。
ベルを鳴らす。
誰も出てこない。
だから思い切って玄関の戸をがらりと開く。広い玄関には左右にたくさんのスリッパが入った下駄箱があり、一歩上がった先には茶色の布で出来た古いソファーがある。その向こうに開き戸のついたカウンターがあり、『ガラスの所に御用の方はこちらのベルを押してください』と書かれたベルが置かれている。
僕は靴を脱ぎ、玄関を上がり、そのベルの場所まで行き、ベルのボタンを押す。
『ブーーーーー』という低い音が続く廊下の奥で鳴っている。
廊下を小走りに駆けてくる音がして、若い女の人が顔を出す。
「はい?お泊りでしょうか?」
と、若い黒縁眼鏡の女性は僕に尋ねる。
「い、いえ、ちょっとお尋ねしたい事があったのですが」
「ええ、何か?」
僕は聞きたいが、相手が違う。僕が会いたかったのは若い女性じゃない。
「あの、私、10年前にこちらの旅館に泊ったことがあるんですが、その時の事で、ちょっと聞きたいことがありまして」
「10年前えええ、ですか?」
結構気さくな感じで、明るいその女の人は笑顔を浮かべ、困り果てる。でもすぐに表情を真顔に戻し、「ちょっとお待ちくださいね」と言って、玄関の外に突っ掛けを履いて出て行った。
僕はその後を追ってみる。
玄関を出て、塀の外に出る前の狭い庭のような道のような場所を左手に向ってゆく。柿木が小さな実をつけてなっているのを眺めながら、さらに奥へ向う。洗濯機が四台も並んでいて、その向こうで少しさらに左手に折れる。そこには中庭があり、左手に旅館よりも古い昭和を思わせる家がある。
「おかあさーーん」
女性はその家に向って、大声で声を上げる。
でも出てきたのは女性でなく、皺の多いおじさんだった。
「何だ、お父さんいたの?」
「いや、畑に行くのに軍手忘れて」
農作業だか土木作業だかしそうなおじさんが現れる。
「あの」女性は付いてきた僕の方を見て、「あの方が10年前の事を知りたいって言ってるんだけど」
「一〇年前?一〇年前たってなあ」
おじさんは古い話だなと感じ、何も覚えていないかのような顔をする。
「あの、私、10年前にこの旅館に泊ったことがあるんです。その時なんでけど、実は一人で酔っ払って帰ってきたと思ったんですけど、誰かにここに連れてこられたのではないかと思うんです。その事が知りたくて」
僕がそう言うと、おじさんは何の事だか、というような表情を浮かべる。
やがて家屋から今度は齢のいった女性が出てきた。僕はその人の事を知っている。
そう、あの日、僕に、ここにお一人で来られてお泊りになりましたよ、と言ったのはその女性だ。当時より少し太った感じだが、僕にはわかる。
おじさんはやってきた女性にその話をする。
太ったお母さんは少し困った表情をして、僕の方を見る。そして玄関口に回り、そこから表に出てくる。
僕の傍に寄って顔を良く見てから話し出す。
「覚えてますよ。確かに、変な話だからあまり言いたくないんだけど、もう10年前だしねえ」そこで少し口篭り、少し迷ってからまた話し出す。「若い男性の方が一緒で、あなたを連れてきて、今日泊れないかというんです。ちょっと酔いすぎてしまって眠ってしまったんだけど、って言ってました。…。私は、お金を先払いしてくれればどうぞ。って言ってねえ。その人が払ってくれたんで」
「どうして、あの日の翌朝、僕が一人で来て、一人で泊った、なんて言ったんですか?」
「プライドが高い奴だから、酔いつぶれて連れてこられたなんて思われたくないだろうから、って言ってましたよ。それで、一度荷物を取りに店に戻ってまた来る、って言って。取ってきて、それからあなたの泊った部屋に。何か変だったから覚えてはいたんですけど、その後何もなかったですから。どうかされたんですか?」
