小説と未来 -42ページ目

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ36

僕は彼の小さくなった体の脇を通り過ぎゆきた。

怯えているかのような小さな体だった。数週間前に会ったときとはまるで別人のようだった。


「嘘だ!」と彼は叫んだ。


僕は立ち止まった。彼の存在を背中に感じていた。何も答えず、彼の次の言葉を待った。


「自分の得た力を、女に返そうなんて、嘘に決まっている。おまえはどこに行くつもりなんだ。その力を持って、何をしようとしているんだ?」

彼はそう言って、僕の背中を見つめていた。僕は振り返り、彼の冷や汗まみれになった顔を見つめた。

「何もしないよ。何をするつもりもない。僕は彼女にこの力を返すだけさ」

と、僕はハッキリとそう言ってやった。彼のような愚か者でないことを僕はハッキリ伝え、区別を付けたかった。


「おまえがあの女を欲しいと考えているのなら、おまえは今のままであればいい。そうすればあの女はおまえの魅力に取り付かれ、おまえは好き放題できるさ。それだけじゃない。今のままの力がおまえにあれば、おまえはいくらでも気に入った女を抱くことが出来る。抱く気がなくてもおまえの思うままに操れる。その価値が今のおまえにはある。それでもおまえは、今ある力を女に返すと言うのか?」


「もちろん」と、僕は即答した。


「いや、おまえはまだ自分の力に気づいていないだけだ。女にもて、やりたい事がやれる世界を、おまえはまだ体験していないだけだ。早くその力を知ったほうがいい。今までの生き方がいかに愚かだったか、きみは気づくはずだ。もう誰もきみを卑下する者はいない。金は得られるし、自由に遊べる。やりたい仕事も出来るし、結婚したければ好きな女と結婚も出来る。その力を手放すことなんて出来ないさ」

彼は輝かしい目で僕にそう伝えてくる。それは彼の得た事実の話なのだろう。僕はその事を理解できている。


「自分の力で出来るなら、そうしたい。だけど僕は彼女の力を借りている。これは返さないといけない。そして僕はただの凡人に戻る。あなたと同じだ」

僕はそう言って、欲望を振り切る。


「ふざけるな!」彼は言う。「俺はただの凡人だなんて、まっぴらだ。俺はそんな生活をしたくはない。俺はどうしたって、どんなやり方だって、欲望を満たせる生き方を望む。それが人間だろう?」


「どうあったって、どう考えたって、人の力を吸い込んで生きることなんて、あっちゃいけないよ。僕は僕のありのままで生きてゆく。それで世間が僕の事を冷たくしようと、たとえ彼女に振られ、嫌われようと、僕は僕の姿で生きてゆくよ」

それが僕の答えだ。人は人を卑下して、優越に立った気分になって偉くなるものじゃない。ありのままの才能と力を持って出来る限りの力で成長してゆくんだ。


ハハハッと彼は笑った。

「そう言っていられるのも今だけさ。きみは今、女の力を得て、自分に自信を感じている。それがなくなったとき、本当の苦しみを味わうことになる。その時またきみは人の力が欲しくなる。人間なんていうのはしょせん欲望を満たしたいために、その力が得たいために、がんばっているんだ。すぐに得られる術を知っているのなら、人は必ずその方法を使って力を得ようとするだろう」


僕は首を横に振り続ける。彼の言う事を僕は信じない。

そんな僕の態度を彼はののしる。

「きさまは嘘の塊りだ!この偽善者が!」


僕は首を振る。

「いや、僕はそうじゃない。ただ、バカなだけさ」

そう言ってやると、彼はもう何も言う気にならなくなっていた。そしてその場にへこりと腰を落とした。


人一人の力に、そんなに違いがあるものだろうか?

彼はもうそれほどまで力を失ってしまったのだろうか?

どうして彼は人を卑下することでしか、自分を優越に保てなかったのだろう?


