小説と未来 -41ページ目

『何気ない毎にちを貴方に伝う』あとがき

 『何気ない毎にちを貴方に伝う』を書き始め出してから1年近く経つ。


 この小説は、もともと夢に見たどこかの町のイメージを基に描き始めたものでした。だから書いている僕自身もどういう展開にしていくのか決めていなかったために書ききることに苦労した気がします。

 正しくは、ある程度までは、物語のあらすじを立てていました。その筋に沿って書いていたはずなんですが、それがどこまでなのか、どこから外れたのか?外れていないのか?はっきりしません。どうあれ、小説を書く人間にとって一つの作品を完成させられたので、ほっとしてます。


 本小説のテーマとしては、『魅力』です。他にも『オーラ』とか『能力』とかいう言葉もありますが、『魅力』という言葉が一番しっくりくると思います。男女の恋愛における『魅力』もありますが、もっと全体的な人にとっての『魅力』という事についてのテーマにしたつもりです。

 書き始めの当初、作者(私)が再就職活動をしていた事もあり、そんなテーマとなりました。たとえば合格と不合格の差はどこにあるのか?結局才能か、能力、見た目等など、に左右されるのか。人それぞれに考えるところはあると思います。勉強の出来る出来ない、才能のあるない、もありますが、さまざまな面において、不思議と惹かれる惹かれないという事はあるかと思います。その『魅力』とは何なのか?

 『魅力』によって偉くなれたり、恵まれたりするものなのか?また人はそのわけのわからない差で良し悪しを決められることで嫉妬したり、陰気になったりするものです。その『魅力』の差により生まれる暗い影はいつもどこかで生まれることであって、いつの時代もどこの土地であっても消えないもののように思います。

 そう考えると、『魅力』というのは持つ側も持たない側にも問題を引き起こす悪しきもののようにも感じられ、ない方がいいだと感じられます。でも、『魅力』によって、人を魅せるものがあり、それは人を輝かせるようのものでもあります。それがない世界はとてもつまらない世界のような気もします。そこには生きる力になる芯となるものがあるような気がします。

 物語は、その『魅力』に対してどう付き合ってゆけばいいか、僕なりに答えを出したつもりであります。示すものは木々の世界の中に、暗に含まれた表現でありわかりにくいものであったかと思います。答えが何なのかは、読んだ感想としてそれぞれに感じていただけたら嬉しく思います。


 それからこの小説では一つ変わった試みをしています。主人公『僕』、そして『彼』、『君』という、特定の登場人物を固有名詞で表さない表現です。少々?かなり?読みにくかったかと思いますが、『僕』から見た『彼』と『君』をより強調する表現ができたかとは思います。これは10年くらい前に自分で勝手に始めたやり方なのですが、個人的には気に入っています。

 本作品は、『君に対する愛』、『彼に対する憎しみ』を強く表現したい点もあったので、こんなやり方をしてみました。

 基本的には、商業性のない、個人的世界で小説を書き続けていますので、今後もいろいろな表現に取り組んでいきたいと思います。


 長い1年で、少々考え疲れました。次回作は1ヶ月くらい後にスタートさせる予定です。

 本作をご愛読いただいた方は本当にありがとうございました。


こころも りょうち

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ40(終)

君に会いたい僕は臆病者だ。

11年前の君にとっての知人を、君はいったいどれだけ覚えているというのだろう。僕にとって君は君でしかないけれど、君にとって僕は何人も何十人もいる君の思い出の1ページに載っている一人の存在にしか過ぎないだろう。君が僕を思い出してくれていたのは、いったいいつまでの事だろう。きっと君は何年も前に僕の存在があったことすら忘れていたにちがいない。

そんな僕は君に、どんな顔をして会うことができるだろう。


だからといって、僕が君の事をどれだけ覚えていたかといえば、僕も君に対しておぼろげな記憶しか持っていない。記憶の1ページにはでかでかと載っていても、後から書き足されたたくさんの記憶に、君のイメージは少しずつ薄れていってしまっていた。

僕は君の顔を見て何を感じることができるだろう。

22歳も大人だけど、もうすぐ33歳になる僕はより大人になったのだろうか?それともただ年を取っただけだろうか?君と瞳を合わせればその答えは出るかもしれない。君は大人になったのか?ただ年を取ったのか?


