ずっと西にある島 4.想作
想像できる限りの世界を描こう。
もしこの世界が誰かのものでなく、自分のものだとしたら、想像できる限りの世界を描こう。
想像の世界なら自分を優位に置いて、思うようなわがままを行いや身勝手な振る舞いをする事も出来るだろう。
でも人は人それぞれの心を持っているから、たとえばそこが自分の想像した世界であろうと、わがままな王となり、その世界に住もうとしたなら、全ての人から嫌われて、虚しいだけの人生を送る事となるだろう。
心の持たない人と共に過ごしたら、それはそれでとても虚しいだろう。
どんなに想像だけで創られた世界であっても、わがままに、身勝手に生きたら孤独で虚しい毎日にしかならない。
たとえば自分の居場所が、自分の想像だけで創られた世界であっても、人としての優しさや思いやりを持つ心を忘れるわけにはいかないだろう。
優れた人間として生まれたいが、共感とか分かり合える心がない人間に生まれる事は虚しい。愚かで駄目な部分があって、当り前の人として、誰かと繋がり合える心を持っていたい。
たとえば今、自分のいる世界が自分の想像を基に生まれた世界であっても、普通の人間としてここに生きるだろう。
キウは自分の生きる場所を考えていた。
いつの間にか知らない土地で住んでいた。世界は遥かに常識を超えた場所だった。だからここはひょっとしたら自分の想像した世界なのではないかとも考えた。
そしたらもっと自由に、わがままに生きればいいではないかとも考えた。でもそうじゃないという結論に達した。
もし自分の想像した世界でも当り前の人間として生きる事が望ましいんじゃないかなんて感じていた。
波の音が聞こえる浜辺近くの小さな家で、夜中眠れずに羊毛のふとんに包まって、そんな事を考えていた。夢と現実の合間で、キウは自分と生きる場所に悩みながら、どうやって生きていくかを考えていた。
どれだけ漁師のイットコさんの家で世話になるのかとも思う。いつまでもこのままの日々を繰り返すわけにはいかない事も感じている。
仕事もしていない。ただ生きている。のんびりと日が昇ると共に起き、一日を何気なく送り、日が沈んで眠る。時間のない世界で太陽の下に生きている。始めはその事を幸せに思っていたキウであったが、時が経つに連れ、生きている申し訳なさを感じるようになってきた。
ただ生きている事は申し訳ない。だから誰かのためでありたいと思う。
どんな存在として世界に生きようと、僅かでも誰かの何かでありたいと願う。
そんな事を考えながら眠った翌朝に、キウの所に役人の思われる何人かの人がやってきた。
役人と思われる何人かは漁師のイットコさんと何らかの話をしていた。少しだけ言葉のわかるようになったキウはイットコさんが、キウと一緒にいる事は迷惑ではないという事を一生懸命説明しているようだった。
でもやがて話はまとまったようだった。
イットコさんは言った。
「迷惑なわけじゃない。ただ、ここにいつまでもいてもそれが君のためにはならないと、彼らは言っている。俺も確かにそうだなって思うよ。わかってくれるか。俺は君を助けて、ここにいる事を嫌だなんて一つも思ってないんだ。ただそれが君のためじゃないって、俺もそう思う。わかるか?だから彼らの言うように、ここでお別れだ」
きっとイットコさんはそんな風に言った。
キウは何となくその言葉を理解できた。そして頷いた。そして、「わかった」とその国の言葉で答えた。
キウとイットコさんはその朝に別れた。
住む場所はそう遠くはないから、寂しい事や困った事があったらいつでもおいでとイットコさんや奥さんのサラさんは言ってくれた。
いつも一緒にいたおじいさんのイマエダさんはキウの肩をぽんぽんと叩き、またなって感じで軽い別れを告げた。それはとても軽いお別れだったけど、大きな寂しさがあった。
日々、生活の中で僕らはいくつもの出会いと別れを繰り返す。別れに慣れるなんて事はなく、多くの別れはむしろ寂しさを生む一方なんだな。
キウはふとそんな事をイマエダおじいちゃんの瞳から感じ取った。
何気ない朝が来て、何気ない朝が終りを迎える。
ここは自分が想像し作った世界ではない。でもきっと誰かが想像し作った世界なのだろう。
人の意思やもっと単純な欲求によって、何気ないチャレンジによって、必要な物や便利な物、良い物が残った世界なのだろう。世の中はそういった当り前の追求によって作られ、発展してゆく。
人はそういった意思を持って、どんな辺ぴな場所であっても文明を築いていく。
キウはそんな辺ぴな世界でまた新しい毎日を送る事になるようだ。
役人に連れられて、どこでどう生きるのか、今は想像もつかないが、どこかでどうにか生きる事になりそうである。
未来をキウは想像する事ができない。
ここはキウの想像によって創られた世界ではないのだから仕方がない。
だから人生はおもしろいかな?