今はでも、彼に何を言っても無駄だろう。


いずれ彼は、彼に戻り、僕もまた、君を君に戻す時に、僕は僕に戻るだろう。


ありのままの姿で、いつか上手に生きてゆく術を僕らは得ることができる、と僕は信じている。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ35

ギンギンと降り注ぐ太陽の光は暑苦しく、夏休みに入った高校生たちが駅に集まって、これから旅行にでも出ようかと大きな荷物を抱えている。

久々に電車であちこちと飲み遊んでいた彼はいつもの我が町に帰ってきた。


駅前を通り過ぎ、駐車場に置かれたX5に乗り込むと、間髪おかずに走り出し、山のある方へと走り出した。

気分は爽快だった。また新しい毎日を始められると自信には溢れていた。でもいつもよりももう少しだけ自分には足りないものがあるように感じられていた。


30分ほど走り、山道に入り込む。さらに10分ほど上って、もう彼の車以外はやってこない場所まで来ると、彼は路肩に車を停めた。

そして車から下りると、いつもの草木に覆われた道のあるようなないような場所へと入り込んでいった。


焦ってはいない。調子は悪くない。

彼は心の中で自分の精神状態を確かめる。結果は悪くないと出ている。この先、自分がいかに好調に過ごせるかを喜び、にやりと笑みをこぼした。

でも彼の心持が上機嫌なのはわずかな内だった。


何かが違う。

彼はいつもの枯れた木へと近づいた時に感付いた。いつもの枯れた木は伸びた枝を下へと垂らし、白い幹は若干黒ずんでいた。

寒気が走る。嫌な予感が彼のこめかみに汗を流す。


木は死んでいる。いや、死に近づきつつある。大切な魂を抜き取られたのだ。生きてゆくためにエネルギーとしていた源を盗み取られてしまった。



僕は木々の茂みから彼の姿を眺めていた。

枯れた木の前で立ちすくんでいた。まるで動こうとはしなかった。今、彼は僕の姿に気づいていない。ただ彼はすぐに僕の存在に気づくだろう。


彼はやがて見回し始めた。そして右往左往しだした。

僕は少しだけ、木々の茂みから彼に姿がわかる場所まで前に出た。


彼は僕の姿に気づいた。でもすぐに近づいてこようとはしなかった。だから僕が少し高い位置から降りていって、彼の傍まで寄っていった。

そして声を掛けた。

「落胆した?失ってしまったんだ。木はもうあなたに力をもたらしてはくれない」

彼は返す言葉を失っていた。いつものような元気は見られない。もうただの人となってしまったのだ。

僕はじっと彼の顔を見つめていた。無表情に近く、怒りを感じているかのようでもあった。やがて彼は口を開いた。

「おまえはどうして俺の邪魔をする?」


「邪魔?邪魔をしたつもりはないよ。ただ僕は大切な人に大切な心を持っていてほしかったんだ。ただそれだけだ」


「あの女はどうした?おまえがここに連れてきたのか?」

彼のその質問に僕は首を横に振った。そして答えた。

「彼女はまだ眠っている。まだ彼女は彼女に戻っていない」


「なら、どうして、木は抜け殻になっている?」

冷静さを失っている彼の姿は少しこっけいだ。僕はそんな彼に教えてあげる。

「彼女の力は今、僕が預かっている。彼女は僕を認めてくれた。そして一緒にこの木から抜け出してくれることを了承してくれた。僕はいつでも彼女に、ここにある生きる力を渡すことができる。でも僕はあなたがここにくるのを待っていた。あなたと話がしたかった」


フッと彼は鼻で笑った。

「俺をぶっ飛ばしたいわけか?散々ひどい目にあったからな。当然だろう?きみはこの木のエネルギーを上手に操ることが出来るまでになったわけか?そして得た力で俺をぶちのめしたいわけか」


「いや」と言って、僕は首を横に振った。「そんなつもりはない。ただ僕はあなたに自分の力で生きていってほしい。もう二度と、人からエネルギーを吸い取り、この木に吸い込ませるようなまねをしないでほしい」