蝉が鳴く夜は、他にいかなる音もなく静けさに包まれている。

夏の夜の静けさは独特な優しさをかもし出している。

静かな町の外れの新興住宅街にある4つ並びの一番左の家の前に僕は立っている。

すでに寝ている人もいるだろうし、まだ起きて何かをやっている人もいるだろう。

そんな時間だ。


僕は君の住む家のドアノブに手を掛けた。ガタッと音がして、ドアをゆっくり引いた。

扉の中の世界が開ける。

ゴミくさい。

まずはそう思う。

残念な事にドラマチックな再会には少し欠ける事だ。現実とはこんなものだ。しかしチャイムも鳴らさずに人の家に入っていくなんて現実なら許されないだろう。これはまだいつか見ていた夢の続きなのかもしれない。ならばこのゴミくささは?それは僕にここが現実の世界であることを教えてくれている唯一の感覚だ。

部屋の中に電気は付いていた。広めの特に何も置かれていないダイニングの電気は消されずに付けられたまま、でも君が玄関口までやってくる気配はない。僕の心臓は急に3倍速くなる。すると足がすくんで、玄関を上がることができない。


『夢のような現実が今ここに起きているんだ。僕は君の家を現実に訪れている。君は僕が助けに来ることを知っている。この家の中に君は確かにいて、自分を見失ったまま、自分に戻ることを望んでいる』

僕は自分にそう言い聞かす。これで合っているんだと、僕は僕に言う。


へたくそに汚い靴を脱ぎ捨てて、部屋に上がる。

そして奥にある部屋に向かう。右の畳の部屋は扉が開いていて中が見える。誰もおらず、閑散とした部屋にゴミが散らかっている。君は必ずもう一方の部屋にいるだろう。

そして僕はゆっくりとドアを引く。キュルルルといって、ドアは開く。中は明かりで照らされていて、ベッドの上に、向こう向きになって一人の女性が横になって眠っている。

僕の心臓の鼓動はまた3倍高鳴った。これだけ早く高くなったらきっと破裂してしまうに違いない。



君は眠る。

人生には何もない。うんん、少しは何かあったかもしれないけれど、そのチャンスを逃せば後はずっと下るだけ。人生に成功しなかった女はいつか死んでしまうまで無駄にあるだけなんだ、と思う。

眠っているのに、君は考えていて、悲観しながらも、どこかで可能性を探している。その可能性を可能にするためには力が必要なんだけど、君にはその力が出てこない。

眠り続ければ、いつか元気になる日もあるのかな?

いつまで寝ても、ただ寝ているだけで、寝るのは言い訳のようだ。君は何もしない。何もしたくない。



僕は君の眠るすぐ傍まで近づいた。

さてどうしよう。逃げようか。なぜ?急に起きて、悲鳴を上げられたらどうしよう?君は僕が僕だと気づいてくれるだろうか?それともどこかの見ず知らずの男が押し入ったと思うのだろうか?

僕は君の眠るベッドの横で膝をついて、君のぼさぼさの髪を眺めている。君の女としての匂いが僕の鼻から入ってきて脳を強く刺激する。


君に触れるか?それとも声で君を起こすのか?

そう考えていたら、君は寝返りを打ち、僕の方に顔を向けた。

僕にとって君は、大人になった女性だった。同じ大人でも、君は君のまま11年前と少し違う顔をしていた。少しずつ君の思い出が僕の中から生まれ、その上から新しい君がインプットされ、過去の君は薄らぎ、現実に今ある君の顔が僕の新しい記憶となる。

