卒業式までの1ヶ月はかなりしんどかった

2月みたいに 肝心なイベントデーに体調不良でハラハラ

なんてことはさすがに起きなかったものの

学校も サッカーも すべて息子に任せたテイで

実際は単に厄介事から逃げていただけ

もっと何かやってあげられたかもしれない とか

逆に あんなに口や手を出すべきではなかった とか

次から次へと後悔ネタが襲って来て

でもそれは自分が蒔いた種で 誰も責められないしで

 

教育も下手なら家事も下手な私に

存在意義はあるのか とかまでいった

 

そういう時は

息子が周りからどのように評価されているかを見れば

答えは出るじゃん と自分に言い聞かせたりもしたが

それは本人の蒔いた種が実った成果であって

私のダメさ加減を軽減できるものではないし

 

それでも セレモニーというものは

私は正直 すごく苦手なのだが

儀式的なものっていうのは

そういうものを昇華させてくれるというか

恩師の告別式の時にも感じたように

気持ちの区切りを付けてくれるらしく

 

また 卒業式までのあれこれを経て

少しずつ 癒されていく感はあった

子どもたちが前を向いているのに

私が後ろを向いていたらダメだよね と

 

 

卒業式は 私にとっても 息子にとっても

大きな転換点だったみたいで

まず私は 息子が既に小さな子どもではなく

自分の世界をぐんぐん大きく構築していたことを

まったくもって知らなかった

そして息子は そういう自分が

母親にいくらかでも知られたことで

意識的にも おそらく大半は無意識的に

私に対して拒否反応のようなものを表し始めた気がする

 

これはもう 男の子を持つ女親の宿命であって

しっかり育児本を読んでおけばよかったのかもしれないが

私にとって ショックで凹む というよりは

あぁ そうなのか みたいな 諦めのような

 

にもかかわらず 春休みは衝突しまくって

ついに今日 体調悪いと言われてしまった

 

どうして口に出してしまうのだろう

何も言わずに放っておけばいいのに

 

 

マタイで久しぶりにソロを務めた方の歌声は

本当に素晴らしかった

私の記憶が正しければ 初めて聴いたのは

招聘した海外の歌い手の代役としての

初舞台みたいな時だったと思うけど

今回はもう 本当に素晴らしくて感激した

 

あぁ そうか こうやって

出来るようになったことを

前より上手になったことを

口に出せばいいんだ って

せっかく気付かせてもらったのに

 

 

マタイは 今度こそ って何年も言ってるけど

今年こそ 最後のつもりで臨んだ

まぁ そうは言ってもまた行くんだろうけど

リハーサルの画像から察していたこともあり

 

この団体は 私が知る限りではあるが

本っ当に否定的なコメントが付かなくてスゴイんだけど

今回たまたま ひとつだけ

おぉ という内容のものを見つけて

実はちょっと ほっとしちゃった

 

いやほんとはもっとすごいよね?? が

正直な感想です

 

若マエストロの振り始めの頃に感じたことが

ぶり返した感じ まさかのぶり返し

エッジが立ってないっていうか

まるんとまとまり過ぎっていうか

マエストロだと まず常に緊張感がすごいのと

迫力のあるべき箇所の迫力が全然違う

 

演者の皆様のコメントもポジティヴなものばかりだったから

私の耳や体感がおかしいのかもしれないけど

いやこんなもんじゃないよね?? って

ステージ上にいる方々の方がよっぽど

よくわかることじゃないのかな

 

ただ そうはいっても

おひとりおひとりが全力を尽くしていらっしゃることは

よく理解しているつもりなので

私なりに満喫させていただいたのは確かなのだけど

 

 

だから これが最後かもしれないと思って

一点集中で聴くことが出来たのはとても良かった

未だに きちんと理解していない旋律があったり

何年聴いてんだ 全然まだまだだな って

叱られちゃうかもだけど

 

一点集中で聴いてるからそういう感想になるんだろう

っていう指摘を自分で設定してみるけど

それは違うと思う

 

何回も聴いて それなりに慣れてるからこそ

ビックリなマタイにめぐり会ったりもしたし

 

その方はいつもいつも素晴らしいのだが

今回の「寄り道」があまりに素晴らしくて

マジで感動した これはねぇ 行って良かったよ~(涙)

 

もうひとつのソロ演奏については

さっき書いた歌い手さんの時は

皆さん(私も)自分の息子の成長を見守るような

空気を感じたんだけど この時はね

皆さん「お手並み拝見」な視線で すごかった(笑)

すごい緊張したんじゃないかなぁ(笑)

でもしょうがないよね そういうポジショニングだから

 

 

