こんにちは。Lunaです。
今日は、私のプライベートなことを、ちょっと書きます。
私は、旦那と別居して、もう10年になります。
でも、ほぼ毎日連絡を取り合い、週に何日かは電話やビデオ通話で話しています。
つまり、仲が悪いわけではありません。
今は、息子も旦那と一緒に暮らしています。
それなのに、私が旦那と息子の元に帰らないのはなぜか――
それは、旦那の故郷(旦那の住んでいるところ)が、私の肌に合わないからです。
結婚してから息子が小学校を卒業するまで13年間そこで暮らしましたが、どうしても馴染めなかった。
私の生まれ育ったところと、文化や風土が違い過ぎるのです。
文化や風土が違えば、人との関係性も違う。
どこに行っても知り合いに会うような環境は、始終監視されているようで、窮屈で耐えられませんでした。
私が今、家族と離れて一人暮らしを選んでいるのは、
「私が私で在るため」です。
家族と一緒に暮らすことよりも、「自分らしく生きる」ことを私は選んだ。
私が今東京を離れたら、リアルの「子育てピア」の活動はできなくなってしまいます。
他の当事者会にも出られなくなるし、この10年で築いてきた人間関係も、社会的な居場所も、全てなくなってしまう。
それは到底耐えられません。
だから私は、せめて活動から引退するまでは、ここに居たい。
家族というのは、一緒に暮らさなければならないのでしょうか?
私は、旦那とは、今の距離感がとても合っていると思っています。
一緒に暮らすと、多分旦那の負担が重過ぎる。
お互い別々に生活していた方が、お互いの人生を尊重できると思うのです。
それはあくまで「今」であって、未来はわかりませんが。
他にも、いろんな理由で離れて暮らす家族はいるでしょう。
例えば、よくあるのは単身赴任とか。
あるいは、一緒に住んでいても家庭内別居になっている人もいるでしょう。
週末夫婦とか、通い婚とかも、ありますよね。
私は、一番大事なのは、「本人たちがつらくないかどうか」だと思うんです。
いろんな理由で、ずっと一緒にいるのがつらいなら、ちょっと距離を置けばいい。
これは、夫婦だけじゃなくて、親子関係にも言えると思います。
日本では、「家族は一緒に暮らすもの」という価値観が強過ぎるのではないでしょうか。
また、ちょっと話は違いますが、事実婚とか、同性婚とかも、もっと法的に認められていいと思います。
愛する人同士が一緒に居たいと望むなら、名字を変える変えないとか、性が同じだからとか、関係なく、法的に保証すべきではないでしょうか。
子どもに関してもです。
今、経済的に苦しくて、子どもを持てない夫婦が多いと聞きます。
精神疾患があると、余計、子どもを持つことに不安や躊躇いを感じてしまう人も多いです。
でも、子どもが欲しいと思う人は、自分が産んでも産まなくても(里親とか)子どもを持てるような、それを周囲が応援できるような(経済的なサポートも含めて)、そんな社会であってほしいと思うんです。
ちなみに、「精神疾患があって子どもを持つ」ことに関して言えば、サポート体制は増えました。
特定妊婦制度、居宅介護の育児支援、ファミリーサポート、ベビーシッターの利用券など、いろいろあります。
でもまだ、「保健師ガチャ」という言葉があったりするように、全体的に成熟した制度にはなっていません。
もっともっと、当事者の声を聴いて、必要なサポートをして欲しい。
支援者には、当事者のリアルをわかって欲しい。
少子高齢化を嘆くなら、もっと個々の家族に寄り添った支援が求められるべきです。
ちょっと話が逸れましたが、家族って、いろんな形があって良いと思うんです。
それぞれの家族が、一番心地いい形で在ればいい。
それが、社会的にもっと理解されて、法的にも保証されて欲しい。
それが私の願いです。