人それぞれ見方は異なるかもしれないけれど、僕にとって目の前にいる君は紛れもなく君だった。


「会いたかった」

僕はかすれ消えてしまうほどの小さな声で、眠る君にそう伝えた。


夢の続きに入り込むかのように、僕は君の顔をじっと見つめ、君の顔に顔を近づけてゆく。

見たこともない近さで君の顔が僕の瞳の中に入り込む。

君の香りに誘われて、僕の唇が君の唇に向かう。

『君が君であることを、君はずっと忘れてはいけないよ。これから君は君として生きてゆくけど、君はつらくても君であることを失うことはできないんだ。でもどうしてもつらいなら僕が君のための力になってあげるよ。偉いことは言えない。僕もまた僕自身を支えることさえ上手にできていないんだから。それでも今はわかる。僕が僕であることの幸せは僕にしかわからない。僕が僕であって、君を好きになれたという幸せは僕にとってこの上のない喜びだ。君は君のままに、たとえそれが、僕でない誰かであるとしても、、、』


僕は君の唇にキスをした。やわらかい感触が僕の唇に伝わった。

この幸せに一生包まれていたかった。できればこのまま時間も空間も固定されてしまえばいい。未来もやってこないで、僕はずっと今この瞬間を感じ続けていられればいい。

でもそうはいかないことはわかっている。

僕の体は一瞬ぴかりと光り輝いたようだ。そしてその光は唇を通し、君の方へと移っていった。一瞬の事だったけど、僕にはわかった。


そして僕は君から唇を離した。また君の顔が見えて、僕はその顔に見とれていた。


君は眠り続けていた。

僕は君が寝息をつくたびにどきりとした。

今まで長く一人で過ごす夜が続いたけれど、今夜だけは君を感じている二人きりの夜であれる。

少しずつ睡魔がやってきて、僕は夢の世界に誘われる。

でも僕は君が目を覚ます瞬間を待ち望んでいる。

君の寝顔はさっきよりずっと幸せそうに笑っている。きっといい夢を見ていることだろう。そこに僕はいるだろうか?きっといないだろうけど、そんな事に悲しんだり、悔しがったりしていても仕方ない。

眠いまなこで君の瞳が開くのを待ち望んでいる。


半分眠ったような状態で君をずっと長い間見つめていた。

カーテンの隙間からは外の光が漏れ始めていた。

人工の明かりとは違う、ふんわりとした感じの明かり。

君はその明かりを感じて、目を開いた。

少し潤んだ瞳で、黒目が白目の中を泳いでいた。

一瞬びっくりした表情を見せた君だけれど、君はすぐに笑顔へと変わった。

僕もまた安堵の笑みを浮かべた。


そして伝えたかった言葉は、プレゼントのリボンを解くようにするりと抜け出した。

「君が好きだ」


君はにっこり笑顔を浮かべた。つらい過去など何もなかったかのように、今はただ笑顔を浮かべていた。僕はその笑顔に包み込まれ、温かい気持ちになった。今この瞬間何もなく、ただ未来への大きな扉が開かれたのを感じた。

全てはここから始まる。幸せな、平穏なる、何気ない毎にちの始まりだ。


(終)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ39

夜の闇の中、僕は自転車を押して、背の高い緑の服を着た男の後ろを付いていった。


住宅街を歩くこと20分、横並びの1階建てのアパートの前で、男は立ち止まった。

「女は一番左の部屋にいる」

緑の男は振り返り、僕に向かってそう言った。

僕は駆け出して、今すぐにでも君のもとへ行って、君を救ってあげたい。すぐにでもそれは可能だろう。でも僕にはまだ済んでいないことがある。その事を無視して、君のもとへは行けない。


僕は緑の男に尋ねる。

「あなたはどうして、ここまで僕を案内したんですか?いや、もっといえば、どうしてあなたは僕を元に戻し、カノジョから力を奪ったのだろう。もともと、そもそも、あなたはどうして僕から力を奪ったんでしょうか?」

聞きたいことは山ほどあった。全ての理由を目の前にいる男は知っているはずだった。その答えを出さずに、僕は君に会うことはできない。なぜなら、今もこれからも僕らにこんな異常な事が起きることは許しがたい出来事だからだ。


「その答えが必要か?女には今すぐにでも会える。俺はおまえの邪魔をする気はない」

緑の男がそう答え、僕は首を横に振る。

「そうじゃない。そもそも、僕はカノジョだから救おうと思ったわけじゃない。木に力を奪われた相手が誰だかわからなかったけれど、僕は木に力を奪われ、僕が失った10年間と同じような思いを、その誰かにして欲しくなかったから、その誰かを救おうと思って、あの木の傍にいた。だからカノジョを救うことが僕の結論じゃない」