開演前にチケットセンターに寄ってみたら

予想通り 座席指定が出来て しかも

えっこんな席が!? って席があったもんで

あっさり買ってしまった

手数料ハンターに200円取られたのは悔しかった(笑)

 

少し前 立て続けに公演情報をキャッチ出来たのに

なかなか気持ちが乗らなかった

でも卒業式の後のこの日は

ドイツに行くことを決めた時のように

あれこれ考えず チケットを買う その一択で

買わないという選択肢を消して

こういう動き方が やっぱり私に合ってるのかもしれない

 

もっと近々の自由席のは

日時がかなりキツくてまだ迷ってるけど

これも エイヤっ で買ってしまいたい

 

旧友が住む遠い町の

ちょっと変わった会場での公演にも

思い切って飛んでみれば良かったかな

彼女も絶対に喜んでくれただろうに

もったいないことをしてしまった

 

それでも ロ短調ミサまでの長い空白を

少しずつ色付けられそうで 楽しみです

 

 

卒業する人に対して

卒業しないで欲しい と願うことは

校長先生が語っていたように

その人の成長を止めてしまうことだから

どんなに寂しくても

笑顔で送り出してあげることが

私の務め なんだよね

交通費だけ見ると初台より近そうだけど

赤坂はやっぱり遠いようで

1日挟んでの2公演鑑賞ってのがそもそも大変だったし

間に学校行事が入ったこともあって

疲れた

 

この10公演が完結した頃には

きっと何かが変わっているはず と

だいぶ前に書いた記憶があるけど

確かに ちょうどこのタイミングで

変わるべき物事が変わって来たようで

それが目に見える形で表れて来るようにもなった

 

一番変わらなければいけなかったのは

私自身で その意味では

どうかな

 

 

2日前のモダン楽器のマタイ受難曲を初めて聴いて

楽しみにしていたアリアががっつりカットされてたり

そもそも初っ端のキーもといピッチ? が違って

それって歌う方すごい大変じゃない? と考えて

あちこち気を付けて聴いてみたらおもしろかった

 

といっても指揮者と合唱が「いつメン」なので ←初めて使った

興味津々かつ安心感ある~ という感じ

 

一番勉強になったのは

いつもと違うあれこれを見聞きしながら

「この時代にピリオド楽器で演奏する意義はあるのか」

という以前のライブ配信の質問コーナーのひと幕を思い出し

 

モダン楽器で演奏するマタイ受難曲

もっと言えばバッハの楽曲すべてが

何を目指して演奏されているか が

私なりに腑に落ちた

 

それに答えたイケメンツートップのもう一人の方の

「我々はその方が自由だということを知っている」

という言葉にすごく感銘を受けたのだけど

このことも改めて自分なりによく理解できた

目指すものが違うのだ

 

いつも普通に当たり前に聴いて来たけど

そうではなくて

やっぱりその時その時で大変だし難しいし

そもそもが激しく難しいことをやっているのだと

よくわかった

 

2年間 少し待てばたっぷり聴けたカンタータが

なかなか聴けない というジャンルに変わってしまって

なかなかきついものがある

私にとって カンタータの公演がどれだけ大きいか

今になって痛感してる 遅い

 

 

さいたまは取った

これは取りたい! という明確な理由を持って挑んだら

ちゃんと取れた よかった

 

逆に 高崎は見送った

今そこを押せば取れるところまで行ったけど

やめてしまった

違う曲だったらあっさりポチったかもしれないが

新幹線はともかく

トイレ休憩のドタバタは一度でお腹いっぱい(笑)

 

調布は 良い席が取れたら行く という感じ

 

 

目に見える形といえば

え そんなことある? みたいなことが

昨日は何度かあって 観客席側の話だけど

それについて 自分を責めたり何だりってことは

一応卒業したつもりなので痛手は無いけど

これって 私が見えなくなってるってこと?

ならいいんだけど(笑)

 

昨日の公演は 遠くてもいいから

別の会場で聴きたかった

昨日は遮るものが何も無く快適だったし

サントリーホールの扱いにもさすがに慣れて

特に何がってわけではないけど

今日がちょっとだけうらやましい

 

とりあえず 来月のマタイでここは一段落

とてもおもしろかった

純文学とエンタメの境界線ってどこなんだといつも疑問で

誰かが引っ張ってる境界線で別にいいやって感じだけど

これだけ読みやすい文章でも

ぐぬぬ となったから なるほどだ

 

私も同じことを感じた

社会の歯車の自分って規定も説明もしやすいけど

そうじゃない自分って

そもそもどう存在していいのかわからない

という感覚は確かに持っている

表面への出方はだいぶ違うけど

 