キウはそう思い、小さな笑みを浮かべていた。
未知なる明日へと続く。
ずっと西にある島 3.在侭
日本語は、キウの頭の中だけで回っている。
島人は別の言葉で頭を働かせ、別の言葉で今日の活動予定を考えている。
そんな事をキウはふと感じる。
でも、いずれは僕も島の人と同じになるだろう。日本語を忘れ、この国の人の言葉で生きる事になるだろう。
さして意識もしていなかったが、日本語が愛おしく思える。
一つ一つの日本語が消えていってしまう事が寂しい。
あんなに面倒で、覚えきれない沢山の言葉がある日本語、
一時期は世界の言葉なんて英語に統一してしまえばいいとも思った事もあった。
でも今は日本語が懐かしい。今でも日本語しか喋れないけど、失っていくかと思うととても悲しい。
僕は日本に生まれた日本語を話す日本人なのだと感じる。
当り前の事だけど、その事が僕にとって、とても大切な事なのだとここに来て初めて感じられる。
うまくは言えないけど、それがとても大切な事なんだ。
『ずっと西にある島』でのキウの生活が始まっている。
キウは少しずつこの島の様々な事を知り始める。
島には無駄な物がない。それはまるで擬似世界のようなものだ。
たとえば演劇の舞台上のような場所と考えればわかりやすい。
ドラマや映画にはエキストラがいるが、舞台の上には役者しかいない。。
島人は与えられた役を演じている役者のようなものである。自分が何者なのかはっきりしない人はいない。みんな何らかの役を持っていて、何らかの繋がりを持っている。
風景もまた演劇のようだ。
ドラマや映画なら雑多な街並みを映したり、どうでもいい小道具をたくさん置いたりするが、舞台の上には必要な大道具・小道具しか置かれていない。
この島にはそういった物しかない。必要な物だけが置かれている。
もちろん、ここは現実の世界だ。だから風は吹くし、太陽は輝く。夜にもなるし、夜になれば家々には明かりが灯る。小さな裸電球程度の明かりしかないが。
よくよく日々を過ごすと、キウはこの世界の方が遥かに現実的な世界のようだと感じるようになる。
映像も音楽もない世界は目に映る現実の風景しか映さない。
ただキウの目に映るものだけがキウにとっての現実となる。誰も演じるものはいないし、誰も感情を歌に込めて残すような真似はしない。歌を歌う人はいたが、テレビやCDはない。
キウの目に映るものとキウが誰かから聞いた話だけが現実である。キウの知る物はそこからしか入ってこない。
聞いた話に聞き違えがあったり、見た物を見間違えたりしなければ、非現実的な話を聞いたり、光景を目にする事はない。
情報はとても身近な範囲にしかないから、世界は単純で現実的だ。
テレビ画面もパソコンもない世界は、ありのままの僕をここに置いてくれる。
本当はこれでよかったのかもしれない。
砂浜に寝そべり、キウはそんな事をふと感じていた。
そして、キウは少しずつ器用に島の言葉を覚えてゆく。
朝の挨拶を覚え、物の名前や人の名前を覚えてゆく。
始めは全てを名詞のように覚え、ときにその名詞の変化が動詞である事を理解する。感情的に発していれば形容詞だとわかり、自分も真似て言葉を発する。
大根役者はそうやって少しずつ言葉を感情的に表現し始める。
キウはそうやって、イットコさんの家で毎日を過ごしていった。
時間は日々繰り返され、言葉を少しずつ覚えていった。太陽は何度も昇り、何度も沈んだ。
そういった何気ない日々が幾日も過ぎていった。
ずっと西にある島 2.穏心
地球があって、日本がある。
21世紀になって、様々な情報が飛び交うようになる。
情報が先か、起こった出来事が先か、その順序もわからなくなるくらいのスピードで情報は飛び交い、人はその情報に踊らされている。
科学が進歩して、効率化が求められるようになった。
機械が効率的に動くようになり、人はその効率的な動きの速度についていかなくてはならなくなった。
