twitter が閲覧できなくなってしまった

こんなことならさっさとアカウント取るべきだった

これだけ情報収集しててアカウント持ってないって

使ってる人からすればありえない話だと思うけど

大手SNSって 発信すべき何かを持っている人が

使うべきであって 何も持ってない私は

アカウント必要ないと思って今まで来てしまった

ずっと使ってる人は知らなかったと思うけど

外から見てるだけだと閲覧制限がかかるようになり

それがちょっと前に撤廃されたばかりだったので

油断してた まいったまいった

ランチ情報はともかく 直近のコンサートも

いっこも情報が取れないまま行かねばなるまい

 

 

写真を観ると行きたい気満々になるのに

動画を観ると行けない気がして凹むのは

なぜなのか 前から不思議だったのだが

 

路面電車の運転士さんのチャンネルを発見!!

運転席からの眺めは最高で なぜかまったく

ネガティブな気持ちに襲われずに観ていられる

フライブルクの路面電車に乗っている私は

だいたいいつも独りだったからかもしれない

 

自分(の意識)が逆向きに走っていることに

しばらく気付かなかった 危ない危ない

1年目 A先生が学校から寮に帰る方向を

「水に向かう!」としつこく唱えてくれてた

「水」の最後はぐるりんってなってたはずだけど

そこまでは映ってないみたいで残念

 

そうそう これこれ 朝の景色

つっても1年目は途中工事してて

2駅くらい歩かされてたんだけど 高架の歩道の辺り

カメラが首を振ってくれないので

寮の周辺や向かい側がどうなってるか

うかがい知ることは出来ないけど

大好きな1番線を堪能できる 最高の動画だ

電車が好きな人は電車の映像でお酒が飲める のかな

今はすごくよくわかる(笑) いくらでも飲めそうだ

 

このバスにも乗った Kappel という停留所はないようで

自分がどこで降りたか定かではないけど

Kappel に行くと伝えて降りて 戻って来た運転士さんに

「Gefunden?」って聞かれたこと 楽しい想い出だ

このサブレ天気が最高なんだよね

冬のドイツも最高だよと何度も言われたけど

フライブルクに関しては 私はやっぱり

夏に行きたい どんなに孤独であっても

 

4番線が開通したことはなんとなく知ってたけど

2番線が折れ曲がって これが正規ルートなのか

2番線で通ってた2年目の寮の最寄り駅は

4番線に変わってた ドイツでも変わることはある

 

でも 基本的にほとんど変わっていない のが

ドイツの好きなところ

きっと今行っても かつてとほぼ同じ気持ちで

歩くことが出来るだろう

 

 

twitter はうんともすんとも言わないけど

e+がチケット情報を届けてくれた

お気に入り登録をしそびれてたのに

こうやって たまたま 運よく 知り得た公演は

出来る限り行こうと思う けど

私の苦手な自由席だった(汗)

 

いやいや 苦手とか言ってるバヤイじゃない

ドイツ行きのフライトチケットの時のように

何も考えずにポチればいいんだよ ガンバレ

 

おぅぅ イイ経験して来たな 我ながら

その2枚の写真に気付いた時

行儀悪いことこの上ないけど 夕飯の途中で

ともかく とても動揺してしまった

ああいう心の跳ね方は久しぶりで

もしかしたらこういうドッキリが時々あれば

若さを保てるのかもしれない(笑)

 

その後で自分がその場所に行った時の記録を

うろうろ探し回っていたら

つい前日 自分がここに何を書いていたかに

気付くのにも時間がかかり

気付いてまたビックリした

 

まったく関係していない事柄を

時空を超えて 結び付けてくれる存在が

やっぱりいるようで ありがたいことだ

 

ドイツで過ごした3夏は

私が自分の人生を肯定するために

とても重要な経験だったんだと改めて思う

でも実際は それもだいぶ色褪せて来ており

過去の出来事として固まってしまうところだった

 

その2枚の写真は 私のドイツの夏を

一瞬でデジタルリマスター化した上で

その価値を十倍くらいに膨らませてくれた

もとの記憶の上に 何層もの幸福感が重なった感じ

うまく表現できないけど

 

さすがに15年も経つと 前のように

目をつぶっていても歩ける 気分にはならない

あちこち変わっているだろうし

何より私自身が変わっているだろう それでも

「馬」から右に曲がって あの小道を入って

みたいな楽しみを頭と体が思い出して来て

こういうことは 何年経ったかなんて

関係ないんだと思う

幸せなことは幸せで

嬉しいことは嬉しい

 

久しぶりにSDカードを差し込んでみたら

ちゃんとデータが生きててほっとした

たまたま最初に開いた画像が

一度だけ行ったことのある方のお店で

3年目のクラスの親睦会だったんだけど

その時はもう既にいろいろとしんどくて

まったく写真を撮らずに帰って来たようだが

たまたま一緒になった2年目のクラスメートと

2年続けて教えてくれた先生との4ショットが

1枚だけ 懐かしいより何より

みんな若く 私も思いのほか若かった

こういう顔してドイツを歩いていたのか自分

 

