☆メルちゃんつぶやき日記/「正義」って何?(つづきひろこ)☆


「正義」って何だろうね?

多数派が本当に「正義」なの?


先行きが不透明で混沌とした時代。

難しい時代に生きていることだけは確かだね。

経済も大切だよね。


ただ、本当にそれだけでいいの?

もっと大切なことがありはしないだろうか?

日本はこの先どこへ向かうというのだろう…


全てはバランス。

単純な話ではないよね。


現象にとらわれ、策士の言葉にふりまわされるばかりでは、

なかなか「本質」は見えてきそうにないよね。


「大切なことはね、目に見えないんだよ…心でさがさないとね」

「星の王子様」が、そういってたよ。







☆旅メルお出かけ日記/参議院選挙と二宮金次郎(つづきひろこ)☆


今朝は選挙の投票に地元の小学校へ…


投票後、校門脇の二宮尊徳さんと記念撮影。


「暑い中、相変わらず勤勉ですね…
熱中症にはくれぐれも気をつけて下さいな


金次郎さんは、昔はどこの小学校にもいたものですが、
ただ、最近では珍しいようですよ。


私の母校は、既に創立140年を超えています。

ですから、そりゃあ大きくて立派な金次郎さんがいましたよ。

よく金次郎さんの銅像のお掃除をさせられたなぁ…

朝礼時に、校長先生の話にも出てきたな…


金次郎さんといえば、こんな言葉を残されています。


「大事を成さんと欲する者は、まず小事を務むべし~」


最近は、初心を忘れ謙虚さを欠き、私利私欲に走り、
世間の信用を失う政治家や倫理観の欠如が招いた事件が
目立ちますよね。


社会変革や世界平和を願うなら、台所感覚を無視しては成し得ず、

まずは、自分の周辺に目を配り、自分の行いを正すことから始めろ!


ということになるのかしらね…


「身近な人との関係はどうか…」

「自分は他人に対して誠実かどうか…」

「家族やパートナーを大切にしているか…」


とかく、人は物事の成果や問題の責任を外側に求めがちですよね。

でも本当は、自分の内側にこそ目を向ける必要がありそうですね。



☆旅メルお出かけ日記/今日は七夕(つづきひろこ)☆


今日は七夕ですね。


近所のショッピングモール…

買い物客の多くが、立ち止まっては、お願い事をしたためていきます。


合格祈願、縁結び、健康、仕事に関するお願いが多いのね…


「アンパンマンになりたい!」「ジェダイになりたい!」


面白いお願いね。「アンパンマン」に「スターウォーズ」~私も大好き


「嵐のチケットが~」

ジャニーズもやっぱ人気があるのね…


せっかくなので、私も短冊に願い事を書いてぶらせげてみました~


「のんき、お気楽が1番!おいしい物をたらふく食べ、毎日楽しく…」


みなさんはお願い事はお済みですか??



☆「ひつじ良縁党」から立候補しました
(良縁カウンセラー:つづきひろこ)☆


ひつじ惑星では、お互いをよく理解するために、日頃から、ひつじ同士の丁寧な対話を大事にしています。


人間社会が抱える様々な問題(仕事、お金、恋愛沙汰、家庭内不和など)の多くも、その背景には「人」と「人」が絡んでいますね。


なぜ、人はぶつかり、すれ違い、わかりあえないのでしょうか?