いい物はより進化を続ける。高価な物は効率化により安く手に入れられるようになり、駄目で歪な物は捨てられるようになった。
人もまた進化を続けなければならない。能力のある人物は社会の中で切磋琢磨され、使えない人間は切り捨てられるようになった。
効率化が求められている。いい物ができる。悪い物は捨てられる。人はそのスピードについてゆかなくては切り捨てられる。
『そうやって、便利で、素晴らしい物が作られてゆく世の中にいる事が果たして幸せな事なのだろうか?』
日本にいた少年の頃の思いであり、漠然としたイメージではあったが、キウはそんな事を思っていた事があった。
『ずっと西にある島』(ただしキウはこの町がどういう場所なのか知らない。島国である事すら本当はわかっていない。だからここでは仮の島の名前)の生活で、キウはそんな事を思い出した。
島の生活は質素なものだが、余裕がある。島人は意味もなく道端で会話をしたり、海辺で寝転んでいたりしている。
キウが世話になっている漁師のイットコさんは暇さえあれば料理をしている。時々どこかへ出かけ、キノコや香辛料を手にして戻ってくる。
生活は沢山の退屈に溢れている。せわしくない。せわしくはないけど、何もない感じでもある。いや、せわしくないから何もないのだろう。
島人は余分な時間を持て余しているからといって、時間を潰すための無駄な追求をしないようだ。
効率的じゃない。質素だ。
でも川には土手があるし、道は砂利道でもしっかり道として成り立っている。島人はたいてい自分の家で仕事をしているから、差して優れた道も要らなかったのだろう。通勤時間もないし、満員電車も渋滞もない。安全に生きられればそれで十分のようだ。
それでも町には秩序がある。道徳心がある。
キウは漁師のイットコさんに助けられて、イットコさんの家で暮らしている。彼らは特に何をしろとも言わない。暇な時間は多いが、そんな時間はいつもイマエダじいさんと浜辺で談笑している。談笑というか、言葉のわからないキウがじいさんの話を一方的に聞いていて、言葉を何となく覚えていくという事をしているというのが正しい表現だ。
町に出れば、島人は「ヤッホー」みたいな挨拶をしてくる(正しくは「ヤァオー」と言っているようだ)。
キウもそれに応える。島人は心穏やかでいい人ばかりだ。
『本当に世の中がそんなにうまく回るはずがない』
キウは一方でそんな疑念を抱く。
世の中のルールはどこかからか乱れる。
うまくやって得をする奴もいれば、うまくいかず損ばかりする奴もいる。うまくいかない人は劣等感を抱き、真面目にやっている事に疲れ、卑劣な行動に移る。うまくいっている人も、人を欺瞞し、優等なふりをしているだけの奴もいる。劣れば、優越を勝ち取ろうと何かを始め、優位に立てば、地位を守ろうと人を蹴落とす行動に走る。
疲れれば、よりゆったり休むための何かを求めるし、退屈になれば、それを満たすためのより楽しい何かを作り出そうとしてゆく。もしくはそういった欲求を誘い、金儲けをしようとする。
人は便利を求めて、便利を作り出すための毎日に追われてゆく。
ストレスを溜め、ストレスを発散し、欲求を満たすための果てしない自己満足の追求に走り出す。
それがキウの感じてきた世の中だ。人はそんなに素直じゃない。いつだって欲求を満たしたくて、優越に立ちたくて、楽をしたくて、わがままに求めている。
島人は進化した人類かのように、もしくは退化した人類かのように、何気ない毎日を送っていられる。どこにも屈折した感情がないかのようだ。
『ずっと西にある島』の島人はキウにそんな印象を与える。今のところではあるが、キウはそんな安心できる島の環境に安らいでいる。
ずっと西にある島 1.生許
舗装されていない砂利道を、馬車が通り過ぎてゆく。
道の両端は、ベニヤ板だけで出来た簡易な家家が立ち並んでいる。
