小説と未来 -21ページ目

再接続 29.光

過去の始まりはいつの事だろう。

今この形の自分が遺伝子情報により一つのDNAを得た瞬間だろうか。それより遥か昔に魂として泳いでいたのだろうか。だとしたらその始まりは、生命の始まりだろうか。この地球上に無数の微生物として生み出された瞬間まで戻るのだろうか。それ以上昔、地球の始まりか、はたまた宇宙の始まりか、いつ始まって、いつ終わるのか。自分の存在は、どこから生まれたのだろう。いくつもの環境が自分を作り上げてきてもいる。いくつもの言葉に刺激を受け、いくつもの他人の感情に触れ合った。ここにある自分はそうしたたくさんの刺激の上にあるのだから、いくつもの他人の集めた一つの集合体なのかもしれない。自分などというのは形だけで、そこに魂のような根本となるものは存在しないのかもしれない。


「古川拓実、君はまだ、自分について考え、過去を思い返すのかい?」

拓実は自分自身に尋ねる。


想像すると、光の線は無数に走り始める。過去から未来へと走ることを止めようとしない。いくつもの光の線は、ある情報を持った点でしかないようにも思える。

光の点は常にあちこちで様々な点とぶつかり合って、また線となって進んでゆく。ぶつかる前と後では何が違うのか一見はわからないけれど、確実に変わっている。たくさんぶつかって、変わり続ける。変わらせられ続けている。

遥か過去はあったのかもしれない。でも今の姿形にある人生において、その遥か過去はもはやとても小さな情報になってしまった事だろう。飛び散ってしまったのかもしれないし、または消えゆく蝋燭の火のように小さくなってしまったのもしれない。


「古川拓実、君に提案する。この体で得た、この体での出来事を自分としませんか?」

拓実は自分自身に問い掛ける。


母より生まれ、育ったこの世界の環境に与えられた影響を感じる。潜在能力も含め、育てられた環境の上にある情報が自分としての光を輝かせている。忘れられない記憶がその光には含まれている。

痛みが忘れられない。嬉しかった感情がまた欲しい。今もまだ生きているのだから、心臓は激しく鼓動し、身体は奮えることもあるだろうか。いつも見る絵が、いつもより鮮やかに見えるのは、自分の光が輝いているからだよ。孤独に、輝かず、冷たくなってしまっては、そこは宇宙よりも冷たい無になってゆく。

物理的に人は人と融合することはない。個体は個体でしかない。それでも同じ経験、同じ瞬間を味わった人と人は情報を共有し合える。近くにいればいるほどより多くの情報を共有し合える。”君”と”僕”にしか知りえない事もたくさんある事だろう。同じように感じて、同じようだと信じていたいだろう。長く生きて、長く生きれば生きるほど、たくさんの人と出会うだろうね。

この時代の上ですれ違う。この時間軸ですれ違う。触れ合う。離れる。見えなくなる。また個に戻る。この地球のどこかに共有し合える事を求め、遠く遠くどこまでも探し求めた。瞬間分かち合えたことを喜ばしく思う。それが唯一で、永遠の一つでしかないと感じる。

それでも、持っている情報と、その光の輝き、得た体験と、共有し合った出来事、いつもたいてい違っていて、いつもたいてい一致しない。いつも誰かと何かが違ってしまう。


「古川拓実、君は過去に何を得て、いったいそれを何にしようとしているんだ」

また、自分に問い掛ける。もうそんな事をしても何の意味もないよというかのように。


過去は思い返さないと忘れていってしまう。光は徐々に過去を捨て去ってしまう。大切にしたかったはずの多くの事が失われゆく。いつか誓ったはずの約束も、もう二度と逢えなくなってしまったずっと愛していたかった人の事も失われてしまう。だから過去の光を拾い集めていた。たくさんの光が自分を作り上げてくれた事を大切にしたかった。それは個の持つ我が儘な思いの情報でしかないかもしれないけれど、誰かが与えてくれた、その衝撃を自分の中では大切にいつまでもいつまでも続くかのように思える未来にまで大切に持っていきたいのだろう。

次の時代が来ても光を残していられるかもしれない。情報は記憶として残っていないかもしれない。でも心に受けた衝撃的な感情はずっと光として保たれているかもしれない。何度も何度も思い返して、あの光を失わないように、大切に保っていたいと望む。


遥か過去より涙は煌めいた。全てを忘れてしまったらそこには何も残らないから。


「ぼくにはまだ、未来に持ってゆきたいものがある」

拓実はそう言って、目を閉じた。


今、この体で、この脳に残された過去の記憶を辿る。

過去が薄まる前に、拓実は過去を思い返さないといけない。


(つづく)

再接続 28.夢を塗り潰す現実と幻想のひと時(3)

実際に、拓実が沖縄の生活で会った人は数多くいる。


それより過去に出会った人もたくさんいる。


運命を思うのならば、それはたくさんの必然の中の、ごく一部の偶然と思えるような再会の事だろう。でもその偶然と思えるような出来事も、運命といえるようなものではないのかもしれない。


