私が買ったのはたぶんオンライン販売の最終日で

その時点では後ろの方がまだけっこう残っていた

それでも迷ってたら真逆の同じ席が埋まっていて

ここも買われちゃうかもしれないと急いで買った

 

行ってみたらすごく見やすい会場で

大きさ(小ささ)もちょうどよくて

どこに座ってもよく見えそうな感じ

そのうちどんどん埋まって来て

最後はほぼ満員だったんじゃないかな

こういう興行ってどれくらい入るのか

わからなかったけど やっぱり大盛況だった

 

わからないので私見でしかないけど

チケットの値段が安過ぎると思った

公的補助とか何とか出てるんだろうし

私が心配することではないのでいいけど

チケットの値段って観客聴衆の在り方に

ちょこちょこ反映されて来る

 

最後の1曲だけでチケットの値段以上の価値があった

全体としても その倍か2.5倍は取っていいと思った

もちろん音楽に値段は付けられない

あくまでチケット代の話

 

普段はだいたい「団体」「複数」で聴くので

「個」になると なんというか

マジdeスゴイ(バカ)

桁違いにスゴイ人の集まりだということは

当然知っているが 「個」が際立つ演奏は

ワタシテキには稀 なので今回は毎度毎度

マジスゲー!!! と 感激しまくってた

 

ふつうに暮らしてたら絶対に巡り会えない曲に

出会えるのがこういう興行の楽しいところ

たまにはまったく予習しないで聴きに行くのも

ある意味すごく勉強になるのかもしれない

 

「向き」と「高さ」のうち

「高さ」はかなり影響あるかも

けっこう高いとこから聴いてたけど

昨日はとてもよく聴こえた

ちなみに「向き」については
右の時も左の時もあるって知ってるし

聴覚より視覚の方が優先されるからか

その辺はもう 動じない(笑)

 

 

散々迷ってたくせに なんで行ったかって

1週間縮めたかったんだ

この先のインターバルがあまりに長過ぎて

行ったら行ったで 3週も続いちゃったら

逆効果になるかもしれないけど

 

それでもやっぱり

行かないで後悔するのは一番やっちゃダメで

行かなければよかった なんてことは

まずない その場合は

行くという選択をしないようになっている

 

 

この時間に

どうしていつまでも浸っていてはいけないのか

何度も思った

 

 

最後のお楽しみも想定してたけど

満員御礼気味だったし

私が並ぶのはちょっと違うな と

早々に駅に向かってしまった

 

どういう言葉を発すればいいのか

全然わからない

列に並ぶことすら出来そうにない

 

 

どうでもいいことを何十行も書いてしまうのは

本当に書きたいことを書かないようにしているから

 

いま猛烈に寂しい(笑)

一択で決めた席からの眺めがどんな感じになるのか

あまり考えて行かなかったので

うゎ~ きゃ~ みたいな感じで(笑)楽しかった

 

視力が落ちる一方の息子にどこまで見えるのか が

一番の懸念材料であり 案の定

舞台袖にいる若マエストロにも気付かない状態で

角度的にも私の席の方が良かったかもしれないけど

それでも長時間移動のあと居眠りせずに乗り切れたのは

さすが 大きくなったな

 

ふたりきりの移動 喧嘩したら最悪な状況

言うこと聞くんだよと言い含められて来たらしいのも

あるかとは思うけど

家にいると 自分でも嫌になるくらいの

酷い音波(声)で言い合いになってばかりだったから

息子なりに頑張っていたのかもしれないし

単純に公演が楽しかったからか 超ハイテンションで

何度頼んでも 帰りの電車で休んでくれなかった

 

 

1週ずれたらピッタシ10年前だった時のことは

よく覚えている部分と

思い出せない部分とが共存する

現地での楽しかった経験は忘れないけど

行きの電車で いわゆるワンオペで連れていた時

息子の顔を見て ひとりのご婦人が

賢そうなお顔してるわねぇ

いずれはU高かK高でしょ 楽しみねぇ

と話し掛けてくれたことがあって

U高でもK高でもないかもしれないけど

個人的にはもっと自由な共学に行って欲しいので

それはともかく

英語も数学も鍵盤も 完全に抜かれてしまった

数学は毎日苦しんでるけど それでもたった4ヶ月で

私はもう話にすら入れない

 