「バカだな。俺がいいと言っても、あの男はそうは思っていないだろう?おまえにこの場を教えた男はまたこの木にエネルギーを吹き込む。別の誰かのエネルギーを。それを俺に教えてくれるかはわからない。それでもそうなれば俺はまたここへ来てしまうだろう。おまえは気づいていないようだが、もともときみから力を抜き取ったのもあの男だ。俺はあいつに言われるまでにしたまでだ」

彼は緑の男の事を言っている。僕もその事にはうすうす勘付いていた。だから彼の言うことには驚かなかったけれど、真実が明らかになって、僕が何をすべきかも明らかになってきた。


「わかった。じゃあ、僕はその男に会いに行くよ。いや、彼女に会おうとすれば、カレは自然と僕の前に現れるだろうけれどね」


僕は彼にそう伝え、彼の横を過ぎて、枯れた木の場所を後にする。

もうこの場に来ることはないだろう。そして二度とこんな事が起きることはないだろう。

確かな自信が僕の中に溢れる。



僕は僕らしく生きてゆけるだろう。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ34

台風が去り、外は静まり、明かりが部屋の中に入り込んでくる。


珍しく夜ぐっすり眠った翌日の午前中のベッドの上に君はいる。

変わらない毎日をただ過ごして生きている。なんて暗いんだろう。どうせ暗い。真っ暗闇だ。外は明るいけれど、この部屋の中は暗い。わたしが作り出す闇が部屋を暗くしている。と君は感じる。


どこかで、おぎゃあおぎゃあ、と泣く、赤子の声がしていた。実際は、おぎゃあおぎゃあではない。表現で言ったら、わーんわーーんといった感じだろうか?

隣の家だろうか?どこかに生まれたばかりの子供がいて、泣いているに違いない。

君はその声をそうと決めて、また目を閉じる。でも耳に残る赤子の泣き声は止まらない。

「どうしたら、泣き止んでくれるんだろう?」

と、君は声に出して独り言をつぶやく。


『それはね、あなたがあなたらしくなりたいと思うことよ』

と誰かが君に話しかけてきた。君は目を開き、周りを見渡した。まだ真新しい何もない部屋。空のPP袋やペットボトルが転がっている。部屋は汚れている。誰かが家の中にいる形跡はない。


君はまた目を瞑る。そして君に声を掛けた誰かに、心の中で言い返す。

『わたしはわたしが生きていることを無駄だと感じた日に、わたしの代わりに生きてくれる人を望んだわ。そしてわたしはわたしの代わりに生きてくれる人に出会った。わたしは彼のために生きている。それで十分じゃない。彼がわたしの代わりに生きていてくれる』

自己満足でしかない。君の考えている自己犠牲は君を今の居場所に留まらせ続ける。


赤子は、わーんわーーんと泣き続ける。まるで真夜中に湖の上に置き去りにされた揺りかごの中にいるかのように、赤子は助けを求めて泣き叫び続けている。

君の心は痛みを感じる。寂しさや悲しさではない、心の痛み。


心臓。

わたしの胸の内側には心がまだあるんだ。


静かな部屋の中で、君は赤子の泣き声と自分の心臓の音だけを聞いている。

生きている。生命が生きようとしてる。命が紡がれている。生命の音。

『あなたは生きている。あなたは生きていることを求めている』と誰かが言う。

君に命の音は届いているだろうか?


再び君は目を開いた。でもさっきよりははっきりした大きな目をしてあたりを見回していた。君は自分が知らない部屋の中にいるかのようだった。数週間前に連れてこられた部屋だからそれもそうかもしれないが、それだけではない。君は白昼夢から目覚めたように強く現実感を持っている。

「わたしがわたしとして生きるという事は?」と君はつぶやく。


君は何ヶ月ぶりかに、携帯電話をバッグの中から取り出した。そして一緒に入っていた充電器につないだ。少し待って、電源をONにした。画面がつくと、受信を始めた。そこには16件のメールと6件の留守番電話が入っている事を知らせていた。