もう1軒は毎年通ったお店で

1年目はテラスが工事中で店内で飲んだことは

完全に忘れていた

毎年 女2人で乗り込んで

飲めない子だったり よく食べる子だったり

よく飲んでよく食べる子だったり(笑)

毎年 救われてたな

孤独ではあったけど 実際は

周りのみんなに助けられて支えられて

常に孤独だったわけではないことに

後になってようやく気付く

 

自分が今ここに生かされている意味や目的が

正直まだわからないのだけど

とりあえず この50年間の最重要な収穫は

人は基本的に親切で 人生捨てたもんじゃない

という認識じゃないかと思う

 

今 まったくと言っていいほど

リアルな人間関係が無いのは

私自身が何かに打ち込んでいないからだろう

何か頑張ってたり 何かに困ってたりしたら

必ず誰かが何かしらのサポートをしてくれる

今 そう思うことが出来るというだけで

私の最初の50年間は成功だったと言っていいかもしれない

 

次 その次 うまくいけばその次もあるのか

この稀薄な状態がいつまでも続くわけはなく

打開したいなら自分が前に出ればいいわけで

今こうだからずっとこう なわけないじゃん

こんな風に それまでの認識や心持ちが

180度ひっくり返るほどの破壊力が

あの2枚の写真にはあった

 

あのお店は一度しか行ったことがないから

記憶が曖昧 「ワニ」の近くかな

「ワニ」はカラフルなおもちゃ屋さんの辺りか

 

3年目はとにかく暇だったらしく(笑)

いったん見納めになるだろう路面電車を

ひたすら写しまくってた日があった模様

2番線にも3番線にもお世話になったけど

やっぱ1番線かなぁ

両方を1枚に収めた自分エラ過ぎ

1番線は駅名ひとつひとつの響きが好きだ

乗車中に録音してた子達の気持ちが今はよくわかる

 

「サブレ天気」って言葉も 我ながら懐かしく

フライブルクを少し離れてもっかい焦げるなら

ベルンかな あの女2人旅も楽しかった

 

今の私なら また独りで行けるかも

すごい 君様ありがとうございます

なんかもろもろ どうでもよくなってきた

良く言えば 執着しなくなったってことかもしれないが

悪く言えば 待ってるのがもうしんどいというか

この期に及んで あの人はどうだ この人はどうだって

さすがにお腹いっぱい どっちでもいいよもう

 

結局南極 ドイツ行きには間に合ったというか

何の問題もなく行けた かもしれないっぽいのだが

このタイミングで単独乗り込む勇気はさすがになく

さらに 直行便オンリーの私に

今の飛行ルートはキツ過ぎるに違いない

5年前でああだったんだから

 

シュトゥットガルトは今(genau jetzt)と同じ

ほろ酔いで歩いてた記憶しかないので

自分が何書いてたか戻ってみた

 

おぅぅ… なぜか画像が出ないゼ

 

20090815160820.jpg

現地からメール送信で更新してたために

画像は常に最小にしてた

さっきあっちで似たようなエントリ作って

逆に新鮮だったな(笑)

なんといっても まこウサが懐かし過ぎる

 

ここから数日分 ブログ上で再び旅してみたけど

3年目のこの夏は宿泊施設に恵まれ過ぎた一方で

まったくクラスに馴染めず すごく苦労していて

それでもなんとか おそらく最後になるだろう

フライブルクでの生活を満喫しようと頑張っていた

自分に 今更ながら感動した よくやってたな自分

 

読みながら

プレモルのエールもおいしいけど

やっぱドイツのビール飲みたいな

 

と思ったけど正直言って

ドイツのどこのビールを飲みたいのか

言えなくなってしまった

 

十数年前も同じことを考えたはずだけど

結局は 人 であって

どこでビールを飲みたいかと聞かれれば

こんな年かさの私にも付き合ってくれた

若者たちと過ごしたフライブルクの

ビールを飲みたい と思う

 

ライプツィヒは楽しかったし

第二の故郷って想いもあるけど

いかんせん 常に独りだったから

 

5年まえにライプツィヒに行けた時も

結局は 人 だなと強く思ったもんね

 

敢えて小さくしてみた

この時季の花束 紫陽花を入れて下さった

お店があって あの時も感動したなぁ

 

こうなればいいとか

ああしなきゃいけないとか

あまり思わなくなったけど

とにかく 何事もなくご帰宅されますよう

それだけ ほんとにそれだけになった 成長したな

Viel Glück!クローバー

2か月以上空くのは普通だったんだけど

長いのか短いのか 今よくわからない

冬は「また!?」と呆れられていたが

最近「次はいつなの」と聞かれる始末

次? 次はもう 一緒に行く回じゃん

座布団持って行くのも最後かね

 