こんな学ばせ方して 今後の教育がどうなるかを

うっすら理解している私としては

意味あんのかね? という気持ちもなくはないが

勉強とは 未来の何かのためにするものではなく

今 この瞬間の「娯楽」である という

ある意味かなりの極論を押し付けている

 

語学も数学も音楽も すべては

今 その学びそのものを楽しむ というのは

間違ってないと思うんだけど

本人の意向と大きく違わなければ

 

 

砂被り席は大迫力で

すべての楽曲を本当に楽しめた

あまり聴き込んで行かなかった曲の方が

もしかしたら楽しめていたかもしれない

 

ただ 向きの影響か 近過ぎるためか

音が聴こえにくいなと感じた

何かあるのかなと心配になったくらい

まったくのお門違いだとは思うのだけど

記録として書いておく

「向き」と「高さ」は重要かもしれない

 

リチェルカーレ6の編成がテレビと違って

ふたりしてちょっとびっくりした

ある意味オーソドックスな編成だと思うんだけど

そのために

楽譜とどう違うんだろう みたいなガンバリは

まったくもって無理だった

だけど「音楽の捧げもの」全体に

今まで以上に興味を持ってくれたのなら

頑張って連れて行って帰った甲斐があったというもの

 

10年前 ここにまた連れて来られたらいいな

なんて考えていたのかどうか思い出せないけど

バッハの音楽が好きな人に育ってくれてよかったよ

 

なるほど ベートーヴェンなライオンさんなのね

 

来週も行かなきゃ! みたいな心持ちには

なんとなくなれなかったんだけど

オンラインでは今日がラストチャンスみたいだから

どの辺の席が残ってるかくらいは見ておこうと思う

 

私が行かなくても大盛況なんだろうけど

それは実際に行って確認すべきではないのか

という思いが残るので

いつもあれこれ余計なことを考えてしまうので

今回はとにかく

会場に行って 自分の席に座って

音楽を楽しむことだけに集中する と決めていた

少々体調が悪くても 髪型が変でも

そこに座って音楽を楽しめれば すべて成功だと

 

だから 無事に席に着けてほっとしてた時に

真後ろから声を掛けられて心底びっくりした

今日はマダムはお休みっぽいな~とは見て思ってたけど

まさか私より後ろの席ってことは まったくの想定外で

 

いや~ どんな顔して聴いてればいいんだか

って 旦那さんから私の顔は見えないのに(笑)

なんか照れくさくて 逆に始終ニヤニヤしてしまった

不審極まりないね

 

 

音が鳴り始めて 唐突に

あぁドイツ行きたい と思った

慣れない場所での 新鮮で心を動かされる体験

というのが共通項じゃないかと思う

 

もう少しして 今度は

チェンバロの音がすごく綺麗だと思った

そんなん改めて思う必要ないくらい聴いて来たはずなのに

とても綺麗に聴こえた

マエストロふつうに両手で弾いてる~ ってのも

ワタシテキには充分に感動ポイントで嬉しかった

 

飽きたのは自分自身のあり方に対してであって

決して音楽方面に飽きたわけではなかったのだけど

この日はたくさんの事柄が新鮮に映った

 

ひとつひとつのフレーズ

ひとつひとつの音 が本当に美しくて

心がこもっている という表現は私の自分勝手過ぎるかもだが

力がこもっている というのは間違ってないはず

 

今までだってずっとそうだったのに

今まで私は 何を観て 何を聴いていたのだろう

 

 

十年来 聴いてみたかった2つのアリアのうち

演奏するのがすごく難しそうな箇所も

難しそうなまま 何も変えずに楽譜通りにという意味

華麗に演奏されていて

なんでもなかったていで次のフレーズに移るところが

本当にすごい

本当に上手な人に対して賞賛すべきポイントではない

逆に失礼なことかもしれないけど

私はすごく感動する

 

 

前日まで数え切れないほど録音を聴いたんだけど

前日だったかな

このアリアが一番楽しみかもしれない

と 唐突にひらめいた曲があった

 

最後に演奏されるはずだったそのカンタータにも

これどうなってるの? という曲があって

その曲と 前回の例の曲は たまたまYouTubeに

楽譜付きの動画が上がっていて

こっそり勉強することが出来た

削除対象動画かもしれないが

そこは私の役目ではないと思うので先に進む

 