まずは受信メールを開いてみる。何ヶ月も放っておいて16件は少ないけれど、それでも君に連絡しようとしていた人がいる。母親だけかと思ったけれど、地元の友人や、君の事を少し心配してくれていた前の会社の男の人等、何人かが君にメールを送ってきていた。そして君は留守番電話を聞いた。3件はすぐに切れて、2件は母親からだった。君はもう1件の相手の事が気に止まった。

「もしもし、ごめんなさい。どうしても伝えたい重要な事があります。また電話します」

その人をそういい残して電話を切った。


君はその相手に電話をしようと思う。迷いはある。心臓の鼓動は高鳴る。

『それでいいんだよ』

また誰かが君にそう伝えた。

通話をONにした。コールが鳴り始める。1コール、2コール、3コール、4コール、君は受話器から耳を離した。そして通話をOFFにした。君は心苦しくてそれ以上繋ぐことができなかった。

「わたし、何やってるんだろう」

君はそうつぶやいた。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ33

僕は両手を拡げて、枯れた木の幹を抱きかかえるようにして包み込む。

木の幹はうねり、僕の体を嫌うように、跳ね除けようとする。


その木に封じ込められた君の力は、僕の体という場所が自分の望み帰る場所でないことを知っている。


「聞いてほしい。僕は君の敵じゃない。僕を信じてほしい」

その声に反応して、木はボコボコと幹をうねらせるのを止め、静かな呼吸をするようにゆっくりと膨れたりしぼんだりし出した。


雨の中、青い空がその木の遥か上方で広がった。

生まれた青い空の穴から光は枯れた木に向かって一直線に降りてきた。空の青い穴は閉じ、また雲が覆った。僕の目の前には君がいた。正しくは10年前の君の姿だ。


君は黄色い光のようだった。光が作り出した君の形をした幻影のようだ。

「やっと来てくれたんだね」と、僕は君の姿に向かって声をかけた。

幻影は口から話すことなく、呼吸のような波長を持って、僕の心に直接触れてくる。僕はその波長に触れられて、心臓はかつてないほどバクバクと高鳴りだした。


でも君の姿は、僕の傍を離れ、白い艶やかな木の中へと吸い込まれてゆく。


僕は目を瞑る。そして僕もまた木の中へと入り込むイメージを持つ。すると赤い炎が僕を包み込み、僕はその炎と共に木の中へとすり抜けてゆくことができた。


木の中は、前後左右の感覚がつかめない緑の空間だった。君はとても遠く、僕からはわずかな姿しか見ることの出来ない場所で黄色い光を放っている。僕はその姿に声を掛ける。

「僕は君を助けにやってきた」

声は君に届いた。君の黄色い光は光のオーラを発し、その光が僕の方に向かって飛んでくる。光は僕にぶつかり、僕の中へと入ってくる。「わたしは幸せよ」と言っているようだった。


君は遠く、僕は君に近づけない。

「知っている!君が幸せな事は」と、僕は声を放つ。

僕は知っている。君は君らしく生きていた頃の君の姿をしているから、君は幸せだという事を。


遠くで、君の光は微笑んでいた。

「いや、でも時々、君を傷つける男がやってくるだろう?僕は彼から君を守るためにやってきたんだ」

僕は思い直し、君にそう声を掛けた。


君の姿は少しだけ困っているように見える。でもすぐに笑顔に戻って、「大丈夫、たいしたことないわ」という言葉を意味する光を僕に放ってくる。


君は喜びをいっぱいにして、あちらこちらに光を放っている。君の作り出す光のエンターテイメントはすばらしい。光は僕の傍をシャッシャッシャッという音を立ててとおりすぎてゆく。緑の空間では光は永遠に消えることなく、遠方へと飛んでゆく。


僕は赤き炎を燃やす。もっと燃やして自分の姿をなくして、意思だけを残した赤き気体となって飛んでゆく。想いは君の下へと繋がっている。

少しずつ、君の光が近づいて見える。君の姿形、柔らかな笑み、ふっくらとした頬、厚い唇、優しく目じりに皺のよる微笑んだ目、そこには確かに君がいる。

すぐ傍に君はいる。

でも僕は何を伝えていいか、わからない。やっと傍まで来たけれど、掛ける声が見つからない。君に何を言えば、君は僕を信じてくれるだろう?


