引き寄せの法則って

それがまちがったものである場合は

効かない って当たり前だけど

わぁ 願った甲斐あった! 叶った!

と喜んだのも束の間

私の不用意なひとことを発端に

事態は崖から転げ落ちるように

ダメになっていった

 

100%信じて疑わないことが肝心って

読んだことがあるような だから

何も心配ない! 絶対大丈夫! って

思い続けていた つもりだった

でも 本当は自分でもわかってて

0.1%くらい

このやり方は正しくないんじゃないかって

思ってたんだ

風の時代だの 三次元五次元だの

さんざっぱら齧っといてコレかよ ってね

 

手紙も 書くそばから

これが伝えたかったことなのか って

うすうす疑ってた

届かないことが確定してやっと気づく

こんなこと わざわざ書かなくても

もう伝わってるんじゃないか って

実際に伝わっているか否かは

この際関係ない話

 

2日目の休憩中

もしかしたら今日持って来れば

なんとかなったんじゃないかと気づいたが

いや 結局同じことを繰り返すだけだろう

もう決めたんだからいい

後悔するのはやめよう と

私にしては珍しく 潔かった

私にしては珍しく 粘って粘って

だった前日と比べて

潔いって とても気持ち良かった

 

2日続けてポジション取りをミスった私に

君様はやさしかった

もちろん向こうから見えてるわけないけど

必ず何か うれしいことがある

 

ハーフタイムに入る時

君様は何を修正したのだろう

すぐに席を立たなきゃいけなくて

よく見えなかったけど

 

君様との間に

第三者を介在させるのはやめよう

人も 物も 何も無しで

直接 つながれるように

間にあっていいのは 音楽だけ

 

そう決めた私に

私を守ってくれている人達はやさしかった

休憩から戻って来たら

空間が歪んで いや 正されて

君様がまっすぐ見られるようになっていた

前半はちょっと聴きづらかった音楽も

とてもよくまとまって

すばらしい響きに変わっていった

 

私の不用意なひとことは

私自身が発したもので

そのせいで誰かに止められたのではなく

私自身が止めたんだよ

それは間違っていると

本当だ 人生は自作自演だね


時々お花屋さんに行く人生は

とても素敵な経験だったけど

とりあえずはひと休み

いつかまた行けると思うから
 

ひとつ捨てたらひとつ得られる

ってのも 本当かもしれないな

 

こんな感じ 一番下がそば粉かな

塩が効いてて食感も楽しい

右のコーヒー味は安定のおいしさ

少しずついただきます

これが引き寄せの法則というのか

違うか ぜんぜん理解してないし でも

どうしても聴きたいと思ってたら

最後の最後にライヴ配信という幸運が舞い込んだ

 

どうしても聴きたかった曲の君様は

なんかもう すべての魅力が炸裂していて

反則級の素敵さだった

何度アーカイヴを観ても観飽きない

 

男性だけで というのがまた良かった

ものすごく息の合った演奏なんだけど

なんというか 戦いみたいな感じもするし

テーマが渡っていく過程がまたおもしろくて

ほんと 何度観ても観飽きないし

回数を重ねると 新たな発見があったりして

今風に言えば ヤヴァイ 20分間だった

 

何度も繰り返し聴くって大事だね

一期一会やぶっつけ本番もいいけど

私は小説でも映画でも 何度も読む・観ることで

気付きや理解が深まるタイプだったので

音楽もやっぱり そういう努力は必要なんだなと

 

逆に 先月の時点で思ってたことだけど

自分の好みは 大事にした方がいいなと

 

自分の好きな曲 聴きたい曲 というのが

だんだんわかってきたのに それを

この人がこうだから という理由で

無理したり 曲げたりすることはやめようと

そういう好みって いつか終わりが来る

 

例えば どうやってもダメだったフラ語を

がんばってみる とかね 無理無理(笑)

ドイツ語しか頭に入らない とか

ザルツブルクはなんか合わなかった とか

たぶん 理由があることなんだよね

 

音楽も 地域や時代や編成の好みが

少しずつ狭まって来た感じなので

公演のたびにガリガリ予習するより

聴きたい曲は より深く

初めての曲は 好奇心旺盛に

メリハリつけて という感じかな

 

どの辺が炸裂してたかって

それは私にしかわからない けど

会場にいた方々も いろんな形で

気付いたと思う とてもうらやましい

 

星が降る なんてもんじゃなく

箱の中の空気がぜんぜん違った

この箱を 四次元で 20分間

手に入れることができるのなら

 

うーん できないから

音楽はすばらしいのかもしれないね

 

このところ また月日が速く過ぎる

あっというまに4連戦がやってきた

脳内再生が難しいのは

予習復習してないからかもしれない

今回は敢えてぶっつけ本場で挑んで

それはそれで楽しい音楽体験だったから

毎回マジメに頑張らなくてもいいかなと

 

音楽を より楽しみ より理解するために

例えば楽譜を見たり 歌詞の意味を調べたり

といったことは基本だと思うのだけど

楽譜はともかく 歌詞に関しては

途中で挫折してしまうというか

調べて行っても 聴いているうちに

旋律のひとつとして味わってしまって

意味を考えなくなるので

あまり頑張らなくなった

 