緑の男は口を大きく横に開き、にやりとして見せた。一瞬歯がきらめいたかのようにも見え、嫌な笑みだった。

「そうだよな。そうだ。俺もそう思っていた。おまえはそういう役目だ。だから俺はおまえを女の許へ案内した。わかるか?」


どういう意味だろう?僕が君を救うことを緑の男は歓迎するということか?ならなぜ、この男は人から力を奪う?僕はまるで理解できない。

そういう表情を僕が浮かべていると、緑の男はさらに話し出した。

「おまえはあの木に関わるものとなった。それは俺と同じなったということさ。ただ役目が違う。俺は誰かから力を奪い、あの木に与えること。おまえはあの木からその力を抜き出し、誰かに返す。それからあの木の力は彼が利用するのさ。おまえが恨んだあの男が。それが俺らの関係だ」


少し考える。少し理解する。

「力を奪う者、力を利用する者、力を取り返す者」

僕はそうつぶやいた。


「そうだ。俺たちは完璧なサークルを作った。おまえが来ることで、サークルは完成したのさ」


「違う!」僕は声を張り上げた。「こんな事はあってはならない。あなたが人から力を奪い、力を木に与えることさえしなければ、全ては終わる。それが本当の結論だ」


緑の男は動じていない。焦ってもいない。彼とは異なる。そして冷静に話し出す。

「俺もかつてはあの木に力を奪われた」と緑の男は話し出した。

「でも俺は、おまえと違って、奪われた力を取り戻そうなんて思わなかった。そのときの俺は、いろいろな事がどうでもいいと思っていたからな。そんな考えはなかった。

 でも数年経ったある日に、俺から力を奪った老女が現れた。そして俺はあの枯れた木の下に案内された。老女は言った。『枯れた木は貪欲に生きようとする。多くの木々が天に葉を伸ばし、生きる争いする中で、その木は伸びずに枯れてしまったが、人の生きる力を吸い込んで生きる術を得たのだ。争いに勝てないものは別の方法で生きられる』とな。

 それからしばらくして老女は俺の前で死んでいった。もう病んでいたのさ。だから死ぬ前に、俺にその全てを伝えたのさ。だから俺はあの木の番人になることを決めてやった。俺は枯れた木の下に行き、木と契約した。別の力を奪ってくる代わりに俺の力を返して欲しいとな」


「それで、僕から力を奪ったのか」と、僕は口を挟んだ。


「違うな」緑の男は否定する。「最初に奪ったのは、この町で作家を目指していた若者さ。その男は作家になれずに落胆していた。もう死んでしまうかとも考えていた奴さ。だから俺はその弱った男から力を奪った。

 俺はその男の力を枯れた木に与え、代わりに力を取り戻すことができた。でもすぐに気づいた。俺はこれからどう生きていけばいいか。それからその男もこのままではやがて自殺でもしてしまい、枯れた木は生きていけないだろう。と。

 だから俺は試しにその男を枯れた木のある場所に導いてみた。そしたら男は急に木の枝を折り始めたのさ。そのときのそいつにとって、それは自殺行為だったんだろうな。自分の力が埋まる木を傷つけているのだからな。でもそうする事で男は不思議と力に満ちていったのさ。よくはわからないがな。

 それでも俺はこれが力になると感じた。だから俺は新しい契約をその男と枯れた木に結ばせた。俺らが別の犠牲者から力を奪い、そして男は枯れた木に与え、木の枝を折り、力を得られるという契約をな」


「それが、彼だったんだね」と、僕は言った。


「そうさ。そのとおりだ」今度は緑の男はすぐに肯定した。「彼は『溝端』と名乗る作家になった。俺はあの木を守ることができるようになった。彼が小説で得た資金によってな。そして彼に奪われる力の基となったのが、おまえってわけだ」


