先に取り上げましたが、「民」という言葉の元の意味は「奴隷」、「レディファースト」は「女性は生贄」というように、古来から民衆達は、時の権力者にとって都合のいいように、宗教や政治の力を利用して主体的な思考を削ぐように操られてきたわけです。


現代でも、民主主義、資本主義という名の元に操られてきているわけでこの構図は変わりません。

男の女の「営み」にしても、歪められたものだそうです。


「営み」というのは、種族保存のための「本能」というのが、一般的な捉え方ですが、実は元々は違うものだとすれば、意外…

詳しくは、夏目祭子さん著の「知られざる最強の創造エネルギーなぜ性の真実『セクシャルパワー』は封印され続けるのか」に書かれていますが、この本を読むと、「性」に対するイメージが全く変わってしまうかもしれません。


太古の時代の捉え方では「性」はまさしく「聖なるもの」であったそうです。

日本神話にも書かれていますが、この世界の全ては男性エネルギーと女性エネルギーの融合によって創造されてきたといいます。


しかし、時の権力者が民衆を支配するのに都合がいいように宗教を利用して「性」を恥ずかしいものに、そして罪悪感を感じさせるようなものに刷り込ませたといいます。

例えば、イヴがアダムをそそのかして肉欲の道へ引きずり込んだから、人類はエデンの園から追放された、だから君たち人類は生まれながらに「原罪」を背負っているのだ説き聞かせる、旧約聖書の「創世記」の話も、性は汚らわしいものという刷り込み(洗脳)の一つです。


また、現代では、マスメディアを利用して性が軽いものであるかのようなプロパガンダが行われています。

数百年戦乱のなかった古代マヤ文明では性に関する教育者がいて、その人は神職のような存在だったと言われています。


古代マヤでは、人間の性欲は元々は本能ではなく、実は「社会的に学習された意志的なもの」であって、文化の中で教育によって育んでいくものだったそうです。(狼の中で育った子は性欲がなかったそうです。)「生殖自体」が目的ではなく、一生かけて「精神性を高める」ための性教育が行われてきました。

なぜ、性意識を汚らわしいものに変える必要があったかというと意識次元が高く、権力者に支配されないような自由を獲得し、自分で主体的に考える自立した人が増えると、時の権力者に都合が悪いからだそうです。


本来の男女の営みは、「全身全霊で、男性エネルギーと女性エネルギーが融合する宇宙自然のエネルギーとひとつになるもの」なんて実に奥深い、スピリチュアルなものなのですね。



参考 「性」に対するヘンタイイメージを払拭する女性エネルギーと男性エネルギーの融合のお話


参考 なぜ性の真実『セクシャルパワー」は封印されつづけるのか(1)


参考 なぜ性の真実『セクシャルパワー」は封印されつづけるのか(2)