2本のリボンが平行に流れて行くようにみえて

実は常に交差しながら流れて行っている という構成は

おふたりの演奏する姿を観ていることも

自分の耳の力不足にガッカリすることも 両方とても楽しい

 

この構成の魅力には 実は別の楽器の演奏で

しかも配信後の記録映像を観ていて気付いたのだが

気付けただけ良かった だいぶ時間がかかったけど

 

 

一番楽しみにしていたアリアは

4声ときどき5声というのか 四重奏と呼んでいいのか

 

3小節目くらいに来た時に

あぁ この音知ってる みたいな感情が突然沸いた

懐かしいっていうか 懐かしいといっても

同じ経験をしたことがあるというのとは違って

なんていうのか 郷愁を呼び起こされる ?

ほんと 文字にすると陳腐だね いつも

 

歌声が入って来て

いま読んでいる『指輪物語』2巻の終わりの方

ちょうど読んでいた箇所なんだけど

主人公たちが訪れる いわゆる「エルフの森」って

こんな感じじゃないかなって思った

 

そこはすべてが完璧に美しく 綻びがなく

今ここにある現在が 過去と未来を内包 ナイホウ!

しているというか 私の力では表現が難しいのだが

太古から続く「いま」がずっと「いま」である

という感じなのか とにかくそういう

はてしなく完璧で 美しい場所なんだけど

 

4つの音が ぜんぜん別の 別ではないけど

瞬間的にはそれぞれ別の仕事をしているのに

すさまじく美しい全体となって現れる

バッハにはこういう美しさがたくさんあるが

この曲は飛び抜けて美しかった

 

最初と最後の 2つの音が長く続くところ

NY公演の時は 神がかってる と思ったが

今回は そういう外的なことではなくて

これも文字にすると

心が震える みたいなものになり下がってしまうけど

この先 これ以上の感動が出来なかったらどうしよう

と不安になるほど 何かが激しく揺す振られた

 

同じ体験をした人が きっと会場に何人もいたと思う

 

 

その曲でおしまい に慣れてしまっていたから

当初の予定では最初の曲が始まって

また始まった! やった! の嬉しい気持ちが

あっという間に終わってしまったのは寂しかった(笑)

 

いつまでもこの席に座っていたい と思ったのは

まさかまさかの運転見合わせのせいだったのか

それでも 選択したルートは

途中で増えた1路線の帰宅ラッシュはともかく

時間的には大して影響なく帰ることが出来て結果オーライ

無事に帰れますように! を叶えてあげたよ と

どこからか聴こえて来る

 

『指輪物語』の一行が

完璧な安らぎを得られる「エルフの森」を出て

また危険な旅を続けなければならなかったように

私も 自分に戻らなければいけない

自分の生活とか 自分の居場所とか 書くのは嫌だけど

今のところはしょうがない

 

確か主人公だったか 険しい道を歩きながら

少し前の自分が 今も「エルフの森」を歩いているように

感じる と述懐する箇所があった

私も いつでも好きな時に あの席に座って

あの完璧な音の時間と空間を楽しむことが出来る

 

 

私が選んだだろうインスブルックの席は

あの後ずっと空席のままだったんだけど

10日だったか 久しぶりに見てみたら

2席並んで売れていた

半分残念で 半分ほっとした ちょっとずるいけど

私がきちんと諦めるまで待ってくれたみたいだった

 

その時に何かに気付けばよかったのに

公開録画があることを知ったのは13日で

よく見たら申し込み締め切り日が10日だった

 

月末のプチ遠征も まだ買えないことないけど

たまたま 本当にたまたま 塾のない土曜日で

今ちょっと懸案事項もあり なので

次が終わったら 秋の4曲まで長いお休みかな

3ヶ月なんて長過ぎるけど

夏ってそういうもんだと諦めるしかないね

 

しかないね って あれこれ言い訳して

せっかくのチャンスを潰そうとしてる自分が

嫌になる 行きたいなら行けばいいのに

 

コメントにあるアニメは観たことないけど

調べてたら交響曲まで出て来てびっくり

そっか映画の方か 映画も観る気ないけど

 