「でもいつまでも状況は同じじゃない」と、僕は言う。


「そうだ。おまえは自分の力を取り戻そうとしに来た。そして実際に取り戻した。俺が枯れた木の下におまえを導くと、枯れた木から契約もせずに力を奪い返してしまった。おまえには俺らと違い、生きようという力をあの枯れた木より強く持っていたからだろう。それからさらに、誰かに対しても生きろ、というエネルギーを与える力も持っている。だからおまえはあの枯れた木から自ら力を取り戻すことができ、女の力を自分の内に取り入れてしまうこともできた。俺はその事がわかった。おまえにはそういった力が備わっている。おまえもまた枯れた木に関わる一人なのさ」

緑の男は僕を自分と同じ側に取り込もうとしていた。僕は返す言葉が見つからなかった。ただ、取り込まれてはいけない、とだけは感じていた。


「それより、どうしてカノジョから力を奪ったのかな?」と、僕は話を逸らし尋ねた。でもそれは、ずっと感じていた僕の疑問だったことも確かだ。


「あの女はただ、『溝端』のファンだっただけさ。だからおまえと同級生だった事が偶然だった。しかもおまえがあの女を好いていたなんてのは、ひどい笑い話さ」

緑の男の答えに僕は高揚した。驚きとか、怒りとか、恥ずかしさとか、いろいろな思いが空回って、高揚した。けれど冷静になろうとした。僕は言葉を発せずゆっくりと深呼吸した。


「まあ、どうでもいいさ」と、緑の男が投げやりに言った。僕が黙っているのに痺れを切らしたのか、一人勝手に話し出した。

「人という生き物は自分を守りながら生きている。自分の力を固持する者、力を持たない者を蹴落とす者、そうやって生きている。天に葉を伸ばす木々のように争いながらさ。

 力を持たないものはまっすぐ伸びて生きて行けない。生きていけてもしょせんは知れている。なんとか光を得ようとわずかな隙間から葉を出して生きてゆかなくてはならない。ひどく疲れ、気分の悪い生き方さ。

 本当に力のないものなんかは枝も出せずに光合成できず枯れてしまう。だから天に葉を覆えない木は特殊な力を持ってしか、生きていけないのさ。俺もその一人、彼もその一人、枯れる運命にある木と同じ力のないものさ。おまえも俺らと一緒。だから特殊な力で生きてゆく方がいい。その方が楽に生きられるしな。

 それでもおまえが木々の隙間から何とか天に葉を伸ばす争いをして生きてゆくというのなら、そうすればいい。くだらない争いだ。そうしたければそうすればいい」

緑の男は投げ捨てるように僕にそう言い、僕に背を向けた。


瞬間、怒りに近いが怒りとは異なる、湧き溢れてくる不思議な力が僕の胸の内から広がり出すのを、強く感じた。

「蹴落とし合いでも、自己固持でも、特別な力でもないよ。人が生きてゆくのは、人が生きてゆく力っていうのは・・・」

僕はそう言いながら、自分の芯から湧き上がる心地よい感情を感じた。

生命の営み、萌え上がる草木の力。それはまるで辺り一面に黄色い花が咲き広がった光景のように生き生きと噴き立ってくる。その力は、欲望でもなく、才能でもなく、誰もが持っている幸せを感じることのできる力のようなもの。戦いや争いでなく、競い合いやほとばしるエネルギーを燃やすことへの喜びのような感情。木々は花を咲かす。我がためでなく、共に生きる同生命体の繁栄のために。

僕はふとそんな力を感じていた。

「身のままに、ありのままに生きていけばいいんだ。僕は人を蹴落とす気はない。人の力を奪ったり、取り合ったりして生きてゆくわけじゃない。僕は僕のままに、僕を高めて日々を生きてゆくよ」


その言葉は緑の男の耳に届いていたはずだ。男は何も言い返さなかった。

緑の男は僕の前を去っていった。消えるように、なくなるように、僕には男が小さく消えてゆくのを感じた。

全ては静かに消え去っていくのを感じた。



これでよかったのか、僕にはわからない。


わからないけれど、


僕はきっと、何のためらいもなくやっと、君に会いにゆくことができるだろう。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ38

