小説と未来 -51ページ目

『何気ない毎にちを貴方に伝う』3ノ8

あわただしく、毎日は、車が走り去る音のように消えてゆく。


君は取り残され、一人部屋へ戻る。冬の部屋は、寒い。

疲れている日は余計に寒い。

サム、ザムシイ。


気が重くなる話ばかりですねえ。

日本の政治くらい重苦しい。


君はもっと素敵な女の子だったはずなのに。


「そう、わたしはもうちょっと可愛らしい女の子だったはずなのよ」

と、君はベットの上で独り言をつぶやくけれど、体は…。眠ったままですなあ。


バレンタインは大雪に終わり、君は誰にも渡すことのなかったいくつかのチョコレートに囲まれている。

最初から渡す相手もなったんでしょ。そして自分で食べる。その事はわかっていて、ほんの少しだけ渡してあげようかなんて考えてもいたでしょ?


いつもと変わらない毎日は続く。

北風に吹かれ、大雨にも負けず、君はいつもの生活を繰り返す。


季節の変わり目で、近所の大きな家の庭の梅の花が咲き始めていた。

それを見かけて、少しだけ春が近いなあって思って、きっとその頃になれば、って根拠のない未来への希望を抱いている。季節の変化は希望を与えるためにあるかのようだ。


君の少しだけ違った行動を取る毎日は特に変わり映えもなく過ぎてゆく。

少しの幸せはおいしいケーキ屋を見つけたこと。いつも通りすぎるケーキ屋に寄ったらそこのラズベリーケーキが美味しかった。君は次に何を食べようかと考えている。

小さな幸せ。


でも、「あつし」からの連絡はその後ない。

かと思ったら、実はあった。


「どうしても君は枠を越えてくれないね。君は何を守ろうとしているの?その生活はそれ程大切なもの?君が来てくれるのを待っていたけど、君はまだここまで来れないようだね。とても残念だよ。それじゃあ」


「それじゃあ。って何がそれじゃあよ」と、君はつぶやく。


『生活は大切?それは大切。だって収入がなければ家賃だって払えない。仮に払えても、食事ができない。好きな雑誌も買えないし、洋服だって買えない。今だって最低限の生活なのに、わたしの生活をどう変えろというの?今仕事を辞めたら、きっと実家に帰るしかなくなっちゃうじゃない』

当たり前に嫌だけど、嫌なたくさんを我慢するには訳がある。


季節の変化がきっと希望をもたらせてくれる。

君はその事を信じて、この冬も越えてゆこうとしている。


「あつし」の声は君に届かなかったようだ。

どうやら君にはいつもの生活しかないようだ。


せわしい会社のデスクで、君はいつもの生活を繰り返す。

イライラする毎日から僅かな希望を抱いている。

何度も萎えてしまったけれど、結局また抱いているんだね。


今はまだゆけない。


『何気ない毎にちを貴方に伝う』3ノ7

君は朝から走る。どこへ、、、って会社へ。駅へ、電車へ。


朝はいつも走ってしまう。寒いと余計に走ってしまう。別に急いで会社に行きたいわけじゃない。でも、歩けない。頭はそんなに何を、考えているわけでもないのに。


夕暮れ過ぎたら、笑いたい。すっきり笑顔が待ち望ましい。



でも、何もないから、そんなに笑顔はない。

苦笑いに似た、笑顔、浮かべ、凍える寒さに引き攣る顔。


気持は人間味もなく、人と話すのがメンドーくさい。だからなるべく話さない。

用もなく、携帯電話を眺めている。


のぞき見るんじゃねえ、このくそおやじ。


朝の電車は最低だ。君は「あつし」の命令どおり、いつもとちょっと違った行動を心がける。いつも乗る時間の電車や車両をちょっとずらす。そしたら最悪おやじの脂っくささに気持ち悪くなる。


きっとこの冬を越せば、いいことあるはずよ。と、君は勝手に思い込んでいる。

いろいろと事は、天候気候のせいにして、それが一番仕返しを食らわない八つ当たりだから。



一日の不快は一日続く。

いらだたしいことばかり。この三連休はゆっくり休みたい。とその事ばかりが唯一の希望。

その夢に向かって、今日の仕事を堪えてゆく。



一日が終わった。平和なはずだけど、君の心は映えない。無駄な時間のように、無駄な場所のように。


気を落ち着かせよう。気を静めよう。

入り込んだコーヒーショップでも居心地は悪く、君は10分と持たずに店を出る。


まず、何を試したらいい?

君は「あつし」に訊きたい。いつもと違う行動をどう取ったらいいかわからずにいる。


時間が過ぎてゆく。

君の望むあつしは現れない。答えに向かっているのか、不安しか生まれない。


いったいなぜ、わたしはこんな事をしているの?



