おはようございます。Lunaです。
生きづらい子育て第3弾は、幼児期についてです。
私は息子が2~3歳の頃は、躁うつの波が激しくて、自分ではコントロールできない状態でした。
4歳になると、塾の講師を始めたため、4歳から7歳までは、ほとんど朝と寝る時と休日しか関わることができず、思い出があまりありません。
なぜ4歳で仕事を始めたかというと、恥ずかしながら、とにかく育児から逃げたかったからです。
2~3歳の頃、息子への接し方がわからず、育児本を読み漁っていた時がありました。
その中で、
「子どもが幼い頃は『宝物』です。大切に過ごしましょう。」
と書いてある本がありました。
その時の私は思いました。
「宝物?全然そんなこと思えない。私は今が一番苦しいんだ。
それともそんなこと思う私は母親失格なんだろうか…?」
その言葉は、それからずっと、私を苦しめ続けました。
息子と過ごす時間を宝物と思えない自分は、母親失格なのか…
その罪悪感から逃げるために、私は仕事に没頭し、育児から逃げ続けました。
でも、息子が7歳(2年生の後半)になった頃、家や学校で問題を起こし始め、これは看過できないと思い、仕事を辞めて、初めて息子に向き合うことを決めたのです。
…と、これ以降は、また後でお話しするとして。
息子が大人になった今、息子が小さい頃の写真とか見ていると、
「あぁ、やっぱり『宝物』だったんだな」
と思ってしまいます。
今になって思えば、息子はあんなに可愛かったのに、なぜもっと抱きしめて、「大好きだよ」と言ってあげられなかったのか…とても悔やまれます。
息子が小3になったばかりで初めて発達障害の診断を受けた時、「自閉症スペクトラム」と言われました。
それはWISCの結果ではなく、医師の診断で、「目を合わせられない」「表情がない」「言葉が少ない」などの症状からでした。
しかし、その時私は直感で、それは愛着障害から来るのではないかと思いました。
私がちゃんと目と目を合わせて会話をしてこなかったから、一緒に笑ったり驚いたり、いろんな表情を見せてこなかったから、たくさん会話をしてこなかったから、そうなってしまったのではないかと。
その時初めて、私は自分の子育てを後悔しました。
幼児期の子育てが、いかに大切だったか痛感しました。
自分が子育てから逃げ続けたせいで、息子を感情のない子にしてしまった。
大人を信用できない、自己肯定感のない、笑えない子にしてしまった。
……一晩泣きました。
そして決心しました。
これからは全力で息子に向き合うことを。
息子は今、ASD(自閉症スペクトラム)の診断は受けていません。
ADHDの診断に変わっています。
ASDの特性は確かにありますが、WISCでも、大人になってから受けたWAISでも、言語操作能力は高いです。
それは、あれから毎日毎日息子と向き合って、対話を重ねてきたからだと思います。
息子は小3から不登校になり、ずっと家にいたため、何時間でも話に付き合いました。
うつでつらい時は、一緒に寝転がったまま話しました。
息子はぬいぐるみが好きだったので、ぬいぐるみで人形劇もしました。
一緒にDVDを観て、一緒に笑ったり泣いたりもしました。
そして毎日ハグして「大好きだよ」と言い続けました。
幼児期にやるべきだったことを、小3から20歳までの12年間で育て直しをした感じです。
幼児期は、たった5年くらいです。
でもその育て直しに12年かかるくらい、大切な時期なのです。
そんなことを言われても、今つらいのはものすごくわかります。
うつの時は、一緒にいることさえつらいでしょう。
発達障害の聴覚過敏がある方は、子どもの声すら聞けないかもしれません。
それでも、一日一回、おやすみ前だけでも、抱きしめて、にっこり笑って、「大好きだよ」と言ってあげて欲しいのです。
それだけで、全然違うと思います。
子どもの安心感も、自分の罪悪感も。
できなかった私が言うのですから、それがどれほど大変なことかはわかりません。
だから毎日でなくてもいいです。
できる時だけでいい。
子どもを好きだと思えない時は、無理にやらなくていいです。
子どもには、本心から言っているのか、無理に言っているのかわかってしまうので。
でも、たった一つ覚えていて欲しいのは、子どもが大人になった後、たいていの親は、「幼児期は『宝物』だった」と思うということです。
めちゃくちゃ大変だったけど、今思うとやっぱり可愛かった。
あんなに可愛いのは、あの頃だけだった。
どうしてもっと、大切にできなかったんだろう。
それは、通り過ぎた人にしか思えないのかもしれませんが、
今しんどい人も、
「はぁ?宝物?こんなにしんどいのに?」
と一蹴してしまわずに、
「そうか。宝物なんだな。なら少しだけ、大切にしてみようかな」
と思ってもらえたら嬉しいな、と思います。
子どもが大きくなった時、それは必ず、良かったと思えるはずですから。