最近はこの動画を流しながら寝てる

音の組み合わせとバランスが私にはちょうどいい感じ

時々 本当に稀に 起こることはあったけど

今回は重かった 落ち方が深かった

これってもう説明のしようがなくて

専門医なら理解してくれるのだろうか

 

ホルモンの乱高下 出過ぎとか出なさ過ぎとか

おそらくその辺に加えて 今回は

体調不良の後遺症がもろにここに出た感じで

 

あの白い錠剤ほしい と思ったのには

我ながらビビったな

漢方薬すっ飛ばして あの漢方なら

市販で手に入ったかもしれないのに

大して長くも飲んでない白い薬の方を

思い浮かべたくらい 今回のは深くて辛かった

 

とはいえ5日間くらいでほぼ収まったんだけど

さらにその後遺症なのか

 

感動の閾値というか範囲というかが

狭まってしまって

うまく喜べない うまく感激できない

あんなに楽しみにしていた今日なのに

早く着こうとして 電車乗り間違えて

0歩で着くはずが2,000歩は歩いた感じ

この無駄な疲労が一番の元凶かもだけど

 

楽しい時間が始まって

ちゃんと楽しんでいるのに

 

自分に飽きたな

 

自分を演じるのに飽きた とかいう

いつかの卒論みたいな意味じゃなくて

自分の喜び方 感動の仕方

小さなことに一喜一憂する良くも悪くもな癖

そういう自分に 嫌気が差したというよりも

飽きた と感じた

 

目の前に繰り広げられる光景が

美しく 楽しそうであるからこそ

自分であることが退屈で やめたくなった

 

 

自分の歳が閉経の平均年齢だということは

私の同級生 小中高大かなりの人数になるが

その中の大半が今年そうなるということで

30日を超えた翌月に20日を割った時には

さすがの私も一抹の何かを感じたものだけど

その翌月にまぁ普通な感じに戻ったりして

ぜんぜん 訳わかんない

 

体調不良や精神不安に悩んでいるのは

私だけじゃなくて

声かけたら かなりの確率で

私も同じだよ! と返って来るわけで

しかも平均すれば 私の症状なんて

ぜんぜん楽な方だって 理解はしている

 

それでも 相対的にはそういうことでも

絶対値は ものすごいマイナスだったりする

 

 

ハーフタイムも早めに戻って来て

席でぼーっとしてたら

マダムがわざわざ声を掛けに来てくれた

その瞬間

どんな話題を選んだら

楽しい会話になるだろう と

良くも悪くも 私らしく頭が高速回転

ヨーロッパ行きます? と聞いてみた

マダムからしたらちょっとトンチンカンな

私の受け答えだったかもしれないけど

誰かと会話するってこういうことだって

思い出させてもらった

私はこういう 普通の会話に飢え過ぎで

同級生の動向がわからないのもそのせい

逆にそのおかげで守られているのも事実

 

さっきあんなこと書いたけど

視覚的に工夫されている公演は

観ていて かつ聴いていて

本当に勉強になるもので

それまでさんざっぱらCDで聴いていた曲が

実は何ひとつ聴こえていなかったことに

衝撃を受けた まぁしょうがないんだけど

 

1曲終わるたびに 少しずつ落ち着いて

最後 ここ聴けただけで今日の元取った!!

と心の中でガッツポーズを取るほど

喜べるところまで来れたのは我ながら上出来

 

どれも ひとつひとつ 綺麗で楽しかったけど

やっぱり これどうなってるの? という曲が

とても興味深いというか おもしろくて

そういう 何やら入り組んでて難しそうな曲を

楽々と なのかはわからないけど

華麗に演奏し切っちゃうところが

とてもかっこいい

この日も とてもかっこよかった

 

私も 比例して若返られればいいのに

がっつり反比例してるところが悲しい

 

 

翌日

んなこと言ったって 自分の人生は

誰かに肩代わりしてもらうことはできなくて

結局自分で引き受けるしかないって話だったじゃん

と思い出した

どんなにだらしなくぼーっとしてても

とりあえずはいいんだったよね そうそう

 