太陽はその向こうに輝き出した。
昔見た夢のような光景だ。もしくは夢なのかもしれない。
時代を飛び越えた過去のような世界が目には映っている。
何気ない光に目が覚めた。自分がどこにいるのか、何を望んでいるのか、その答えが見つからないまま、家の外でぼぅっとしていた。
キウは自分が生きているのか、死んでいるのかもわからなかった。ただ、意識というものはあり、どこかの町の光景を目にしている。それが今まで見たことのない町であることだけは知っている。
太陽は東に沈もうとしていた。西から上った太陽が東へ沈む町。もはやここは現実の世界でないからその不思議さは感じても驚きはしなかった。
でもその事は間違えである。太陽は東から昇って、西へと沈んでいる。ただ太陽は東から北を通って西へ動くから、キウには東に太陽が沈むように見えただけだ。キウもずっと後でその事を理解する事となる。
気だるく、頭が痛かった。15時間くらい寝てしまい、起きた夕暮れ過ぎのように眠い。実際に時はすでに夕刻時だ。その通り、ただ眠り過ぎただけなのかもしれない。口の奥がしょっぱい気がする。胃の中に大量の塩が詰まっているような気分だ。
キウは覚えていた。海に投げ出され、何かに捕まって、眠りに落ちていった事を。でも意識はずっと僅かばかり残っていて、どこかの浜辺がベッドの上のように柔らかく包んでくれたときに意識が完全になくなったという事を、キウはちゃんと覚えていた。
辿り着いたのは、無人島じゃない。人の住む町だ。
"岩崎さんと梅原さんはどこへ行ったのだろう”
キウはその事を気にしてみた。でもその記憶は遠い過去のようにはっきりしない。
靴は履いてはいなかった。ボートの上で船旅をしていた頃から足は裸足だった。だから靴がないのは当然だ。舗装されていない砂利道はとても痛い。足つぼが刺激を受ける。
南を見渡せば浜辺が広がる。コンクリートの堤防もない自然なままの砂浜が広がっている。キウは足の裏が痛くなるのを恐れながら恐る恐る砂利道の上に歩いていった。
砂浜まで着くと、そこにギリシャ神話の神様として出てきそうな髭をもじゃもじゃにし、頭をツルツルしたおじいさんが近寄ってきた。
神様の出迎えかと思ったが、そうではないようだ。おじいさんは聞いた事のない言葉であれやこれやとキウに話しかける。きっと心配してくれているのだろう。そしてその老人は言葉が通じない事を理解し、キウの体が何の問題もない事を確認すると笑顔を浮かべた。
キウは試しに学校で習った英語を話してみた。でも老人は何一つ理解していなかった。老人はよくわからないと言っているようだった。
英語の通じない国に着いた事は確かなようだった。
その老人と伝わらない言葉でジェスチャーをしながらわかったことはキウが漁師に助けられたという事、そしてその老人がキウを助けた漁師の父親であるという事だけだ。夜が更けて、漁師のイットコさんという人が現れて、その事をよりはっきりと理解した。イットコさんも英語はまるで通じない。だからキウにはここがどこなのか、全くわからない。
夜中は小さな電球で暮らす小さな家で、イットコさんとその妻クラさんとおじいさんのイマエダさんで過ごす。
ここがどこなのかわからない。言葉はまるで通じない。
きっとここはどこかの島なのだろう。きっとここは地球の上なのだろう。
さっぱりわからない。さっぱりわからないけど、僕はこの地球上に何とか存在する事を許されたらしい。
雨に沈む町篇 あとがき
「雨に沈む町」は、僕が小説を書き続けるきっかけとなった作品が基となっている。
当時も物語の題名は「雨に沈む町」だった。ただし当時の主人公は、如月葉月の父親である‘優介’と母親である‘如月卯月’の恋愛物語であった。
本作品はそれから二十年くらい後の物語となっている。舞台は2019年である。もし僕が若かりし日に結婚し、子供がいたのなら、2019年には16歳くらいにはなっているだろう。その子が如月葉月である。
