料理はもちろん掃除が壊滅的にダメな私

とても興味深く読ませていただいた

おもしろく と書くのはためらわれる内容なので

 

どの登場人物も魅力的ですごく良かったのだが

亡くなった人を中心に据えての人間模様というのは

やっぱり苦手だなと改めて感じた

この作品においてはむやみにいなくしてるわけじゃないので

不快ではないけど

この喪失感のほんまもんのところを

自分はまだ経験していないと痛感させられるのと

そうであっても こういう物語は読むのがしんどい

 

これを『世界99』より先に書いているんだけど

本屋大賞方面の作品って 読むことが

空いている空間を埋めていく作業で

どんどん充足されていく感じ

これはこれで 楽しい読書体験ではある

 

それでもやっぱり私は

逆の体験を得られる方を

読書と呼びたい

 

4/24 13:33

色彩の組み合わせが最高に素敵な装丁や

村田さんのかわいらしい雰囲気に反して

もうね 大変だったよ

上巻に関しては 滅多斬りにされ続けてる感じで

しおりを挟んで現実に戻るたび(それを現実と言うならば)

●まみれで あぁぁぁ~ うぅぅぅ~ と呻いた(笑)

 

上巻は私が避けている痛々しいトピックが満載で

途中で止めちゃう人けっこういるんじゃないかと思った

私は基本 とにかく最後まで読み切ることにしてるので

なんとか踏ん張った

下巻は下巻でなかなかな斬られ具合だったが持ち堪えた
 

読み終えて数日経った今は

もっかい読んでみようかな まで立ち直っているけど

読み終えた日とその翌日くらいまでは

もう二度と読めないと思ってた(笑)

 

『コンビニ人間』と

ここに記録してないけど『信仰』を読んでいてよかった

まったくの初見だったら もっとボロボロだっただろう


村田さんの作品の「自分がない」は

それすごいわかる~! とまではいかないが

これまでに思うところが多々あったテーマで

だから滅多斬りにされてる感じがするのだと思う

 

意見がない 感情がない というのは

自分は違うかなと感じたけど

行動に関しては なるほどと思ってしまう箇所が多々あった

周りの人間をトレースしないとそこで生きていけない

というのも 転校を経験しているからよく理解できる

 

実質的には皆●まみれになって無理っぽいけど(笑)

こういう作品こそゼミで討論したかったと密かに思った

正規?の学生になった場所では

「今」の作品は学問の対象にならなかったし

私個人の嗜好としても 少し前の時代の作家の方が

その当時は興味があったし 今もそうだけど

 

「今」でなく 少し前の時代の作家の作品が好きって結局

「今」から逃げてる証拠かもしれないと最近思う

 

そうだね 私が立ち向かうべき作品かもしれない

 

 

 

仮に「本当の自分」というものがあるとして

今までずっと

家にいる時のだらしなくてイライラガミガミなのが

本当の私だと思って来たけど

最近 ひょっとして逆なんじゃないかって

コンサートホールで行儀よく座ってる私の方が

本当の私で 少なくとも

本当の私だと思う「べき」なんじゃないかって

これを突き通せば きっと何か変わるはずなのに

 

4/24 14:30

もうとっても楽しかった

私も以前から

イケメンツートップがダイレクトに絡む公演ってないよね

なんかあんのかな? と不思議に思ってたんだけど

事実 昨日が初めての だったようで

その貴重な公演を聴くことが出来て大変光栄でした

 

このような公演は敢えて予習をせず

音楽との出会いを楽しむことにしてるんだけど

よく知っている曲を演奏している時より

いや 比べてどうってわけではないのだけど

とっても楽しそうだなと感じた

自由度が高いから当たり前っちゃ当たり前だし

いつも楽しいよと言われればそれまでなんだけど

 

こういう姿を見たかった

みたいなことを思った

 

 

初めての会場かつ自由席というのは

やっぱりまだ無意識レベルでプレッシャーがかかるらしく

久しぶりにお腹が痛くなって焦ったけど

着くまでに治る! と信じて電車に乗ったら治ったし

おにぎり食べる場所あるか心配だったけど

着いたらサンドイッチ食べてる女性がいて

ご相伴?させていただけたし

何より よくまぁこんなイイとこ引き当てるよね

と我ながら感心したほど素晴らしい席に座れたしで

 

ああなったらどうしよう

こう出来なかったらどうしよう みたいなのは

もう徹底的に 意識的に封印していかないとね

帰りの電車もさ

がんばって走ったのにタッチの差で乗れなくて

都営分無駄に払っちゃった~メトロに乗れば良かった~

と気分サイアクでホームで2本やり過ごして

なんかアホクサ と気分を変えて

立ったまま(汗)残してたおにぎり食べて

やっと乗り込んだら

奇跡的に席が空いてて座れた

そうか この電車に乗ることが決まってたんだな

まだまだ修行が足りませんな

 

時間を戻して

小さな会場の開演前と休憩中の

居心地の悪さをなかなか克服できない

実際「知り合いばっかりですね~」なんて聞こえたし

私みたいな

チケットサイトで手数料ハンターに狩られながらも

単騎乗り込んで来る輩っていったいどれくらいいるんだろう

数えたらそこそこいるのかもだけど

 

会場の埋まり具合って 舞台上の方々にとって

一体どれくらいのものなのか 私には知りようがない

ぎっしり埋まってるけどけっこう寝てる()より

バッキバキでガッツリ聴いてる人ばかりの方が良さそうだが

 

私の力で もうちょっと埋められないかなぁ

なんて考えていた

ここで 私にはカネもコネもナイからムリ

とか考えない 考えてはいけない もとい

私の力で もっとビッチリ埋めてやる!!