日々の生活の中で、拓実に話しかけてきてくれた人はたくさんいた。

ただ、20代の拓実にとって求めていた相手は恋愛対象であって、興味はそこに注がれた。誰かと誰かはいつもどこかですれ違い合いながら暮ら合っているのかもしれない。

ただ、意識が注がれないだけで、いつもすれ違っている。


もう一つ。幻想は、現実を知るにつれて失われてゆくということ。

大人になって見間違えと本当の事との差はよりはっきりと区別されるようになり、幻想は失われてゆく。だから大人は幻想には誘われず、現実を見て生活してゆける。

28の拓実はもうとっくに大人になっていなくてはならないはずだから、いまだにいつまでも幻想を真実の出来事して捉え、その世界で生きてゆくわけにはいかないはずだった。本人だってその事は十分に理解している。

沖縄で見る幻想は、本から得た沖縄の歴史による知識、自分が過去に受けた体験や経験、それにほんの少しの不思議な自然現象が絡み合って、さも不思議体験をしたかのような出来事にしか過ぎない。

その事を理解しようとすれば、幻想は失われ、現実が見えてくる。


過去に起きた幻想的な出来事の全て、それらは全てほんのわずかな自然現象を利用した出来事でしかなかったのだろう。後はイメージ。脳は想像し、現実以外のものを、実際に見ているかのように感じる事ができるのだから、それが幻想となるのだろう。

しいて言うのなら、拓実はそういった自然現象を敏感に感じることが上手に出来て、それを利用して幻想を感じる事や感じさせる事が上手にできる能力を持っていたのかもしれない。

その事を理解しようとすれば、過去の幻想も消え去り、現実だけが残る。


幻想の終わりに辿り着こうとしていた。

望むのならそこに、求め合える意識が同じ方向を向いている女性に出会うことができればいいと、拓実は無意識に考えていたことだろう。

夏が来て、幻想の終わりが近づいていた。

百合恵はそこにやってきた。たった一人の旅行者で、ただ長い夏休みを楽しんでいる女性だった。


『きっと彼女は意識を持っていたに違いない。そして多方に意識を向けていたに違いない。ぼくの意識は極狭い視野だけで、君が見えた。それを運命としたかった』


(つづく)

再接続 27.夢を塗り潰す現実と幻想のひと時(2)

夢は今日も同じ空の色をしている。だとしても、これほど遠い青い空を見続ているのは切なくて、涙がこぼれてくる。

雲は綿菓子のようにふわりとしていて、光の筋がその雲の端切れから落ちてくる。

蝉の音も、寝苦しい街の音とは違って聞こえる。

同じ空、同じ虫、同じ地球の中のはずなのに、なぜだかこうも違って感じられるのは気のせいだろうか。

南の島の幻想は果てしなく広大で美しい。


1か月、2か月と過ぎていた。

雨がざあざあ降り続く日も過ぎた。

ここ数日は天気のいい日が続いている。


拓実は一泊2000円の安い民宿で寝泊まりしている。

1階には、じいちゃんとばあちゃんが住んでいて、拓実はその孫のように、その2階で暮らしている。

たまにダイビングやら何やらをしに来る客が数部屋ある民宿の一室に泊まるが、拓実と会話を交わすことはない。会話をするのはじいちゃんとばあちゃんで、天気の話や食べ物の話をしてくれる。夕食は頼んでなくても、たまに「いっぱい作ったから」と言って、持ってきてくれる。

そんな毎日が続いている。


二人組の大学生の女の子がやってきたのは、梅雨も明けて、間もない頃だった。

拓実はその間にいくつかの幻想を抱いた。古いグスクでの生活や海辺の漁師としての幻想だ。でも、その幻想は拓実の中だけのもので、誰に繋がることもない一人きりの世界の話で終った。

いつもどこかに南の島へ行った少女の事を想像したけれど、その想像はただの願望であり、現実と繋がり合う接点にいたる事はなかった。

そして現実に繋がったのは、二人の背の小さな大学生の女の子だ。


じいちゃんは拓実の部屋にやってきて、「学生の女の子に町を案内してほしい」と言った。

小さな町なので、さして行くところもないのだが、拓実は買い物の出来る場所と、海への近道を教えるため、一緒に散歩した。

「ありがとうございます」と、柔らかく学生の子は微笑んだ。

まだ夏休みには早い季節だった。ただ混み合う前にと、二人は適当に遊びに来れそうな時に来たと言った。ほんの3泊4日の沖縄旅行、その2日をこの町で過ごすという。

彼女たちの目的はよくわからないけれど、普通の沖縄らしさを探しているようだった。普通よりは変わっているけれど、拓実の幻想生活に比べたら、遥かにまともな世界だった。

だから彼女たちは、民家の前のシーサーを写真に撮っては楽しそうに歩いていた。スーパーでは沖縄らしい食べ物を探して、珍しい食べ物を見つけては喜んでいた。

何もない広い海辺では、普通の女の子らしくはしゃいでいた。水着にはならなかった。


それが拓実の幻想生活での、いくつかの出会いの一つとなった。

一年後、二人の女の子の内の一人と再会するけれど、南の島の少女を探す拓実の目に、その偶然の出会いが意味するものを、特別なものとして捉えることもなく終わる。


『ぼくはまだ、幻想に求めていた。繋がり合える幻想を持つ少女が、ふと、ぼくの前に現れる瞬間を、僅かな残り時間の中で、求めていた』


(つづく)

