
去年と同じことしてみたけど
今年も チケット譲って下さい みたいな方は
いらっしゃらなかった 当日券出てたしね
あれは 1席飛ばしで販売した挙句に販売停止
なんつー異常事態に限った現象だったのか でも
譲って下さい は毎度出てもいい現象だと思うのだけど
今日の雨はなんとか逃げ切った感じだったが
それでも うまいこと没頭できなくて
私は 直接だれかに影響を与えることなんて
できないんだ なんつーことを考えていた
そんなん当たり前じゃんね
年度末の 棚ぼたテキに発生した
同期数人とのメールのやりとりは
厳密に言えば 往復はしなかったのだけども
十年単位で会っていないにも関わらず
私にもリアルな人間関係があったことを
思い出させてくれた よく言われることだが
昔なじみって 現在の年齢を吹っ飛ばして
実際に会えば 互いの見た目の変化に
圧倒されてしまうこともあるのかもだけど
でも気持ちの面では 初めて会った頃まで
一瞬で引き戻してくれる 本当にすごい
その数日間が過ぎて これも不思議だけど
この3年間の あまりに閉鎖的な日常に
リアリティを感じなくなった
ちょっと違うな
どうでもよくなった と言う方が近いかも
重要性を感じなくなった というか
この3年間の嬉しかったことが
すべて私の壮大なる勘違いだったとしても
悲しいとか 寂しいとか 感じないだろう
そっか やっぱりね と
すんなり受け容れてしまうだろう
そもそも リアリティなんかなかったのかも
自分の頭の中だけで完結させてただけだから
それでも 直接的ではなかったとしても
間接的にということすら勘違いだったとしても
良い影響を受けたことは 確かにあって
そのことまで なかったことにするのは
悲し過ぎるから それはやらない
この3年間 直接伝えてもどうにもならないと
痛感させられて 私は一切やめてしまったけど
もしかしたら間接的に わらしべ長者的に
どっか遠いところで 良い影響があったのなら
それは素直に嬉しい でもそれは知り得ないし
今となっては それこそ どうでもいい
そもそも人間関係ってものは
直接的にどうのこうのって方が少なくて
間接的に影響し合っていることの方が
圧倒的に多かったりするのかもしれない
それが壮大な勘違いだとしても
勘違いを勘違いだと知り得ないのだから
どうでもいい
今一番重要なのは
大切な人が元気でいることで
それ以上のことは ない
それが確認できただけで充分
嬉しかった記憶に
リアリティがあろうとなかろうと
それに何度も救われて来たことを
忘れてはいけない
今日が年度始めのつもりで行ったけど
私も含めて すべての人が
今日と同じ感覚で次のマタイを聴くことは無く
その意味で 今日は最後のマタイだった
だから今日を年度末にして
次の公演が無事に行われるのなら
そこを新しいスタートにしよう