誰もわからないよ。僕もわからない。


でもきっといずれ答えに辿り着くはず。


僕も待つ。いろいろな事の終点で、きっと僕らは交わるだろう。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』3ノ6

君にはいつもの毎日しかない。

不快が8割、ホッと1割、後は無心。喜べることなんて何一つない。


今日も肩の凝りが酷く、やる気が失われてゆく。

高い金を払って買ったマッサージグッズも役には立たない。


そんな不快な日々は送って過ごしていた。

金曜の夜、いつものネットワールドに踏み込むと、「あつし」からのメッセージが届いていた。

それは長い文章だった。文章というより、何かの契約書のように見えた。少し読んでみると、それは契約書というより、指示書のようなものだった。

それはとても不思議な指示命令文だった。


1.お金の事は気にしてはならない。君はすぐにお金の事を気にする。

  それは君の活動範囲を狭めてしまっている。だから君はなるべく

  お金の事を意識せずに行動するべし。


2.周りを見回してはならない。君は周囲の視線を気にして周りを見

  回す癖がある。余計な視線は君がしようとしている行動を止めて

  しまう。だから君は本当にしたいことができずにいる。

  周りは見ないようにしよう。


3.しなければならない事を忘れなさい。君はいつもしなければなら

  ない事を忘れずに覚えている。それはいい事のようだが、それは

  君の脳の自由を奪っている。だから君は自由な発想を持てずに

  大切な瞬間を見逃してしまっている。忘れなさい。しなければな

  らない事なんて何もないのです。


4.いつもと違う行動を取るようにしてください。君はいつも同じところ

  を行ったり来たりしている。それもまた君の行動範囲を狭めてい

  る。だから君はいつもと違う行動を毎日取るように心掛ける。


そんな4つの文章が示されていた。

君にはわからなかった。何をどうすればいいか、浮かばない。

それら4つの行動は今まで君が避けてきた行動だ。だから余計にどうしていいかわからない。


「では、お待ちしています」

と、たくさんの空白の下に一行付け加えられていた。


「あつし」は君を待っている。

それだけが今君にわかる事だった。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』3ノ5

この冬はいつもより冷える。


君に訪れるのは、毎朝の通勤と会社で鳴り響く電話のベルの音。不快な限りを押し殺し、気持ちを無にして君はオフィスレディーの声で顧客に応答する。

秋の頃、10月も11月も変わらないな、と思っていたけれど、冬になり、12月も1月も変わらない、と思う。

2月になっても変わらないだろう。君の気持はため息にこめられる。そいつを吐き出したいけど、吐き出したら終わってしまうかのようだから、吐き出さずに飲み込んだ。


「おつかれさま」の声も酷く小さい。

誰かに引き留められるのが面倒だから、声も小さくなる。


用があるわけでもないのに慌てて小走りに駅まで走り、いつものオフィス街にある駅へと向かう。

電車に乗るまでが会社モードだから、電車に乗れば少しは気が楽になる。朝の通勤ラッシュに比べれば帰りの電車はまだましだ。


何年も暮らし慣れた町の商店街を歩く。

君はいつもの本屋に立ち寄る。

そして雑誌コーナーで「溝端」の名を探す。最近はファッションにも、映画にも、音楽にも興味がない。30代女はそんな物に目を向けない。とか、少し大人の女ぶっている部分もあるけれど、「溝端」を探すのは、君にとっては趣味以上の、必須事項。

それをやらないわけにはいかない!必須項目なのである。


「溝端」の名前はどこにもない。

いつもの雑誌はもちろん。ほかの月刊誌にも載っていない。映画雑誌やファッション雑誌、男性ものの読み物を思い切って覗いてみるけれど、「溝端」は当然いない。

同じ名前にはドキッとするが、君の求める的ではない。夢の出来事だったように、彼の名は消えてしまった。

それでも店の奥の文庫本コーナーにはしっかりと彼の名前の本があって、一番話題になった本は平積みになって棚の前に並ばれている。

当り前の事だ。何も驚くことはないことだ。と、君は心の中を落ち着かせるように声に出さず呟いた。



君を誘った「あつし」からも音沙汰がない。

うちに帰って、ネットを繋ぎ、「溝端コミュ」にお邪魔する。

君を含め、今日は7人。いつもよりも多い。

「溝端」が消えた話題はもうない。彼の本を初めて読んだ人もいれば、まだ俄かファンの人が多い。君は黙って彼らの会話を見ているだけだ。

ディープなファンはそこにはいない。黙ってどこかで彼の名前が再び現れるのを待っているのだろう。「あつし」も同じように、彼の帰りを待ち始めたにちがいない。君と同じように。

いや、違う。

君だけは待てずにいる。君だけは彼が何をしているか、知りたがっている。作品を越え、作品を書く「溝端」という人物の正体を知りたがっている。


君の心は落ち着かない。

平日も、休日も、君は「溝端」の名前を探す。

彼の最新情報を求めて。



どうしてそうなってしまったんだい?

君は彼の本が読めればそれでよかったはずなのに。おとなしく待てなくなってしまったのはなぜだろう?

繋がろうとしている運命がそこにはあるのかな?