再接続 26.夢を塗り潰す現実と幻想のひと時(1)

少女は言った。

「南の島で会いましょう」


小学生の時の記憶が拓実の心を揺さぶった。

あらゆる物事が過去から未来へと繋がっていて、きっと導かれた場所には答えがあると、28の拓実は信じていた。

だから拓実は、ふと少女の声を耳にして、南の島へと渡る。


沖縄の海は静かだった。

人の賑わうビーチをイメージしていた拓実には、寂しい海だった。

まだ春過ぎて間もない季節のせいもある。

新しい季節。一年の始まり。理由もなく住み始めた南の島での暮らし。


広いビーチで、海を眺めていた。

人は疎らだ。

波の音だけがひたすら続く。


誰かに会えると考えていたけれど、会える相手なんていない。

運命なんてものはない。まして、小学校の時に会った少女などいるはずもない。沖縄の海である理由もない。今も南の島にいる理由もない。ひょっとしたら、あの時、「南の島へ行くの」と言った事さえ嘘だったかもしれない。


拓実は、自分がなぜそんな過去の事まで覚えていて、そんな過去と今を結びつけたくなって、ここまで来たのか、その全てが愚かに思えて、心が痛んだ。


「全てがぼくの勝手な夢だった。夢は夢のまま、今、現実が夢を塗りつぶしてゆく」

ふと、そう呟いた。


人生とは叶わない事ばかりだ。思い描いた想像はいつも簡単に無意味になってゆく。20代も過ぎてしまえば、後は歳食うばかりだ。

そんな不快な未来が拓実の心をぎゅっと締め付ける。


切なく虚しい時間が南の島で続く。


『それでもあの時のぼくは、最後の幻想を楽しもうとしていた。いつもの町に帰れば現実に生きなければならないから、最後の幻想を楽しもうと、笑みを浮かべて、体をめいっぱい広げて、くつろいで、夢を見ようと浜辺に寝転んでいられた。波の音が聞こえていた。今も耳を澄ませば聞こえてくる懐かしい波の音』


(つづく)

再接続 25.遥かなる過去の記憶(4)

何を求めていたのか?


遥か過去はたゆまず揺れる。それは海の上、波のうねる音。


長い長い旅をしていた。

船は波をかき分け、旅を続けていた。

木製の大きな船だった。


神父は船の中に作られた小さな教会に一人いた。

船が無事に着かなければ、神父はその罪で処刑される。

もっとも、船が沈没すれば、この大海原で誰も助かるものはいないだろうが。

だからただ、神父は船が無事に目的地へたどり着くことだけを祈り続けた。


いずれ船は陸地に着いた。

鬱蒼とした森が広がる。ジャングルの中だった。


神父はその森に教会を立てた。

異世界の宗教であったが、土着民は建築を手伝ってくれた。


戦争は長く続いた。

土着民は多民族だったから、民族紛争が絶えず、神父たちの新興移民の力を借りて戦争をしていた。

神父の長は「民族が一つにまとまらなければ戦争は治まらない。やむを得ないことだ」と言った。

神父はただ戦争が終り、平和が訪れることを祈った。どちらが勝つとか負けるとか、口にはできないが、それはどちらでもいいことだと、神父は心底感じ、祈っていた。


やがて戦争は終った。

土着民は多数の死者を出し、やがて疫病が流行りだす。

災難は続いた。神父は祈るしかなかった。


ふと一人の若い土着民の女性が神に祈りを捧げる姿が目に入った。

その輝く瞳、艶やかな唇に、恋をした。

『わたしは神に祈りを捧げることのみが仕事だ。他の人に恋をするなど。まして土着の民になど』

神父は心の中でそう呟いて、その気持ちを紛らわす。

でも本当は、神父はさして厳格な宗教者ではなかった。ただ物静かで、おおらかな性格が、周囲の人間から見て、厳格な宗教者に見えただけなのだ。心の中では神に祈りを捧げるよりも、力強い騎士の一人になりたいと願って大人になったものだ。

それでも運命は彼を神父にしかさせてくれなかった。


土着の民の美しい女は毎日教会に祈りを捧げにやってきた。

神父は優しく尋ねてみた。

「あなたは何を願っているのですか?」

「人は身勝手で、我が儘な生き物です。わたしは神の指し示す運命のままにただ生きたいと思います。わたしはただ、そう祈っていただけです」

土着の民は淑やかにそう答えた。

神父は自分を遥かに上回る神への信仰の想いに、心を強く打たれた。


ただ、運命にいざなわれ、生きてゆくのだ。

強く望み、求めるものなど、何もないのだ。


神父は神のお告げを聞いたかのような気がした。

そして、その土着の美しい女性に優しく微笑み言った。

「心のままに生きてゆきなさい。あなたの信じるままに生きなさい」


遥か過去の出来事が光となり、拓実に生きる道筋を示そうとしていた。


(つづく)