音楽は 歌詞はもちろん

すべての楽器に意味があって

立体的に構成されているのはわかるけど

なんか 負け惜しみみたいでヤだけど

意味を見い出すことは

ひとつの正解を導き出すことに似ていて

私が散々やってきた勉強のやり方みたいで

ちょっとアレなんで

もっと自由に もっと瞬間的に

今 この時 この音 を楽しむようにした方が

今の私には合ってるかなと思うようになった

読み込んで 意味調べて 翻訳して

なるほどこういうことだったのか という理解は

大事なことだとはわかってるけど それよりも

今 この自分が この音楽を 受け取ることの

幸福感を 瞬間瞬間で味わう みたいな方向に

気持ちを向けた方がよさそうだなって

 

瞬間芸術っていうけど

なんで音楽って こんな風に感動できるんだろう

って疑問 まだあるもんね

 

なんで音楽って 時間と空間をまるごと

箱の中に入れて持って帰れないんだろう

って前から思ってた

 

私は「向こう側」に行くことはできないけど

向こうとこちらの間に仕切りがあるわけではなく

今 同じ空間で 同じ音楽を 味わっている

という当たり前の事実に気付くのに時間がかかった

私は調も楽器の良し悪しもわからないけど

君様の中にある もしくは 今そこにある

旋律のリボンとか 技巧のキラキラとか

解釈の箱とか さっきの箱じゃなくて

こう 手で立体を作った感じ(笑)

そういうものに 触れられるように

なるべく正しく 受け取れるように

耳や目はもちろん 心とか気持ちとかでも

できるだけたくさんいただいて帰れるように

 

タイトル月並み過ぎて恥ずかしいけど

これしか思い浮かばなかった

年が明けてから 時間の経つのが遅い

遅いというか のんびりしてる感じ

ちょっと前までは 1年があっというまで

あそこに行ったのは今年か去年か一昨年か

なんて記憶が曖昧になるくらいだったのに

なんとなく ゆっくりになった気がする

 

だから と書くべきか

なのに と書くべきか わからないが

つい昨日のことなのに

つい先週のことなのに という感じで

あの楽しい時間と空間を再現することが

とても難しかった

引き剝がされていくように

どんどん遠ざかって行って

あれは現実ではなかったのかなと

思ってしまったくらい

 

アメリカのことは

私にとっての 最後の試練らしい

最後っていうと大袈裟だけど

これからもいっぱいあるだろうけれど

 

大切な人にも そうでもない人にも

親しい人にも これから出会う人にも

この3年間に起こったあれこれを

まるで何もなかったかのように

平然と 笑顔で 公平に

振る舞えるかどうか

 

私は人間が出来ていなくて

どうしても 蔑んだり 見下したり

してしまう それを克服して

前と同じく もしくは 新しく

良い関係を築けるかどうか

 

 

>毎瞬毎瞬、意識を向けた所に世界が発生する。

>あなたは創造主。

 

自分が世界を創っている という件

まったくもってピンと来てなかったけど

今回この「意識を向けた所に」というので

やっとピンと来た これならわかる

 

自分が意識したものしか

自分にとっては存在しない

だから意識はポジティヴでなくてはならず

ネガティヴなことは 意識しなければ

認識しなければ という方が正しいのかな

とにかく 悪いことは起こらない

はず うーん そうは言ってもね

望んでないことも多々起こるわけで

それが自分が引き起こしたことだとは

思いたくはないのだけど

 

大切な人の幸せを願う って

こういうことなんだろうな

 

私は聴くことが出来ないけど

そこにいる聴衆の皆さんと

演奏している皆さんが幸せなら

あー よかったよー

って思えるようになったかな

またやってしまった 息子には

チャンスは一度しか来ないから絶対に逃すな

なんて言ってるくせに 自分はみすみす逃す

でも 私がニアミスする時は必ず 間に

「その他」ではない大勢の人がいて

その方々を割ったり待ったりしてまで

「その他」の私が突撃するのは

私らしくない

 

今回もまた体調を崩して

7割ほどのパワーしか出なかったけど

この日は本当に 楽しませていただいた

君様の素敵なところはたくさんあるけど

この日はそれが5割増しくらい

具体的にどんなところか書くと

消えてしまうかもしれないから書かない

ともかく ものすごく贅沢な時間だった

 

癒して埋めてもらうために

3割欠けた状態で臨まされたのかな

もし万全な体調だったら

無粋な行動に出てしまっていたかもしれず

どちらのチャンスも 何か事を起こすのは

私らしくなかった

 

とても楽しくて そういえば この3年間

私はたくさん 楽しませてもらったなって

コンサートホールでも オンライン配信でも

うれしいことが いくつも起きた

単にこちらの受け取り方の問題で

意図的なものではなかったのかもしれないけど

そのおかげで

「幸せ」の意味を 正せたような気がする

この日も とても幸せな気持ちにしてもらって

私からは何もお返し出来ないけど

せめてこういうことは とかなんとか

考えられるようになったのも 君様のおかげ

○○しかない って言い方 私は嫌いだけど

感謝しかない って こういう状況なんだな

 

ひと月待てば また

楽しい時間と空間を受け取れる

それまでなんとか がんばろう

 

素敵な時間を ありがとうございました