もともとは前作の内容を完全にリメイクするつもりであったが、秋の森での揮宇と果実の関係があまりに強かったため、揮宇と如月葉月の恋愛物語には到らなかった。というわけで、本作は如月葉月の片思いといった感じにさせていただいた。
物語の後半では、如月葉月の父親をもう少し、『子に何かを伝える親』として登場させたかったのだが、実際はただのお父さんになってしまった。
物語としてもまた、「秋の森」から「ずっと西にある島」へ繋ぐ間的な役割となっていて、作りとしてはあまりパッとしない物語になってしまった気がする。
そんな中で、この物語の中で顕著になっていったテーマは、『自由と束縛』であったような気がする。「雨に沈む町」は何かによって保護され、比較的苦労のない生活を与えられる。公務員のような感じ?(公務員ではないのであくまでイメージだが)である。
この物語を書いているうちに、僕は大学を卒業する事を思い描くようになった。僕は大学を卒業するときに、平凡なサラリーマンになりありきたりの毎日を送るくらいなら、どうなろうと見えない未来へ進みたいと思った。そして実際に僕は就職活動もせず、友人の誘いで、ヨーロッパを3ヶ月ほど放浪した。自分の人生を振り返ってみると大きな出来事であった。その結果、僕は荒れ狂う船の上に乗っているような安定感のない生活を送ってしまっているわけだが、これはこれでまあいいかと思っている。
ちなみに、ちょっとだけ自己紹介すると、筆者こころもりょうち(ペンネーム)は、32歳独身、中小企業サラリーマンである。人生は、小説家になりたかったためか、ありきたりの人生を嫌ったためか、わき道に反れ、今に到っている。
人生安定した生活を送りたいなら、「雨に沈む町」でずっと暮らせばいい。もしくは最愛の相手がいて、日々何気ない幸せを感じているのなら、「雨に沈む町」に暮らすべきだろう。
でも、揮宇のようにその生活に満足しないのなら、思い切って人生のわき道に反れて旅立つ事もありだろう。少なくとも僕は旅に出た事に後悔は感じていない。もし人生のありきたりから反れる事を恐れている人がいるのなら、ぜひ一度反れる事をお勧めする。
君が反れたいと思った以上君は反れるべき人間なのだ。
それが絶対正しい答えとは言えないが、僕は反れる事をお勧めしたい。そうする事で自分に納得いく人生が送れるようになるだろう。
僕はその後、人生の自由を得て暮らしている。たとえば今の先、仕事も暮らす場所も変更が効くだろう。それは一度反れた経験があるかるから自由に選べる気がする。ただ今はこうして小説を書いていたいため、若干現状に守り気味なって暮らしているが、きっといつでも自由になれる準備はできていると思う。
おかげで、いまだ独身のこんな生活を続ける結果とはなっているが、、、
さて、とにもかくにも、「雨に沈む町」では、「不安定な自由がいいか、安定している束縛がいいか」そこに揺れ動く主人公を描く形となった。結果としては、僕の好きな方で、自由を選ばさせてもらった。
「秋の森」のあとがきでも述べたが、感じ方は人それぞれである。本物語を自由に感じてほしいし、自由を選んだ主人公が誤った人生だなと感じていただくのも一理である。
「秋の森」に引き続き、本章もまた安定と不安定、また現代と現代とは違う世界を描いてみた。「秋の森」ほど異世界ではないが、現実に近い感じで異世界を描けたとは思う。読んでいた方には、そんな異世界を楽しんでいただけたら幸いに思います。
物語は次章「ずっと西にある島」へと続きます。より一層わけのわからない世界を描いてしまおうと思いますので、ついていけない方には申し訳ありません。適当にさらっと見て見てください。身勝手にわけのわからない世界を描かせていただきますのでご了承ください。