君の光は優しく輝いていた。君は僕を拒んではいなかった。薄いレモン色のようなやわらかい黄色をしていた。僕は君の傍で言葉を探す。100も200も考える。言葉は幾万語も浮かんでくるけれど、君に掛けるいい表現は出てこない。どの言葉も今の君に掛けるには似つかわしくない。

言葉もなく、僕は赤い炎を燃やす。このまま燃やして、君の黄色い光を包み込んでしまい、君を守ってあげたい。

でも君の姿は輝いていて、いつまでもどこまでも遠くに黄色い柔らかな光を放っていたいようだった。そんな君の望みを覆いつくしてしまう権利なんて僕にはない。世界は今も美しく光輝いている。辺りを見渡せば光は緑の空間のあちらこちらを照らしている。

「でもここは君の居場所じゃないだろう」

声は自然と漏れていた。


人はもろく弱い。いつ死んでしまうかわからないし、何をきっかけに心は閉ざされてしまうかわからない。君は君らしくありたいけれど、誰かに傷つけられ、心を踏みにじられ、君は君の光を閉ざしてしまった。光を重く厚い岩戸の内に封じ込め、私でない私を演じて、君は生きている。

「せっかく君は君があるのに、どうして君は君を捨てようとするの?」


僕の目からは涙が流れ落ちていた。悲しくて、悲しくて、生きていると酷いことや、悲しいことがたくさんあって、悲しくて、悲しくて、君は君の思うままにさえ生きられない。心を閉ざして、冷たい部屋の中で凍えている。


君の姿をした黄色い光は、心配そうに僕の方を見つめていた。「泣いちゃダメだよ」と言っているようだった。君の光は温かく優しい明るさで僕の姿を包んでくれた。でも、君が優しくしてくれればくれるほど、僕は悲しかった。


「ここにいちゃいけないんだよ」

僕はもう一度そう言った。もう一度で終わらず、「ここにいちゃいけないんだ。ここにいちゃいけない」僕はそう何度も何度も言い続けた。



君の姿を君に戻すまで、僕は何度も言い続けた。


ここは君の居場所じゃないだろう。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ32

森は少しだけざわついていた。空からは雨粒が落ちてきているのだろう。光は弱く、僕はまだこの雨に濡れていない。森の木々は僕を守っている。


森に来て、どれだけの時が過ぎたろう。僕は小さなテントと寝袋を買い、森の中で暮らすようになった。

食事はパンや水をスーパーマーケットで買い込んで、1週間は生活できる状態を作っている。2度目の買い物に行って、また3日が過ぎた。

彼は1週間前に来てから、この場には来ていない。2週間間隔、もしくは半月毎に一度、この場へやって来るのだろうか?この森に来て、枯れた木の枝を折り、帰ってゆく。彼はそうする事で自らの力を得て、全身に力をみなぎらせる。僕の力では彼を止めることが出来ない。


しばらく僕は彼に勝つことばかりを考えていたけれれど、その事は3日経って、考えるのを止めた。どれだけどう頭を巡らせても、勝つための答えはなかったからだ。ナイフで刺そうとしても、拳銃をぶっ放したとしても彼を倒すことはできないだろう。彼の持つオーラに僕は恐れ慄き、彼へ向かう力の全ての力が無力に変わる。その事を僕は想像できる。


君がどこへ行ってしまったかも、僕は知らない。君への電話は通じることがなく、君の居場所を探す手立てはない。無理やり、強引に、何かをどうにかしようとすれば君の居場所をつかむことは出来るのかもしれないが、そんな真似はしたくなかった。


今、僕は、君の魅力がうつし込まれた枯れた木の傍にいる。この木には、君が生きるために必要な要素がたくさん詰まっている。人を愛することだったり、自分を魅せることだったり、君が君として生き、その姿を現すために内側から溢れる人の持つみなぎる力が詰まっている。