人は…

人に裏切られ…
人に傷つけられ…
人にうんざりし…


一方では…

人に助けられ…
人に癒やされ…
人に救われ…


そして、気づくのです。


「人とは、つくづく、『ひとり』では生きてはいけない…」

ということを…


「ひつじ良縁党」は、身近なご縁を大切にし、ご縁を育むことから明るい社会の実現を目指します。






☆旅メルお出かけ日記/トウモロコシの季節(つづきひろこ)☆


今日の午後は、旦那さんとスーパーまでお買い物へ…


トウモロコシがおいしそうに並んでいました。


「今年もすっかりそんな季節ね~これからどんどん暑くなるなぁ~」


先日、大学時代の友人からトウモロコシが送られてきたので、

早速、旦那さんと仲良くいただくことにしました。


「甘くておいしいね…」


「し・あ・わ・せ…」


ダンボール一杯に詰まったトウモロコシ…


実家の両親にもおすそわけ…


トウモロコシ大好きな父は大喜びでした。


「送り主の優しい気遣いがなにより嬉しいね…」


気持ちが温まるひと時でした。




☆旅メルお出かけ日記/なぜ分かり合えない男と女

(良縁カウンセラー:つづきひろこ)☆


昨日は友人と恵比寿でランチ… 


友人のサリーちゃんは、ルピシア認定「世界のお茶マイスター」さん…


9月に、お茶とサックスの音楽コラボディナーイベントを開催予定とか…


「す・て・き


ランチの後は、偶然見つけたクラシック・カフェでまたおしゃべり…


BGMにジャズが流れるアンティークな雰囲気にうっとりしながら、なぜか話は婚活ネタへ…


婚活支援をされている彼女の知人が、会員さんを集め男女混成の「ぶっちゃけトーク」を行ったところ、大盛況だったとか…


私も、男女問わず話につきあう機会が多いのですが、たしかに、男女の結婚観には温度差がかなりありますね…


どちらの考えにも、「なるほど」一理あり… 


このまま、互いの言い分をぶつけ、互いの短所を批判しあうだけなら、いつまでたってもすれ違うばかり…


「本当にそれでいいの??」

「本当は男性も女性も仲良くしたいだけなのにね…」

「男と女の本音トーク」

いずれ私も企画してみようかしら…































先に取り上げましたが、「民」という言葉の元の意味は「奴隷」、「レディファースト」は「女性は生贄」というように、古来から民衆達は、時の権力者にとって都合のいいように、宗教や政治の力を利用して主体的な思考を削ぐように操られてきたわけです。


現代でも、民主主義、資本主義という名の元に操られてきているわけでこの構図は変わりません。

男の女の「営み」にしても、歪められたものだそうです。


「営み」というのは、種族保存のための「本能」というのが、一般的な捉え方ですが、実は元々は違うものだとすれば、意外…

詳しくは、夏目祭子さん著の「知られざる最強の創造エネルギーなぜ性の真実『セクシャルパワー』は封印され続けるのか」に書かれていますが、この本を読むと、「性」に対するイメージが全く変わってしまうかもしれません。


太古の時代の捉え方では「性」はまさしく「聖なるもの」であったそうです。

日本神話にも書かれていますが、この世界の全ては男性エネルギーと女性エネルギーの融合によって創造されてきたといいます。


しかし、時の権力者が民衆を支配するのに都合がいいように宗教を利用して「性」を恥ずかしいものに、そして罪悪感を感じさせるようなものに刷り込ませたといいます。

例えば、イヴがアダムをそそのかして肉欲の道へ引きずり込んだから、人類はエデンの園から追放された、だから君たち人類は生まれながらに「原罪」を背負っているのだ説き聞かせる、旧約聖書の「創世記」の話も、性は汚らわしいものという刷り込み(洗脳)の一つです。


また、現代では、マスメディアを利用して性が軽いものであるかのようなプロパガンダが行われています。

数百年戦乱のなかった古代マヤ文明では性に関する教育者がいて、その人は神職のような存在だったと言われています。


古代マヤでは、人間の性欲は元々は本能ではなく、実は「社会的に学習された意志的なもの」であって、文化の中で教育によって育んでいくものだったそうです。(狼の中で育った子は性欲がなかったそうです。)「生殖自体」が目的ではなく、一生かけて「精神性を高める」ための性教育が行われてきました。

なぜ、性意識を汚らわしいものに変える必要があったかというと意識次元が高く、権力者に支配されないような自由を獲得し、自分で主体的に考える自立した人が増えると、時の権力者に都合が悪いからだそうです。


本来の男女の営みは、「全身全霊で、男性エネルギーと女性エネルギーが融合する宇宙自然のエネルギーとひとつになるもの」なんて実に奥深い、スピリチュアルなものなのですね。



参考 「性」に対するヘンタイイメージを払拭する女性エネルギーと男性エネルギーの融合のお話


参考 なぜ性の真実『セクシャルパワー」は封印されつづけるのか(1)


参考 なぜ性の真実『セクシャルパワー」は封印されつづけるのか(2)



















































一般に「レディファースト」といえば、「女性優先」、「女性をエスコートする紳士的な男性」というイメージが強いと思います。

女性にとっては「優位」です。


しかし、「レディファースト」の由来には実は大きな落とし穴があるそうです。今の風習とは全く逆の使い方だったのです。

中世のヨーロッパは、土地や財産、女性の奪い合いなどの憎しみや陰謀などが横行する時代でした。人を殺し、奪い去ることや暗殺を企てられる等、様々な事件が日常茶飯事でした。そのため、男性には常に危険が生じ、誰かに狙われていないか?と確認しながらの生活が続いたそうです。

そこで、男性は自分の身に忍び寄る危険を察知し、自分が犠牲になるのを回避するために女性を利用しました。これが「レディーファースト」の始まりです。

例えば、侵入者からの略奪や暗殺をを防ぐために、ドアを開け先に女性に入らせました。万が一侵入者が居れば女性が刺され、主は助かる…

また、食べ物に毒物を混入させ暗殺する方法の場合、まずは女性に先に食べさせ毒が入っていないかを確認しました。女性は毒見の役割を担っていました。女性が食べ始めてから問題がなければ主が手をつけるというわけです。

恐ろしいことに、元々の「レディファースト」では女性は生贄だったのですね…

逆に、日本では男が先に出ていって男性が女性を守るというのが風習でした。

『日本の女性は男性から3歩下がってついていく』

と言われますが、「3歩下がって…」の意味は、男性が女性を「守る」という強い意志を持って込められた言葉だったのです。

いざ何かあった時に、自分が敵に対峙する間に後ろに逃げろという意味で、女性の特徴を表す言葉ではなく、男性から大切にされている事を表している言葉なのです。

これこそ、まさしく「男気」ですね。

西洋では、男性は紳士的、日本等のアジアでは男尊女卑的傾向が強いというイメージを持っている人が多いと思いますが、歴史的にみれば、実はその逆であったということのようです。

「レディファースト」も「3歩下がって」も、時代が変わって元の意味とは逆になっているとは皮肉なものです。


参考 レディファーストの本当の意味が恐ろしかった~これでもレディファーストを望みますか?





