脳内再生が難しいのは
予習復習してないからかもしれない
今回は敢えてぶっつけ本場で挑んで
それはそれで楽しい音楽体験だったから
毎回マジメに頑張らなくてもいいかなと
音楽を より楽しみ より理解するために
例えば楽譜を見たり 歌詞の意味を調べたり
といったことは基本だと思うのだけど
楽譜はともかく 歌詞に関しては
途中で挫折してしまうというか
調べて行っても 聴いているうちに
旋律のひとつとして味わってしまって
意味を考えなくなるので
あまり頑張らなくなった
音楽は 歌詞はもちろん
すべての楽器に意味があって
立体的に構成されているのはわかるけど
なんか 負け惜しみみたいでヤだけど
意味を見い出すことは
ひとつの正解を導き出すことに似ていて
私が散々やってきた勉強のやり方みたいで
ちょっとアレなんで
もっと自由に もっと瞬間的に
今 この時 この音 を楽しむようにした方が
今の私には合ってるかなと思うようになった
読み込んで 意味調べて 翻訳して
なるほどこういうことだったのか という理解は
大事なことだとはわかってるけど それよりも
今 この自分が この音楽を 受け取ることの
幸福感を 瞬間瞬間で味わう みたいな方向に
気持ちを向けた方がよさそうだなって
瞬間芸術っていうけど
なんで音楽って こんな風に感動できるんだろう
って疑問 まだあるもんね
なんで音楽って 時間と空間をまるごと
箱の中に入れて持って帰れないんだろう
って前から思ってた
私は「向こう側」に行くことはできないけど
向こうとこちらの間に仕切りがあるわけではなく
今 同じ空間で 同じ音楽を 味わっている
という当たり前の事実に気付くのに時間がかかった
私は調も楽器の良し悪しもわからないけど
君様の中にある もしくは 今そこにある
旋律のリボンとか 技巧のキラキラとか
解釈の箱とか さっきの箱じゃなくて
こう 手で立体を作った感じ(笑)
そういうものに 触れられるように
なるべく正しく 受け取れるように
耳や目はもちろん 心とか気持ちとかでも
できるだけたくさんいただいて帰れるように
タイトル月並み過ぎて恥ずかしいけど
これしか思い浮かばなかった