人間が向上していく上で大きなブロックとなるフレーズがあります。
それは、
「私はそれを知っている」
「(そういうことは)あり得ない」
人と話していたり、セミナーや授業を受けていて、中にはそれは知ってるとか、聞いたことがあるという事が当然ながらあると思います。
しかし、そう思ってしまった瞬間、自分の頭には何も入らなくなってしまいます。
なぜなのか?
それは、人間の脳はこれまでの経験や見聞きしてきたことを固定化したパターン(固定概念)にし、それに当てはめて考えようとし、自分を正当化しようとする働きになっているからです。
そうすると、聞く話に対してすべて固定概念に当てはめようとするので、新しいことをなかなか吸収できない頭になってしまいます。
「自分は何も知らない」という事を自覚すれば、そこから探究心が生まれ、頭をスポンジのようにしてすべてを吸収する勢いで学ぶことができます。
ところが、「自分は何も知らない」という事を知るということは、「自分は無知な人間」という事を認めることなので、プライドのある人にはなかなか受け入れ難いこと…
人は他人より優位に立ちたがる生き物なので、見栄を張り、知りもしない事をさも知ってるかのように「知ったかぶり」をします。
しかし、「知ったかぶり」の時点で人間としての成長はストップ。
その場は凌げるかもしれませんが、所詮は付け焼刃。深く考え得た知識ではないので、新しい発展にはつながりません。
よく最近の若い人にも「そんなことはあり得ない!」と言う人がいますが、思い込みもいいところ。「あり得ないこと」が起きるからこそ、人類の発展があるわけです。
大事なのは、自分の固定概念にあてはまらないことに遭遇したら、「なぜそうなのか」を具体的に考えることです。
まずは自分と素直に向き合って、今の自分の世界(価値観・固定概念)を絶対化せず、自分の知らない事を知ってる人の話を謙虚に、素直に聞くこと、そして知ること。
その上で、その現象・出来事をそのまま自分自身の固定概念で「都合よく解釈」せず、なぜ、どうしてそうなのかを「具体的に」考えることです。
例えば、ある人の友人がガン宣告されて、余命が告げられたという話を聞いたとして、「人間はいずれ病気になって寿命があるのだな、今を精一杯楽しまなきゃな…」と考えたとします。
今を楽しまないといけないと思い込んで、借金をして高級車を買ったり、ステーキやウナギ等ご馳走を食べまくったり、あちらこちら旅行したり等して、楽しむこと自体が浪費することだとしたら、どうも自分に都合よく解釈しているように思えます。
そこで、「なぜなのか」と考える人なら、ガンになってしまうことは大変だ、どうしたらガンにならないように、病気にならないように、長生きできるように健康を維持できるのか、と考えてそれを実践するでしょう。
まずは、「自分は何も知らない」=「無知の知」を知って、それを受け入れることから固定概念を崩して「自分が変わる」ためのスタートになるようですので、意識していきたいものです。