人間が向上していく上で大きなブロックとなるフレーズがあります。



それは、

「私はそれを知っている」

「(そういうことは)あり得ない」

人と話していたり、セミナーや授業を受けていて、中にはそれは知ってるとか、聞いたことがあるという事が当然ながらあると思います。

しかし、そう思ってしまった瞬間、自分の頭には何も入らなくなってしまいます。

なぜなのか?

それは、人間の脳はこれまでの経験や見聞きしてきたことを固定化したパターン(固定概念)にし、それに当てはめて考えようとし、自分を正当化しようとする働きになっているからです。

そうすると、聞く話に対してすべて固定概念に当てはめようとするので、新しいことをなかなか吸収できない頭になってしまいます。

「自分は何も知らない」という事を自覚すれば、そこから探究心が生まれ、頭をスポンジのようにしてすべてを吸収する勢いで学ぶことができます。

ところが、「自分は何も知らない」という事を知るということは、「自分は無知な人間」という事を認めることなので、プライドのある人にはなかなか受け入れ難いこと…

人は他人より優位に立ちたがる生き物なので、見栄を張り、知りもしない事をさも知ってるかのように「知ったかぶり」をします。

しかし、「知ったかぶり」の時点で人間としての成長はストップ。

その場は凌げるかもしれませんが、所詮は付け焼刃。深く考え得た知識ではないので、新しい発展にはつながりません。

よく最近の若い人にも「そんなことはあり得ない!」と言う人がいますが、思い込みもいいところ。「あり得ないこと」が起きるからこそ、人類の発展があるわけです。

大事なのは、自分の固定概念にあてはまらないことに遭遇したら、「なぜそうなのか」を具体的に考えることです。

まずは自分と素直に向き合って、今の自分の世界(価値観・固定概念)を絶対化せず、自分の知らない事を知ってる人の話を謙虚に、素直に聞くこと、そして知ること。

その上で、その現象・出来事をそのまま自分自身の固定概念で「都合よく解釈」せず、なぜ、どうしてそうなのかを「具体的に」考えることです。

例えば、ある人の友人がガン宣告されて、余命が告げられたという話を聞いたとして、「人間はいずれ病気になって寿命があるのだな、今を精一杯楽しまなきゃな…」と考えたとします。

今を楽しまないといけないと思い込んで、借金をして高級車を買ったり、ステーキやウナギ等ご馳走を食べまくったり、あちらこちら旅行したり等して、楽しむこと自体が浪費することだとしたら、どうも自分に都合よく解釈しているように思えます。

そこで、「なぜなのか」と考える人なら、ガンになってしまうことは大変だ、どうしたらガンにならないように、病気にならないように、長生きできるように健康を維持できるのか、と考えてそれを実践するでしょう。

まずは、「自分は何も知らない」=「無知の知」を知って、それを受け入れることから固定概念を崩して「自分が変わる」ためのスタートになるようですので、意識していきたいものです。

参考 「無知の知」から学ぶ、しょっぼい自分の在り方




私が大事にしているマインドセットに「すべては自分の責任」というものがあります。


人生が思いどおりにいかないとき、私たちはついつい自分以外のものを責めたくなります。

「こんなふうになったのは他人や環境のせいだ」と思いたくなるのが人情。

しかし、自分には責任がないと思い込むと自分が被害者のように感じ、ますます他人や環境のせいにしてしまいます。

自分の問題が自分の決定によるものであることを認めることは大変ですが、それを認めないかぎり、この先もずっと他力本願的な生き方が続くので、不満だらけの人生になってしまうでしょう。

大抵の場合、自分の身に起こることは、自分が行ったことの結果。

「意識的に」自分の人生は自分で責任を持つということを自覚した方が自分で将来を切り開くことのできる発想や行動ができるのではないかと思います。

『他人のせいにすると“不満”になる。自分の責任にすると“出番”となる』

という自分で責任を負ってこそ、自分本来の力が試されるという主旨の言葉があります。

困った状況、苦しい時に、他人や環境のせいにして言い訳するのは簡単です。

しかし、自分の責任と捉えたとき、「覚悟」が決まり、「言い訳」が無くなって、出来る方法を探そうと努力します。

他人のせいにするか、すべて自分の責任と考えるかで人生を豊かに生きられるかどうか雲泥の差があると思います。

7つの習慣」で説かれている主体的な生き方→他者理解→相互依存(協力)関係へのプロセスは人格の進化の過程そのもの。まずは、自分主体で責任を自覚することからがスタートですね。

参考 自分の人生に責任を持つ