 

 

いつもの土曜日をサボって自宅待機の今日

洗濯祭の2回戦に入ろうとした時

ちょうどHDDが動き出してくれたもんで

本放送をそのまま観たんだけど

いやもうなにこれ豪華過ぎ!!!

 

私にはこの手の情報は入って来ないらしくて

会場は人いっぱいでホントうらやましかったのだが

昨日の今日の私にとっては

超豪華なサプライズプレゼントだった

あと キラキラツートップの並びを拝むのも

ちょっと久しぶりだったのでとても嬉しかった

 

キラキラツートップといえば 昨日

すぐ近くにお兄さんによく似た方がいたんだけど

ただ似てるだけの人だったかもしれない

ってあんなに似てる人があの場所に来る?(汗)

卒業式までの1ヶ月はかなりしんどかった

2月みたいに 肝心なイベントデーに体調不良でハラハラ

なんてことはさすがに起きなかったものの

学校も サッカーも すべて息子に任せたテイで

実際は単に厄介事から逃げていただけ

もっと何かやってあげられたかもしれない とか

逆に あんなに口や手を出すべきではなかった とか

次から次へと後悔ネタが襲って来て

でもそれは自分が蒔いた種で 誰も責められないしで

 

教育も下手なら家事も下手な私に

存在意義はあるのか とかまでいった

 

そういう時は

息子が周りからどのように評価されているかを見れば

答えは出るじゃん と自分に言い聞かせたりもしたが

それは本人の蒔いた種が実った成果であって

私のダメさ加減を軽減できるものではないし

 

それでも セレモニーというものは

私は正直 すごく苦手なのだが

儀式的なものっていうのは

そういうものを昇華させてくれるというか

恩師の告別式の時にも感じたように

気持ちの区切りを付けてくれるらしく

 

また 卒業式までのあれこれを経て

少しずつ 癒されていく感はあった

子どもたちが前を向いているのに

私が後ろを向いていたらダメだよね と

 

 

卒業式は 私にとっても 息子にとっても

大きな転換点だったみたいで

まず私は 息子が既に小さな子どもではなく

自分の世界をぐんぐん大きく構築していたことを

まったくもって知らなかった

そして息子は そういう自分が

母親にいくらかでも知られたことで

意識的にも おそらく大半は無意識的に

私に対して拒否反応のようなものを表し始めた気がする

 

これはもう 男の子を持つ女親の宿命であって

しっかり育児本を読んでおけばよかったのかもしれないが

私にとって ショックで凹む というよりは

あぁ そうなのか みたいな 諦めのような

 

にもかかわらず 春休みは衝突しまくって

ついに今日 体調悪いと言われてしまった

 

どうして口に出してしまうのだろう

何も言わずに放っておけばいいのに

 

 

マタイで久しぶりにソロを務めた方の歌声は

本当に素晴らしかった

私の記憶が正しければ 初めて聴いたのは

招聘した海外の歌い手の代役としての

初舞台みたいな時だったと思うけど

今回はもう 本当に素晴らしくて感激した

 

あぁ そうか こうやって

出来るようになったことを

前より上手になったことを

口に出せばいいんだ って

せっかく気付かせてもらったのに

 

 

マタイは 今度こそ って何年も言ってるけど

今年こそ 最後のつもりで臨んだ

まぁ そうは言ってもまた行くんだろうけど

リハーサルの画像から察していたこともあり

 

この団体は 私が知る限りではあるが

本っ当に否定的なコメントが付かなくてスゴイんだけど

今回たまたま ひとつだけ

おぉ という内容のものを見つけて

実はちょっと ほっとしちゃった

 

いやほんとはもっとすごいよね?? が

正直な感想です

 

若マエストロの振り始めの頃に感じたことが

ぶり返した感じ まさかのぶり返し

エッジが立ってないっていうか

まるんとまとまり過ぎっていうか

マエストロだと まず常に緊張感がすごいのと

迫力のあるべき箇所の迫力が全然違う

 

演者の皆様のコメントもポジティヴなものばかりだったから

私の耳や体感がおかしいのかもしれないけど

いやこんなもんじゃないよね?? って

ステージ上にいる方々の方がよっぽど

よくわかることじゃないのかな

 

ただ そうはいっても

おひとりおひとりが全力を尽くしていらっしゃることは

よく理解しているつもりなので

私なりに満喫させていただいたのは確かなのだけど

 

 