僕はその理由を知らない。


ただ少しずつ、いずれ僕らは分かり合うことになるだろう。


なんとなく、そう思う。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』3ノ4


久々に誰かに会えると思ったら、君は心持はしゃいでいた。


待ち合わせは「土曜日の朝9時30分に神保町にある喫茶店で会いましょう」との事だった。


君は朝8時に家を出て、言われた喫茶店に向かう。君の住むアパートから1時間くらいかかる。めったに出歩くことはないから、乗り換えもきっちり何度も確認した。

でも駅は複雑だからうまく行きつけるかは不安だ。昔、大学時代の友人と本を買いに行って以来、そのあたりを行った覚えはない。ってあれやこれやと心配ごとが溢れてくる。


でも実際に行ってみたら乗り換えも間違えなく、時間も正確に約束していた喫茶店に着くことができた。駅に着いたとき、周りのお店がまだ閉まっていたので不安な気持ちでいっぱいになったが、約束の喫茶店はきっちりと開いていた。


薄暗いつくりの店内を見渡す。3人の客がいる。誰かが「あつし」と名乗る男かもしれない、と君は考える。一人は太ったおじさん、もう一人はサラリーマン風のスーツを着た30代の男、もう一人は後ろを向いていてよくわからないが同じく30代くらいの人のようだ。

君は不安に思いながらもあえて3人の客の横を通り過ぎてみる。太ったおじさんも30代のサラリーマンもこっちを見ようとはしない。一番奥まで行って、もう一人の男の顔を覗く。眼鏡をかけた髪の毛がぼさぼさの男は君のほうを見る。が、すぐに目を逸らし、モバイルパソコンとまた睨めっこを始めた。


まだ9時過ぎだから早いのだろう。と君は思う。



君はなるべく目立つ入口に近い椅子に座って、「あつし」が来るのを待つ。

ドキドキものだ。

32にもなって、何をドキドキしているんだか。と君は少し自分を落ち着かそうと思うが、年齢に関係なく、しばらく現実での出会いに欠けていた君の心は落ち着きを取り戻せない。

バナナオレを頼んで、甘みを楽しむ。



結局時間になっても現れず、バナナオレをお代わりし3杯頼んでしまった君だが、「あつし」という人物はいっこうに現れない。入ってくるのは年配のご老人ばかり、たまに来る若そうな人も新聞を取ってそいつに目を通したり、自分で持ってきた本を読んだりで、まったく君に興味を示さない。

そのまま2時間が過ぎてしまっていた。


わたしは何をドキドキしていたんだろう。そこには怒りもあり、苛立ちもあり、恥ずかしさがたくさんあった。


はっと君は思う。

携帯を取り出し、モバイルにアクセス。そしていつものSNSへと入り込む。メアドも電話番号も教えていないのだから、何かあれば連絡の手段はここしかないはず。2時間も気づかずにただ待ち続けていた自分が情けない。

予想どおり、そこには待ち合わせ場所変更のメッセージが残されていた。

「あつし」は「新宿に変更したい」というメッセージを残していた。もう2時間も前の事だ。



君は慌てて伝票を取って、お金を払い、喫茶店を出て、新宿に向かう。

新宿へのルートはきっとなんとかわかりそうだ。すべての道は新宿へ。とか思って。


なんとか30~40分後には新宿にいた。もうお昼間近の時間だ。

慌てて、携帯を取り出し、さっきのサイトへ。そしてメッセージを書き込む。

「新宿に着きました。新宿のどこにいますか?」

なんで今頃メッセージを送るんだろう?と我ながらそこで思う。さっき気づいたときにまず返すべきだったのに。

でももう遅い。今はこの対応しかできない。君はオンラインのまま、返信を待つ。そういえばメッセージが来たらメールに繋がる機能もあったなあ、なんて気づいたけど何もかもがとても遅い。

新宿東口改札で辺りを見回しあつしを探す。たくさんの人が待ち合わせをしているからどこかにいるのかいないのかもさっぱりわからない。出会えた人たちが笑顔になってどこかへ行ってしまうのを見ると君はひどく寂しい気持ちになる。

わたしだけ、用もないのに、一人で立たされているかのよう。


数十分、そこで待った。

「突然の変更でごめんね。今日はもう遅い。また次回にしよう」

メッセージは何の前触れもなくふと届いていた。画面に目を落としたらそこに置かれていた。最初から決まっていたかのように、そういうメッセージが送り返されてきた。

もう遅い?まだお昼なのに?と君は思うが、認めるしかない。


君は自分の準備不足の幻滅する。さらに何を一人ではしゃいでいたのかとばかばかしい気持ちにさせられてゆく。いつもよりも化粧の時間が長かった事もひどく恥ずかしい。


次の機会はあるの?

君は不安に思うが、ただ「あつし」のいう事を信じるしかなかった。


それとも、もうあきらめてしまう?選択権は君にあるのだから、それは君の好きにすればいい。


(つづく)