かきかたノート -18ページ目
引き寄せの法則って
それがまちがったものである場合は
効かない って当たり前だけど
わぁ 願った甲斐あった! 叶った!
と喜んだのも束の間
私の不用意なひとことを発端に
事態は崖から転げ落ちるように
ダメになっていった
100%信じて疑わないことが肝心って
読んだことがあるような だから
何も心配ない! 絶対大丈夫! って
思い続けていた つもりだった
でも 本当は自分でもわかってて
0.1%くらい
このやり方は正しくないんじゃないかって
思ってたんだ
風の時代だの 三次元五次元だの
さんざっぱら齧っといてコレかよ ってね
手紙も 書くそばから
これが伝えたかったことなのか って
うすうす疑ってた
届かないことが確定してやっと気づく
こんなこと わざわざ書かなくても
もう伝わってるんじゃないか って
実際に伝わっているか否かは
この際関係ない話
2日目の休憩中
もしかしたら今日持って来れば
なんとかなったんじゃないかと気づいたが
いや 結局同じことを繰り返すだけだろう
もう決めたんだからいい
後悔するのはやめよう と
私にしては珍しく 潔かった
私にしては珍しく 粘って粘って
だった前日と比べて
潔いって とても気持ち良かった
2日続けてポジション取りをミスった私に
君様はやさしかった
もちろん向こうから見えてるわけないけど
必ず何か うれしいことがある
ハーフタイムに入る時
君様は何を修正したのだろう
すぐに席を立たなきゃいけなくて
よく見えなかったけど
君様との間に
第三者を介在させるのはやめよう
人も 物も 何も無しで
直接 つながれるように
間にあっていいのは 音楽だけ
そう決めた私に
私を守ってくれている人達はやさしかった
休憩から戻って来たら
空間が歪んで いや 正されて
君様がまっすぐ見られるようになっていた
前半はちょっと聴きづらかった音楽も
とてもよくまとまって
すばらしい響きに変わっていった
私の不用意なひとことは
私自身が発したもので
そのせいで誰かに止められたのではなく
私自身が止めたんだよ
それは間違っていると
本当だ 人生は自作自演だね
時々お花屋さんに行く人生は
とても素敵な経験だったけど
とりあえずはひと休み
いつかまた行けると思うから
ひとつ捨てたらひとつ得られる
ってのも 本当かもしれないな

こんな感じ 一番下がそば粉かな
塩が効いてて食感も楽しい
右のコーヒー味は安定のおいしさ
少しずついただきます
これが引き寄せの法則というのか
違うか ぜんぜん理解してないし でも
どうしても聴きたいと思ってたら
最後の最後にライヴ配信という幸運が舞い込んだ
どうしても聴きたかった曲の君様は
なんかもう すべての魅力が炸裂していて
反則級の素敵さだった
何度アーカイヴを観ても観飽きない
男性だけで というのがまた良かった
ものすごく息の合った演奏なんだけど
なんというか 戦いみたいな感じもするし
テーマが渡っていく過程がまたおもしろくて
ほんと 何度観ても観飽きないし
回数を重ねると 新たな発見があったりして
今風に言えば ヤヴァイ 20分間だった
何度も繰り返し聴くって大事だね
一期一会やぶっつけ本番もいいけど
私は小説でも映画でも 何度も読む・観ることで
気付きや理解が深まるタイプだったので
音楽もやっぱり そういう努力は必要なんだなと
逆に 先月の時点で思ってたことだけど
自分の好みは 大事にした方がいいなと
自分の好きな曲 聴きたい曲 というのが
だんだんわかってきたのに それを
この人がこうだから という理由で
無理したり 曲げたりすることはやめようと
そういう好みって いつか終わりが来る
例えば どうやってもダメだったフラ語を
がんばってみる とかね 無理無理(笑)
ドイツ語しか頭に入らない とか
ザルツブルクはなんか合わなかった とか
たぶん 理由があることなんだよね
音楽も 地域や時代や編成の好みが
少しずつ狭まって来た感じなので
公演のたびにガリガリ予習するより
聴きたい曲は より深く
初めての曲は 好奇心旺盛に
メリハリつけて という感じかな
どの辺が炸裂してたかって
それは私にしかわからない けど
会場にいた方々も いろんな形で
気付いたと思う とてもうらやましい
星が降る なんてもんじゃなく
箱の中の空気がぜんぜん違った
この箱を 四次元で 20分間
手に入れることができるのなら
うーん できないから
音楽はすばらしいのかもしれないね
このところ また月日が速く過ぎる
あっというまに4連戦がやってきた
脳内再生が難しいのは
予習復習してないからかもしれない
今回は敢えてぶっつけ本場で挑んで
それはそれで楽しい音楽体験だったから
毎回マジメに頑張らなくてもいいかなと
音楽を より楽しみ より理解するために
例えば楽譜を見たり 歌詞の意味を調べたり
といったことは基本だと思うのだけど
楽譜はともかく 歌詞に関しては
途中で挫折してしまうというか
調べて行っても 聴いているうちに
旋律のひとつとして味わってしまって
意味を考えなくなるので
あまり頑張らなくなった
音楽は 歌詞はもちろん
すべての楽器に意味があって