 

エゴを手放しなさい とよく言われるけど

どういうことなのか よくわからなかった

自由意志とやらと どこがどう違うのか

良い意志と悪い意志とがあるのか

 

こないだは

体調も整ってたし 髪も落ち着いてたし

気持ちテキにも 盛り過ぎず 心穏やかに

と 私にしては 出来過ぎなくらい

毎週のように楽しみ盛りだくさんなのに

心身ともにアップダウンの激しかった

冬の私とは対照的で

私も少しは成長したかな なんて

思っていたのだけど

 

エネルギーって

増減するのではなくて

移動するだけなんだっけか 忘れた

いずれにしろ 私のそれは

どんどん減っていき

後半 お腹まで痛くなって

途中で出なきゃダメかなぁ までいった

なんとか最後までもったけど

あんな風にお腹が痛くなったのは初めてで

たっぷりあったはずの エネルギーみたいな

HP? ゲームやらないから忘れたけど

最後は空っぽで GAMEOVER

 

冬の間

なぜ肝心な時に体調が崩れるのか

音楽を楽しむためには

身体がカラでなければいけないのか

気持ちが凹んでなければいけないのか

というようなことを感じたけど

あれが正しかったのか

 

私なんて

いくらポジティヴでいたって

なんの役にも立たないじゃん

そもそも

私がここに座ってることが

間違ってるんだろうか

許されないことなんだろうか

 

こういうことを考えていたら

ぐんぐんHPが減っていった

 

 

ひとつ間違っていたとすれば

意図的にというか 意志的にというか

何かを良い方向に動かそうとすることは

間違っている とまではいかなくても

やり方が間違っている のかもしれしれない

それこそ 悪い意味でのエゴ ってやつ

なのかもしれない わからない

 

これも間違っているかもしれないけど

冬の間 とある教会で聴いた3日間は

なんて贅沢な時間と空間だろう と

感激したのだけど 後になって

もっと大きな会場で

もっと多くの人が聴くべき

内容と質だ と何度も思った

私にとっては 贅沢な時間と空間でも

あの贅沢さが 意図されたものかは

聞いてみないとわからない

もしかしたら 違うのかもしれない

 

私にとってのRVは

そういうギャップを埋めたい それだけ

会場費とか 移動費とか 材料費とか

誰が出しても同じな費用は

出せる人が出せばよくて あとは

使える人が使えばいいだけ

 

そういう私の気持ちが

悪い意味でのエゴだと言われれば

そうですか と引き下がるしかないけど

 

私は 持ってても使えない人なので

 

あの時 減っていった私のHPが

どこかに移動して

誰かに使ってもらえてたのならいいけど

 

 

君様がUPしてくれた写真は

どう表現すればいいのかな

とても美しくて 芸術品というより

高い魂が宿って 生きているような感じ

私からはすごく遠いところにある贈り物を

おすそ分けしていただいたような

とても幸せな気持ちになりました

ありがとうございました

 

 

この 満たされる 感覚は 確かにある

私は 満たされるばかりで

誰かの何かを満たすことが出来ていない

それを自覚すること自体が

出来ないことなのかもしれないけど

こうなればいいな がとっくに叶っていたのに

それに気付くまでに何か月もかかってしまった

検索は苦手じゃないので 自分で探し始めると

知らなくていい情報までひっかけてしまって自滅

というパターンによく陥るので

敢えて自分からは探しに行かなかったのデス

 

もっと早く気付かなきゃいけなかったのに と

自分を責めたところで時間は戻せないので

だいぶ出遅れてしまったけど

とても知りたかった情報もゲットできたし

滑り込みセーフ いや アウトかな(汗)

 

数か月にいっぺん のペースに戻ると

次まで長いのか短いのか よくわからなくなった

NYがまだサービスし続けてくれているおかげで

部分的に時間が止まっているような状態かも

 

毎週のように聴きに行けていたあの3か月間

もれなく体調が悪いだのなんだの色々あって

浮き沈みの激しいメンタルしてたけど

いくつか 自分でミスってた局面が

あったんじゃないかって思うようになった

正当に与えられた絶好の機会 だったのに

見極められず 振りもせず 見逃し みたいな

もったいないというか

申し訳ないこと してたんじゃないかって

 

選択って

合っていれば ゴールまでの道のりが縮まり

間違っていれば また少しゴールが遠のいて

道のりが長くなった分

前とは別の選択肢が与えられて

経験値も増える というものかもしれないので

くよくよせず 前を向くしかないね

 

ここまでこれだけ晴れてて明日だけ雨って

せっかくイイ感じにカットしてもらったってのに

とことんツイてない また爆発だ

しょうがない こっそり行ってこっそり帰ろう

姿形はこっそりでも

目と耳と心はバキバキで

 

明日こそお花だった あぁぁ うぅぅ

でも ご本人から許可をいただくまで

慎むって決めてるから やめておこう