4つのカンタータに治してもらった

と ぜひとも書きたかったんだけど

今朝 1時半 夢の内容が苦しくて起きてしまい

そこからぶり返しそうになって焦った

ソルフェジオは必ずしも心地よいわけではないのか

流していたのがしんどくて 止めて

君様の演奏ではないけど 前によく聴いていた

君様の楽器がメインのCDをナクソスで流したら

2曲目以降の記憶がない(笑)

同じ楽器でも よく眠れる演奏と

頭バッキバキになって眠れない演奏があって

だから寝る時にカンタータは聴かない(笑)

私は家から出なくてよさそうだ と思ったら

体調崩した これが風邪なのかわからないが

おなじみの症状じゅんぐり

前回は用事が詰まってた時期で

ちょっとしんどいです! と祈った瞬間

ふっと軽くなって救われた その残りを

今回消化せよ ということかもしれない

朝だけ早く起きて あとは

帰りを待てばよい五日間で助かったが

せっかくの五月晴れをふいにしてしまった

でも代わりに どこかのだれかの体調が

良かったなら 良しとしようじゃないか

 

 

前にも書いたけど この時期に公表されても

飛行機もホテルも高くて手が出ないし

公演チケットも既に発売中 って酷過ぎると思うのだが

日本からのこのこ聴きに行く物好きはいない

と考えるのが普通なのか

 

ブレーメンにも想い出はあるけど

やっぱりインスブルックに興味が湧いた

調べさえしなければ なかったも同じ なのだが

今回は思い切って 思い切りがなぜ必要なのか

自分でもわからないが 調べてみたところ

 

私が座るべき席は まだ残っていた

ここは私がポチって 一瞬だけ思い切ってポチって

そこから頑張って 航空券取って ホテル取って

着いてからのあれやこれやも なんとか頑張って

これはイケるんじゃないか って 今もまだ思う

 

前回はチケットがまだ販売開始前で

最初に取ったのがホテルという だいぶ無謀な挑戦

だから チケット取れた→航空券取るぞ→ホテル取るぞ

あとは出発まであれこれ調べるぞ は至極順当に思える

 

けど 今回のブレーキの効きは素晴らしくて

久しぶりにANAのサイトで検索したら

同じような結果に見えて 細かいところがなんか違う

金額が前回の倍を超えることは

どうでもいい 気にするべき要因ではない

それ以上に

金額以外のあれやこれやを理解することが

面倒だと思ってしまった

 

経験にコスパも何もない わかってる

それでも強くブレーキがかかったのは

この2年間の 確約された時間と場所を

まっとうすることが今の私の務めであり

その間は特に大きな冒険はせずともよいのではないか

という感覚のせいかなと

 

あの長い空の旅を経なくても とりあえず今回は

日本にいて 次を楽しみに待っていればいいのかな

という感じ

 

そこに座ってカンタータを聴いている自分を

思い浮かべることが出来てしまうからこその

さびしさはあるけど

それが出来るなら そうやって聴けばいいよね

 

明るさ調整など出来なくて残念

前日のザルツブルクでのモヤモヤから一変

インスブルックでの数時間はとても楽しかった模様

一時的ではあったが 楽しい出会いがあって

そのことばかり思い出しがちだったけど

画像めくったら素敵な教会いくつも巡ってて

会場となる修道院にも行ってたじゃん自分!

と一瞬驚いたけど 残念ながら勘違い

片道20分の教会まで行った記憶ないな~との

最初の記憶が正しかった

 

なによりミュンヘンからの鉄道旅が最高だったんだよね

車窓からの景色が本当に素晴らしくて感動しまくってた

だから今回はフランクフルトじゃなくて

ミュンヘンの直行便を初めて検索してみたけど

実はトランジットが出来ない(恥)

チューリッヒで乗り換えれば安くなるんだけど

荷物は 検査は 出口は ハードルが高過ぎる

 

この雲がなっかなか取れなくて

行ったり来たり 時間つぶして

最後の最後に綺麗に晴れたのに

結局撮れなかったんだよね

スキージャンプ台の次の画像が

ライプツィヒのホテルまで飛んでてびっくり

そうだ ミュンヘンで雨に濡れて

ライプツィヒではちょっと体調崩してたんだった

 

 

この間もそう

大切な日が晴れるって

本当に素晴らしい と心から思う

インスブルックを離れる直前

一瞬だけ雲が切れてくれた時の感動を

今 表現するとしたら

祝福されている という言葉になるかな