立体的に構成されているのはわかるけど
なんか 負け惜しみみたいでヤだけど
意味を見い出すことは
ひとつの正解を導き出すことに似ていて
私が散々やってきた勉強のやり方みたいで
ちょっとアレなんで
もっと自由に もっと瞬間的に
今 この時 この音 を楽しむようにした方が
今の私には合ってるかなと思うようになった
読み込んで 意味調べて 翻訳して
なるほどこういうことだったのか という理解は
大事なことだとはわかってるけど それよりも
今 この自分が この音楽を 受け取ることの
幸福感を 瞬間瞬間で味わう みたいな方向に
気持ちを向けた方がよさそうだなって
瞬間芸術っていうけど
なんで音楽って こんな風に感動できるんだろう
って疑問 まだあるもんね
なんで音楽って 時間と空間をまるごと
箱の中に入れて持って帰れないんだろう
って前から思ってた
私は「向こう側」に行くことはできないけど
向こうとこちらの間に仕切りがあるわけではなく
今 同じ空間で 同じ音楽を 味わっている
という当たり前の事実に気付くのに時間がかかった
私は調も楽器の良し悪しもわからないけど
君様の中にある もしくは 今そこにある
旋律のリボンとか 技巧のキラキラとか
解釈の箱とか さっきの箱じゃなくて
こう 手で立体を作った感じ(笑)
そういうものに 触れられるように
なるべく正しく 受け取れるように
耳や目はもちろん 心とか気持ちとかでも
できるだけたくさんいただいて帰れるように
タイトル月並み過ぎて恥ずかしいけど
これしか思い浮かばなかった
年が明けてから 時間の経つのが遅い
遅いというか のんびりしてる感じ
ちょっと前までは 1年があっというまで
あそこに行ったのは今年か去年か一昨年か
なんて記憶が曖昧になるくらいだったのに
なんとなく ゆっくりになった気がする
だから と書くべきか
なのに と書くべきか わからないが
つい昨日のことなのに
つい先週のことなのに という感じで
あの楽しい時間と空間を再現することが
とても難しかった
引き剝がされていくように
どんどん遠ざかって行って
あれは現実ではなかったのかなと
思ってしまったくらい
アメリカのことは
私にとっての 最後の試練らしい
最後っていうと大袈裟だけど
これからもいっぱいあるだろうけれど
大切な人にも そうでもない人にも
親しい人にも これから出会う人にも
この3年間に起こったあれこれを
まるで何もなかったかのように
平然と 笑顔で 公平に
振る舞えるかどうか
私は人間が出来ていなくて
どうしても 蔑んだり 見下したり
してしまう それを克服して
前と同じく もしくは 新しく
良い関係を築けるかどうか
>毎瞬毎瞬、意識を向けた所に世界が発生する。
>あなたは創造主。
自分が世界を創っている という件
まったくもってピンと来てなかったけど
今回この「意識を向けた所に」というので
やっとピンと来た これならわかる
自分が意識したものしか
自分にとっては存在しない
だから意識はポジティヴでなくてはならず
ネガティヴなことは 意識しなければ
認識しなければ という方が正しいのかな
とにかく 悪いことは起こらない
はず うーん そうは言ってもね
望んでないことも多々起こるわけで
それが自分が引き起こしたことだとは
思いたくはないのだけど
大切な人の幸せを願う って
こういうことなんだろうな
私は聴くことが出来ないけど
そこにいる聴衆の皆さんと
演奏している皆さんが幸せなら
あー よかったよー
って思えるようになったかな
またやってしまった 息子には
チャンスは一度しか来ないから絶対に逃すな
なんて言ってるくせに 自分はみすみす逃す
でも 私がニアミスする時は必ず 間に
「その他」ではない大勢の人がいて
その方々を割ったり待ったりしてまで
「その他」の私が突撃するのは
私らしくない
今回もまた体調を崩して
7割ほどのパワーしか出なかったけど
この日は本当に 楽しませていただいた
君様の素敵なところはたくさんあるけど
この日はそれが5割増しくらい
具体的にどんなところか書くと
消えてしまうかもしれないから書かない
ともかく ものすごく贅沢な時間だった
癒して埋めてもらうために
3割欠けた状態で臨まされたのかな
もし万全な体調だったら
無粋な行動に出てしまっていたかもしれず
どちらのチャンスも 何か事を起こすのは
私らしくなかった
とても楽しくて そういえば この3年間
私はたくさん 楽しませてもらったなって
コンサートホールでも オンライン配信でも
うれしいことが いくつも起きた
単にこちらの受け取り方の問題で
意図的なものではなかったのかもしれないけど
そのおかげで
「幸せ」の意味を 正せたような気がする
この日も とても幸せな気持ちにしてもらって
私からは何もお返し出来ないけど
せめてこういうことは とかなんとか
考えられるようになったのも 君様のおかげ
○○しかない って言い方 私は嫌いだけど
感謝しかない って こういう状況なんだな
ひと月待てば また
楽しい時間と空間を受け取れる
それまでなんとか がんばろう
素敵な時間を ありがとうございました