暗闇の中、僕は君を探していた。


辺りはすっかり真っ暗になっていた。田んぼでカエルが鳴いていた。並木道の木々からはセミの鳴く声が響いていた。僕は自転車で、車の脇を過ぎてゆく。僕はまだ君の居場所をはっきりとわかっているわけではない。君がいるゴールを探している。


大きな通りに出ると、スーパー銭湯の看板が見えた。僕はふと冷静になって、そこへ向かった。もう1,2週間の間、風呂にも入っていなかった。体が汗まみれなのはもちろん、髪はぼさぼさ、髭は伸びっぱなし、服は泥で汚れている。この格好ではどんなに僕がまともな人間だと言っても信じてはもらえないだろう。

君に会う前に体を洗う。歯を磨き、髭を剃る。ひどくもしゃもしゃで、自分でも本当に自分が自分なのか疑いたくなる。記念に写真でも撮りたくなるくらい、自分が誰だかわからない。

でも僕はそんな事を楽しんでいる暇もない。全てをすっきりさせて、それから近くの大型衣料品店で、安い服を一式揃えて着替えた。髪の毛だけは伸びたまま、床屋はすでに閉まっていた。もしオープンでもそこまではいいかと思う。髪はしっかり梳かした。

安い服だし、いろいろと今ひとつの自分の姿だけだ。本当は家に帰って、一通りセットしなおせばいいのだけれど、そんな余裕はない。僕は今すぐにでも、君に会いたい!


そして自転車を漕いだ。

車のヘッドライトが過ぎ行く道を走り、君が伝えてきた地名のあたりにたどり着いた。ここだ、ここだ、と僕は一瞬はしゃぎたい気分になったが、それはまだ早い。ここまで来ただけで、まだ君のいる場所はわかっていない。この地域だけでも結構広いはずだ。

さて、ここからどう探そう?君に電話を掛ければ早いのかもしれない。でもそれでは少しつまらない。ドラマチックに出会うのなら、君の家を探すべきだ。

なんてばかばかしい事を考える。

でももう少し探してみようと結論付ける。ばかばかしい考えだけではない。君のヒントをもう少し信じたい。大きなショッピングモールのような場所があり、新しい家が立ち並ぶ場所、通りの向こうに大きな看板がいくつもある場所が見える。君の言っていた場所はそこだろう。


反対側にたどりつく。君の家はもう近いはずだ。さてどう探す。


ショッピングモール駐車場に一人の男が立っている。車に向かう人や車から下りて、お店に向かう人はいても、駐車場の車のない辺りに突っ立っている男はそいつだけだ。そして僕はそいつのことを知っている。


緑の男だ。


恐れはない。むしろ僕は安心した。そいつがいるということは君の居場所もここから近いという事だ。


僕は自転車を転がして、緑の男の傍に近づいていった。そして話しかけた。

「まさか、あなたがこの町にいるとは思いませんでしたよ」

男は僕の方を見つめ返した。そしてにやりと笑い、答え返してきた。

「この町は俺が選んだわけじゃない。あの男が選んだ。キミから全てを奪った男がね」


「彼はどうして、カノジョをこの町に?」

僕はそう尋ねてみた。

「さあね。大切なものは近くにおいて置きたかったんじゃないのか?その方が安心だと思ったんだろう」


「でも、そうじゃなかった。僕は思ったより簡単にカノジョに近づくことができた」

緑の男は言う。

「彼の誤算はあの女じゃない。おまえだ。おまえにある。女のアパートで大学時代の卒業写真におまえがいた。それは俺も知らない偶然だ」


その偶然は僕にとっても同じだ。だから僕は尋ねる。

「どうして、あなたはカノジョの魂を奪い、あの木に与えた?どうしてカノジョを」


緑の男は僕のすぐ傍まで近づいてきた。背の高い男だが、この間の時のように奇妙な印象は受けない。恐れも感じない。僕は同等の立場で男と向き合っていられる。


「おまえを女の下へ案内してやろう。ここまで来て、おまえを遠ざけても何の価値もない。どうせおまえはいずれあの女に会うことなるだろう。俺がおまえを遠ざけることは俺にとっては時間の無駄だ。着いて来い」