ただ この作品の登場人物のレベルまで

宙ぶらりん という表現が適切かわからないが

そうなってしまうと おそらく私はもう

壊滅的にダメになってしまうからだろう

なんとなく 地盤だけは整備されていて

うまいこと繕ってここまで来たって感じ

 

幸いというか

昔から周りにいろんな属性の人がいたし

途中から備わった強めのキャラのおかげか

この作品のような なんていうか

典型的な言われよう をあまり受けずに来たけど

書かれていたように 直接言って来ないだけで

あれこれ言われてたのかもね いいけど

 

そうじゃない自分 が

どんどんダメになって来てる

家にいる私っていう意味で書いてる でも

家事を担う専業主婦ってのも

立派な社会の歯車だとすれば

どんどんダメになって来てる私って

だれなんだろう

撮影センス無さ過ぎる この場合は

向こう側を水平にして撮るべきだった

加工しようにも画角が足りなくて無理

 

本当はガレットが食べたかったんだけど

ここどれもチーズたっぷりなの知ってるし

かなりお腹いっぱいになるのも知ってるので

前回と同じグリオットチェリーのクレープにした

前回っていつだろう

前回マダムが「私もこれが一番好き!」と言ってくれて

今回それを伝えようかと思ったけど止めてしまった

 

なぜか2人連れのお客さんの近くに座ってしまい

しかも次々に私の近くにお客さんが来る

いつも2人連れでお店に入る私は

こんな風に会話を聞かれているんだと知った

 

独りで渋谷なんて贅沢の極みのはずだけど

どうにも時間を身体をうまく使えない

ここから戻ってLOFT覗いただけでもエライ

 

そうそう 食べた後 ふと思い立って

上階のチョコレート売場に寄ってみたら

欲しかった 買うならこれと決めていた

チョコレートがあったんだよね

もし今これを買ったら

バッタリ遭遇して渡すチャンスが降って来たりするのか!?

といつもの妄想が膨らみかけたけど

ここでお買い物したら 地下のレストラン街で

割引を受けられます という看板が立っていて

ついさっき飲んだコーヒーが無料になるはずだったと

わかった瞬間 買うのを止めてしまった

申し訳ありません(笑)

いや そんなチャンスは無いよという

お告げだったかもしれない

 

これです

先週エスカレーターから見た限りでは

ヒカリエのブースには出てなかったはず

なので 売ってるじゃん! とときめいたけど

贈答用でしか買う選択肢は無かったから

 

気になってたお稲荷さんを初めて帰って帰ったら

とても美味しかった

甘過ぎず とても好みの味 また買おう

限定デザインのクリームパンは

本日中の消費で 帰ったらまだ寝てるし

しょうがない自分で食べるかと思ったけど

お腹空いたと起きて来て

半分食べて おいしいと気に入ってくれた

残り食べたけど 確かになかなかおいしかった

通常デザインのはまだ買えるからまた買おうかな

そっか 一応チョコ食べてもらったってことか

 

さっきのクレープ

どっちかがチョコレートのアイスだと

フォレノワールみたいになって最高なんだけど

次に行った時にお願いしてみようかな

フォレノワールみたいにしたいという気持ちは

マダムはわかってくれるはず ただ

フランスの方々が 決まったメニューを崩すことを

許容してくれるか否かは全くの未知数

 

この日セットしてもらったスタイルが一番好きだ

例えば肝心な日にスタイリングだけしてもらう

みたいなことが出来そうにないのが残念

「サド侯爵夫人」「黒蜥蜴」「アラビアンナイト」

と読んだけど うまくはまらなかったというか

 

「サド侯爵夫人」は 大事なことを探る前に

あまり好みに合わない内容だったもんで

 

「黒蜥蜴」は元ネタを読んでないのと

後半は あぁこういうことが言いたいのか

というのが見え隠れはしたんだけど

変装とか替え玉とかは

シャーロック・ホームズで満足というか

替え玉を死なせちゃうのもどうかと思ったし

 

昨日今日で読んだ

「わが友ヒットラー」は

先にウィキペディアを見ておけば

もっとよくわかったはずなんだけど

って私がそんなこと言っちゃダメだよね(汗)

でも興味深く読んだ あと構成的に

「サド侯爵夫人」と対になってるとかで

一緒に文庫本に収められてるのかな

説明されればなるほどって感じだけど

圧倒的に「わが友」の方が好きだった

 

でもって

「朱雀家の滅亡」は

とてもおもしろかった!!!

おもしろがって良い内容ではないかもだが

こういう時代背景と人物設定に

非常に興味をそそられるのは

なぜなんだろう

作品全体の凝った構成も素敵だなと思う