太ったお母さんは僕にそう尋ねる。
そうだ。何もないと言えば何もない。ただ奇妙なだけ。それだけの事でしかない。
「いえ、ちょっとどうしても、本当の事を知りたくて」
お母さんは不思議そうな顔をする。だから僕はさらに尋ねる。
「その人って、僕より少し年上の感じでした?当時。それで色黒で、黒いジャケットを着ていた。僕より少し身長が低かった」
「ええ、黒いジャケットを着ていたような。たぶんその人だと思いますけど、なにしろ10年前だからあまりよくは覚えていなくて、お知り合いじゃないんですか?」
「ええ、まあ、ちょっと礼を言いたくて。昔の事を少し思い出しまして」と、僕は適当に取り繕う。
「ああ、そういう事ですかあ。ごめんなさいねえ。私もそこまでは関心がなかったもので、他にわかる事は何もなくて」
「いえ、いいんです。ありがとうございました」と、僕は挨拶をした。
晴れ渡る空の下、僕は緑の男に教えられた住所までやってきた。でもそれ以上の事は何もわかりそうにない。
「あの人は、僕の荷物を置いて、すぐに出て行ったんですか?」
帰り際、僕は太ったお母さんにそう尋ねてみた。
「いいえ、そう、確か、2時間くらいはいたはずですよ。なかなか出てこないんで、気になって一度部屋をノックしようとしたんですけど、何か、、、、いえ。ごめんなさい。それだけです」
「何か?」
「いえ、何も見ていませんから」と、太ったお母さんは苦笑いを浮かべた。
僕はそれ以上、何も聞くことが出来なかった。でも何かがその間に起こっていた事だけはわかる。この人が僕の事を覚えていたのは、酔って運ばれたという嘘の理由のせいじゃない。その2時間の間に感じた何か、その奇妙な何かを感じて覚えていたに違いない。
そこまでの確信は得られた。だけど、僕はそれ以上、その太ったお母さんから聞きだす事はできなかった。
休日の3日間、その何かをずっと考えていたけど、何も思い当たることは見つからなかった。考えていたんだか、ぼーっとしてただけなんだか、わからないままに時は過ぎ、またいつもの日に戻る。
僕には何もわからない。
(つづく)
『何気ない毎にちを貴方に伝う』1ノ18
緑の男はやはり僕の事を待っていた。
その日、僕は緑色のパーカーを着た背の高い男と、いつも僕が立ち寄る喫茶店に行った。その辺りにある2つの喫茶店の古い方の店だ。
革張りのソファーの席が何席かあって、座り心地はいいが、その分、ブレンドコーヒーの値段は450円とちょっと高い。僕らはその店の一番奥まった席に腰を下ろす。いつもの何だかわからないジャズが流れている。ウエイトレスのオバちゃんがやってきて、飲み物を尋ねる。僕はブレンドを、緑の男は紅茶を注文した。
「少しはわかってきたか?」と、緑の男は僕に告げて微笑んだ。
いつも暗闇の中でわからなかったけれど、明かりに照らされているその男は僕より年齢が上だ。顔の造り、肌の質感からして、恐らく30代半ばから40くらいだろう。
「また俺が何者かって聞きたそうな顔をしてるな」じっと見ていたため、緑の男は僕にそう言った。そしてさらに続ける。「そんな事は考えたって仕方ない。おまえはおまえの事を考えればいいのさ。そう言ったはずだろう?おまえはおまえ自身に悩み、おまえ自身の中から何かを始めないとならない」
僕には緑の男が言っている事がさっぱりわからない。ほっそりした顔つきも、大きな口も、その男の全てから放たれる全ての意味するものが理解できない。
僕の前にブレンドが届き、男の前にティーポットに入れられた紅茶が届く。僕はブレンドに砂糖のみを入れてスプーンで混ぜ、緑の男は紅茶をティーカップに注ぎ、そのまま口に含んだ。