だから これが最後かもしれないと思って

一点集中で聴くことが出来たのはとても良かった

未だに きちんと理解していない旋律があったり

何年聴いてんだ 全然まだまだだな って

叱られちゃうかもだけど

 

一点集中で聴いてるからそういう感想になるんだろう

っていう指摘を自分で設定してみるけど

それは違うと思う

 

何回も聴いて それなりに慣れてるからこそ

ビックリなマタイにめぐり会ったりもしたし

 

その方はいつもいつも素晴らしいのだが

今回の「寄り道」があまりに素晴らしくて

マジで感動した これはねぇ 行って良かったよ~(涙)

 

もうひとつのソロ演奏については

さっき書いた歌い手さんの時は

皆さん(私も)自分の息子の成長を見守るような

空気を感じたんだけど この時はね

皆さん「お手並み拝見」な視線で すごかった(笑)

すごい緊張したんじゃないかなぁ(笑)

でもしょうがないよね そういうポジショニングだから

 

 

開演前にチケットセンターに寄ってみたら

予想通り 座席指定が出来て しかも

えっこんな席が!? って席があったもんで

あっさり買ってしまった

手数料ハンターに200円取られたのは悔しかった(笑)

 

少し前 立て続けに公演情報をキャッチ出来たのに

なかなか気持ちが乗らなかった

でも卒業式の後のこの日は

ドイツに行くことを決めた時のように

あれこれ考えず チケットを買う その一択で

買わないという選択肢を消して

こういう動き方が やっぱり私に合ってるのかもしれない

 

もっと近々の自由席のは

日時がかなりキツくてまだ迷ってるけど

これも エイヤっ で買ってしまいたい

 

旧友が住む遠い町の

ちょっと変わった会場での公演にも

思い切って飛んでみれば良かったかな

彼女も絶対に喜んでくれただろうに

もったいないことをしてしまった

 

それでも ロ短調ミサまでの長い空白を

少しずつ色付けられそうで 楽しみです

 

 

卒業する人に対して

卒業しないで欲しい と願うことは

校長先生が語っていたように

その人の成長を止めてしまうことだから

どんなに寂しくても

笑顔で送り出してあげることが

私の務め なんだよね

交通費だけ見ると初台より近そうだけど

赤坂はやっぱり遠いようで

1日挟んでの2公演鑑賞ってのがそもそも大変だったし

間に学校行事が入ったこともあって

疲れた

 

この10公演が完結した頃には

きっと何かが変わっているはず と

だいぶ前に書いた記憶があるけど

確かに ちょうどこのタイミングで

変わるべき物事が変わって来たようで

それが目に見える形で表れて来るようにもなった

 

一番変わらなければいけなかったのは

私自身で その意味では

どうかな

 

 

2日前のモダン楽器のマタイ受難曲を初めて聴いて

楽しみにしていたアリアががっつりカットされてたり

そもそも初っ端のキーもといピッチ? が違って

それって歌う方すごい大変じゃない? と考えて

あちこち気を付けて聴いてみたらおもしろかった

 

といっても指揮者と合唱が「いつメン」なので ←初めて使った

興味津々かつ安心感ある~ という感じ

 

一番勉強になったのは

いつもと違うあれこれを見聞きしながら

「この時代にピリオド楽器で演奏する意義はあるのか」

という以前のライブ配信の質問コーナーのひと幕を思い出し

 

モダン楽器で演奏するマタイ受難曲

もっと言えばバッハの楽曲すべてが

何を目指して演奏されているか が

私なりに腑に落ちた

 

それに答えたイケメンツートップのもう一人の方の

「我々はその方が自由だということを知っている」

という言葉にすごく感銘を受けたのだけど

このことも改めて自分なりによく理解できた

目指すものが違うのだ

 

いつも普通に当たり前に聴いて来たけど

そうではなくて

やっぱりその時その時で大変だし難しいし

そもそもが激しく難しいことをやっているのだと

よくわかった

 

2年間 少し待てばたっぷり聴けたカンタータが

なかなか聴けない というジャンルに変わってしまって

なかなかきついものがある

私にとって カンタータの公演がどれだけ大きいか

今になって痛感してる 遅い

 

 

さいたまは取った

これは取りたい! という明確な理由を持って挑んだら

ちゃんと取れた よかった

 

逆に 高崎は見送った

今そこを押せば取れるところまで行ったけど

やめてしまった

違う曲だったらあっさりポチったかもしれないが

新幹線はともかく

トイレ休憩のドタバタは一度でお腹いっぱい(笑)

 

調布は 良い席が取れたら行く という感じ

 

 

目に見える形といえば

え そんなことある? みたいなことが

昨日は何度かあって 観客席側の話だけど

それについて 自分を責めたり何だりってことは

一応卒業したつもりなので痛手は無いけど

これって 私が見えなくなってるってこと?

ならいいんだけど(笑)

 

昨日の公演は 遠くてもいいから

別の会場で聴きたかった

昨日は遮るものが何も無く快適だったし

サントリーホールの扱いにもさすがに慣れて

特に何がってわけではないけど

今日がちょっとだけうらやましい

 

とりあえず 来月のマタイでここは一段落