白く枝を伸ばす木に詰め込まれた君の持つものが何なのか?について、僕はしばらく考えていた。

君が君として愛され、僕が君を好きな事、を考える。

僕は君にそこにある要を思う。たとえば色で言うなら、君は黄色く輝いていて、その中心は淡いピンク色で染められている。波長は緩やかで、時々誰もが敵わないくらい大きく揺れて、僕の心臓をときめかせる。季節で言えば五月晴れのようなすがすがしく暖かい。海で言えば地中海のように暖かく穏やかで過ごしやすい。香りは桃の果汁のように優しい甘さを放つ。

君が君らしく輝いていれば、その全ての感情は大きく僕を揺るがし、君が君を止めて沈んでしまえば、僕はまるで何一つ君に気づかされることはないだろう。


僕はテントの中から抜け出し、また君の要素が詰まっている枯れた白い木に近づく。


木は今日も白く綺麗に輝いている。始めてこの木の下に来たとき、木はこんな色をしていただろうか?君の要素がこの木に詰まる前に、この木には僕の要素が詰まっていた。

いろいろな種の気力を失っていた僕に呼びかけてきたのは、枯れた木から放つ赤い情熱だった。声や言葉にはならない赤い炎のような揺らめきが僕を呼んでいた。

もやもやと天高く上ってゆくような生き生きとした力が僕の脳に過去の夏の日を描かせていた。幼い少年が強い目力で僕の方を見つめているようだった。その少年を僕は知っていた。子供も頃の僕の写真に似ていた。きっと少年は僕だった。少年は僕を見つめると大きく笑みを浮かべた。ありのままの感情が僕の心臓に激しい鼓動を与えた。少年は苦笑いでもなく、笑わされているわけでもなく、素直な嬉しさを表現して笑っていた。

伝えわってきたのは言葉ではないけれど、赤き炎を持つ木は僕に言っていた。

「ありのままでいいんだよ」

僕は何に不安、不満を持ち、恐れ、怖がり、その全てを忘れるためだけに生きてきたのだろう。赤い炎のようにゆらゆら揺れる幻影を持つ枯れ木に僕は触れた。幻影の赤い炎は僕の手を伝わり、全身へと流れ込んできた。そして僕の固まっていた脳はぐつぐつ煮え立たせ、ただの石塊となっていた僕の脳はマグマのようにどろどろに溶け、僕は生きる気力を取り戻していた。中学生の頃にいじめられると共に失われてしまっていた少年のありのままの笑顔は僕の中であらためて生き生きし笑み始めた。


今、君の木は黄色く優しい光を放ち、甘く優しい香りを漂わせている。

僕は思う。人は人の魅力を踏みにじり、自らが上である事を見せつけ、自分が上に立とうとする。学校生活や社会の中で、人は人を傷つけ、自分は自分を守ろうとばかりする。押さえ込まれた魅力はどんどん人を縮こませてゆき、人は魅力を失い、ダメになってゆく。

君も社会や誰かの目論見によって、小さく縮まってしまったにちがいない。僕の知る君のありのままの感情は君の中にある小さな箱の中に詰め込まれてしまって、緑の男はその力を君から抜き出し、この木に封じ込めてしまった。彼は君の魅力を踏みにじり、自らが上である事を見せ付けている。

枯れた木は君の魅力を何倍にも引き出し、輝いている。光は僕の目を眩ませ、やわらかい香りが僕の鼻孔を刺激し、僕の脳幹に強く突き刺さる。もしこの力を踏みにじれば、僕は誰にも負けないくらいの自信と魔力を身につけることが出来るだろう。世界一にのぼりつめた金メダリストのように勝ち誇ることができるだろう。

でも僕はそんな事は望まない。僕は君のままの君からこの黄色い光を感じ、優しさを感じて、蕩けてしまいたい。僕は君が君のままの君である姿に会い、君に愛を告げたい。



今、僕の答えは一つにまとまろうとしている。


そしてその答えは僕を次の儀式に移らせようとしている。


可能性はきっとある。


(つづく)