緑の男は上から僕にそう言った。雑音の消し飛ぶ声で、はっきりと僕に伝えた。



僕と君の答えが近づいている。


僕らはもうすぐその答えに到れそうだ。


(つづく)

『何気ない毎にちを貴方に伝う』4ノ37

今、僕は君に会いたい。どうあっても君に会いたい。君に会える。誰がなんと言おうと君に会い、君の傍にいて、君を感じたい。誰がなんと言おうと、僕は気にしない。君に会いたいと叫ぶ。君に会いたいと言い続ける。


森の外は晴れ渡っていた。晴れ晴れした空がどこまでも続いている。僕は生まれながらに生まれた意味を求めていた。生まれながらに運命を求めていた。生まれながらに君を求めていた。


森の中に捨てるように置いておいたマウンテンバイクを起こし、舗装された路上に移す。タイヤは少し空気が足りないみたいだけど、きっと問題はないだろう。この山を下りきれば、僕には新しい生活が待っている。深い闇の出口がもうそこに見えている。



あの日、君は泣いている僕の声に気づいてくれた。そしてその声に優しく語り掛けてくれた。

「わかった。いくわ」と、君の光は僕に微笑んだ。

僕の赤い熱は君の姿の手を引き、緑の空間の外を目指した。緑の空間は僕らを邪魔し、その世界の外に出ることを許さなかった。だけどもう枯れた木にはそれほどの力が残っていなかった。僕らが繋がりあった想いの方がはるかに強く、僕らはその世界の出口を求め求めて走り続けて、緑の空間の外に出ることに成功した。

僕は枯れた木を抱いて眠っていた。

目を覚ましたとき、木の中で起こった出来事は現実へと変わった。僕の携帯電話には君の着信履歴が残っていた。僕は君の掛けてきた電話にすぐさま折り返した。

鳴らし続けるベルの音をあきらめずにいたら、君は通話に切り替えてくれた。


「もしもし」と僕は言った。

「もしもし?」と君は答えた。

君と会話をするのはいつ以来だったろう。君のやわらかく抜けたような声はいつかの声とまるで変わっていなかった。


「今、どこにいる?」と、僕は尋ねた。

「え?」と、君は聞き返した。

「君を緑の男から救うよ」と、僕は言った。

君はまだ、今起きている現実を現実のものとして認めたくないようだった。

「僕は知っているよ。君が今、とてもつらい目に合っていること。いや、君は今、今の状況がつらいことだと気づいていないかもしれない。でも僕はわかっている。なぜなら僕も君と同じだったから」


「わたしを、助けてくれるの?」

少しの間をおいて、君はそう僕に尋ねてきた。

「僕を信じてくれるかい?」

僕がそう尋ね返す。

君は、はい、とは言わずに、僕に今の居場所をただ教えてくれた。それはまだ半信半疑の状態だったのかもしれない。


僕は彼が来るまでの数日間、枯れた木の魂と向き合っていた。緑色の世界を持つ木はまだ生きていた。そして生きることを望んでいた。でも裸になった木は生きる術を持っていない。光合成の出来ない木は枯れるしかない。その生きる力が人の力を奪い、この山の中の光の届かない場所にある葉のない木の生きる源となっていた。今も木は生きる力を求めているだろう。その力を求めているだろう。



僕はマウンテンバイクを山の下り道へと向けた。そして一気に加速し、右へ左へうねる坂道を下っていった。スピードは恐ろしく出て、転ばないかと不安を与えるけれど、その不安の先にあるものが早く欲しくて、一気に駆け下りた。

田んぼのあぜ道に僕は止まる。新しい世界が始まっている。現実世界は明らかに華やいで見える。こんな何もない田舎の景色が僕には美しく目に映る。


君に会いにゆこう。もう僕を止めるものは何もない。あったとしても、僕を止めることは出来ないだろう。想いは募り、完全に溢れ出している。

僕は行く。君を求め、君を救い、君を生かすため、ただそのためだけに全てを込めて前へ前へと進んでゆく。


(つづく)