一口珈琲を啜って、僕はそれが喉を通った後に話を始める。
「いろいろと聞きたい事もありますけど、きっとその事が無駄な事はわかっている。ただ僕はあなたに伝えたいことがある。あなたはこれから言う事を理解してくれるか、僕はその事が知りたい」
緑の男は紅茶をまた一口啜って、頷いた。
「どうぞ」と、口でも言った。
「僕が最初にこの町に来たのは、今からおよそ10年前になります。まだ大学生でした。この先どう生きていくか迷っていた僕は一人旅をしていました。旅の中でどう生きていくか、その答えが出せると信じていた。
1週間程度の旅立ったけど、それで十分、不思議と僕はやる気に溢れてきた。その力が生まれ、僕は自分の住む場所に帰ろうとしていた。
帰る前の日、僕はこの町を訪れました。そして僕は一人の男と出会いました。男は、旅をする僕の気持ちがわかる、と言い、酒をおごってやる、と言って、僕らは居酒屋に行きました。人の良さそうな人だった。
でも男は嘘をついた。適当に盛り上がったところで消えてしまい、結局僕が全ての代金を払う事になった。だからどうってわけじゃない。問題はその事じゃない」
喉の渇いた僕は珈琲を一口啜って喉を潤した。
「僕はその夜記憶を失った。左右を塀に囲まれた狭い道で僕の記憶は途切れてしまった。
気がついたら旅館に泊っていた。でもそれもおかしな話だ。僕は前の日、ホテルに荷物を預けていた。旅館の人は僕が一人で歩いて旅館まで来て泊った、と言ったけど、そうじゃない。僕は知らない旅館に泊らされたんだ。僕はホテルに泊るはずだったのに、旅館に泊らされた」
「おまえはその事をずっと知っていた。だけど、その不可思議な経験を自分の記憶の誤りだと思い、記憶を消し去ってしまった。君は騙されたのさ。あの旅館と、あの男に」
「あなたは、あの男が何者なのか、知っているのか?」
僕はとっさにそう尋ねる。
緑の男は苦笑している。
「そう聞いたら、俺が知っているとでも答えると思ったか?」
無駄な事はすぐにわかる。ただ知りたい気持ちだけが胸を苦しめる。何かを喋らないといけない。
「ずっとこの町に違和感を感じていた。時々この町を思い出す。そうすると心が痛んだ。閉めつめるような痛みだった。この町の事を思うたびに僕は胸が痛んだ。だから、僕はこの町にまた来たい、と思った。きっとこの町がたまらなく好きで、行けない事に心が痛いんだろうと」
「つまり」と、緑の男は僕に尋ねる。
「そうだね。僕はこの町が好きだったわけじゃない。ただ気がかりで仕方がないことがあった。そして僕はこの町に来た。この町が好きで来たと思っていたけどそうじゃない。僕は僕に起こった不可思議な出来事の真実が知りたい、それだからこの町へ来た。それが本当ところだ」
緑の男はにやりと笑った。
「そうか、それでいい。なら、おまえにはこの先を知る権利がある」
そして腹脇のポケットに手を突っ込み、そこから一枚の紙切れを取り出した。そして手を伸ばし僕に渡す。僕はそれを受け取った。
緑の男はすっと立ち上がった。座った僕から見る緑の男はすっと背が伸びたようだった。背の高い観葉植物を眺めているような感じだ。さらに千円を出して、テーブルの上に置いた。
「これで払っておいてくれ。じゃあな」
そうとだけ言うと、僕の横を通り過ぎ、緑の背高のっぽは立ち去っていった。
その日、僕は触れてはいけない真相に迫り出してしまった。本当は家で眠っていたい。いつまで登校拒否中学生の相手をして、だらだら過ごしていたい。でも僕の落ち着かない気持ちはそうさせてくれない。僕は真相に迫らないといけない。
(つづく)